望郷星156
「私には分かるのさ。直ぐには死にやしないけれども、私はそんなに長くないよ。まあ出来るならば孫の顔を見て逝きたいけれども、そこまで持つかどうか微妙だろうね」と母さんが言った。
彼女と結婚を前提に付き合う事になったと報告すると、脱毛が始まり毛糸の帽子を被っている母さんが手放しに喜んだ。
「そうかそうか、あんた本当に良く頑張ったな。これで母さん心置きなく逝けるよ、有り難う」
僕は顔をしかめてから言った。
「母さん心細い事言わないでくれよ、縁起でもない。抗がん剤治療も順調だし、まだまだ母さんは死にやしないさ。大丈夫だよ」
母さんが焦れるような間を置きおもむろに言った。
「私には分かるのさ。直ぐには死にやしないけれども、私はそんなに長くないよ。まあ出来るならば孫の顔を見て逝きたいけれども、そこまで持つかどうか微妙だろうね」
僕は泣き笑いの顔をしてから言った。
「何か母さん、自分の事なのに、他人事みたいに言うなよ?」
母さんが苦笑いしてから答えた。
「それはあんた、死ぬのを他人事にして置けば、死ぬ事が怖くなくなるからね。母さんお利口さんだろう?」
僕は又しても泣き笑いの表情をしてから拍手をして場の雰囲気を冗談めかし言った。
「お利口さんだね、母さん。泣けて来る程にお利口さんだよ」




