望郷星4
「早く出よう!」と僕は漆黒の海の中で喚いた。
悲鳴は瞬時上がり、澱んだ空気に飲まれるように掻き消えて行った。
田村が言った。
「今の声は成美ちゃんの声だろう?」
僕は否定した。
「いや違うと思う。あの声は俺をこの世界に誘った少女の声だと思う」
田村が緊迫感を抜くべく息をつき言った。
「いずれにしろ、あの悲鳴は俺達にとっては吉報ではないと思うし、この身体の重さを抜く為にも早く海に潜ろう」
僕は怖じけづく自分を奮い立たせる為に大きく深呼吸してから、しきりに頷き答える。
「分かった、行こう!」
田村が重い足取りで砂浜を駆け出し、僕もそれに従い、殆ど波が無い黒い海に向かって服を着たまま入水し一気に潜水した。
どす黒い海水が全身に纏わり付いた瞬間、まるで無重量状態の中を泳ぐように僕等はふわりと漂う。
暗黒の宇宙空間としての海。
だが真空の筈の宇宙空間の海は真逆に僕等に空気を与え、それにも増して重くだるい筈の身体が軽くなり、その開放感が浮揚するように僕等二人は通信瞑想をして会話した。
僕は言った。
「何も見えないが、身体の重さやだるさは無くなり、おまけに息も出来るし、上下左右の感覚が失せ、まるでパラシュート飛行しているような感じではないか。これはどうなっているのだ?」
冷静沈着の面持ちのままに田村が答える。
「確かに気持ちは良いが、この光なき開放感は、逆に俺達が何処から襲われるのか分からない鮫に食われる為の前提、餌としての証左ならば、正に開放感転じてメガトン級の恐怖感と言えると思う」
僕は風船のように軽く漂いつつ涙ぐみ答える。
「そう言われれば、確かにそうだな。この浮揚感覚しか無い漆黒の闇は不気味でしかないわ。戻るか?」
田村が返事を返す前に聞こえる筈の無い少女の悲鳴が僕の耳をつんざいた。
田村が通信瞑想をしたまま冷静に息を抜くように言った。
「何だ今の悲鳴は?」
僕は恐怖に総毛立ち喚き返した。
「早く出よう!」