二百十三話 絶対だよ……? そーれっ!
馬人の子の名前はユンだった。
ニンジン生えてた。
ちびっ子見付けた。
「ここにいると、ねーちゃんみたいにどくされちゃうぞ」
「どくされちゃうどくされちゃう」
そんな捨てぜりふを吐いて、キャーキャーと騒ぎながらどこぞに散っていくちびっ子を見送る。
やはり、ちっこい子はいいな。
どこかに落ちてたら城なしに是非持ち帰りたい。
満足した俺は、まっすぐテントに向かうユンの後に続く。
テントに入れば、ユンの家族と顔を合わせて挨拶でもするんだろか。
それは緊張をせざるを得ない。
なんて、思って身構えてみたのだが──。
「鞍を取ってくるから、ちょっと、ここでまっててね」
「ん? 鞍って馬の背中に載せるやつだろう? またどっか行くのか?」
「特訓だよ? だってレースまでもう7日しかないもん」
「ああ、時間が無いんだっけか……」
せめて、一息着きたかったんだけどな。
──どうやら直ぐに特訓を始める様だ。
ユンがテントに入ってからしばらくすると、鞍を背負って戻ってきた。
鞍は、二足歩行する事を考えてか、左右の肩からリュックの様に二本ベルトが伸び、更に胸のしたと腰の辺りで別のベルトが支えている。
「またせてゴメン。それじゃあ始めよっか」
「お手柔らかに頼むよ」
「大丈夫。落馬さえしなければ、後はまーが、がんばるから」
それはそれで情けないが、初心者がレースに出るのであれば、落馬しないだけでも上出来か。
あまり、時間の無いときの目標は、複雑なものより単純な方が良いと聞く。
「しっかし、四つん這いで走ったりして手や膝が痛くないのか? 石とか膝で踏み潰したら悶絶しちゃうだろ」
「砕くから平気だよ?」
「砕くの!? 石を膝で!?」
先に膝が砕けるだろう。
いやまあ、素手で石を砕けそうなお姫さまだっているし、本来女性というのはゴリラ並の筋力があるが、それを隠しているだけなのかもしれない。
しかし、すべての女性が秘密を守れるものだろうか。
世界の半分に対して疑いを掛けていると、ユンが俺の目の高さへ両手を運び、手を打ち合わせて見せた。
キンキン……。
「あっ、鉄か」
ユンは指ぬきの革手袋を付けている。
手の腹の下部には鉄が張られて、これがユンの手を保護する様だ。
膝にも似たような鉄が張られている。
さながら人間用の蹄鉄と言ったところだ。
もっとも、蹄鉄は字の通り蹄、すなわち爪を守るものではあるが、似たようなもんだろう。
地を捉えるときはまず、補強した部分から。
そして、安全が確認できたところで指を地につき、後ろへ払うようにして前に進むそうだ。
「じゃっ、軽く流してみようよ」
ユンはくつわをくわえ、手綱を俺に寄越す。
俺はそれを受け取り、ユンに股がりムチ握る。
たいへん背徳的な絵面であるが、さもありなんと馬になるユンの前ではそんな気持ちも吹き飛ぶ。
「行くよ? 手を離さないでね?」
「いつでもこい。手綱はしっかり握ったから離したりしないよ」
「絶対だよ……? そーれっ!」
グンっ!
ユンが後ろ脚をひと蹴りすると、尻にとんでもない力が加わり、尻が加速する。
俺の上半身を残して。
同時に2秒前の絶対は容易く破られ、手綱から手を離してしまった。
当然、下半身と上半身はくっついているので、尻が進めば空に腹を向ける形になり。
「うおおおお!?」
結果、俺の体は宙に投げ出され、大地に背中を打ち付けて、ついでに運悪く転がっていた石に頭も打ち付けそれを砕く。
痛みとショックで、気が遠くなる俺の耳に最後に届いたのは。
「あーっ! うっかり内モモでまーのお腹を挟むように言うの忘れてた」
そんな間抜けなユンの言葉だった。




