二百十五話 お仕置きとうす汚いお医者さん
夢を見た。
馬に羽を毟られた。
ちびっ子にも羽を毟られた。
「で、なんでちびっ子は俺の羽を毟ろうと思ったんだ?」
「ヒマだったから?」
「ヒマつぶしー」
そうかそうか。
そんなくだらない理由で俺の翼が犠牲になったのか。
「目には目を、羽には羽をと行きたいところだが、羽がないな。髪でいいか……。いやしかし、女の子の毛を毟るのは……」
「ぼく、男だし」
「あたし、女だし」
む? かたっぽ男の子だったのか。
ちびっ子過ぎて性別が分からんかった。
「じゃあ、女の子方はデコピンで勘弁してやろう。男は十円ハゲな」
「ぼ、ぼく、やっぱり女だし」
「やっぱりってなんだよ……」
まあ、最初からどっちもデコピンで許すつもりだったけど。
ビシッ、ビシッ。
逃げたり避けたりできない様に、俺は最速でデコピンを放った。
「ぐう、ムチより痛い!」
「うー、手加減なしとか大人げないね!」
お前たちは越えてはいけない一線を越えてしまったのだ。
「あれ? なんでまだデコピンの構えを解かないの?」
「まだ、デコピンする気なの?」
「当たり前だ。お前たちの毟った羽は計24本。あと22発のデコピンの刑だ! 一人11発ずつな」
「や、やだよ! デコ割れちゃう!」
「割れちゃう割れちゃう!」
またもキャーキャーと騒いで逃げていくちびっ子。
追い掛けて脅かしても面白そうだが、そんな気力はない。
「ご、ご主人さま。ラビも一本毟ってしまったのです!」
「す、すー!」
言って、一人と一匹は、恐る恐る後ろ手に隠していた羽を俺に見せる。
えー……。
ラビと抂竜もか。
「まーも毟ったー!」
ユンに至っては悪びれる素振りすらない。
むしろ、毟ってやったぜと、言わんばかりに羽をこんもり両手に盛って見せてくる。
ビシッ、ビシッ。
取り合えず、ラビと抂竜に一発ずつデコピンを入れておく。
「思ってたより痛かったのです……」
「すー……」
さすさすとおでこを擦る、ラビと抂竜。
「あれ!? まーには? まーにもデコピンしよ?」
「えっ? なんでユンは自分から罰を求めちゃってるの!?」
罰になるのかと2秒ほど悩んだが、30発ほどデコピンした。
が。
「ねえねえ! 32枚羽毟ったから2発足りないよ!?」
「もういいよ。俺の爪が痛いもんこれ……」
目をキラッキラさせるもんだから、お仕置きしようなんて気も失せる。
と言うか、悦ばせたらまた毟られそうな気がしてならない。
なんだか、言い知れぬ徒労感を感じていると。
「はっはっ。元気そうな。んっだら、もう心配いらねーや」
なんて、うす汚れたおっさんに声を掛けられた。
薄汚いだけで無く酒臭い。
昼間っから飲んでやがったな。
しかも、馬人じゃないし。
黒髪か……。
しかし、日出国ではないな。
まあ、そこは重要じゃあない。
「誰だこのおっさん? 浮浪者か? テントに入れて大丈夫なのか?」
「ううん。偉いお医者さんだよ?」
「そうか、偉いお医者さんか。なら、直ちにつまみ出して……。偉いお医者さん!?」
いやいやいや、穴だらけで泥だらけで染みだらけのシャツにステテコ履いてるんだぞこのおっさん?
偉いおっさんなら、見た目ぐらいは小綺麗に保つだろうよ……。
「本当に医者なのか?」
「はっは。よく疑われる。まっ、医者ってほどでもないんだがな」
「えーっと、俺の体も診てくれたのか?」
「いんや。そこのウサギっ娘が魔法で治すていうから見てただけだ。アラビンドの魔法なんて滅多にゃ見れねえし」
そうなのか。
いや、しかし、このおっさんの言葉を信じて良いものだろうか。
「まっ、ここへ来たのは家畜の様子とこの馬っ娘の様子を見に来たついでだ。なっ?」
と、話をユンに振りつつ、ユンの尻を撫で上げる。
おい……。
「あー! またまーのお尻さわったー」
「うんうん。ユンは安産型の良い尻だ。メンコイ子をたくさん産めるぞ」
「ホント? 騎士さま聞いた? まーは安産型だって!」
「いや、それセクハラだから。後ろ足でそのおっさん蹴りあげていいぞ」
尻を撫でただけで分かるわきゃないだろう。
「おっま、オラの楽しみバラすでねーよ」
「えっ、嘘なの? まー騙されたの!?」
うん、やっぱりユンも足りない子だわ。
「まっ、尻を撫でたのは楽しむ為だが、体の調子はちゃんと見た。悪いとこはねえ。だからレースは頑張れよ?」
と、おっさんはユンの尻を撫でただけで、そそくさと帰っていった。
「胡散臭い医者がいたもんだ」
「でも、もとは聖職者だったらしいよ?」
「どうせ、セクハラで破門されたとか言うオチだろ?」
「違うよ。競馬で身持ちを崩したんだよ」
ギャンブルにまでのめり込んでるんかい!




