二百十九話 あれ、城なしどこいった?
干しヨーグルト食べた。
固かった。
ユンのお母さんに叱咤された。
「取り合えず特訓しようか。ぼーっとしていたらユンのお母さんに、今度はムチで叩かれそうだ」
「うん。じゃあ、最初はゆっくり歩くね」
「そうな。超ゆっくり頼むわ」
ただユンに股がって乗るだけ。
たったそれだけの事なのに、既に俺の股はぷるぷると震えている。
モモで何かを挟むなんて普段しないから、筋肉が足りないのだ。
果たして一週間で、全力疾走するユンの背中から振り落とされないまでになれるだろうか。
自信はない。
ともあれ、千里の道も一歩から。
まずはテントの周りを一周することから始める事にした。
このテントはクッキーの缶々みたいな円柱に、ベーゴマみたいな緩やかな円錐をひっくり返して載せたような形で、あまり高さがない。
なので屋根の上も見える。
そんな屋根の上で白いかりんとう、もといヨーグルトが、梅干しを干すみたいに並べられているのが目についた。
なるほど、ここでヨーグルトは石の様に固くなるのか。
空青いしなー。
雲一つ無いからさぞ乾燥しやすい事だろう。
ん……?
雲一つ無い……?
あれ、城なしどこいった?
どんなに目を凝らして空を探しても、空にはお日様が眩しく輝くばかり。
城なし不在の事実に気がついたとき、ぶわっと全身に鳥肌がたち、嫌な汗が額から湧き出した。
まさか城なしは俺を置いていってしまったのか?
「嘘だろう……」
「どうしたの?」
「いや、城なしがいなくなってしまったんだ」
「城なし?」
ユンが何それと興味深そうに首を傾げる。
「城なしは空を飛んでいたら偶然見付けた浮島だよ。そこに俺の家があったんだが……」
「へー。面白いおとぎ話だね」
「いや、本当にあるんだけどな」
まあ、信じられないのは無理もあるまい。
「騎士さまは帰るところが無いってこと?」
「そうな。どうやら俺は草原の真ん中でホームレスになったらしい」
段ボールも新聞紙も無いってのは厳しそうだ。
いや、ホームレスの要は青いビニールシートだったか?
「じゃあ、まーと一緒にここで暮らす?」
「遊牧民かー?」
「そう、毎日家畜追いかけ回して、たまーにレースに出て、チーズやヨーグルト作って生活するの!」
それも悪く無いかもしれない。
魔物の驚異も地平線までうかがえるこの大草原なら対処はしやすいので割と安全そうだ。
地面が平べったいので、空を飛ぶのが難しそうなのが問題か。
「もしかしたら、城なしは戻ってくるかもしれない」
うっかり、俺を置いていってしまった可能性も無きにしもあらず。
「でも、もし城なしが戻って来なかったらその時は頼むよ」
「うん。楽しみだね!」
「いや、俺にとっては割りと死活問題なんだけど!?」
俺にとってはと言うよりは、見世物小屋の人たちはといった方が正しいか。
まだ城なしで、十分な農作物を収穫出来るほどには至っていない。
そうなると、地上おりて食料を調達するのは必須。
城なしが、地上に降りる見世物小屋の人たちをぽろぽろ置いていってしまうようなら大惨事だ。
しかし、考えても俺に出来ることは無い。
「まっ、ここで暮らす事になったら、あの丸いテントは作ってくれよな。アレは気に入った」
「ゲルの事? アレは自分で作るんだよ?」
「そうなのか? 不器用たから自信が無いな。でも、作り方ぐらいは教えてくれるんだろう?」
「うん!」
だから、せめて今は前向きに考えておこう。
気持ちを切り替えて、軽くユンの尻をムチで叩く。
ペチン。
「あっ、そんなんじゃダメだよ! もっと強く叩かないと早く走ろうって気持ちになれないんだから!」
「いや、ユンが早く走ったら俺吹っ飛ぶし」
「それはそうだけど……。むう。焦れったいよう」
どんだけ叩かれたいんだ。
ブツブツ言いながらも、ユンはテントから離れてパカパカと草原を進みだす。
草原には結構な数の家畜が散っていて、馬や羊やヤギが入り乱れる光景は少し面白い。
柵がなくても家畜が逃げないってのは不思議なものだ。
そんな散り散りになっている家畜より少し先の方に人影を見付けた。
「なあ、あそこに誰かいるけど知り合いか?」
「んー。あっ、まーの前の騎士さま」
「おっと、早速お出ましなのか」
いったいユンの前の騎士さまってのはどんな奴なんだろう。
気になったので近づいて見ることにした。




