百七十二話 焼け跡で
ジュリを追い返した。
ラビがもっと穴を掘った。
テントが燃え落ちた。
それから2時間後。
「暗いし狭いし息苦しいわ……」
「穴の中だからな」
そう、俺たちはラビの掘った穴の中で火事をやり過ごした。
火事が発生してから穴を掘っても普通なら間に合わないが俺たちにはラビがいる。
普通なら穴に逃れても焼け死ぬ恐れがあったが魔女の木のおかげで難を逃れた。
「ラビはへっちゃらなのです!」
「そうかそうか。ラビは偉いな」
難を逃れたところまでは良かったんだが、穴はそこまで広く広げられなかったのでとても狭い。
ラビやツバーシャはしゃがんで座れるが、背丈と翼のある俺は這うようにして収まっている。
狭い穴というのはとてもストレスのたまるものだ。
そろそろ俺も限界が近い。
“うわああああああ!”奇声をあげたくて堪らん。
「にゃーん」
猫の姿で余裕なシノがうらやましい。
「よし、そろそろ出るか。ツバーシャ、悪いが穴の入り口にあるフタ代わりの壺をどかして見てくれ」
「ん、んん……! ダメね、持ち上がらないわ……」
「げっ。参ったな。壺の上にガレキが積もってるのか」
せっかく助かったのに生き埋めとは勘弁してほしい。
「壊すわ……」
「うん、それしか方法はないか。でも、ちょっと待って壺の中には水が」
「フン……!」
パシャン!
あーあ、割りおった。
「濡れたわ……」
「そうな。石ってのは加熱すると割れる事があるから水を入れていたんだよ」
「先に言って欲しかったわ……」
いや、言おうとしたし。
まあ、そんなのはどうでも良い。
「どうだツバーシャ。外に出られそうか?」
「何かが詰まってる。どかしてみるわ。フン……!」
ドドドドドド……!
「げっ、なんかなだれ込んできた! なにこれなにこれ?」
「魔女の実なのです!」
あー。
炎のエネルギーを吸って大量に実を落としたのか。
「取り合えず、邪魔になるから全部俺のウエストポーチに入れておくれ」
そんな些細なトラブルにみわれつつも何とか皆で外に出た。
俺だけ頭から穴に突っ込む形で入り、中で反転も出来ず、仕方なしに足からニョキニョキョキ這い出したのは余談だが。
「ふう。何とかなったな」
「まったく、何も説明もなしにどうなる事かと思ったのじゃ」
「いや、だって詳しく説明している余裕なんて無かったし」
言いながら俺は体を伸ばした。
長いこと無理な姿勢でいたから体が固くなって仕方がない。
「でも全部燃えてしまったのです……」
「これはどうにも出来なかったからなあ……」
陽は傾き空は赤くなっていた。
それでもまだ明るく火が照らす先には無惨に焼け落ち、元がなんだったか分からなくなった黒いかたまりが転がっているばかりだ。
それでも、焦げあと一つ付いていない魔女の木が何だか不気味に映える。
俺たちはしばらく焼け跡をただただ眺めていた。
それからしばらくして。
「イッちゃん! 無事だったのね!」
ジュリが、俺たちを見付けて駆けてきた。
「大丈夫だって言ったろ? 俺たちの事はいい。そっちはどうなんだ? 怪我人はいるのか?」
「私たちの方は大丈夫。怪我人はいないわ」
「そうか、それなら良かった」
不幸中の幸いとはこの事だろう。
「いや、大丈夫じゃないしまったく良くないよ」
おや、レニオも一緒だったか。
「ダメよレニオ。テントも出店もまた作れば済むわ。生きてさえいればどうにかなるものよ?」
「そうだな。俺も手伝おう。俺に出来る事なら何でも言ってくれ。あっ、結婚しろってのはダメだぞ? まだお友だちだからな」
「うふふっ、ありがとう。でも、結婚はもう良いの」
おや? いったいどんな心境の変化だろうか。
「さっきの火事でイッちゃんを見捨てた時に私思ったの。私の手の平はもういっぱいでイッちゃんを掬える余裕なんてないんだなって」
「いや、あれは」
「だから、残念だけどイッちゃんとの結婚を今は諦めるわ……」
「そうか……」
望んだ結果とはいえ堪えるな。
あれ……?
何で俺がお断りされた様な雰囲気になってるんだ?
いやまあ、こう言うのは男が甘んじて受けろって何かの本に書いてあったけか。
なら、きっとそういうモノ何だろう。
「まっ、結婚の話が無くなってもお友だちまで解消された訳じゃあないさ」
「あらっ? 私はイッちゃんをずっと諦める訳じゃあないわ」
「えっ?」
「今は諦めるけど余裕が出来たら私はイッちゃんと結婚するわよ?」
なんと、そういう話だったのか。
それはそれでどう答えたら良いかと悩んでいるとレニオが話に割って入って来た。
「ねえ、君もオーナーもいつまでバカやってるの?」
「コラッ、レニオ。バカはないとお姉ちゃんは思うなー」
「いや、バカだよ! 今戦争中で包囲の真っ只中なんだからね!?」
ああ、そんな話もあったけか。
そりゃあレニオも怒ったりするわな。




