百四十四話 横長のあいつ
未来を垣間見てから一週間後。
長い長い雨とも今日でお別れ。
久しぶりに地上に降りることが出来た。
「晴れたのに空をあまり飛ばないのね……」
「街が近いからな。空を飛び続けていたら騒ぎになる」
「せっかくのお天道様なのに軍隊に追っかけ回されたくはないのう」
「お空じゃなくて、地面のお散歩も楽しいのです。あっ……」
俺の横を歩いていたラビが急に足を止めた。
目を細めてお耳をピンと立てる。
「また来るのか?」
「また来るのです……」
「そうかい。じゃ、みんな道の端に寄っておくれ」
それから少しすると。
「ブヒュルルルルルン!」
ガシャガシャガシャガシャ……!
騒がしい音を立ててすぐ横を馬車が過ぎる。
「うおっ! 近っ。危ないなあ。馬車に跳ねられたら凄く痛そうだから安全運転して欲しい」
「血も出るわ……」
「いや、普通は馬車に跳ねられたら死ぬし、痛いとか血が出るとかの騒ぎじゃ無いのじゃ」
やれやれ、人里に近いってのは厄介なもんだ。
出来れば人のいそうなところは避けたかったのだけれど……。
城なしがピタッと大きな街の空に陣取って動かないから仕方がない。
まっ、諦めるしかないわな。
城なしがあの街に惹かれる理由は分かるし。
「しかし、何だってあんなに狂ったように馬車を飛ばしてるんだか」
「ふむ。あの必死な様子から見て何かから追われているような感じがするのじゃ」
「何かってアレかしら……?」
言われて見やれば、再び馬車が駆けてくるのが確認できた。
そして、その後ろには薄汚い白さの毛にまみれ、四本の足で地を駆ける巨大な動物。
いや──。
「魔物かっ!」
しかし、何の魔物だ?
頭には背に向かって反り返る角。
それでいて、ヤル気無さげな表情。
アレは──。
「メエエエエ……」
──ヤギの魔物か。
「あんまり強く無さそうだな」
「お肉なのです!」
「旨そうなのじゃ!」
「解体が面倒ね……」
加工する前の魔物で良くヨダレを垂らせるね君たち。
まあ、そんだけ期待されているなら決まりだな。
今夜はジンギスカンだ。
「ひいいい! 助けてくれー!」
馬車を操る男が俺たちを見付けて叫ぶ。
おいおい。
こっちには女の子が三人いるんだぞ?
そこは普通逃げろと言うところだろうに。
まあいいや、ジンギスカンを引っ張って来てくれたんだ。
感謝しておこう。
「私がやるわ……」
「いや、俺がやる。ツバーシャだと肉が痛みそうだし」
「そう……」
おや、もちっと食い下がるかと思ったんだが、素直に引いたな。
やはり、肉なのか?
「メエエエエ……」
おっと、大分迫って来た。
それじゃあ、サクッと決めてお肉を頂くとしますかね。
俺は駆けた。
馬車の横を抜けてヤギの正面へ。
一撃で決める。
だから、狙うのは頭だ。
魔力を練って飛び上がる。
が、その時ヤギと目があった。
「へー。ヤギって横長の瞳孔なんだ」
ドコォ!
「ぐふっ……!」
いかん、初めて間近で見るヤギの瞳に気を取られて頭突き貰っちまった。
俺は吹っ飛んでゴロゴロと地面を転った。
「ご主人さま!?」
「イテテ……。大丈夫だよラビ。ちょっと油断しただけだよ」
「いや、主さま。早く退かないと轢かれるのじゃ」
分かっているさ。
こうなったら、もう頭に飛び掛かる余裕なんてない。
だが──。
ヤギは勢い殺さず、そのまま駆けてきた。
踏み潰す、あるいは足をぶつけるだけでも事を成せると考えたのか、俺の方にはもう見向きもしない。
「俺が言えたことじゃあないが、油断はするもんじゃあないぞ?」
ガッと俺の目と鼻の先で右足が地面を捉える。
今だ!
「【放て】!」
巨体の体重のほとんどが右足に乗った状態。
そこへの一撃。
ヤギは派手にバランスを崩して崩れ落ちる。
当然俺の上に……。
あっ、いかん。
無理避けられない!
ゴシャ……!
「ちょっと。油断しすぎよ……」
でも、ギリギリでツバーシャに助けられた。
「いやあ、面目ない。でも、こいつの目が気になってな」
何だかじっと見ていると変な気分になってくる。
「確かに不思議な瞳をしているわね……」
「だろう? まあ、兎に角助かったよツバーシャ」
「フン……!」
おや、久しぶりにツバーシャの“フン!”が見れた。
照れてるのかな?
あっ、ツバーシャが人の姿の時に助けてくれたのは初めてだ。
目立たないように気を使ってくれたのか?
ふむ。もうちょっと、感謝を口にしても良いかもしれない。
「ありがとうツバーシャ」
「い、良いわよ気にしなくて……」
「いやいや、感謝してもしきれないよ」
「ふ、フン……!」
あっ、顔が真っ赤になった。
こうなると何だかいじくりたくなる。
さて、どういじってみようか──。
「あのう……」
──だが、俺のそんなイタズラの企みは、なんだか申し訳なさそうな男の声で中断された。




