百七話 人間やめて家畜になってみた
村長にはかわいい妹がいた。
白桃ジュースは美味しかった。
そして俺は人間をやめた。
俺の名前は出飼翼。元冒険者で空の上で暮らしてたりもしたが、今は家畜をやっている。
といっても、魔法で姿を動物に変えられたわけじゃあない。
変わったのは、俺を取り巻く環境の方だ。
まずは与えられた我が家を紹介しよう。
四畳半程度の個室で床は踏み固めた土。
寝床は干したワラが敷かれていて、快適な安眠が約束されている。
驚くべき事に、部屋の片隅に設置されたタライには清潔な水がなみなみと注がれていて何時でも飲み放題だ。
なんともすばらしい住居であり、そして待遇でもあるがこれだけじゃあない。
俺には専属の飼育員として、村長の妹のロリーがあてがわれ、ゴロゴロしていてもご飯が出てくる。
「はいっ、ツバサさんご飯ですよー」
ほら。ニンジンと菜っぱが素材の味を最大限活かした見調理の状態で差し出された。
湯がくと栄養素も抜けてしまうからね。
やっぱり野菜は生に限る。
ロリーは良くわかってるな。
わぁ、ニンジンなんて皮までついてらあ。
感動した俺は「ブモォォォ……」と喜びの声をあげた。
何故牛さんの鳴き声かって?
そりゃあ、両隣正面三部屋には先輩家畜の牛さんが住んでいるだからだ。
俺一匹ちがう声でなくのは失礼だと配慮した。
だから俺も牛だ。牛さんなのだ。
新人がしゃしゃると録な目に遭わないのは分かりきっている。
こう言うときは謙虚に周りに合わせるのが良い。
当然俺は四つん這いで生活している。
俺はそのままの格好で、餌箱に顔を突っ込み野菜を咀嚼する。
バリバリバリ……。
ああ。
野菜の香りが強烈に鼻を突き抜け、アクの苦味が最高の調味料となり満腹中枢を火急速やかに刺激する。
なんて素晴らしいディナーだ。
「美味しい?」
「ブモォォォ」
「そっか。良かったですね!」
バリバリバリ……。
食事を終えるとその食べっぷりに満足したのか、ロリーは去っていった。
さて食ったし寝よう。
食っちゃねするだけの素敵家畜ライフ。
良いね。こう言うの夢見てたんだよ。
まあ、明日からは畑を耕すそうだけど……。
ぐぅ……。
深夜。
「主さま。起きるのじゃ。主さまっ」
俺を呼ぶ声で目を覚ました。
忍び装束を纏ったシノだ。
何気にシノの忍者姿は初めて見る。
きっと人目を避けて忍び込んだのだろう。
俺は牛らしく返事をする。
「ブモッ」
するとシノは救いようの無いような者をみる目をこちらに向ける。
「主さまは何をやっているのじゃ……」
「見ての通り俺は牛になったんだ」
「何でそこまで出来るのかわぁには理解できないのじゃ」
何でって言われてもな。
ラビが奴隷であることを村長にカミングアウトすると、それはもう冷ややかな目で見つめられ、女の子を奴隷にして従える輩は牛舎で家畜として過ごせと言われた。
そして、説明するのがめんどくさくなった俺はそれを受け入れて家畜になったのだ。
やるからには本気でやらないと。
どうにもまだ面倒な理由があるようだしな。
それに畑をぶち壊した負い目もある。
「なに。生まれ変わる前は似たような生活をしていたからどうってことないさ」
「主さまの前世は家畜だったと?」
「いや、人間だが?」
ニートだけどな。
シノは難しい顔をする。そしてため息をはいた。
「ひどい扱いを受けているようなら、助け出さねばと思ったのじゃが、いらん気遣いだったのじゃ」
「いやいや、気持ちはありがたいよ? それよりそっちはどうだ?」
「客人として相応の扱いを受けておるのじゃ」
ふむ。畑をぶち壊した奴の仲間だとは認識されていないようだ。
俺が悪いやつで、女の子三人を保護したといった感じか?
それにしては、妹のロリーに俺の世話をさせたりと不用心な気がするが。
「むっ。誰か来るのじゃ」
「なら、直ぐに戻ると良い。まあ何かあったらツバーシャに暴れてもらっておくれ」
「わかったのじゃ!」
返事もそこそこにシノは姿を消した。
俺は牛。俺は牛……。
やがて足音が近付いて来たかと思うと村長のシスが現れた。
「こんな時間に悪いな」
「ブモッ?」
「ははは。もうすっかり牛だな」
そういって頭を撫でられる。
悪い気はしない。
「すまん。お前が悪いやつでは無いとは何となくわかってはいる。あたしが見たことのある奴隷はあんなに元気ではなかったし、悪いやつが牛になりきるとも思えん」
「そうかい」
「だから、本来ならここまでする必要は無いんだがこの村には男は置けない。そこでお前を人ではなく、空を飛ぶための家畜と言うことにして誤魔化すことにした」
「いや、無理があるだろ!」
そんなんで騙される奴はいない。
いや……。
騙されそうな奴に心当たりはあるが。
「そうでもないさ。この村は隔絶されているから多少の常識は覆せる。村の奴らは外の世界にはそう言うものもあると納得しているよ」
「そうなのか? まあ、確かに確かめようにも簡単にいかないだろうとは思うが……」
「まっ、そんなわけだからその調子で頼む。話はそれだけだ。おっと、明日からは畑の修繕があるのは忘れるなよ?」
「ブモォ」
「そうだ。その調子だ。それじゃあ、あたしは帰って寝るよ。おやすみ」
俺はもう一なきしてシス答えるとその背中を見送った。
女だけの隔絶された村。近くには男だけの隔絶された村。一年に置きにあると言う交流。
謎が多いな。
しかしながら一番俺を悩ませたのは、空を飛ぶための家畜となると、牛で良いものかといったものだった。




