二百三十三話 やんごとなき覆面ぱんつ男
オルワの機嫌を損ねた。
チュンカ料理食べた。
辛かった。
「ごはんおいしかったね!」
「ユンはお代わり三杯もしてたもんな。良くあんなに辛いのたくさん食べられたな。レース中にお腹がいたくなっても知らないぞ?」
「そしたら、トイレ行きたくなって早く走れるかも」
そんなの理由にして加速する馬はイヤだわ。
「あっ、会場へ入る前に一度城なしに向かった方が良いか。みんな心配しているかも知れない」
「まーが昨日伝えてきたから大丈夫だよ?」
「おお、ユンにそんな配慮が出来たとは意外だな」
「えへへ、そんなにほめられるとまー照れちゃう」
いやいや、ほめてませんがな。
そんな話をしている間にレース会場へと到着した。
会場は円を割って二本の直線を加えた、一般的な形をしたコースから始まり。
内縁と外縁には、細く薄い板で作られた柵がある。
細く薄い板を使用するのは、太く厚い板だと馬が突っ込んだ時に大怪我をするので、そうならないようにとの配慮だとか。
そうして作れたトラックを観客席が囲む。
観客席は木製の三段式。
観客席としては段々が少なく感じるが、木製だと倒壊が怖いしこんなもんだろう。
最後に観客席を柵で囲み入場を規制している。
とは言えまだ開門していないので観客席はすっからかん。
掃除をしているお年を召された馬人の女性をちらほら見かける程度だ。
「なあユン。このレース会場は控え室みたいなところがあるような作りに見えないんだが、どこで待機すればいいんだ?」
「競馬会のゲルだよ?」
「うげっ、あそこかよ……。そう言えばレース会場に併設されていたっけか」
悪夢がよみがえるわ。
あのゲルには行きたかない。
「どうしたの騎士さま? 顔が青いよ? トイレ?」
「いや、尻がキュッてなっただけだよ」
「あっ、やっぱりトイレだー。トイレこっちだよ」
「いやいや、だからトイレじゃないって」
はあ、レースのため、ユンのためにも行かなきゃならんよなあ。
あっ、でも別に今日は身体測定なんて無いだろうから、あのお姉さんに会うこともないか。
俺は気を取り直して競馬会のゲルの入り口をくぐった──。
──ところがどっこい!
「はーい、ぱんつ一丁になってくださいねー」
奴は居たし俺に脱げと言う。
「いや、なんで居るの? なんで脱ぐの?」
「それは体重を量るために決まっているじゃないですかー」
「昨日量ったばっかりだよな!?」
受け付けのお姉さんにここへ向かうようにと言われて、ユンと別れた時点でイヤな予感がしていたが、まさかもう一度身体測定をすることになるとは。
「まあ、ツバサさんの言いたいことはわかりますし私も別にツバサさんの体重は量らなくていっかなー? なーんて思ってますよ?」
「そうか、ならパスで……」
「いえいえ、そうは言っても規則で決まっていますし、レース出る皆さんには必ず出走前に体重を量ってもらっています」
規則だから──。
決まっている──。
みんなやる──。
これはかつて日本人だった俺に、NOとは言えませんわ。
「もしかして恥ずかしいんですか?」
「そんなモノはふっきれたわ!」
「ですよねー? じゃあ、早く脱いでそこに座って体重を量りましょうね」
そうな。
さっさと終らせてさっさとこの場を離れよう。
俺は観念しつつも、決してお姉さんに尻を向けないよう、細心の注意を払う。
「そんなに怯えられると、何かしなきゃって使命感に燃えてしまいますよ。心配しなくても、今は変な事はしないので安心してください」
「そして、油断した俺を襲うんだな?」
「襲いませんよ。レースの前は忙しいんですから。それに人も居ますし」
おや?
言われてお姉さんの視線を追ってみれば、覆面をしたぱんつ一丁の男が一人仁王立ちしている。
俺以外にも人が居たのか。
「身体測定は個別にやるもんだと思ってた」
「男女別ですね。まあ、二人しかいないんで個別でも良かったかも知れないんですが規則なので」
「ふーん? と言うことは他の出走馬の騎士は女性なのか」
てっきり、異性の相手にしか馬と騎士の関係になれないと勘違いしていたが、そうではなかったのか。
まっ、なんにせよ、そう言うことなら安心か。
「でも、身体測定するのに覆面は外さないと不味いんじゃあ無かったのか?」
「あー、あちらの方はあれでいいんですよ。と言うか、素顔を見てしまったら、ツバサさんは畑の肥やしになってしまいますよ?」
「なんだそれ消されるって事か? 素顔を見ただけで?」
なにそれ怖い。
この覆面ぱんつは偉い人何だろうか。
さすがに、もう自称チュンカの重鎮って事はあるまい。
でも、偉い人なら密かに護衛が守っていたりしてな。
あるいは忍びとかね。
どれ。
『見える……!』
俺は【風見鶏】を使って辺りを探って見た。
「うおおおおっ……!?」
「ちょ、ちょっと。突然大きな声を出してどうしたんですかツバサさん。ビックリするじゃないですか」
「いや、こんな狭いゲルに32人も隠れているから……」
ざわっ……。
俺がそう言うと、音こそ立たないものの、慌ただしく人が動き出したのが見える。
「えっ、わかるんですか? と言うか見えてるのを口に出してしまったら、何者だって問い詰められちゃいませんかね?」
「えっ? マジで?」
「おい、お前は何者だ!?」
おおう。
マジだった。
さっそく一人の女性に問い詰められてしまった。
お忍びチックな感じなのか、その辺を歩いている馬人ファッションだ。
右側頭部に細めの三編みも付けている。
「ただの出走者だよ。あっ、視線に弱いんで袋を被らせておくれ」
さすがに、32人は不味い。
「おい、動くな!」
今にもぶっ倒れそうなので、制止を振り切り俺はぬの袋を被った。
「ふぅ……。落ち着く……」
「何を言っているか! このお方はやんごとなきお方。その様な無礼な格好振舞いが許されると思うな!」
「いや、そのやんごとなきお方と俺、対して格好変わらなくない?」
俺がそう指摘するとハッとして「あっ……」と声をもらす。
更には慌てて覆面ぱんつ男に振り返るとたたずまいをただし土下座した。
「申し訳ありません! 申し訳ありません! 申し訳ありません……!」
何度も謝罪を口にする。
ガッ、ガッ、ガッ……!
そして、頭を地面に何度も打ち付ける。
気でも狂ったんだろうか。
怖い。
「許す」
そこで初めて覆面ぱんつ男が口を開いた。
ゆっくりと、女性の前で片足を上げると。
ガッ……。
女性の頭を踏みつけた。
「ああっ、ありがとうございます」
うわあ……。
「なあ、あれ……」
「あれはチュンカの正式な謝罪の儀式です」
「えっ、チュンカ人は謝るたびにあれやるの!?」
頭の形が変わるんじゃないだろか。
だが、一度あの謝罪を受けたら、自分が何かしでかした時に同じレベルの謝罪をしなくてはならないと言うプレッシャーは掛かる。
なるほどそれが狙いか。
謝るが勝ちってやつだな。
いや知らんが。
覆面ぱんつ男が女性に背を向けると、女性はこちらに向き直る。
「おほん、お前が何者かは知らないが、妙な行動を取れば命は無いからな」
「そうか」
「敵意は感じられないから今回はこれで勘弁してやる。どこへなりとも行け」
ふむ、つまり消えろって事か。
「もう、体重は量り終えたので行ってください」
「ああ、そうさせてもらうよ」
触らぬ神に祟りなし。
俺はその場を後にした。
しかし、あの覆面ぱんつ男も騎士としてレースに出るのか。
なんだか、本当に偉い人っぽかったが、ちゃんと身体測定を受けるんだな。
俺はなんとなく、マンガルの競馬にかける情熱はホンモノのようだと感心した。




