百二十九話 さあ、おうちに帰ろう
ツバーシャがぶっ飛ばされた。
地球外生命体さんもぶっ飛ばされた。
そして俺はママになった。
「いや、意味が……」
わからんと続けようとするも。
「う、うむ。大変喜ばしい事だ!」
「そ、そうよ。竜の母になれる。なんて光栄な」
「あとは全部任せた。立派な竜に育て上げてくれ」
次々とやって来た竜たちの言葉に遮られた。
いやいや。
色々おかしいだろう。
俺は竜たちに混ざって近づいてきた大老を問い詰める。
「竜って子育てしないんじゃないのか?」
「そのとおりじゃ」
「じゃあ、この子も野に放てば良いんだな」
「ふぉっ、ふぉっ。それは困るのう」
あんまり困ってなさそうな口ぶりだ。
しかしなんだか様子がおかしい。
みんな俺と目が合うと直ぐに反らすし。
もしかして。
「なあ、体よくやっかい払いしようとしてないか?」
「なんの事だかさっぱりじゃ」
「一応はおとなしくなったみたいだが、何かの拍子にまた暴れだしたりとかしそうな気がするんだけど」
「ありうるかも知れんのう」
なるほど。
なんとなく読めてきた。
でも。
「まあ、良いか」
「えっ? よろしいのですの? みんなで干し芋さまにこの子を託して難を逃れようという魂胆ですのよ」
「正直だな!」
そりゃ、思うところがない訳じゃあないが。
「子供の前でその扱いをめぐって揉めるとか、ごみくずのする事だ」
「ご、ごみ……」
「だってそうだろう? 野獣だって、虫けらだってそんな事はしない。だったらそんなのはごみくずだ」
なんて言ってからふと気が付く。
いかんこれ、竜の皆さまに向かってごみくずだと言っている様なもんなんじゃ……。
慌てて辺りを見回せば竜たちがなんとも言えない顔をしている。
「いや、すまん違うんだ。俺がこの子を受け入れれば、角が立つことなかろうと思って……」
「ふぉっ、ふぉっ。こりゃ、ドラゴン渓からごみくず渓に変えなきゃいかんのう」
「ま、待って! 俺が悪かった」
このままではドラゴン渓が巨大なごみ捨て場になってしまう。
「干し芋は間違ってはおらん。わしらが余りにもな選択をとろうとしたまでの事じゃ」
「いや、それは──」
ドラゴン渓や、そこに住まう竜の事を考えての行動だとは思うし、どちらが正しくて、どちらが間違っているという話でもない。
しかし、これ以上言葉を重ねるのは、自分で言い出した言葉に反すると考え、俺は口を閉ざした。
「だから、その子はわしらが預かろう」
かわりに言葉を紡いだ大老に竜たちは騒然とし始める。
そして、大老に抗議した。
「た、大老それは……」
「なんじゃ? ごみくずになりたいのかのう?」
「そのようなわけでは……」
ちょっといじわるだな。
言い出したのは俺ではあるが。
「まあ、待ってくれ。俺はこの子を誰にも渡す気はないぞ?」
「ほほう。それはどういう了見じゃ?」
「この子は俺をママと呼んだんだ。だったら、俺がこの子のママをしてやるのが道理だろう?」
とんでも理論だ。
自覚はある。
こんなんまかり通るなら、誘拐し放題だ。
しかし、竜はかって気ままに産まれてくるもので本来なら親はいない。
加えて、この子を俺から引き剥がした時点で再び暴れだしかねない。
後、俺は子どもが好きだ。
そんなわけで、俺は自分の意思を押し通して、自分の子だと主張する。
そしてそれは認められ、城なしに新しい家族が出来た。
翌日。
「それでは、そのこの子ことはよろしくお願いします」
「ああ。任せてくれ」
まだまだ雨が続きそうだが、いっとき空から光が差したのでドラゴン渓を後にすることにした。
今、帰らないといつ雨が止むかわからないからだ。
そんなわけで、俺は今、テルルと大老にお見送りしてもらっていた。
「急な事だったから、さつま芋畑も半端になっちゃってすまん」
「ふぉっ、ふぉっ。後は若い衆に引き継がせる。半分は完成しておるのじゃ。真似て植え付けるなら誰でも出来るじゃろう」
「そうかい」
できれば自分の手で。
可能であれば、収穫まで見届けたいところだったが仕方がない。
「それよりもほれ」
大老は、薄っぺらい皿の様なものを何処からともなく取り出して、俺に差し出してきた。
「これは?」
「畑の対価じゃ。これはわしの鱗で、ここに干し芋の望んだ未来がある」
「そうかい」
俺はそれを受けとると、チラリと後ろを振り返る。
そこには、所在なさげに縮こまるツバーシャ。
「な、なによ……」
「いや、別に」
ツバーシャがここにいる以上、もうこれをもらっても仕方がない。
でもまあ、他のものを寄越せと言えるほど、俺はず太くない。
そんな俺の心うちを知ってか知らずか、大老が口を開く。
「ふぉっ、ふぉっ。何か勘違いしておるまいの?」
「勘違い?」
「そこにあるのは、そこな飛竜の居場所ではないぞ」
うん?
だったらこれは何なんだろう?
そもそも使い方すらわからんのだが。
「なあ、これには何があるんだ?」
「さあて、なんじゃろうな?」
「なんではぐらかすんだよ」
「すこしばかりイタズラでもしてやらないと、忘れられてしまった者たちが浮かばれないでな」
なんだそりゃ。
「だが、これだけもらってもどうしようもないぞ?」
「竜であれば、どの竜でもそれは使える。色々と落ち着いた頃にでも使うと良い」
「そうなのか?」
再び背後のツバーシャに確認する。
「多分読めるわ……」
「ん? 読む?」
気になる言葉が出てきたがなんとかなりそうだ。
「あと、これをマージャンバカたちから預かっていますの」
そういって、手渡されたのはいつだか見たマージャン牌の入ったケース。
「あははは。マージャンか……」
「あの三人らしいですわ」
「まったくだ」
あんまり見たくは無いんだけどな。
「そして、わたくしからはこれを」
そういって、次に取り出したのは丸薬だった。
「うっ……。竜下しじゃないか」
「竜の血を知ってしまわれた以上必要になることもあるかと思いましたの」
「若い竜じゃ、ダメとか言っていなかったか?」
ツバーシャも話の流れからして竜として若い方だろうし、狂竜なんて若いどころか産まれたばかりだ。
「その子の中で、力が落ち着くまでは竜の血として効果が得られるはずですの」
例えそうでもつかいたくはないな。
そう考えたのだが。
「まあ、何があるかわかりませんしお持ちくださいまし」
なかば、押しきられる形で受けとることになってしまった。
それから、短い別れの言葉をテルルたちと交わすとツバーシャに向き直る。
「なんだか名残惜しいけど、ラビたちがきっと心配している。さあ、おうちに帰ろう」
しかし、帰ってきたのは。
「い、嫌よ。私はまだ帰りたくないわ……!」
そんな、ワガママなんだか、恥ずかしいんだか、よくわからない言葉だった。




