百八十四話 抜けない城なし
サボテンが掲げられた。
葉っちゃん助けた。
ツバーシャの事忘れてた。
シノに垂らしてもらったロープを上るとシノが待ち構えていた。
ロープを上る途中ツバーシャの飛び立つ姿はなかった事と合わせて、嫌な予感が的中したのだと悟る。
「シノ。ツバーシャに何かあったのか?」
「それが……」
シノが言い淀む。
自分の目で確かめた方が良さそうか。
俺はシノにツバーシャのところへ案内してもらう事に決めた。
だが。
ドゴォ……!
しかし。
ドゴォ……! ドゴォ……!
その時。
ゴゴゴゴゴゴ……!
城なしが動いた。
2、3度突き上げるように強く揺れ、やや強い揺れがしばらく続く。
これが数回繰り返される。
「今のは一体……」
「主さま! アレを見るのじゃ!」
「アレ?」
言われてシノ先示す場所──城なしから城なし一つ分離れたところ──を見やるとこの距離と高さでも分かるほど地面が隆起していた。
これは……。
もしかして城なしは飛び立とうとしているのか?
でも、城なしの下の地面に石の根を這わせたものだから中々飛び立てずにもがいていると。
そう言う事なのか?
ならなんで根っこなんて生やしたんだ城なし!
ともあれ、これにより状況に変化が起きた。
地面が盛り上がった為にポールランドとヒゲリアを足止めできたのだ。
こちらからは盛り上がった地面がどんな感じなのかは詳しく伺えないが、恐らくは切り立った崖の様になっているに違いない。
加えて、こんな事があったものだから兵は怯んで動揺している。
だいぶ時間が稼げそうだ。
グッジョブ城なし。
だが、喜んでばかりもいられない。
このまま城なしが空へと飛び上がってしまったら、見世物小屋のみんなを城なしに乗せるのが困難になってしまう。
それは不味い。
早く見世物小屋のみんなを城なしに乗せなくては。
「シノ、時間がない。急いでツバーシャの元へ案内してくれ!」
「分かったのじゃ!」
そして、俺たちはツバーシャの元へ。
ツバーシャは城なしの中心、魔女ドリンクの池から少し離れたところに倒れていた。
口の端からは泡をこぼしピクリとも動かない。
「ツバーシャ!?」
俺は慌ててツバーシャを抱き起こすと首筋にそっと手を当てた。
トクン……。トクン……。
弱々しいながらも脈はある。
「ツバーシャしっかりしろ! 一体誰にやられたんだ!?」
ツバーシャの体を揺すぶり、俺は何度もツバーシャに呼び掛ける。
「……いで。……から」
すると程なくしてわずかに口許が動いた。
俺は耳をツバーシャの口に近づけ、ツバーシャの遺言に文字通り耳を傾けた。
「揺らさないで。お願いだから……」
「あ、ああ。すまない」
「朝からずっと揺すられて気持ちが悪いの……」
なるほど、命に別状は無さそうだ。
しかし、体力が相当失われているのでこのままツバーシャをみんなのところに連れていくのは酷だ。
「待ってろ、今魔女ドリンクを飲ませてやる」
俺はツバーシャを魔女ドリンクの池の縁まで運んだ。
そして地面に座らせる。
ハズだった。
弱っている人と言うのは健康な人より重いものだ。
加えて、無理に急いで城なし登りをした俺の手は限界に達していた。
そう、それらが重なって悲劇を起こしたのだ。
ズルッ。
ドッポーン……!
手が滑ってツバーシャを魔女ドリンクドリンクの池に落としてしまった。
「ツバーシャ!」
「がぼぼぼぼぼぼぼ……」
「い、今助ける!」
「落ち着くのじゃ主さま! 今の主さまは、気が先走って浮わついておる。主さまは泳げぬじゃろう。わぁが行く」
うっ……。
確かにシノ言うとおりだ。
呼吸を整えて落ち着こう……。
俺は一度大きく息を吸い込みゆっくりと吐き出した。
そうして、俺が落ち着きを取り戻す頃には、ツバーシャもシノによって助け出された。
「散々だわ……」
ツバーシャは全身魔女ドリンクまみれで鼻血ダバダバ。
どこまでが魔女ドリンクなのか、どこまでが鼻血なのか分からない有り様だ。
「すまないツバーシャ。俺はどうかしていたみたいだ」
「別にいいわよ……」
嫌みや罵倒のひとつも覚悟していたが、今日のツバーシャは寛大だった。
ならば、寛大ついでにもう一つ。
「重ねて済まないんだが、みんなを助けるために協力して欲しい」
俺はツバーシャに事の経緯をかいつまんで説明した。
「別に……。いいわよ……」
あっ、ツバーシャの目から光が消えて死んだ社畜の様な目に。
とうとう身に掛かる辛労に屈して心が砕けてしまったか。
ツバーシャにとっては今日、昨日と不幸続きだから無理もない。
だが、許せツバーシャ。
後で幾らでも引き込もって良いから。
ともかくこれでみんなを助けることが出来る。
俺はそう確信した。
しかし、その直後。
ゴゴゴゴゴゴ……!
まるでタイミングを計ったのかの様に再び城なしが揺れ始めた。




