二百八話 助けてあげてほしいのです
ラビを抱き枕にした。
ツバーシャがやる気を出した。
シノが叫んだ。
青々とした草の繁る丘に、ブタの魔物から逃げる人影の後には草を踏み散らかされて、真っ直ぐな道が出来ている。
ブタの魔物に追われているのは二人。
ブタの魔物の存在もおかしいのだが、この二人が特におかしい。
一人が四つん這いになって、もう一人が馬乗りになっている。
わけがわからん。
肩車とかおぶった方がずっと早いはずだ。
なのにあの格好で異様な速度を出している。
「まあ、ブタより早いし助けなくても逃げ切れそうだな」
「あっ、転んだのです!」
「すー!」
「手を使って走ってるのに!?」
何故転ぶ?
ああ……。
どうやら運悪く地面に空いた穴に落ちたらしい。
幸い、ブタとの距離は離れているので穴から脱出する時間はありそうだ。
二人は協力して穴から出ようとしている。
馬乗りになっていた方が、もう一人を踏み台にして……。
「あっ、一人で逃げたのです!」
「うわー……。仲間を見捨てて逃げるとか最低だな」
「かわいそうなのです……」
穴はさほど深くないようだが、残された方は苦戦している。
「ご主人さま……?」
ラビが助けてあげてほしいのですと、言わんばかりに上目遣いに俺を見詰める。
「ああ、助けるよ。急ぐからしっかり掴まっていておくれ」
「やっぱり、ご主人さまはご主人さまなのです!」
「すー!」
期待がこそばゆい。
ご主人は空を飛ぶしか能がない普通の人間なんだがな。
まあいい。
さっさとあのブタを仕留めてしまおう。
俺は体を傾け急降下の姿勢を取った。
このまま接近して魔法をぶちかましてやる。
が、後2秒で接触と言うところで致命的なミスに気が付く。
魔法を使うのに手を使ったらラビを落っことすんじゃないか?
もしかしたら、片手で大丈夫かも知れないが、万が一ラビを落としてしまって、ラビがミンチになったら──。
ドフッ!
──考えている間に俺は頭からブタの腰に衝突した。
「ぷぎぃ!?」
悲鳴をあげるブタ。
「ぬああああ! 頭が痛い……」
ラビは庇えたが、俺もただでは済まず悲鳴をあげる。
柔らかそうな感じがしたんだが、骨に当たってしまったようだ。
ブタの骨よりは、俺の頭の方が固かったようで、ブタはヒクヒクと痙攣して動かなくはなった。
「ご、ご主人さま! ご主人さま!」
「大丈夫。怪我は無いよ。でも、痛いもんは痛い。やさしく頭をさすっておくれ」
「わかったのです! さすさすさすさす……」
おっ、意外と効果がある。
「まだ痛いのです?」
「んー。痛いような痛くないような? 念の為、もう少しさすっておくれ」
「むー? ご主人さまもう平気そうなのです!」
「すー!」
バレたか。
「さて、穴に落ちた人を助けに行くか」
「あ、ご主人さま! ツバーシャちゃんも降りて来るのです!」
「げっ、こっちに来るし!」
少し離れたところを目標にしてくれれば良いものを。
俺は、ラビを捕まえると急いでその場から飛び退いた。
直後、ツバーシャの巨体が迫る。
ズドォ!
「ぷぎぃ!?」
ツバーシャはブタと衝突。
スザザザザザ……!
そのままブタを巻き込んで、爽快に大地を抉っていった。
後ちょっと避けるのおくれたら、俺も巻き込まれてたわ。
ツバーシャは俺で地面を耕すつもりか!
そんな俺の心の叫びはいざ知らず。
「ルガアァ?」
ムクリと起き上がったツバーシャは首を傾げる。
恐らく、“なんで私怪我をしてないのかしら……”とでも、思っているんだろう。
体の節々を見回して、怪我の無い事を確認しては、パッと明るい顔をする。
そして、胸を張った。
「フン……!」
いや、着地が上手く言ったわけじゃあなくて、ブタがクッションがわりになっただけだからな。
しかし、繊細なツバーシャにその事実を告げたりはしない。
ブタに止めを刺す手間が省けたと思う事にしよう。
「あれ? おシノちゃんが見当たらないのです」
「すー?」
「えっ? 嘘だろう? ツバーシャ、シノ落っことして来ちゃったの?」
慌てて辺りを見回すもシノの姿はやはり見つからない。
シノの事だ。
簡単にはくたばりはしないと思うが。
「おーい、誰か助けてほしいのじゃあ……!」
あっ、シノの声だ。
「シノ? どこにいるんだシノ!」
「ご主人さま。ここからおシノちゃんの声がするのです!」
「えっ? ここ?」
ラビが指さす先にあったのは無惨にも息絶えたブタの下だった。




