二百二十七話 競馬会で騎士登録で身体測定
ハエがたくさんいた。
ツバーシャがお料理した。
シノがトラウマに震えていた。
シノの変調についてはすぐにどうにかなりそうな問題では無いので、時間的な解決を待つしかない。
ざっと城なしの掃除を済ませた俺は、ラビと一緒にユンたちのところへと戻った。
「待たせてすまん」
「あっ! 騎士さまやっと戻ってきた! もうあんまり時間がないから早く行こう!」
「うん? 時間がない? どういう事だ? それに行くってどこへ?」
「いいから早く早く! まーに乗って!」
とんぼ帰りとは少し違うがユンと二人きりで早々に城なしを後にする事になった。
城なしのスロープを駆け降りながら、ユンが事の次第を説明し始める。
「競馬会に騎士さまを登録しにいかないとダメなんだよ」
「競馬会?」
「うん。競馬会!」
相変わらずの説明で要領を得なかったが、根気強く聞き出したところ、競馬会というのはレースやその他もろもろを仕切っている組織だそうで。
レースに出るにあたって、そのへ先に騎士として登録しておく必要があるとのこと。
で、その締め切り時間が迫っているので急いで競馬会へと向かっているそうな。
「どいてどいて! 道を開けてくれないとはねちゃうよ!」
「おい、待てーい! まさかこのまま街中を駆け抜けるつもりか!?」
「だって、間に合わなかったらレース出れないし!」
人にぶつかったりしたらレースどころじゃないだろうに。
やれやれ。
「見える……!」
【風見鶏】を使い、通行者の位置と進路を把握。
接触しない進路を割り出し人々の脇を抜けていく。
しかし、そこへ両手を広げ俺たちの進路を塞ぐ者が現れる。
「くくっ、ここは通さぬぞ! 余の馬を返してもらおう!」
自称チュンカの重鎮さまだ。
脇を抜けようにも反復横とびで道を塞いでくる。
ザザザザザ……。
速いっ!
「なんで? なんでとうせんぼするの!? 避けてー!」
まあ、こちらが避ける事も出来るのだが──。
ズドン! ズザザザザザザ……!
──つい、なんとなくはねてしまった。
「ああっ! 前の騎士さまはねちゃった!」
「時間が無いんだろう? アイツに構っている暇なんてないし、別にいいんじゃないか?」
「うーん、それもそっかなー?」
ああ見えてかなり丈夫なので大した怪我にはならないだろう。
なんせユンにちょこちょこ会いに来て、ユンのお母さんに毎度ぼこぼこにされても生きているぐらいだ。
だから振り返ることもせず先を急いだ。
「こんにちは!」
「はいこんにちは。今日はいったいどのようなご用でしょうか?」
「騎士さまの登録と、まーの騎士さまの変更手続きをお願い」
「なるほど、わかりました。では、馬の方はここで手続きを。騎士の方はそちらへ」
全速力で競馬会のゲルに飛び込んだ狂った珍客にも動じず、受付のお姉さんはていねいに対応してくれた。
どうやら、時間には間に合ったようだ。
ここでようやくユンの背中から降りて、俺はお姉さんの指示にしたがい一人別のゲルへ。
こちらのゲルには人気がなく、刀身の四角い、肉切り包丁を巨大化させたような刀を帯刀した女性が入り口に一人いるぐらい。
牛の頭でも落とせそうな刀だな。
刀には肉切り包丁ブレードと名付けてやろう。
タッタッタッ……。
俺が見張りを観察していると、お姉さんが耳の後ろから胸の辺りまで垂らした左右二本の三つ編みを揺らしながら小走りに近付いてきた。
ショートヘアーに三つ編み。
髪の色は黒。
このお姉さんの髪型がマンガルでは一般的なんだそうだ。
が、ユン一家は違う。
ショートヘアーだけだ。
走るときに邪魔になるからだ。
ちなみに入り口に立っている見張りの女性にも三つ編みはない。
似たような理由で戦うときに邪魔になるとかそんな理由だろう。
なお、三つ編みはウィッグになっていて着脱可能になっている。
マンガルでは水が貴重なので髪を頻繁に洗えない。
だから、マンガル人の髪は基本短く、ウィッグを付けておしゃれをするのだそうな。
もしかすると入り口の見張りの女性もプライベートでは三つ編みかもしれない。
「はーい、こんにちはー。アナタがユンさんの騎士の方で合っていますかー?」
「あっ、はい。俺です、名前は出飼翼です」
「お名前は、イズカイツバサさんっと……」
振る舞いは子供に優しく声をかけるナースのようだ。
大変元気なお姉さんで清々しいが眩しい。
つい、からだが強ばってしまう。
「そんなに緊張すると裂け……、いえ、あまり緊張するとデータに狂いが出るかもしれないです。もっとリラックスしてください」
「いま裂けるって言おうとしなかった?」
「うーん、そうですねえ……。まずは砕けた言葉づかいから始めて見ませんか? 私相手にかしこまる必要は無いんです」
あっ、スルーされた。
そうかい、砕けた言葉づかいね。
なるほど。
フランクな感じってヤツだな。
フランク……。
フランク……。
「フランクフルト……」
「えっ? フランクフルトですか?」
「いや、なんでもない」
女神さまは今ごろ何をしているんだろう。
「背中の荷物はそこのかごの中に置いて下さいね」
一応、翼は荷物に偽装してきた。
なので荷物を下ろすかわりに布を取る。
翼を見たら驚くかな?
なんて思って見たりしたのだが──。
「えーっと、そのマスクも外してもらってもいいですかー?」
──特に反応はなかった。
もちろん、布袋を取ってもそれは変わらなかった。
「それじゃあ身体測定を始めていきましょうか」
「身体測定? なんでそんな事までするんだ?」
「成りすまし防止とハンデの設定に必要なんです」
ハンデとはなんぞや?
疑問が顔に出たのか、それを汲んでお姉さんは詳しく説明してくれた。
騎士と馬。
それは互いに相手を選ぶことなど出来ず、千に一人の奇跡に任せる他ない。
その為、馬が四十キロ、騎士が百キロなんて例もある。
逆もまた然り。
馬が百キロ、騎士が四十キロなんて事だってある。
流石にそれは理不尽だ。
馬に乗る騎士が軽い方が大抵は早く走れる。
故に、その差を無くすために騎士と馬の体重差に応じた重りをハンデとして身にまとう。
「なるほど。確かにそれはそうだ」
「ご理解頂けたようなので始めますね。まずは身長を測りますよ」
「えっ? こんなモノで身長を測れるのか?」
身長を測ると言って見せられたのは紐だった。




