望郷星112
「ルールはルールですから、仕方ありません」と彼女は言った。
彼女が瞼を伏せ物憂い感じで続ける。
「広大な空に浮かんで動く雲は一時も同じ姿で運行しないでしょう。増してやその裏側に全く同じ形の黒い雲がある事なんか誰一人として想像すらしないわけですよね。それが同類項としての私と貴方なのですよ。狂った白黒のツートンカラーの雲は重なり合いながら自己同一性障害を患い、やがて虹の懸け橋となって人々の眼を楽しませて悲しく消え去るのが運命ならば。私の旦那さんのようになるのが定めなのですよ」
この言葉を聞いて僕の中に不意に懐疑心が芽生え、言った。
「旦那さんの死を貴女は望んでいたのですか?」
グラスを傾けワインを啜り飲んでから彼女が童女のようにくすっと悪戯っぽく一声笑い否定する。
「いえ、私は黒い雲として暫く旦那さんの雲に寄り添ったから、旦那さんの雲は虹になれずに消えて無くなっただけなのです。それが旦那さんの死んだ真相ならば、私は究極の下げまんと言う事になりますよね」
僕は彼女をまじまじと見詰め言った。
「今日は少し酔いが回るのが早いですよね。大丈夫ですか?」
彼女が頬を上気させ、その頬を両手の平で包み込みつつ艶やかな感じで微笑み言った。
「そうですね。でも安心して下さい。私は見合いの鉄則ルールを守って貴方とは絶対に一線を越えませんから」
僕は強い口調で言った。
「見合いのルールに託けての逃げですか?」
彼女が頬から両手を離し答えた。
「ルールはルールですから、仕方ありません」




