百六話 待遇ってそう言うことかい
ツバーシャが畑をぶち壊した。
山賊みたいなキツネの獣人が現れた。
俺はごめんなさいをした。
ちょっぴりひんやりして、木陰からたまに覗くお日さまがありがたく感じる森を抜け、俺たちは村にたどり着いた。
「ここがあたしの村だよ」
村の四方は牧場の様に丸太を組んだ柵で覆われている。
備え付けられた門をくぐると奥にもうひとつの門が見えるので、この村はあまり大きくはない。
家屋については『村』と言う単語から、木造のあばら屋を想像していたのだけれど、もっと原始的なものだった。
茅葺き屋根の建築物を想像して欲しい。
そこから、茅葺き屋根だけを地面に降ろして住居にした感じ。
そう、縦穴式住居だ。
あっ、苔生えてる……。
でも造りは綺麗だな。
茅を使ってはいるけれど、ちょっと真似を出来ないレベルにまで洗練されてるな。
原始人の住居と言うわけじゃなさそうだ。
「まさに村と言った感じなのじゃ……」
「町とは遠く離れていてるからな。西の荒野を抜けるか東の山をいくつも越えなきゃいけない。だからこの村は隔絶されて時代に置いていかれたのさ」
「それでも、少しは人の往き来があるなら、外の物を取り込んでも良い気がするんだが」
「数年に一度、情報を得るのに出ていく位だよ。他所から人が来るのは十年に一度あるかないかかねえ。まあ、今の暮らしは気に入っている。変わる必要も無いさ」
何となくわかる気がする。
この村をさらっと見た程度だが雰囲気は好きだ。
よくよく考えてみれば俺の暮らしも、城なしの作った家を除けばここと変わらんレベルだしな。
あっ、下水道は超文明的か。
「ところで、さっきからチラチラ村人がこっちを見てるんだが、やっぱりよそ者が気になるのかな」
しかも女性ばかりだ。
野郎の姿が見当たらない。
「それもあるが、他にも理由があるんだ。この村は特殊だと言ったろう? 詳しくはあたしの家で話すよ」
「そうかい。まっ、一応被っておくか」
俺はウエストポーチから視線をガードするための布袋を取り出して被った。
ついでに、ツバーシャにも被せてやる。
視線がチラチラどころか、ガン見するようなものに変わった気がするが気にしない。
村長シスが怪訝な顔をしているけど気にしない。
そんな事をしつつも、村の中央に着き、そこにあった家のなかに入るように薦められた。
ここが村長の家か。
家のなかは藁を敷いた寝床と、まん中に焚き火しかかないような物だと思っていたのだがそうでもなかった。
まん中に焚き火はあったが──焚き火をまん中に置くのは、端なんかに置いたら一瞬でキャンプファイアに早変わりするからだろう──それを囲む床は木の板で、多分スノコだ。その上に毛皮が敷かれている。
木のテーブルや、イス。同じく木出来た襖を挟んでベッドが置かれている。隅っこには、藁を編んで作った様なタンスなんかもある。
結構快適な暮らしをしているんだな。
ウチの家具は全部壺だし俺の生活レベルの先を行っている気がする。
さらには。
「村長さま。お帰りなさい!」
キツネ獣人の女の子が元気いっぱいの笑顔で出迎えてくれた。
山賊紛いの村長が隣にいるせいか華奢に見える。
「おう。ただいまロリー。客人と話をする。飲み物を出してくれ」
「はいっ!」
村長に指示された女の子はとてとてと駆けて外に出ていった。
台所に向かったのかな。
来るときにチラッと確認したところ、この村では台所を外にもうけているのだ。
一部屋しかないから臭いを気にしたんだろうな。
例えば、寝室に玉ねぎが転がっていたりなんてしたら臭くて眠れなくなるだろう。
あと虫も沸く。
「村長には使用人まで付いているのか。少し、幼すぎる気もするんだが大丈夫なのか?」
「いや、あれはあたしの妹だ」
「妹!?」
驚きのあまり、村長の体を上から下まで三往復してまじまじと観察してしまった。
肌は日に焼けて赤く、腕や足はしっかりと筋肉があり、俺より太い。
対して妹の方は日焼けはなく、透き通るような肌に掴んだら折れてしまうんじゃないかってぐらい華奢だった。
姉妹? 血の繋がりが全く見えない。
美少女と野牛ぐらいの差がある。
ついでにどう見ても村長は三十代。
歳が離れすぎてる。
義理の姉妹かな?
あっ、村長の頬がヒクってした。
「アンタ。物凄く失礼なことを考えているだろう」
「あんまり似てないかなあって思っただけだ」
「ふーん。まあ、そう言う事にしておいてやろう。ちなみにあたしはまだ二十代だ」
バカな。
鍛えすぎて老化が早まったんだろうか。
驚いたが、顔に出さないように頑張った。
しかし、俺は布袋を被っているのでムダな努力だと気付いた。
「話があるみたいな口ぶりじゃったが、どんな話しなのじゃ?」
「ああ。そうだな。どこから話そうか」
村長は話を整理しているのか、しばし、静寂が訪れる。
ちょうどそこに村長の妹のロリーが戻ってきて、盆から木のコップに入った飲み物を出してくれた。
一口飲む。甘い。これは白桃のジュースだ。
「この村は、何度も言うように特殊だ。さっき気が付いたみたいだが、この村には男がいない。女だけの村なんだ」
「それは、滅びを待つ村と言うことかしら……?」
「そうじゃのう。男がいなければ遠からず滅ぶのじゃ」
「なぜ滅ぶのです?」
ラビが首をかしげて俺に危険な問いをかけてくるので「パパがいないと子どもを守る人が半分になるからだよ」と、それっぽく誤魔化した。
「少し離れたところに男しかいない村がある。だから、滅びたりするわけじゃあ無いんだ」
なるほど。男女別で暮らしているだけなのか。
「一年おきに交流がある。だが、今はその時じゃあない。男子禁制だ。つまりアンタの存在が問題になる」
「じゃあ、俺だけ男の村にいけばいいのか?」
「毎日通ったらアンタが寝る時間が無くなるよ」
男の村は片道で半日掛かるらしい。
「そこで一つ、アンタには人間をやめて欲しいんだ」
「はっ!?」
村長による突然の人権剥奪宣言。
ビックリして変な声を出してしまった。
「そうするのには他にも理由がある。アンタを信用しきれないんだ。例えばそのウサギ娘の首輪」
「これは……」
またか。ファーストコンタクトでいつも問われる試練だ。だが、いい加減言い訳にも慣れてきた。
さらっと誤解を解いてしまおうかね。
しかし、俺が口を開くよりも早く。
「これは奴隷の証なのです!」
なんて、ラビが胸を張ってどうどうとのたまってくれたおかげで逃げ道が消滅。
結局俺は人間をやめる事になった。




