百六十五話 希少価値(レアりティ)
ベランダリフトに乗った。
レニオを問い詰めた。
女の子の尻に手がのびた。
しりに迫る酔っ払いの魔の手。
駆けつけねばと一歩足を踏み出した俺。
樽にそっと酒を置く女の子。
次にもっとも早く動いたのは女の子だった。
くるりと身をひるがえしては酔っ払いの頭を掴むとテーブル代わりの樽に叩きつける。
ゴシャ……!
うわあ、鼻からいったよ。
「お、さ、わ、り、は、ダーメ」
女の子は特に怒気をはらむでもなく優しくまるで赤子をあやすようにやさしく酔っ払いに言葉を投げかける。
そして、何事も無かったかのように次のテーブルへと向かって行った。
思わず呆気にとられながら俺はレニオに問いかけた。
「凄まじいな。武道の心得でもあるのか?」
「さあ。舞踏の心得ならあると思うよ」
「えっ? 踊る方?」
いや、まあ酒場だし踊ったりもするか。
ともかく、難は去ったようなので俺たちは楽屋を目指して歩き出した。
「しかし、どっからどう見てもさっきの子は人間に見えたんだが特徴が表に出ない種族なのか?」
「ううん。あの娘は人間だよ」
「あれ? 店を構えているのは異種族だけじゃないのか」
てっきり店にいるのは異種族ばかりと思っていた。
「あっ、でもあの娘も普通の人間じゃあないんだよ?」
「人の生き血を啜ったり、お月さまを見るとワイルドになったりするのか?」
「ち、違うよ。あの娘は遠く離れた国、ポールランドのお姫さまなんだ」
ふーん。
お姫さまなんだ。
そう言われてみれば、姿勢はピシッと胸はってどこか育ちの良さそうな感じはしたな……。
「って、お姫さまになにやらせてんの!?」
「やらせたわけじゃないよ。自分から始めたんだ」
「お姫さまなにやってんの!?」
酒場の他にもっと何かあったろうに。
「と言うか何でこんなところにお姫さまがいるんだよ」
「婚約相手が嫌でお城を出たんだってさ。路頭に迷っているところへ声を掛けたら着いてきたんだ」
「着いてきたってそんな犬猫みたいに」
まあ、ウチも似たようなものか。
「ここが楽屋だよ」
おっと、どうやら目的地に着いたらしい。
いつの間やら人気は遠ざかり、目の前にはでっかいのれんみたいな入り口。
それをめくってレニオが中に入るようにと促す。
「ぐちゃぐちゃしてて歩きにくいのです」
「これはちと酷いのう」
「暗いわ……」
ラビが一番のりで楽屋へ入り、シノとツバーシャが順に続く。
楽屋の中は三人の言う通り、出店を作るための資材やら工具やらで足の踏み場も無いくらい散らかっていて、灯りさえも物に遮られている始末だった。
「あはは。散らかっててゴメンね。これでも小まめに整理しているんだけど人も物も溢れているからすぐ散らかっちゃうんだ」
「別にかまわんさ。それに舞台裏なんてのはどこもこんなもんじゃないか?」
「だと良いんだけどね。ちょっと道を作るよ」
言ってレニオは前に出てひょいひょいと物を拾い上げてはどかしていく。
その間、俺たちの退屈しのぎでもしようと思ったのかレニオが語り出した。
「ここのオーナーはさ。珍しい種族が好きで世界中を回ってはスカウトしているんだ」
「世界中を回ってるって事は普段ここにはいないのか?」
「あっ、ゴメン。言い方が悪かったね。この見世物小屋を率いてボクたちは世界中で見世物小屋を開いている。その先々でオーナーがスカウトしてくるんだよ」
それはまた熱心な事で。
「それでさ。出来たらで良いんだけど……」
「ん? なんだ? 何か俺にして欲しいのか?」
「うん。君たちにはオーナーに会って欲しいんだ」
なるほど。
狙いはラビのスカウトか。
ラビは希少なブラウンラビッ種だ。
その手のマニアには喉から手が出るほど欲しいだろう。
「悪いがラビは譲れないぞ。大切なかぞ」
「ラビはご主人さまの奴隷なのです!」
「うん、そうな。ラビは大切な奴隷なんだ」
しかし、レニオは首を横に振る。
「確かにその子は珍しいね。SRブラウンラビッ種。ただでさえ希少なラビッ種から更に1000人に1人の割合でしか生まれない」
「詳しいな。で、SRってなんだ?」
「希少価値のランクだよ。C、R、SRって感じで順に希少価値の高い種族になってるんだ」
人間はCだそうな。
ちなみにさっきのお姫さまはRになるらしい。
お姫さまは少ないから。
ワケわからん。
しかし、そうするとラビは最高レアりティだ。
ラビ以外にいったい誰が……。
俺はチラリとシノやツバーシャに視線を向ける。
それを目ざとく察したレニオがみんなのレアりティを口にした。
「そっちの娘はRネコマタ、トカゲの子と飛竜の娘はSRだね」
「むっ、やっぱりバレてたのか」
「まあね。でも、オーナーがスカウトしたいのはその娘たちじゃないよ」
シノでもツバーシャでも狂竜ない。
はて、これはどういう事だろう。
「ハッ! まさか……!」




