二百四十話 パドック 七番 ブラックベール
騎士は腹黒そうだった。
馬は狂気に染まっていた。
食べ物で人の心を操れる事を知ってしまった。
『残りは二頭。次は七番、ブラックベール。この馬に関しては、新馬戦をすっ飛ばしてのこれが初出馬と言うこともあり、全く情報がありません。顔には覆面をしているのでかおもの分かりません。その為人気は控えめオッズは21倍』
あの時の覆面ぱんつか。
測量時、あれだけ大勢の人間をゲルに忍び込ませていたぐらいだ。
金と権力にモノを言わせて速い馬を用意させるなんて簡単なことかもしれない……。
いやまて、なんでまたそんな奴がレースに出ているんだ?
そもそも、このレースでこの男に勝利して良いものなのか?
「騎士さま考えごと? 股がゆるんでる。落っこちちゃうよ?」
「ん? ああ、すまん。あの男がどうしても気になってな」
「あの人? あの人は前の騎士さまのお父さんだよ?」
ええっ?
ユンの口から、さらっととんでもない事実が飛び出してきた。
じゃあ、自称チュンカの重鎮は、本当にチュンカの重鎮だったのか。
「でもなんでユンがそんなことを知ってるんだ? と言うか、仮に知っていても顔を隠しているから分からないだろうに」
「前の騎士さまが帰るのを渋ったとき、無理やりあのお父さんが引きずって帰ったからね。あと、まーは馬だから、騎士さまが跨がる姿を一度見たら忘れないよ」
「そうかい」
馬の視線とでも言おうか。
なるほど、四つん這いでいることが多いユンたち馬にとっては股こそ個を識別する顔なのだ。
それはそうと、覆面ぱんつの正体は案外なんてことはなかったな。
あとは、なんのためにこの男がレースに出るのかがわかればスッキリするんだが。
「それはまーには分からないよ」
「まあ、そうだよな」
男の口数は少なそうだし、なにより、あの大量の取り巻きがそう何度もユンとあの男の接触を許すようには思えない。
なんとなく、前を行く男の背中をじっと見る。
「余の目的が気になるか?」
おっと、視線に気づかれてしまったようだ。
振り返って俺を見た。
急なことなので言葉につまる。
「余の目的が気になるかと聞いている」
「あ、ああ、それは気になるが聞かせてもらっても構わないのか?」
「構わぬ、聞かせてやろう。余の目的はな、その馬を勝たせぬことだ」
「ん? どういう事だ?」
勝たせないなんてのはレースなんだから当たり前だろう。
もし、勝たせないと言う言葉が、自身の勝利を捨ててまでの妨害を指すなら分かりやすいが、それならこの男が直接出張る理由はないハズだ。
人を雇って妨害させれば良い。
なら目的はなんだ?
こうやって俺を疑心暗鬼にさせるのが目的か?
「なあ、お前はいったい何を企んでいるんだ?」
だが、俺の言葉に男は応えず、それきり背を向け、口を開くこともなかった。
気になるが今はそんなことに気をとられてはいけない。
レースに勝つことを考えよう。
ならば相手を知るべきだ。
ブラックベールの馬を見る。
体は引き締まり筋肉質で、黒光りする肌がそれに合わさりとても強そうな馬に見える。
「ユン。あの男が跨がる馬はどう見る」
「お尻から太ももの肉付きは追い込み馬のものかな。終盤に勝負を仕掛けてくるから、まーたちはそれまでにたくさん距離を取らないとね」
「なるほど」
と言うことは、序盤と中盤は意識しないで良いと言うことか。
ずっとこの男に神経を尖らせなくても良いのは助かる。
一応、ユン以外の顔見せは済んだからここで情報を整理しておくか。
一番のホニュービンと二番のトーサンダンサーは敵ではない。
三番のエターナルサンデーは棄権。
四番のケリタマガールは恐らく七番のブラックベールに張り付いてレースに勝つ気は無い。
だとすれば、ユンの敵は五番ニンジンスキー、六番ナンニスルーラ、七番ブラックベールと言ったところか。
俺たちが最初に相手にすることになるのは五番のニンジンスキーで、最後に七番のブラックベールと競り合う。
ナンニスルーラがどこで勝負をするのか分からないのが気がかりか。
「騎士さま? 大丈夫? ぼーっとしてる?」
「ん? ああ、大丈夫。ちょっとライバルについて考えていただけだよ」
「そっか。次はまーたちの番だから騎士さま元気が無いのかと思った」
いやいや、なんでユンの顔見せの番で俺の元気が無くなるんだ?
『最後は八番、セカンドポエル』
へー、ユンの馬名はセカンドポエルって言うんだ。
なんて、のんきに思ったりしたのだが。
ぐわっと、一斉にレース会場の視線が集まるのを感じてそれどころでは無くなる。
うっ、ユンが気にかけていたのはコレか……。
とんでもない破壊力だ。
これはいつもの様に布袋を被っていたら即死だった。




