二百十話 まーの騎士さまになってよ!
シノを助けた。
お使い頼んだ。
女の子が泣いてた。
はてさてどうやってこの子を慰めたものか。
抱き締めてもう大丈夫だよと、耳元で囁いてみる?
いやあ、俺がやったら犯罪臭が漂いすぎて拒絶するだろう。
あとなんか、鳥肌がたつ。
ここはあれだ。
遭難者を発見した山狩りの隊員Aにでもなったつもりで、声を掛けるのが無難だと思われる。
よし……。
俺は心を決めて、“おーい”と口にすべく口を開く。
だが──。
「おー、おわああああ!?」
ズザザザザザ……。
──力みすぎたのか足を滑らせ、俺まで穴に落ちてしまった。
「ひゃん!?」
しかも、運悪く女の子の背に落ちて馬乗りに。
「す、すまん。事故だ。別に何かしようってわけじゃあない」
慌てて退こうとするも。
「まって! 降りないで!」
強い口調で止められてしまった。
「えっ? なんで?」
「キミとなら、まーは一緒に走れそうなんだ!」
「走る……?」
いったい何を言い出すんだこの子は。
俺はまったく話についていけず、かといってどうする事も出来ずに、女の子に股がったまま呆然とするしかなかった。
そんな折にボワっと女の子の体が輝く。
続いて、頭の先から順につま先まで舐めるように変化が起きる。
髪や、肌、尻尾まで、真っ白なものに変わったのだ。
「すごい……。まーが、真っ白になっちゃった。体も軽い……」
いったい何が起きているんだろう。
取り合えず今思う事と言えばもう帰りたいと言う事だ。
うん、帰ろう。
「なんだかとても元気そうだし俺帰るわ。じゃっ……」
「そんなのダメだよ! まーはもうキミの馬なんだから責任とって!」
「責任!?」
なんだか、重たい言葉が出てきた。
責任と言われてしまうと、簡単には逃げられない気分になる。
「なあ、責任って俺は何すりゃ良いんだ?」
「まーの騎士さまになってよ!」
「騎士さま? 騎士さまってあれか? かっこよさげな剣もって、これまたかっこよさげな鎧着てるやつ?」
なんだか、陳腐なイメージだが、騎士とかそれぐらいしか知らない。
「剣も鎧もまーの騎士さまには要らないよ? 必要なのはムチだもん!」
「ムチ!?」
「はいこれがムチね」
とんでもない事を言い出すので、何かの間違いかと思いきや、手渡されたのは本物ムチだった。
もちろん、人を叩いて楽しむ特殊な趣味の方々が使うような物ではなく、乗馬用のムチだ。
良くしなる棒の先に、矢尻のような薄っぺらくて小さい革の板がくっついてる。
「まさか、これでお前の尻を叩けとは言わないよな?」
「えっ? ムチってお尻を叩く以外に使い道ってあるの」
「そりゃあ、それ以外の使い道なんて俺も知らないが……」
論点はそこじゃあなくない?
まあ、そこまで言うなら尻を叩くしかあるまい。
俺は大きくムチを振りかぶると、全力を込めて女の子の尻に降り下ろした。
ヒュン、スパーン!
「ひゃああああ!?」
すると女の子は、驚きの混ざった不思議な叫び声と共に跳ね上がった。
大層な跳ね上がりっぷりで、穴から脱出してしまったほどだ。
「ね、ねえ! なんで叩いちゃったの?」
「えっ? 叩いてくれって意味でムチを寄越したんじゃあ無いのか?」
「そうだけど、そうじゃないよ!? 走るとき以外でお尻を叩いちゃダメなんだから!」
なるほどわからん。
ともかく、女の子の尻を叩くなんて、とてもとても心が痛むので求められるまでは、ムチを振るわないことにしよう。
「で、結局騎士さまってのは何をすれば良いんだ?」
「まーのお尻を叩くんだよ?」
「あっ、そう……」
ダメだこの子賢さが足りない。
「でも、走るとき以外は叩いちゃダメなんだろう? じゃあ、走ることに目的があるハズだ」
「まーは走ると楽しい!」
「そっか、それは良かった」
話が進みませんがな!
それでも、根気よく会話を続けると、騎士さまってのは、この子たちの様な馬人に乗って、戦う人を指すらしいと言う事は分かった。
ただし、この子は戦闘をするわけではなく、あくまで競走をするだけの競走馬なんだそうな。
「つまり、俺が騎士さまとしてすべき事は、レースに出て勝つことだと?」
「うん。だから最初からそう言ってるよ?」
「言っとらんわ!」
結局、ここまで聞き出すのにどれだけ時間が掛かったことか。
ラビたちをだいぶ待たせてしまったじゃあないか。
ん? そう言えば、何も言って来ないけれどラビたちはどうしているんだろう。
気に掛かり、辺りを見回すと、俺に尻を向けて四つん這いになり、その尻をフリフリ揺らすラビと狂竜の姿が──。
いや、俺にどないせいと……。




