望郷星174
「私の耳にあんたの身体の中から無数の兵隊さんの軍靴の足音が聞こえるよ。その音はあんたの血液の流れる音なのか?」と母さんが僕に尋ねて来た。
ベッドに横たわる母さんが唐突に言った。
「私の耳にあんたの身体の中から無数の兵隊さんの軍靴の足音が聞こえるよ。その音はあんたの血液の流れる音なのか?」
すると母さんが言ったその言葉が中空に浮かぶペスト菌のジグゾーパズルを崩壊させて軍靴の足音に変異した刹那、暗転次元転位して僕の真っ赤な血潮となった。
その血液が僕の身体の中で大周天のようにこよりを巻き、立体感のある騙し絵となり、僕の肉体感覚を消失させ、軍靴の足音が騙し絵を上から下へと階段を下がるように行くのと同時に下から上に行くようにも聞こえ、その足音が又しても突然変異して鋭利な日本刀となり、かまいたちのように僕の目の前で一閃され、母さんの首を瞬時に撥ねた。
真っ赤な血飛沫が母さんの切断された首の切り口から夥しく噴き出し、その鮮血が又しても僕の中に出来たこよりの階段の騙し絵を流れると同時に逆流して変異し、僕は静謐で真っ白な空間をそぞろ漂い、何故か苦しみ悶えている母さんに向かって言った。
「母さん、もう大丈夫だよ、俺の気は献血みたいなものだから、母さんのガン細胞なんか直ぐに駆逐するから、心配ないよ、安心して」
そんな僕の言葉を聞き、首の無い母さんが白い世界をするりと手の平で掬い、そのまま撥ねられた首を両手で持ち上げ、ネジをまくように胴体に簡単に装着してから言った。
「あんた、本当に私のガンは治るのか?」
僕は狂ったペスト患者の如く笑い言った。
「大丈夫さ、母さん、破壊こそ美の極致なのだから」




