望郷星
「何を今更だ。その残念極まる惑星に照準を合わせて瞑想転移しようではないか」と田村は言った。
母を慕う心の故郷は何処にあるのか?
この疑問符を瞑想装置たる僕は自分の心に投げかけた。
その疑問符は直ぐさま一つの出会いエピソードとなり、僕の心にその波紋を広げて行った。
まばゆく光る世界の中、忽然と現れ、忽然と消えたある少女の言葉に対する想い。
その言葉は母たる心の故郷を、その望郷をこう顕した。
「私の心の故郷は海にあるの。だから私は大好きな流線型をした美しい鮫に食われて死にたいというのが心の故郷、希望なのよ」
異なる星に於いて瞬時の逢瀬をしている僕はその少女に尋ねた。
「鮫に食われるのが、君の心の故郷ならば、君にとってはそこが正に天国になるわけだ?」
少女は答えた。
「そうね。私の故郷は美しい鮫に食われて死ぬ事が心の故郷なのよ」
僕は彼女の言葉に母への郷愁を感じつつ再度尋ねた。
「君の心に抱く望郷は大好きな鮫に食われて死ぬ事ならば、その場所こそが君の桃源郷と言うかユートピアなのか?」
鏡が反射するように少女は眩しい言葉を数字のように羅列して答えた。
「そうね。私の心はいつもそこにあるからこそ、それが私の心の故郷であり、望郷の惑星なのよ」
僕は色めき立ち尋ねた。
「ならば僕もその鮫に食われて至福を味わう望郷星に行けるかな?」
少女が答える。
「あなたは瞑想をやるのでしょう。ならばその瞑想で私の心の故郷と言うか、私の星に転生すれば良いのよ」
僕は頷き答えた。
「そうだね。一度やってみるよ。ところで君の惑星の名前は何て言うの?」
少女が答えた。
「私もうお家でご飯だから帰らないと」
そう言って少女の姿は光りの中に掻き消えて行った。
次元の異なるこの惑星世界に於いては逆ユートピアが正に天国の唯々となる。
瞑想装置たる僕はその現象を踏まえた上で、少女が唱えた天国としての心の故郷に、探している母を見出だしたく、行きたいという願望を抱き、そこに照準を合わせるべく田村に向けて通信瞑想を施した。
異なる世界に在って瞑想装置の真髄を極めようと転生を繰り返している田村が答える。
「それは地球型の惑星に帰り、多くの鮫に食われてみないと達成出来ない願望なのではないか?」
僕は焦りと恐怖に苛立ち震える声で尋ね返した。
「ちょっと待ってくれ。それでは正に恐怖と絶望の極致たる死を無限大に味わうはめになるのではないか?」
田村が答える。
「仕方あるまい。それでお前は真の母親に会う心の故郷と遭遇出来るのだから」
僕は通信瞑想をしつつ喚いた。
「そんな恐怖の死の連鎖を味わわないと、俺は真の母に出会える心の故郷に行けないのか?!」
田村が答える。
「ここは外宇宙のカオスの坩堝ならば、何だってありではないか。違うのか?」
僕は唸り声を一つ上げ答える。
「それはそうだが、しかし恐怖の連鎖は御免被りたいわけだ」
田村がせせら笑い答える。
「何を今更だ。恐怖こそが絶望としての希望への掛橋である事は既に我々は立証済みではないか」
僕は低い声で再度唸り声を上げ言った。
「しかし原始地球型の惑星に行って巨大なる鮫の群れに食われる瞑想転生など俺は厭だな、絶対に」
田村が答える。
「これも可能性論の一つならば仕方あるまい。その原始地球型の凶暴なる鮫に出会える惑星にお互い照準を合わせて鋭意瞑想しようではないか」
不承不承僕は答えた。
「分かった…」