百四十一話 城なし大車輪
船が傾いた。
体が透け透けになった。
そして意識を失った。
次に目を覚ますとそこはいつもの城なしだった。
ぼんやりまなこに、俺を覗き込むツバーシャの気だるげな顔が映る。
しかし、目が合えば互いに視線をサッとそらす。
哀しきニートの性よ。
「望んだ未来は見えたのかしら……?」
「どうだろう、あんまり良い未来じゃあ無かったからなあ」
「そう……」
未来なんて軽い気持ちで覗き見るものじゃあない。
でも見なければもっと酷い結果になった。
ややこしい話だ。
まあ、その辺りの事を考えるのは後にしよう。
まずは風呂だ。
丸一日風呂に入らず、雨や潮風に晒されたもんだからたいへん気持ち悪い。
たがその前に。
未来を見るために使ったこの水をどうにかしないとな。
放っておいたら何が起きるか分からん。
「この水どうしよう。濁った虹色をしているから撒くのは怖い。城なしが汚染されそう」
「龍の鱗よ? 飲んでも問題ないわ。むしろ飲んだら強くなれるかも知れないわよ。試してみる……?」
「これ大老の鱗だぜ? 飲んだら狂竜に弟か妹が出来そう」
第二児出産には早すぎる。
一ヶ月も差のない兄弟とかご近所様にスキャンダルされそうだ。
はてさてどう処分したものか。
大丈夫と言われてもやはり気になる。
あっ、そうだ。
取り合えずウエストポーチに注いでおけば良いや。
なんて思い立ち、水の入った壺に手を掛けたところで城なしが揺れる。
ゴゴゴゴゴ……、バクンっ。
そして城なしが壺を食べた。
「うえええ? 城なし、そんなの食べたらお腹壊すぞ!」
って、城なしに臓物なんぞないか。
そもそも石を食べるぐらいだ。
どうにかなる事なんて──。
グラリ……。
「──なあ。今城なし傾いてないか?」
「何も感じないわ。あんたが疲れてるんじゃ無いかしら……」
「そうかぁ? じゃあ、とっとと風呂の支度をするか」
しかし、立ち上がったところで。
グラリ……。
「やっぱり傾いてる。まったく、変なもん食べるからー」
「龍の鱗は変なモノじゃないわ……」
「龍の鱗って聞こえは良いけど、爪とか垢とかと変わらんだろう」
「そう言われると、変なモノにしか思えなくなるね……」
そうだろうそうだろう。
しかし、なんだってあのタイミングで食べたりしたんだろう。
賢い城なしの事だ。
俺が城なしにあの水を撒いたりせず、ウエストポーチに入れようとしていたのは分かっていたハズだ。
だとすると……。
ガクン。
おっと、どうやら考え事をしている余裕なんて無いようだ。
何やら更に城なしの様子がおかしくなってきた。
背筋に冷たいものが走る。
比喩じゃあない。
本当に冷たい風が吹いているのだ。
「マズイ! なんだか知らんが、城なしの維持機能に影響が出てる。このままじゃ墜落する! かも?」
「そう……」
「いや、落ち着きすぎだろう。もうちょっと慌てても良いんだぞ?」
「城なしが落ちるなら空を飛べば良いわ……」
「そうな。そらそうだ。でも、ツバーシャはそうかも知れないけど、シノやラビは飛べないだろう」
まあ、シノなら大凧で何とかしそうな気がするが。
「そうね。じゃあ、シノは私がどうにかするわ……」
「ん。ああ、おう……」
まさか、ツバーシャがそんな事を言うと思わなかったから面食らってしまった。
日々成長しているようだ。
ならば、シノは任せて俺はラビをどうにかしよう。
ラビは狂竜と一緒に地面に転がって寝こけたまんまだ。
「ラビ、起きてくれ。ちょっと不味い事になった」
「ふあ……。不味いのより美味しいのが良いのです……。スゥ……」
「食べ物話じゃないよ? ほら起きて」
ダメだ起きない。
色々あったし疲れてしまったのかな。
ここは、心を鬼にしてほっぺたを──。
「ふぉふひんふぁま。何をひゅるのれす?」
──ひっぱたけないので引っ張った。
「ちょっと大変な事になったんだ。城なしが落ちてしまうかも知れない。だから、飛んで逃げる準備をしよう」
「城なしが……。落ちる……。ご主人さま。城なしがおちゃったら城なしはどうなるのです?」
「うっ……!?」
地上が海面だろうが、山岳地帯だろうがきっと城なしは粉々だ。
そんなのラビに伝えられる訳がない。
いや、そうじゃない。
俺もツバーシャも空を飛べる。
それなら、脱出までに時間的な余裕もある。
その時間で俺たちが本当にすべきこと、それは城なしを救うことじゃないか。
なんで俺ははなからこの考えが抜けていたんだ。
「ありがとうラビ。俺は酷い選択をするところだった。ラビのお陰で目が覚めたよ」
「ふえ? 目が覚めたのはラビなのです」
「そうな……」
まあ、良い。
ともかく城なしを助ける方法を考えなくては。
幸いウチには力持ちがたくさんいるし、落ちる城なしを受け止める事が出来るかもしれない。
が、そんな考えを張り巡らせ始めて早々に城なしが暴挙に出た。
加速して、そしてあろうことか、地面を地に向ける形でひっくり返える。
「ひやあああああ!?」
叫ぶラビ。
だが、俺たちが落ち始める前にまた地面を天に向けた。
しかし、被害はない。
壺の一つも落ちたりしない。
多分、バケツに入った水を振り回しても中味が出ないのと同じ原理だ。
そんな、突如始まった城なし絶叫マシーン。
それは日が暮れるまで続く事になる。
後になって何となく分かったことだが、どうやら城なしは酔っぱらってしまっていたようだ。




