望郷星178
「ビー玉が脱出の足掛かりになる可能性を信じ、それをするしかあるまい」と田村はだるそうに言った。
母さんと僕は身内なので気が同調して、母さんさえ注入を拒絶しなければ施術は容易い。
だが田村は他人だ。
だから配置としては僕が母さんに気功施術を施し、彼女と田村が見守る形となった。
そして僕が母さんの患部に手を当てた瞬間、目の前が真っ白になり、その白い空間に吸い込まれ、シャボン玉のように宙に浮き、右回転しながら同時に左回転する不条理な動きから、弾き出されるように僕は海浜公園の迷路へと投げ出された。
そして動揺する僕の目の前に黄色いパラソルがあり、そのパラソルが開いて中から田村が現れた。
僕は田村に向かって言った。
「どうやらここは海浜公園の迷路だが、俺は複数としての単数空間で分身がちゃんと母さんに気功施術を行っているのだろうか?」
田村が答える。
「ここでは瞑想はおろか、気功でさえものする事は出来ないからな、お前が滞りなく気功施術を母さんに行っている事を祈るばかりだ。と言うか先決はこの重くだるい身体を何とか引きずって迷路を脱出し、吊橋からジャンプして、お前の母さんのところに戻るしかあるまい」
だるく座りたくなる欲求を抑えて僕は頷き答えた。
「村瀬は、俺達がこうしている間も外宇宙の何処かで愉しみ神の如く悦に入っているのだろうか?」
田村が重い足取りで歩き出しながら答えた。
「当然だ。外宇宙と言うよりは複数としての単数宇宙だから、田村は姿こそ見えないが、この場所にもいて、多次元宇宙の狭間にも複数としての単数としていながら、愉しんでいるに違いないわけさ」
僕は頭が痛くなるのを感じながら田村に尋ねた。
「どうするのだ。ビー玉を探して脱出の足掛かりにするのか?」
田村が低い声で答えた。
「ビー玉が脱出の足掛かりになる可能性を信じ、それをするしかあるまい」




