十六話 えっ、まだ秘密があるの?
シノが空飛んだ。
俺も空飛んだ。
シノが人里目指して駆けていった。
そんなわけだからシノが戻るまで着地した崖の辺りで俺とラビは待機だ。
さて、何か持って帰れるモノは無いだろうか。
「はー。それにしても、ここは絶景なのです」
「そうかもなあ」
見渡す限り緑の山。
どうせなら春か秋の方を見てほしかったな。
そっちのが魅力的だし。
って、ここは日本じゃないのに俺が語るわけにはいかんな。
「ご主人さま。緑のとげとげした実がなっているのです!」
「ほほう。栗か。しかし、これは──」
山ぐりだ。
実が一般的な栗より小さいがずっと甘味がある。
俺はこいつを子供のころ庭にたくさん植えて、怒られた事があるからよく知っている。
栗はとげとげしていて危ないし、花の臭いがきついので、近所迷惑になるからだそうな。
みどりみどりと騒ぐくせに、木を植えると怒るのだから面倒くさい国だった。
はて、桃栗三年柿八年だったか。
多少育っているやつなら、今年から食えるだろう。
小さい木を何株か拝借していきますか。
「まだ実が小さすぎて食べられないけど、甘くて美味しい実になるよ」
「えっ、これ食べられるのです? 甘いのです? ちょっと、想像できないのです」
そう言って疑いの眼差しで栗とにらめっこしながら、棒でつつくラビ。
撫でたくなるなあ。
いや、ここは遠慮せず撫でててしまおう。
「ああ、とげとげしているしね。手で触ると危ないから、俺がやるからね。ナデナデ……」
「むふー。わかったのです!」
ナデナデに満足のため息を吐くラビ。
やっぱりラビは可愛いな……。
って、うん?
前世の世界はうるさかったとぼやいた癖に、俺も危ないとか言っているな。
でも、植えるし。
植えるからセーフだし。
可愛いラビに親バカで何が悪い!
「ご主人さま? 何だか鼻息荒いのです」
「ああすまん。何だかたぎってきてな」
「ヤル気満々なのです?」
そうな。さて、アホなこと考えてないで作業に取りかかるとするか。
根を傷つけないように、木を中心に円を描くようにしてスコップを突き立てる。
そして、ズボッと山ぐりの木を引き抜いた。
そして、ラビがそれを指さす。
「なんだか城なしみたいなのです!」
「そうかあ?」
引っこ抜いた山ぐりの根は、土の塊がくっついていて、逆さにした山みたいになっている。
俺は城なしの方が、もう少し整っていると思う。
「あーるーじーさーまー!」
山ぐりの木をウエストポーチに納めると、ちょうど元気な村娘の声が聞こえてきた。
「おっ、シノが帰ってきたみたいだな」
「何だかまた追われている気がするのです」
確かに追われているが……。
しかし、今度は人間じゃあないな。
魔物だ。
小汚ない、犬のような……。
狼か?
いや、これはキツネだな。
まあ、同じ犬科だから似たようなもんだ。
何やら尻尾が山の様に生えているが、魔物だしそう言うこともあるんだろう。
「すまぬ、主さま! しくじったのじゃ!」
「ちぃ、仲間がいたのか。天狗に、化けウサギまで、裏切りモノの猫又に加勢するのか」
「誰が天狗だこの野郎!」
開口一番人を天狗扱いとは失礼なやつだ。
俺の鼻は赤く延びてなどいない。
しかし、化けウサギはラビだと分かるが、猫又とはなんぞ?
というか魔物がしゃべっとる。
しゃべる魔物っているんだな。
強いんだろうなあ。
出来ればこんなのと殴りあいとか勘弁願いたい。
「まあ、何だっていいや。逃げるぞ!」
「主さま。大凧を用意する余裕が──」
「そのままで良い。行くぞ!」
俺は両手にラビとシノを抱えると空に飛び立った。
空を飛べるというのは大変便利だ。
厄介な相手から簡単に逃げられる。
そう、思っていたのだが──。
「逃がすものか! キツネが空を飛べぬと思うなよ!」
「いや、空を飛んじゃダメだろうがよ!」
クソッ。
とうとう現れたわ理不尽に空とぶヤツ。
宙に足つけて駆けるとか物理法則を無視した飛びかたをしおってからに。
許せん。
「ご主人さま! 凄い勢いで魔物が迫って来るのです」
「あれは、魔物ではなく、物の怪なのじゃ。しかも、かなり高位のモノ……。ふむ、やはり二人も抱えては、早く飛べないみたいじゃな」
「いや、同じじゃないか? あ、シノ。間違っても、自分を置いていけとは言うんじゃあないぞ」
妖怪と言うヤツか?
でっかいキツネで魔物と変わらんと思う。
あっ、妖怪だから空飛ぶのか。
何だその理不尽。
「魔物は魔物じゃ、あんなものと一緒にするでない。しかし、どうするのじゃ? このままでは追い付かれるぞ?」
「忍術でどうにかならないか?」
「無理じゃ。あやつは、九尾のキツネ。半端な術なぞ通用せぬ」
「やっぱり強いのかあ」
俺が空飛んでシノが攻撃。
そんな役割分担を期待したんだがな。
手裏剣ぐらいはあるかも知れないが、刺さっても蚊に刺された程度の傷にしかならないだろう。
なら、逃げの一手だが、こんな体勢じゃ大凧取り出すなんてのも無理だよなあ。
「ご主人さま! もののけが火の玉作り出したのです!」
うわっ。そんなことまで出来るのかよ。
ちょっと不味いな。
二人が炙られたら大変だ。
「裏切りモノは許されない! 死ねええええ!」
「死なんわあ!」
「ぐう、ご主人さまが、とんでもない早さで、ぐるぐる回るのです……」
背後から飛来するのは熱を放つ火球。
これが熱を持たずに小さな矢何かだと見えなかったりするが、熱を放てば気流に大きな変化が生まれるので俺には見える。
見えるのであれば避けるのは容易い。
しかし、このまま打って出なければ、いずれやられそうだな。
格好をつけたは良いものの、やはり、二人抱えて飛ぶのは厳しい。
そんな時、シノが神妙な声色で口を開いた。
「主さま。主さまは、人ならざるモノをどう思う?」
「えっ、今それどころじゃないんだが……。まあ、そうだなあ、俺に害なすならぶっとばすけど、可愛い女の子なら愛でるかな? ラビだって人間じゃあないしな」
下手に答えたら、ラビを傷つけてしまう質問はやめておくれ。
何だってそんなことを聞くのさ。
「わぁたちを追いかけるあの物の怪でもか?」
「えっ? アイツ可愛い女の子なのか!?」
「いや、あれは、おっさんじゃが……」
それは良かった。
敵が可愛い女の子だったら大変厄介だ。
だがおっさんであるなら、どうとでもなれば良い。
俺は女の子至上主義の絶対的な差別者だ。
「まあ、仮にラビやシノが人ならざるモノでもまったく構わないさ」
「ふっ……。そうか、ならその言葉、信じるぞ!」
「一体、シノは何を──」
俺が、言い切る前に、シノの体から煙がたち始めた。
そして、次の瞬間。
「うにゃああああ!」
「おシノちゃんが猫になったのです!」
何だって!?
ああっ! 猫又ってシノの事だったのか!
シノにはまだ秘密があったんだな。
でもなんでそんな事を隠してたんだろう。
まあどうでもいいや、これで軽くなったんだ。
打って出られる!
「無駄な事を。今さら本来の姿に戻ったところで何も出来まい! 我らを裏切り、人間の側に立ち、その人間にすら正体を見抜かれ追われる身になったと言うのに、尚も人間にすがる哀れな物の怪よ」
「なーんも出来なくたって構わんわ。俺がお前何てひと捻りにしてやる!」
「身のほど知らずのわっぱが抜かすなよ!」
なるほど、ペラペラとよく喋る。
まあ、大体事情は掴めたわ。
つまりシノは悪い子じゃあないってことか。
別に悪い子でも助けるけどな。
俺は上体を限界まで反らすと、翼を大地と垂直にし、強制的に失速する。
「これ以上、お前の話に付き合うのは面倒だ。悪いが決めさせてもらう。【木の葉おとし】!」
俺の体は、速度零でヒラヒラと、木の葉のように舞う。
「何!? どこだ!? 何処に消えたのだ!?」
「後ろだよ! 【放て】!」
両者飛行中の急ブレーキで必然的に背後をとった俺は、全ての魔力を解き放ち、キツネの化け物にぶつけた。
「があああああ!? 何故だ! 何故、天狗なんぞにいいいいい!」
天狗じゃねっつの。
「お前とシノの間に何があったのか詳しく分からんし、聞くつもりもない。お前がおっさんで、シノが女の子だからシノを助けただけだ」
「そんな、そんな、下らん理由で我は……!」
下らなくないわ。
大正義だ。
他に理由なんていらんだろう。
キツネは、恨めしそうに山々の間に落ちていった。
「ふう、異世界ってのは、魔物だけじゃなく、妖怪まで襲ってくるんだな」
俺は一息つきながら、言葉を漏らしたのだが、それは、独り言になった。
ん? 何だ? おや、二人ともぐったりしている。
「二人ともどうしたんだ?」
「きゅうー……」
「にゃあー……」
あっ、急激に減速したから、貧血で意識がとんでしまったのか。
何だよう。
お前たちのご主人さま、主さまは、ちょっと良いとこ見せたんだぜ?
まあ見ていて貰えなかったのは残念だが、二人とも無事だからよしとしよう。
さて、お家に帰りますか。山ぐりの木を植えなきゃな。
あっ。シノは猫だけどひよこは大丈夫だろうか?




