二百十一話 その質問は出会って最初にすべきだろう
股がった。
馬人の子が白くなった。
ラビと狂竜がお尻振ってた。
あからさまに尻を叩いて欲しそうなラビと狂竜。
えー……。
これ、絶対叩いたら二人とも泣いちゃうだろう。
でも、いつまでも尻を振って何かを期待しちゃってるし。
まったく、君たちには馬人の子をムチ打つ光景はどんな風に映っていたのかね。
仕方がないなあ。
俺は馬人の子を叩いた時のように、大きく腕を振りかぶり、そして降り下ろした。
ヒュン、スパーン!
「ひええええ!?」
「すー!?」
ムチを降り下ろすと、ラビと狂竜は揃って悲鳴をあげる。
「違うのです! 叩かれたのはラビなのです!」
「すー!? すー! すー!」
そして、互いに自分が叩かれたのだと主張した。
これはおもしろい。
叩いたのは俺の腕なんだがな。
どれもう一度……。
ヒュン、スパーン!
「ひええええ!?」
「すー!?」
やはり、同様の反応をして見せた。
このムチで打った痛みってのはそれほどでもない。
超痛いしっぺ程度だ。
しかし、音が威力に反してやたら響く。
これがちょっぴり怖いのだろう。
「ねえねえ、なんでキミは自分の腕を叩いたの?」
「えっ? ご主人さまはラビのお尻を叩いたわけじゃなかったのです!?」
「すー!?」
馬人の子が真相を明かすと、ラビも狂竜もお目めを真ん丸にして驚いた。
なんだか、そんな様子がおかしくてニヤけてしまう。
「これそれなりに痛いからね? ほらっ、俺の腕を見てごらん? 赤くなっているだろう?」
「あれ? 本当なのです……。で、でも、この子は叩かれた時、すごく嬉しそうな顔をしていたのです!」
「すー!」
えっ?
馬人の子の目をじっと見据える。
サッ……。
あ、目をそらした。
「そ、その、まーたちの一族は叩かれると嬉しくなっちゃうの……」
「ほーん。じゃあ、馬人を見付けたら、片っぱしからムチで叩いて回ってみるわ」
「それはダメ! まーと、まーのお父さん以外は悦ばないんだから! あっ……!」
うわあ……。
自爆した上にとんでもない家族の秘密を知ってしまった。
そんなん聞きたくなかったわ。
まあでも、実際ムチで叩かれると悦ぶ馬もたまにいるって聞いたことがあるし、それは仕方のない事なんだろう多分。
「そんな事より、まーの牧場にいこ!」
「牧場!? 村にとか、家にとかじゃなくて?」
「んー? なんかまー変な事言った?」
いや、変なことしか言って無いだろう。
あっ、いや待てよ?
「実家が牧場とかそう言う話?」
「まーは馬だよ? 牧場がおうちでしょ?」
「そうな……」
馬人ってのは、自分の家を牧場と言うのか。
はたまたこの子が、おかしいだけなのか。
いや、それよりもだ。
「なんかもう俺が騎士さまになる前提で話が進んでいる気がするけど、俺は騎士さまになるなんて一言も言っていないぞ?」
「あれ? まーの為にいっぱい騎士さましてくれるって約束したよ?」
「してないしてない」
この子には申し訳ないが、俺が騎士さまになるのは難しい。
騎士さまについて詳しく知り得たわけじゃあないが、話からさっするに長い間ずっとこの子と一緒にいなければならないだろう。
見世物小屋の人たちの事もあるので、それは出来ない。
「どうしてもダメ? まーに股がったのに?」
「俺を必要としている人がいるからな」
「まーもキミが必要だよ……?」
ううっ、結構食い下がってくる。
しかも、だんだん瞳に涙が貯まってきてるし。
これは断り辛い。
ならば妥協案だ。
「分かった。1回だけならレースに出ても良い」
「本当に!? ヤッター! 良かった!」
「そんなに嬉しいのか」
馬人の子の目に貯まった涙は、キレイさっぱり引っ込んで満面の笑顔に変わった。
現金なヤツだ。
「前の騎士さまには捨てられちゃうし、次のレースまで日がないし、次のレースで負けたら、二度とレースに出られなくなっちゃうからどうしようかと思ったよ」
「そうか。それは良かったな……。ん? 負けたら二度とレースに出られなくなるのか!?」
「うん。遅い馬は必要ないんだってさ」
あっけらかんと、とんでもない事をのたまってくれる。
責任重大じゃないか。
何で会ったばかりの俺にそこまで……。
「ハッ! まー、すごい事に気がついちゃった」
「ん? いったい何に気がついたんだ?」
「まーは、キミを知らないよ? キミは誰なの? どうしてここにいるの?」
今更かい!
その質問は出会って最初にすべきだろう。




