二百七話 野生のブタはいないしブタの魔物も存在しない
それから更に一週間後の朝。
「ご主人さま起きるのです!」
今日も今日とて、ラビが俺を起こしにくる。
「んー……。もっと寝ていたい」
「でも、あと、3秒で朝の鐘がなるのです!」
「3秒……?」
1……。2……。3……。
カランコローン……!
ふむ、ピッタリだ。
大した体内時計を持っている。
だが寝る。
「ぐぅ……」
「ご主人さま。二度寝しちゃダメなのです!」
残念、既に四度寝だ。
ふむ。いつまでも、俺を起こさせるのはかわいそうか。
ならば。
「ラビ、起き上がるから手を貸してくれ……」
「なんだか今日のご主人さまは甘えん坊さんなのです」
そう言いながらも、ラビは手を貸してくれる。
俺はラビの手を取ると体重をラビに預けた。
「わわっ……?」
バランスを崩すラビを受け止める。
後ろから抱き締め、顔をラビのお耳とお耳の間に埋め、更には翼を前に持ってきてしっかりホールド。
「はっはっはっ。罠にかかったなもう逃がさんぞ」
「ご主人さま、何をするのです?」
「一緒にお寝坊さんしよう」
このところ、俺らしくもなく毎日毎日食料をかき集めるのに翻弄されて疲れたのだ。
今日ぐらい、怠惰に飲まれてダラダラしたって構わんだろう。
ああ、俺の頬がラビのお耳に触れると、ピッピッ、ペチペチと動いて楽しい。
「まったく身動きできないのです……」
「むふふ。今日のラビは抱き枕だからな」
「抱き枕って何なのです!?」
まだまだ、お日さまも本気を出さないから肌寒い。
そんな時、ラビの体温は心地よいもので、まぶたがぐーっと重たくなる。
あと2秒あれば寝れる。
が、そこで──。
スパーン!
──と、良い音立てて、乱暴にふすまが開かれる。
「私も行くわ……」
「お、おう。行くってどこに?」
「今日も地上の様子を見に行くんでしょう? 私も行くわ……」
突然どうしたツバーシャ。
今までずっと引きこもっていたのに。
なんで俺のやる気がない今日に限ってやる気を出してしまったんだ。
しかし、引きこもりがやる気を出したときには決して邪魔をしてはいけない。
ある大学でネズミを使ってとある実験が行われた──。
実験の内容は極めて簡単な物だ。
まず、狭い箱を用意して中にネズミを入れる。
そして、ネズミに二本の電極を繋いで、箱の中から出ようとする度に、死なない程度に電流を流す。
ただそれだけ。
しかしながらこれを繰り返していくと、ある時から何をしてもネズミは箱から出ようとしなくなったそうだ。
電極を外して無理矢理外に出そうとすれば、箱にしがみついて必死に抵抗し、外へ出して自由にさせても直ぐに箱の中へと帰って行ったと言う。
──そう、引きこもりとは、箱の中のネズミなのだ。
そんな箱の中のネズミが外に出たいと言っているのだ。
邪魔をしてしまえば、直ぐにでも穴に帰ってしまうだろう。
あーあ。
今日はダラダラしていたかったんだけどな。
致し方がない。
俺は、堕落の誘惑を振り払って立ち上がる。
「分かった。じゃあ、直ぐにでも地上の様子を見に行こう」
「ごはん食べないのです?」
「歩きながら干し芋でも食べよう」
悠長にごはんの支度をしていたら、ツバーシャの気が変わってしまう。
そのツバーシャは──。
「シノも行くのよ……」
ガシッ。
「ふにゃあ……?」
──寝ぼける猫姿のシノを抱えて、ズンズカ歩き出す。
寝てるシノも連れていくのか。
まあ、忍者だし直ぐに起きるだろう。
そんでもって空の上。
「ふぎゃああああ? なんでわぁは空の上にいるのじゃあああああ!?」
予想に反して、シノはツバーシャの背中からずり落ちる直前まで起きなかった。
今は人の姿になり、必死にツバーシャの尻尾にしがみついている。
許せシノ。
箱の中のネズミを邪魔する分けにはいかなかったんだ。
「しかし、今日の地上は陸か。学校はお休みだな」
陸を探索するとなれば、お姫さまは外せない。
「ご主人さま。そんなことより、魔物に人が追われているのです!」
「すー!」
「そらまずい。助けんと……。って、なんだありゃ?」
ラビの指し示す先では異様な光景が広がっていた。
まず、人を追いかけているのはブタの魔物だ。
ここから既におかしい。
魔物とは自然発生する巨大な野性動物。
野生のブタなんていない。
だからブタの魔物は存在しないはずなのだ。
更にブタの魔物だけではなく、追いかけてられている人の方もおかしい。
それは──。




