百三十五話 嵐
楽しいご飯タイムが始まった。
なにやら俺は死んだことになっていた。
結局船の目的地は分からなかった。
その後も背後霊よろしくかつての仲間たちに付きまとってみたがやっぱり進展は無かった。
そして気づけば夜だ。
皆寝るために自分の部屋に向かい、俺たちは食堂にぽつんと取り残される。
「ご主人さま。とっても寒いのです……」
「むう。薄布一枚じゃあ足りないか。夜の船ってのは寒いもんなんだな」
未来を見るのに寒さまで伝わって来なくてもいいのに。
まあ、文句を言ったって仕方がないか。
壁に寄りかかって座り、俺はラビを後ろから抱き締め翼で包み込む。
ラビのお腹には狂竜が張り付いているので、ちょっと面白い光景かも知れない。
ちなみにその狂竜はとっくに寝ている。
船内はしんと静まっているので鼻息がぴすぴすと良く響いた。
「へへっ。温かいのです」
「これなら眠っても凍えなくて済みそうだ」
「まだ。眠らないので、す……。ぐぅ……」
早っ。もう寝ているし。
温かくて安心したのかな。
一人起きていても寂しいし俺も寝よう。
目を閉じた。
視覚的な情報を遮断したのでラビの体温を良く感じる。
次いで、伝わってくる船の揺れ。
そう言えば、船に乗るのは初めてだったな。
船に揺られるってのはこんな感じなのか。
ゆらり、ゆらりと体を揺られている内に頭がぼんやりとしていく。
でもなんだか、だんだん揺れが強くなっているような……。
何でだろう。
しかし、その疑問に答えを出す前にいつしか俺は眠りについていた。
「嵐が来る!」
俺の目を覚ませたのは誰かの叫んだそんな言葉だった。
嵐?
もう雷に撃たれるのは嫌だなあ。
なんて寝ぼけながらも、気だるい体に渇を入れるとラビをどかして立ち上がる。
そして、ヨロヨロと甲板に出てみれば真っ黒な雲が迫っていた。
「おうおう。こりゃ不味いぜ。帆を畳まないとどえらい事になる」
「僕とエルルで帆は畳むよ」
「うむ。木登りは得意だ」
「じゃあ、私は船の向きを変えて横波を回避しますね」
かつての仲間が散々に駆けていく。
なんだか忙しそうだ。
船旅ってのはもちっと優雅なもんだと思ってた。
「ふあーあ……」
眠い。いかんいかん。ついあくびが。
みんな頑張ってるけど、なんもできんし許しておくれ。
ばたっ。
最初の一粒が甲板に落ちた。
「雨か……」
そう一人ごちた次の瞬間には、どっと大量の雨が甲板を叩く。
ついで、波が荒れ狂い、あっという間に嵐に飲まれた。
船は激しく揺れて立っているのもしんどくなる。
「あに様! 早く中に!」
「うん。今終わったところだよ。体を冷やして風邪なんてひきたくないからね。戻ろう」
トトエルは帆を支える柱から飛び降り、 雨で甲板が濡れているにもかかわらず、何事もなかったかの様に着地を決めると船室に入っていった。
ああ言う、華麗な着地がモテる秘訣なんだろうか。
いや別にモテたい訳じゃあないが、ラビの前でかっこ良く決めて見せれば……。
『ご主人さま凄いのです!』
ふむ。
きっと絶賛してくれる。
最近ご主人さまの凄いとこ見せてないし。
何かしないと不安だ。
『ご、ご主人さまは凄い人じゃなかったのです?』
なんて、瞳を潤ませ体をぷるぷる震わせ迫られたら俺の心が耐えられない。
よし、帰ったらツバーシャも誘って練習しよう。
でもシノはダメだ。
だって、普通にやってのけるもん。
しかし。
俺はちゃんとこの未来から帰れるんだろうか。
ずっとこのままだっだたらどうしよう。
なんて、考えても仕方がない不安にちょっぴり駆られてしまったけれど、このまま甲板にいたら海に落っこちてしまいそうだ。
海に落ちたらそれこそどうなるのか想像がつかない。
俺は皆の後を追い操舵室に入った。
その操舵室の中では三人と一匹が神妙な顔を付き合わせていた。
「しかし困りました。嵐に巻き込まれる可能性を考えていなかったわけではありませんが」
「まあな。ずっと調子が良かったしな」
「うん。このまま何事もなく海を渡れると思っていたんだけどね」
おや?
嵐ぐらいこのメンバーなら楽々乗り越えられると思っていたんだけど、思ったより事態は深刻何だろうか。
さっきも手際よく嵐に対応していたし、あまり問題があるようには見えない。
確かに今も船はけったいな勢いで揺れている。
時おり部屋のすみにおかれた荷物がいったり来たり。
でも、それだけだ。
数多の危険を切り抜けてきた仲間がそんな事でも物怖じるわけがない。
「いったい何が問題なんだ? 私には話が見えない。嵐ぐらいどうってことないと思うんだ」
俺が不思議に思っていると、そんな俺の気持ちを代弁するようにエルルが疑問を口にした。
「エルル。今まで僕たちは取り合えず海の上に船を浮かべればその内他の大陸に行けるだろうと考えていた」
うおい。
なに考えてるんだ。
本職の船乗りが聞いたら勢いつけて殴りかかってくるぞ!
いや……。
俺たちがかつていた場所は俗世から隔絶された土地。
そこにはエルフの里しかなくて、そこを突然追い出されてしまったんだ。
他に人里求めるなら海に出るしかないし、航海技術を身につける術もない。
だから、そんな無茶な航海をするのも仕方がない事だったのかも知れない。
「でも、嵐にみまわれてしまったから、ただ船を浮かべるだけでは済まなくなったんだ。波にのまれないように舵を握らなければいけない」
「なんと!」
いや、驚愕するところじゃないわ!
むしろ嵐が来なくても舵ぐらい握らなきゃダメだろう。
「最初は船を操るのも船長気分で楽しかったんですけど、もう飽きてしまってめんどくさいんですよね」
いやいや海をなめすぎだろう。
と言うか、今までは船を操っていなかったてことは航海じゃなくて、漂流してるじゃないか。
内心そんなツッコミを入れつつも、同時にやはりこのメンバーなら、嵐ぐらいなんでも無さそうだと安堵した。
でも、それだとみんながどこに向かっているのか分かりそうもないな。
本人たちにも分かってないし。
だとしたら、皆を見つけるのは難しくなる。
今目の前にいるのになあ。
結局、それから話し合いのすえ、ライムを除く三人で交代しながら舵を取ることになった。
一応、ライムも舵を操ってみようと試してはいたが、操舵輪と一緒にぐるぐる回ってしまうので外されたのだ。
「なんかオレ様だけ楽して悪いな!」
「なんだか嬉しそうですね。本当に悪いと思っているなら、操舵当番の人が居眠りしていないか見て回って下さいね」
「あ、うん。気が向いたらな……」
あっ、コイツ絶対になにもしない気だ。
ともあれ、危機的状況でもないようだし、ほかしてきたラビのところにもどるかな。
目がさめて、こんな世界にひとりきりってのは怖いだろう。
そう思い、操舵室を後にしようとしたところで、ライムが声をあげた。
「おい、オレ様たち以外の船がいるぞ!」
言われて海をみやれば、遠くにそれらしきものが幾つか浮いている。
船か。
さすがに海のど真ん中で他の船に出くわすなんて事は無いだろう。
それこそ奇跡的な確率だ。
だとすれば、陸が近いのかも知れない。
だがこれが、奇跡と必然の織り成した結果だとすぐに思いしる事になる。




