百五話 ツバーシャが秘境でやらかして
アラビンド皇国を発ってから二週間。
毎日地上の様子を見てきたが荒野や砂漠が続き、特に変化もなく、得るもののない日が続いた。
しかし、それも昨日で終わり、今朝は視界いっぱいに緑が飛び込んできる。
人が踏み行った事も無さそうな深い谷と高い山。
そんな秘境が今回の探索地だ。
「はー。なんだか空の上から見てるだけで心がすーっとするのです……」
「ああ。心が洗われるみたいだ……」
長い間、荒野ばかり見ていたせいで心まで荒れていたのかも知れない。
「ルガアアアアア……!」
「ツバーシャちゃんもいつもより元気なのです!」
「そうだな」
ツバーシャはいつもの三割増しでギュンギュン飛び回っている。
この光景を見て空で荒ぶる心意気はよくわからん。
背にしがみつくシノはどんな気分なんだろう。
「いつまでも眺めていても仕方がない。降りてみよう」
「ちょうどあの辺りが何もなくて良さそうなのです」
「じゃあそこにしようか」
森を四角く切り取った様な空き地に降りることにした。
それをシノに手信号で伝えると俺は高度を下げる。
速度を殺す為に少しばかり遠回りの進路をとった。
木々のすぐ上を飛び、流れるように映るそれを眺めながら、ラビの見つけた空き地を目指す。
そうして森が開けたが、そこでとんでも無いことに気がついた。
「うげっ! これ種まいたばかりの畑だ!」
上からでは良くわからなかったが、近付いてみると畝が見え、ここが畑だと分かる。
不味い不味い不味い。
このまま降りたら畑を荒らしてしまう。
同じ畑を耕す者としてそれは許せない!
畑とは命であると言っても過言ではない。
畑が無くなれば飢えて死んでしまう人がいるかも知れないし、畑に注がれた労働は人生だ。
それを踏みつけるなんて絶対にダメだ。
「あっがれー!」
着地の為に降ろしていた足を抱えあげ、無理矢理に畑の向こうへ進路を変える。
ギリギリ、ギリギリ抜けられる!
でも、目の前に木が……。
これは避けられないっ。
ゴッ……!
「ぬおおお……」
頂頭部をぶつけた俺はゴロゴロとのたうち回った。
「ご主人さま……!」
当然ラビは庇った。そっと解放したあとでのたうち回ったのだ。
「ううっ。大丈夫だ……」
なんとか立ち上がり服についた泥を払う。
と、丁度その時。
べしゃっ。
上から何か落ちてきて、頭に当たって潰れた。
「うへぇ、ベトベトする」
「でもでも、何だか甘い香りがするのです」
「ん……。これは桃だな。中が白いから多分白桃かな」
城なしにもって帰りたいところだけど、畑の隣に植えてあると言うことは所有者がいるはずだ。
でも、この潰れた桃は返されても困るだろう。こっそり頂いて種を城なしに植えよう。
「それより、ツバーシャとシノはまだ降りてこないのかな」
「ツバーシャちゃんなら、こっちに突っ込んでくるのです」
「えっ!? 突っ込んでくる? ちょっと待て。ここには畑が……!」
迫るツバーシャに向かって叫ぶが、俺の言葉は届かず、届いたとしてもあの巨体で止まれる訳もなく。
ズガガカガガガ……!
相変わらずの着陸と言う名の墜落で、跡形もなく畑が抉られていく。
ああ……。
農家の人の命が。人生が、一瞬で消えて無くなってしまった。
せっかく、頭にコブを作ってまで畑を避けたのに。
「あれ? 今日の着地は痛く無いわね。上達したのかしら……?」
「下、畑だったからね……」
ツバーシャは振り返り、抉れた跡を見やると残念そうに「そう……」とだけ呟いた。
しかし、その残念そうな呟きは畑を壊滅させた事に対する感情ではなく、着地の上達に対するものだ。
「少しは反省しておくれよ」
「また耕せば良いじゃない……」
「これは耕してどうにかなるのかのう。酷い有り様なのじゃ」
「ご主人さま。どうするのです?」
「どうしよう……」
いやいや、本当にどうしよう。
農家の人がこれ見たら、絶対、鉈を片手にすごい形相で追ってくるわ。
殺されても文句は言えん……。
なんて途方に暮れていると。
ブォン……!
何かが、風切り音を放ちながら俺の目の前を横切った。
鉈だ。畑の跡地に刺さってる。飛んで来た方を見やれば人。
いや、ふさふさの耳と尻尾があるから獣人か。
多分キツネ獣人だ。
妙齢とは言え、女性で大変可愛らしいのだが、とてつもなく怒ってる。
まあ、当然か。
胸にはさらし、その上に毛皮のベスト、下は毛皮のパンツ、手には鉈を握っているので山賊みたいでとても怖い。
「待ってくれ、畑を破壊して悪かった。話し合おう」
「謝って済むわけないだろう? 死んで詫びな!」
「耕す! 俺がキチンと元どうりに耕すから!」
「はん! そんなの信じられるもんかい!」
そりゃ、当然現れた怪しい俺の言葉なんて信じられんわな。
「主さま……」
シノが俺に目配せする。
また神さまごっこの様な事をするつもりだろうか。
だが、今回はダメだ。
キチンと謝罪しなきゃいけない。
だから、首を振って止めさせた。
「なら、こうしよう。なんの畑だったかは知らないけど、この畑で取れるハズだった食料を出す」
口で言っても信じられないと考え、返事を待たずにさつま芋をウエストポーチから出して積み上げる。
「ふーん。芋かい。確かにこれだけあればこの畑の収穫に対する補填にはなるね」
「この畑は植え付けたばかりの様だし、仮に俺たちが逃げ出したとしても損にはならないだろう? もちろん逃げたりしないし、畑は直す」
「良いだろう。村に案内するから、畑が直るまではそこで暮らしてもらう。ただし、待遇については期待するな。ウチの村は特殊だからな」
「それで構わない」
なんとか許して貰えそうだ。
待遇については引っ掛かるが、ラビたちに酷い事をしようとするなら流石に逃げれば良い。
「よし、それじゃあ村に案内する。が、その前に名前ぐらいは教えて欲しいね。あたしはシス。村では長をやっている」
「村長が何でこんなところに?」
「そりゃ、何かあったら真っ先に駆け付けるのが長の勤めだろう? その為に村で最強の者が選ばれるんだしな」
最高権力と最強戦力を併せ持ってるのに危険に晒して良いもの何だろうか。
まあ、いいや。
「俺はツバサだ。畑が直るまでよろしく頼む」
そうして、俺を筆頭に各々挨拶を交わすと、シスに案内され村へと向う事になった。




