百七十一話 もっと掘るのです!
トンビの鳴き声がした。
戦が始まった。
テントが燃えた。
天井の火は緩やかに燃え広がり、その勢いが衰える気配はない。
後10分もあればテント中に火が回るだろう。
何か手を打とうにも牢の中。
仮にここから出られたとしても燃えてるのが天井じゃあどうにもならん。
「主さま……」
「まあ、ちょっとばかしピンチだがどうにかなるだろう。いや、どうにかするよ……。ラビがな!」
「ふえ? ラビが何をするのです!?」
火事の際考えなければいけないのはさっきも挙げた三つの事だ。
一つ、炎。触れたら熱いし火傷する。最悪死ぬ。
二つ、熱。直接炎に触れなくても空気や煙も熱を持つので間接的に火傷する。最悪死ぬ。
三つ、空気。火は燃える時に酸素を消費するので息苦しくなる。また、その際一酸化炭素が発生し中毒になる。最悪死ぬ。
他にもありそうだが俺はこれしか知らない。
さて、魔女の木のおかげで一つ目の炎は考えなくても良いだろう。
多分ここは燃えない。
二つ目の熱は分からん。
根に触れた部分の熱だけが吸収されるのかはたまたこの周辺一帯なのか。
ツバーシャが巨大化する時のエネルギーも吸いとられたので、もしかすると熱による被害は考えなくても良いかも知れない。
まあ、それは良い。
一番の問題は三つ目の空気だ。
酸欠や一酸化炭素中毒は魔女の木ではどうにもならなん。
「と言うわけでラビの出番だ!」
「どういうわけなのです!?」
「主さま。ふざけている場合じゃあ無いのじゃ」
俺は至って真面目なんだがな。
「イッちゃん!」
更に詳しく説明しようとしたところで、ジュリが叫んだ。
火事に気づいて慌てて駆けつけたのだろう、肩を揺らして息をしている。
「今、魔女の木を完成させるからね……!」
「そりゃあ助かるが、完成にはどのくらい時間が掛かるんだ?」
「2時間もあれば十分。だから、イッちゃんは何も心配いらないの」
2時間後には全焼しとるわ!
「気持ちはありがたいが、絶対に間に合わん。俺たちの事は良いから逃げてくれ」
「でも、私のせいで……」
「俺たちがここに閉じ込められたのはジュリのせいじゃあないだろう。たまたま不運が重なっただけだよ」
「でも、私がこんなのを作らなければ……」
「たらればの話をしている余裕は無いぞ。俺たちの事は俺たちでする。ジュリはジュリを必要としている人たちのところへ行って自分に出来る事をするんだ」
「でも……」
キリが無いな。
あまり冷たく突き放す様な言い方は好きじゃないんだが……。
時にはそれも必要か。
俺が意を決して言葉を紡ぎだそうとした時だ。
ゴシャ……!
燃え盛る天井の一部が落ちてきた。
幸い誰に当たると言うことは無かったが、散らかり放題のこの楽屋だ。
ものの数分でここは火の海になる。
「イッちゃん!」
「もう時間が無い。早くここから離れるんだ!」
尚も、離れまいとするジュリだったが、次々と辺りへ燃え移る炎を見て決心がついたようで。
「ごめんなさい……!」
と、涙ながらに言い残して去っていった。
すまんな。
色男なら木の聞いた言葉の一つもかけてやれるんだろうが俺には無理だ。
「ご主人さま! 火がいっぱいなのです!」
「ん、ああそうだな。急いで事をなさんと。ラビ、さっき掘った穴を広げてくれ」
「掘るのです? でも、木の根っこが邪魔で掘れ無いのです!」
「掘れるところまでで良い。外に繋げる訳じゃあないからな」
「わ、分かったのです! もっと掘るのです!」
うむ。
めいいっぱい掘ってくれ。
全てはラビに懸かっているぞ。
「主さまは一体何をするつもりなのじゃ?」
「ん? 俺はなんもせんぞ?」
「な、なんじゃと!?」
おっと、言い方が悪かったみたいだ。
「ラビ一人にやってもらった方が早いんだ。俺たちがラビと一緒に掘っても邪魔になるだけだろう?」
言って、ラビが掘り進める穴を指す。
「掘るのです掘るのです!」
ザザザザザザザザ……。
良い掘りっぷりだ。
これなら間に合いそうだ。
「確かに、わぁたちが加わっても邪魔になりそうじゃが、しかし、何もせぬとは……」
「良いから良いから。あっ、それなら天井を見ていておくれ。まだ、上から燃えた天井が落ちてきそうだからな」
「ぬう。分かったのじゃ」
何やら納得がいかなそうな顔だな。
でも、許しておくれ。
さて、あとは──。
「ん……。んん……」
「スー……。ピー……。スー……」
──いつの間にかツバーシャの枕になって寝ている狂竜とツバーシャを起こさないといけないな。
上手く事が運ぶと良いが……。
そして、それから数分後。
俺たちの頭上からは燃えた天井が降り注ぎ、魔女の木は炎に包まれた。




