百三十一話 竜の鱗
ドラゴン渓を離れてからは、すこしばかり賑やかな日々が続いた。
それは俺が子育てに動揺したからだ。
しかし、それも日がたてば狂竜についても大体分かってきて落ち着いてきた。
その間地上には降りていない。
雨雲と城なしが相変わらず並走していたからだ。
雷に打たれる覚悟で地上に向かうことも出来るがもう雷に打たれるのは遠慮したい。
そんな訳で俺は暇をもて余している。
異世界の果物がどんな木になるのか興味を覚えたのでドラゴンフルーツと竜眼を植えてみたりしたけれども、それも直ぐに終わってしまった。
「なんもすることないな」
「ナー!」
真っ昼間からマイホームの畳の上でひっくりがえって、そんな贅沢なぼやきをこぼすと腹に張り付いた狂竜が追従する。
幼竜は本能のままに振る舞うみたいな事を言われた気がするのだけれど凄くおとなしい。
というか、既に多少の会話が出来ているから既に理性と知性もありそうだ。
じっと狂竜の目を見る。
すると狂竜も俺の目を見る。
「じぃー……」
ついでにそんな俺たちをラビが見る。
いや、なんでだ。
ご主人さまを狂竜に取られてしまったから、思うところがあるのか?
「ラビ?」
「ご主人さまはラビに言うことがあるはずなのです」
はて、俺はラビに何かしただろうか?
狂竜に構ってばかりだからか?
「えーっと。寂しいのか?」
まどろっこしいのは面倒なのでストレートに聞いてみた。
しかし、ラビは首を横にふる。
違うのか。
じゃあ、いったいなんだろう。
俺は疑問を浮かべ首を傾げた。
すると、ラビは俺の反応に不満を覚えたのか「むーっ」と口を尖らせる。
「ラビは子育てをしたことがあるのです」
「えっ? ラビが? って、ああ。スズメとニワトリの事か」
「そうなのです。だから、ラビはご主人さまにとって子育ての先輩なのです」
ふむ。
また良くわからん事を言い出した。
これはあれか?
ラビも狂竜の面倒を見たいのかな。
ならば……。
「あー。そうだー。なんだか、ご主人さまトイレに行きたい気分だなー。ちょっと、その間、狂竜の面倒を観てくれる子育ての先輩とかいないかなー」
自分でやっといて酷い演技だ。
ちょっと恥ずかしい。
でもまあラビなら……。
「ラビ、ラビがいるのです!」
うん。そうだろうと思ったわ。
「よし、なら任せた」
「任されたのです」
腹に張り付いた狂竜をひっぺがすと、ラビに抱かせてやる。
狂竜は何事かと、不安そうにキョロキョロと俺とラビを見比べた。
「心配しなくてもすぐ戻ってくるよ。少しの間、ラビがママだ。しこたま構ってもらうといい」
「あいーっ」
「よしよし、良い子だ」
ラビは腹に卵を巻き付け、一つも割ることなく孵化させた実績があるので心配には及ばないとは思う。
しかしながら、同じくおドジにも相当な実績があるので、先のそれは奇跡的な物だったのかも知れない。
そこで、ヤル気無さげなシノに目配せして、ラビのフォローを頼む事にした。
腐っても忍者。
シノはその意味を汲んで頷く。
それを見届けると、俺はマイホームを後にした。
「さて、どうやって暇を潰したもんか」
任せると言って出てきた手前、すぐに戻るわけにはいかない。
どうしたもんかと頭を悩ませていると、ふと大老から渡された竜の鱗の事が頭によぎった。
ウエストポーチからそれを取り出す。
「未来ねえ」
薄っぺらい皿の様な竜の鱗を取り出して、手触りを確かめると陽にかざす。
これじゃあ見えないか。
竜なら使えると言っていたっけか。
ちょうど時間もあるしツバーシャのところへ行って見てもらおうかな。
地に穴を開けただけのツバーシャの住居。
「ツバーシャ。今良いか?」
ノックも何もあったもんじゃないが、中を覗く前に一声かけた。
「何かしら……」
ツバーシャの返事はあったが、出迎えたり顔を出したりしない。
まあ、めんどくさいんだろうな。
ともあれ、顔を合わせずにこのまま会話するわけにはいかない。
「これを見てもらおうと思って来たんだ」
そう声を掛けながら、竜の鱗を片手に穴の中を覗き込む。
「そう……」
穴の底。
それも隅の方で膝を抱えて座るツバーシャは、短くそれだけ言葉を吐いた。
「いや、その返事だとどう受け取って良いのかわからないんだけど」
「良いわ。読んであげる……」
「そうか」
中に入って良いものかと少し悩んだが、ツバーシャが手招きしたので、俺はひょいっと穴の中に飛び降りた。
そして、竜の鱗をツバーシャに差し出す。
「これなんだが使えそうか?」
「ええ。読むのは初めてだけど問題はないわ……」
「なら頼む。でも、見るじゃなくて読むってのは良くわからんな」
ここにあるのが未来なら、読むってのはおかしいだろう。
そう思っての疑問。
「それは……」
「それは?」
しばしの沈黙。
そして、思い付いたように口を開く。
「説明するのがめんどくさいわ……」
「そうかい」
「やって見た方が手っ取り早いわ。でも、準備が必要なの。手伝ってもらうわよ……」
お願いしたのは俺だしな。
当然俺は快諾する。
準備と言っても大したことはなく、大きめの壺を用意してそこに水を張るだけの簡単なものだ。
しかし、ツバーシャの寝床でそんなものは用意できないので、水源から流れる川の側で取りかかった。
「本当にこれで未来が見られるのか?」
「そうね。あと一手間加えるだけ。但し、一度きりよ……?」
「別に何度も見る必要があるとは思えないから構わない」
「そう。なら始めるわ……」
そう言ってツバーシャは手に持っていた竜の鱗を水に浮かべるとじっとそれを見詰め、人差し指で軽くそれに触れる。
すると、竜の鱗がとけだして、壺の水を濁らせる。
やがて、沈没したタンカーから漏れでた重油が、陽の光を受けて、虹色に照り返した様な色をが壺一杯に拡がった。
飲んだら死ぬんじゃないかコレ。
「これを飲めとは言わないよな?」
「違うわ。この中に入るのよ。そうすれば未来が見える……」
「こ、この禍々(まがまが)しい液体の中にか?」
「入らなくても良いけれど、一度溶かした鱗は元には戻らないわよ……」
「まあ、そうなんだろうが……」
これはちょっと、入るのには勇気がいるぞ。
というか、この中に入ると見えるってのがまず想像できないんだが……。
俺はツバーシャに詳しい説明を求めて見た。
しかし、面倒だと断られる。
「やるしかないか」
別に俺の体まで溶けて無くなるわけじゃあ無いだろう。
俺は覚悟を決める。
上着を脱ぎズボンに手を掛けた。
そこでふと声を掛けられる。
「あれ? ご主人さま何をしているのです?」
「すー?」
ラビが狂竜を抱えて、とてとてこちらに駆け寄ってきた。
「ん。ちょっと未来を見てみようと思って──」
ラビに返事を返そうとしたその時だ。
「あっ……!」
ラビが何もないところでつまずき空を飛ぶ。
「おいおい、なんでそうな……。げっ」
慌てて、ラビを受け止めようと足を踏み出そうとしたところで気づく。
ズボン降ろしてるから踏ん張れない!
それでも、何とか両手を広げラビを受け止める。
だが。
バッシャーン。
不安定な体勢だったので、俺は勢いを殺す事ができず、ラビともども、壺の中へと突っ込んだ。




