学校のボス
雨がザァーザァー降っていた。
6月の小山内あやめの特別なニオイに慣れてきた頃。
そいつが、学校に現れたんだ。
久しぶりだった。
廊下で大勢の生徒が、そいつの噂をしていた。
「逮捕されて留置場にいたらしい」
「いや、薬物更正施設にいたって聞いたぜ」
「ヤバイ組織と関わって逃げてたんだろ?」
そう。
そいつは。
クスリ中毒で有名な、すごい奴。
学校で一番強い不良。
俺たちの頂点に立つ。
アイスピックの栄二。
逆らったら、アイスピックでブスブスぶっ刺される。
頭がイカれてるって噂もある。
強いクスリで、ラリってるんだろうな。
当たり前だけど。
学校のボスだから恐れられている。
「帝王」や「悪魔」の称号など与えられている。
ちなみに、モヒカンの龍とは同じチーマーグループで仲間。
もちろん、言うまでもなく、グループのボスは栄二。
あいつには、誰も勝てねぇー。
ヤバイ奴なんだ。
俺も目をつけられたくない。
「おら、おら、どけよ」
「邪魔だよ、散れ」
アイスピックの栄二の子分が二人、栄二が通るので、廊下を通れるよう道を作る。
生徒たちはクモの子を散らすように、廊下からいなくなった。
ビクつきながら、教室に入る。
誰も、あいつとは目を合わせたくない。
目が合えば、殺される?
その栄二が……。
教室に入ってきた。
異様な空気になる。
運の悪いことに同じクラスなんだよなあ。
しかも。
席替えで斜め前がアイスピックの栄二。
俺、マジで斜め前は見れない……。
そういえば!
席替えの日の翌日から。
栄二は休むようになった。
かれこれ二週間前。
たぶん。
どっか留置場か施設に入ってたんだろうなあ?
悪いことして罰を受けてたとかで……。
「やぁ~ん。ラッブラブじゃん。私たち」
小山内あやめが俺の前の席で、お気楽に騒いでいた。
能天気だなー。
「ずっと席が前後でぇ、昼休みも一緒でぇ、帰りも一緒でぇ、もう幸せでぇ、どーしたらいいのぉぉぉ?」
どーもしなくていいんじゃない?
それよりも!
小山内あやめの隣が栄二なんだから!
気をつけろよ!
「やぁ~ん。彼氏がいるって楽しいよ」
騒ぐなよっ!
学校のボスの前だぞ?
アイスピックの栄二が前方まで来た。
ちょうど、俺たちの席は真ん中の前の方。
栄二は教壇の前で立ち止まっていた。
じっと小山内あやめを見ている。
なんだ?
なんで見るんだよ?
教室の後方に座ってる奴らが、ざわつく。
「今日の栄二さん、こわくない?」
「うん」
「気合入ってるよ」
「マスク普段はつけてないのに、してる」
「こわいよね」
たしかに、今日は一段とコワイ。
マスクで俺たちを威嚇していた。
「あれ、超立体マスクだよ」
小山内あやめが栄二を指差した。
「わっ。バカ。やめろ」
俺があわてて、指をつかむ。
「あいつだけは、指差すな」
囁いて注意した。
「どーしてぇ?」
小山内あやめは、この状況を理解していない。
「とにかく、あいつは、普通じゃないんだ。軽はずみな行動はしないで用心してくれ」
俺が言い聞かせる。
「ふぅ、わかった」
後ろを向いていた小山内あやめは、沈んだ面持ちで前を向いた。
栄二は、拳を固く握りしめている。
何なんだよっ?
こえーよっ。
「栄二さん、今日もカッコイイ」
「超イケてるよね」
そうだった。
クラスの一部のギャルたちには人気だった。
イケメンじゃないけど、ケンカ強いし、シュッとしたスタイル。
身長は、190もある。
巨人だ。
それに、一応は、チーマーでビジュアル系ヤンキー。
女子にモテるわけだ。
栄二は静かに歩いて、小山内あやめの隣の席に座った。
それから、ギロッと小山内あやめをにらみつけた。
何だよ……。
小山内あやめに文句でもあるのか?
栄二の席の周りに、子分が二人ついた。
なにやら、コソコソ話し込んでいる。
俺は耳をそばだてて聞いた。
「今日は……小山内……大丈夫……高性能……マスク……ガード……小山内……ブロック……安心……俺らが……小山内……」
え?
ときどき、『小山内』って聞こえるんだけど?
空耳?
「栄二さんは臭覚が並外れてる」
子分が言った。
そうか。
臭覚が並外れてると苦労するな。
同じクラスに汚ギャルがいるからな。
!
もしかして。
学校休んだのって小山内あやめが原因?
ニオイが嫌だから?
まさか……なあ……。
でも……。
マスクしてきてる……。
ありえるかも。
キーン コーン カーン コーン。
チャイムが鳴った。
一時間目の授業が始まる。
小山内あやめの身にキケンが差し迫っているような気がしないでもなかった。
☆☆☆
五時間目と六時間目の休み時間―――――
六時間目は。
HR。
たぶん、文化祭の演目を決めるつもりだろう。
演劇をするって決まったんだけど、どんな演劇をするのか今日決めるんだなあ。
「やん。文化祭とか超楽しみ。ウキウキしな~い?」
前の席で小山内あやめが顔を俺の方に向けてきた。
「別に、そこまでウキウキしないよ。あー、だるい」
俺が、ため息混じりにそう言うと、小山内あやめは、怒った口調でこう言った。
「もう、冷め過ぎ。クールに決めても可愛い系男子はクールに見えないよ!」
何だよっ。
っるせぇーな。
小山内あやめ、口うるさい。
俺は顔をそむけた。
そうして、何気なく、教室の窓際に目をやった時。
マジメ君が恐喝されているのを見つけた。
前の隅っこで、胸ぐらをつかまれている。
「おらっ! 財布持ってんだろ! 渡せよ!」
栄二が脅迫している。
残念ながら……。
いつもの光景だ。
「わかったよ。渡すから放してくれよ。はい」
マジメ君は財布を渡す。
再登校一日目から恐喝かよ。
やめてやれよ。
マジメ君いつも取られてる。
胸が痛いなあ。
いっちょ、ここは、助けてやるか。
見てないふりは、よくないし。
でも、相手は栄二だぞ?
俺、大丈夫か?
殺されない?
心の中で葛藤する。
でも。
困ってるんだ。
助けてやらないと。
栄二はニヤつきながら、札を財布から抜き取った。
悪い奴だなあ。
「ついでに、購買行ってこい!」
栄二が命令した。
マジメ君は嫌そうな顔をした。
かわいそうに。
今度は。
パシらされるのか。
「何が欲しいの?」
マジメ君が尋ねる。
「飲み物、買ってこい」
栄二は仁王立ちしている。
相変わらず、威張り散らしてるなあ。
調子に乗りやがって、ムカツク。
殴ってやりたいが……。
強いから……。
倒されるのがオチ……。
「飲み物って何がいいの? コーヒー牛乳、それとも、いちごみるく?」
マジメ君が、まるで、母親のような口調で聞く。
俺は、それを聞いて、笑った。
ないないないないない。
学校のボスが、決して、いちごみるく飲まないよ。
マジメ君は天然なんだ。
可笑しいよ。
たぶん、ブラックのコーヒーとか?
なければ、コーヒー牛乳で妥協といったところだ。
「バカ野郎っ!」
栄二の罵声。
やっぱり怒ったか……。
「てめぇ、ふざけてんのか?」
栄二がキレる。
そうなるよなあ。
いちごみるく、だもんなあ。
完全にバカにしてる。
「いちごみるくに決まってるだろっ! 当たり前じゃねぇーかっ!」
栄二が必死になって怒る。
なんですと?
いちごみるく……ですと?
つーか。
お前こそ。
ふざけてんのか?
「やっぱりね、いちごみるくだと思ったよ。いつも、好きで頼まれるからね。わかったよ。いちごみるくだね。買ってくるから、小銭ちょうだい」
「ほら」
栄二はマジメ君の財布から小銭をマジメ君に渡した。
俺は立ち上がる。
「待てよ。自分で買いに行けよ。それから、自分の買い物は自分の金で払え」
俺は栄二に牙を剥いた。
いちごみるく野郎なら倒せるかもって思ったんだ。
「ほほう。これは、これは、誰かと思ったらお前か。小山内あやめの彼氏、森野翔太」
その、小山内あやめの彼氏って言うの、やめてくれ。
好きで彼氏やってるわけじゃないから。
「俺にそんな口利いて、ただで済むと思うなよ?」
栄二は、両手をポッケにつっこんで俺を見て言った。
俺なんか屁でもねぇって感じ。
「俺とやるか?」
栄二が俺に近寄ってきて言った。
俺はここまで来て、引き下がるわけにはいかねぇ。
やる。
「受けて立つ」
俺も栄二のところへ行く。
俺たちは額と額をくっつけて、ガンを飛ばしあった。
この勝負、負けるわけにはいかねぇ。
マジメ君を守るためにも俺が勝たないとな。
「ちょっとぉ、何やってるのぉ?」
間に小山内あやめが入ってきた。
男と男の真剣勝負に女が入ってくんじゃねぇ!
ああ。
とは言ったけど……。
コワイ。
俺、殺される。
でも、小山内あやめの彼氏をするよりも早く死んだ方がマシ。
これは自殺なんだよ。
俺は自殺するんだ。
そう感じた。
「ねー、ねー、青汁飲まない?」
小山内あやめが、この状況で青汁を勧めてきた。
もう、いいかげんにしろよ。
緊迫してるのが、わかんねーのか?
空気読めっ!
「おい、クソアマっ。ぶっ殺す」
そう言って、栄二は、小山内あやめに中指を立てた。
何をそんなに怒ってるんだ?
「てめぇら二人、まとめて相手してやるよ。必ず、放課後、この学校の体育館裏に来い。逃げたら承知しねぇからな。特に、小山内! 絶対、来いよ」
そう脅しつけると、指をポキポキッと鳴らした。
そして、俺たちに背中を向けた。
いいのか、俺?
小山内あやめも殺されるし。
命がない。
さようなら、俺。
今日で寿命が終わる。
小山内あやめと二人で死ぬんだ。
短かった、俺の青春。
福田さん、好きだったよ。
ごめんね、俺、死にます。
「放課後ぉ……? 体育館裏ぁ……?」
ひとりでつぶやく小山内あやめ。
つぶやけるのも今日で最後。
明日になったら死んでいる。
吊るされてるかもなあ……。
コワイよー。
「そのシチュエーションなら愛の告白っ?」
また、小山内あやめが勘違い発言をした。
悪い……。
今は、ツッコむ余裕ない……。
ひとりでボケてろっ。
「やぁ~ん。絶対、そうだよねー。放課後にぃ、体育館裏だよ。呼び出されたら告白以外考えられないよねぇ?」
いや……。
ボコられて殺されることも考えられるよ。
いいなあ、そのプラス思考……。
俺にくれよ……。
こんな時に幸せな発想ができる小山内あやめは、すごい。
「やぁ~だ。告られるよぉー。彼氏いるのに、知らないのかなあ? っていうかー、モヒカンの龍君にも告られて、アイスピックの栄二君にも告られたら、すごくない? モテモテの超モテオンナじゃんっ。マジ、私すごくない?」
そうだね。
マジ、とても考え方がすごいよ……。
数時間後には、どこかに吊るされてるかも。
遺書を書こう。
福田さんに宛てて遺書を認めることにした。
俺が遺書を書いていると、誰かが席まで寄って来た。
『誰だ?』と思って顔を上げると、マジメ君だった。
「森野君、ありがとう」
「え? 俺、何かした?」
「さっき、助けてくれようとしたからだよ」
「あー、別に」
「君だけだよ、クラスで助けようとしたのは」
「俺は何もしてないよ」
「いや、君は勇者だ」
「勇者って……オーバーだよ……」
「他のクラスメイトは見て見ぬフリだったからね」
「俺も今までそうだったから」
「いや、いいんだ」
そこまで話すと、自分の席に戻っていった。
イイ人が苦しむ時代なんだよなあ。
悪党ばかりが、のさばってさ。
そして。
遺書を書いているうちに。
いつのまにやら。
HRが始まっていた。
先生が教壇に立っている。
「最初に残念な知らせがある」
担任の花園が眉毛を八の字にしていた。
なんだ?
何があったんだ?
気になるよ。
「このクラスでイジメが発生した」
え―――――!
先生の言葉にビックリした。
でも、よく考えたら栄二にマジメ君が毎回されてるのが、ソレではないのか?
「このクラスの男子が女子にイジメられていた」
え―――――!
女子がやってたのか―――――?
「彼の話によると、臭覚攻めというイジメらしい」
え―――――!
それって……まさか……?
「彼は、ニオイにやられてPTSDみたいな症状を訴えて学校に来られなくなったらしい」
え―――――!
小山内あやめぇぇぇぇぇ?
「ずっと、部屋でひきこもっていたらしい」
え―――――!
ないないない、絶対ない。
「今日はマスクをして、ようやく学校に登校できるようになったそうだ」
え―――――!
やっぱ、栄二なのか?
「彼がこれからも登校できるように、応援してやってくれ」
俺は、引いたし、呆気に取られたよ。
信じられない。
んな、バカな!
ありえねぇよ。
何かの間違いだと思って、栄二を見ると、栄二は震えていた。
小刻みに震えている。
おい。
マジかよ。
「誰がそんなひどいことしたの?」
小山内あやめが振り向いて尋ねてきた。
言わせて下さい。
お前だよ、お前。
「マジ、許せない。女子の中に最低なのがいるんだね」
だから。
お前だよ、お前。
「その男子かわいそう」
怒りで小山内あやめは、震えていた。
俺の斜め前の奴と俺の前の奴が違う意味で震えている。
体を震わせあっていた。
二人とも、プルプル震えんなよ。
それにしても。
なんか変だぞ?
小山内あやめ?
顔面蒼白になってる。
イジメがコワイのか?
安心しろよ。
誰も汚ギャルをイジメる奴はいないから。
「大丈夫か?」
俺が小山内あやめを心配して問う。
小山内あやめは気分が悪そうだった。
ショックを受けたのか?
「大丈夫か?」
同じく俺の斜め前にいる栄二に、担任の花園が声をかけていた。
「大丈夫。俺は必ず、ケリをつける。もう登校拒否はしねぇよ」
お、お前……。
登校拒否……してた……のか……?
「そっか。それを聞いて安心した。ちゃんと学校に来いよ。ところで、女子って誰なんだ?」
花園は女子の正体がわからないみたいだった。
名前をまだ聞いてないんだ。
「うるっせぇな。今日そいつ半殺しにしてやるんだ。俺様を恐怖のどん底に陥れたんだから、数百倍にして返してやる」
『恐怖のどん底』って……。
何がこわかったんだ?
臭覚が並外れてる奴は小山内あやめがコワイのか?
臭うのか?
精神的なトラウマになるほどに?
「心を閉ざしていたから元気になってくれてよかったよ。親御さんも喜んでることだろう。問題は解決したんだな」
花園は嬉しそうに、そう言うと、教壇に戻った。
「よし、じゃあ、文化祭の劇を決めよう」
花園が明るい表情で、そう話し始めた途端。
「う。おえっ」
え?
おえっ?
小山内あやめが緑色の液体を口から栄二に向かって飛ばす。
??
「おぇっ」
また飛ばす。
緑色のねばねばの液体が、小山内あやめの口から垂れていた。
リアルにコワイ。
悪魔にでも憑かれたのか?
悪魔祓い(あくまばらい)を呼んでくれ。
頼む。
そう思っていたら、ますます悪魔祓いが必要な奴が現れた。
そう。
それは。
「ギャ―――――!」
突然、悲鳴を上げた栄二。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
栄二が頭を抱える。
パニック状態で暴れ回っている。
目には緑色の液体がかかっていた。
「やっぱコイツ、バケモンだったんだぁぁぁ!」
そして、さらに。
「コイツ、人間じゃねぇぇぇぇぇ!」
と、連続して叫んでいた。
「普通じゃねぇよー!」
とも言って、栄二が精神的に錯乱した……。
ギャーギャー騒いで狂っている。
ああ。
コイツ。
かわいそうだ。
栄二が壊れた……。
「うぉぉぉぉぉ! ぎゃぁぁぁぁぁ! 来るなぁぁぁぁぁ!」
栄二がわなわな震えながら、机の中に手を突っ込んだ。
アイスピックを取り出す。
それで、小山内あやめを刺そうとした。
思わず、立ち上がって、俺が制止する。
「やめろ。やめてくれ。殺すなよ」
俺の言葉と制止を振り切って、栄二はそれでも刺そうとする。
栄二がここまで殺意に駆られているのは、恐怖で頭がおかしくなっているからだ。
「ま、魔物ぉぉぉぉぉ!」
栄二が力いっぱい握りしめていたアイスピックを小山内あやめに向かって投げた。
小山内あやめの太ももに当たる。
小山内あやめが立ち上がる。
「嫌ぁぁぁぁぁ、ごめんなさい。二度としません」
謝って涙をポロッポロ流しながら、栄二は怯えきっていた。
見てるこっちが、辛くなるほど、痛めつけられている。
何なんだよ?
お前、つえーんだろ?
なんで泣いてんだよ?
「おねぇちゃん、たすけてぇ、えいじ、魔物に襲われて殺されちゃうよぉ」
アイスピックの栄二は椅子に顔を伏せて、わけのわからんことを口走っていた。
どっか心が逝っちゃったんだな……。
一連の騒動で教室にいた奴らも、ざわざわ言い始めた。
「栄二さん、クスリで幻覚が……」
「ありゃ、幻覚だよな」
「あんな風になるならば私クスリやめる」
「俺も」
「壊れ方がひどいよなあ」
「中毒で自殺する人もいるらしいよ」
「コワイ」
「完全にイッちゃった」
「もう『魔物』が見えたりしたら終わりだよ」
後ろにいた奴らは見てなかったんだ。
小山内あやめが栄二に液体を口から浴びせかけたのを……。
俺は真後ろだから見てたんだけど?
ところで、あの緑色の液体は何だったんだ?
本当に小山内あやめは、『バケモン』で『魔物』なのか?
「うぉぉぉぉぉ!」
そう叫んで栄二は教室を出ていこうとした。
花園がラグビー部の顧問だけあって、栄二のタックルを真正面から受け止めた。
「しっかりしろ!」
花園は泣いていた。
お前もなんで泣くんだ?
「俺は緑色の液体で体がだんだん腐っていくんだぁ!」
また、意味不明なことを栄二が口にした。
もう、疲れた。
勝手にしろって感じ。
「もう、やめろ。やめてくれ。冷静になれよ」
花園が栄二に説教する。
でも、栄二はスキをついて逃げた。
廊下に出る。
「うぉぉぉぉぉ! 体が腐っていくぅぅぅぅぅ!」
天井に向かって栄二が大声で叫ぶ。
花園は泣き崩れた。
なんで泣くんだよ?
「この教室ヤバくない?」
「アブナイよね」
「クラス壊滅じゃん」
ギャルたちが喋っている。
本当そうだよな。
壊滅だよ、壊滅。
緑色の液体を吐いた小山内あやめは、花園に近づいていた。
そろり、そろりと足取り重そうに歩いている。
あの緑色の液体は何だったんだ?
小山内あやめを見た花園は、落ち着いた口調で、こう言った。
「小山内。今すぐ、逃げろ。ここにいたらダメだ」
は?
なんで?
「ここにいたら、NASAの連中に連れて行かれる。だから、その前に逃げろ」
NASAとは?
宇宙人と思ってません?
「ねばねばの液体を口から吐くエイリアンなんだろ?」
花園が真剣に尋ねる。
いや、違う。
小山内あやめは、バケモンでも魔物でもエイリアンでもない。
……と、思う。
「エイリアンではないです」
小山内あやめが返答する。
そうだよな。
違うよな。
つーか、それ当たり前だよな。
「気分悪いので保健室に行ってきます」
そうして、小山内あやめは保健室に向かった。
俺も後を追う。
「先生、俺は小山内あやめさんが心配なんで保健室についていきます」
そう伝えて、小山内あやめを探した。
小山内あやめは廊下を歩いていた。
小山内あやめの背中に追いつく。
二人で並んで歩く。
栄二は相変わらず、廊下で暴れ狂っていた。
そして、先生が何人かで取り押さえていた。
やがて。
保健室に、ついた。
「ありがとう。もう、いいよ。教室帰って」
保健室の前で言われた。
「そう? じゃ、帰るけど、緑色の液体は何だったの?」
俺は疑問を解消すべく聞いた。
すると。
「青汁」
即答だった。
青汁かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
「青汁飲み過ぎて、出てきたっぽい。えへ」
小山内あやめが可愛くはないが、素敵な笑顔を向けた。
そうか……。
まー、納得したよ。
「飲み過ぎに気をつけるんだよ」
俺が優しく声をかける。
「は~い。気をつけまーす。えへ」
教室に帰ろうと。
俺は小山内あやめから離れた……。
その瞬間!
「スキ!」
小山内あやめが俺の背中に抱きついてきた。
後ろから抱きつかれている。
「お、小山内さん……?」
「もう……ちょっと……このままで……いさせて……ね?」
俺たちは誰もいない、静まり返った廊下でぴったりくっついた。
恥ずかしいなー。
人に見られたら、どうしよー?
まあ。
いっか。
「翔太、優しいんだね」
小山内あやめが抱きついたまま言う。
「私、超超幸せ者だよっ。彼氏が優しくて」
小山内あやめが、そう言いながら、ぎゅ―っと力を入れて抱きしめてきた。
「ずっと、これからも一緒だよっ。誰にも負けないラブラブカップルでいようねっ!」
ラブラブカップル?
いや……。
それは……。
ちょっと……。
でも。
なぜだろー?
こうしてると、居心地がいい。
心が不思議と満たされた。
☆☆☆
次の日―――――
朝、学校に行くと、廊下で生徒たちが、ざわざわ騒いでいた。
何かあったのか?
「学校やめちゃったんだって!」
「えー! ウソー! マジぃぃぃ?」
「信じられないよぉー!」
「ビックリだよねぇー!」
「クスリのやり過ぎで頭おかしくなったって」
「おかしくなったんだ……」
「昨日、おかしくなってたもんね」
誰のウワサ?
もしかして。
アイスピックの栄二……とか……?
「森野君」
廊下にいると、すぐ後ろから声をかけられた。
マジメ君だった。
「あ、おはよう。マジメ君」
「おはよう、森野君。ねぇ、知ってる? 栄二さん、学校をやめたんだよ」
「え? やっぱ噂になってる奴って、栄二だったのか……」
「うん。クスリで変になったから魔物が見えるようになったようだよ。学校のボスだったのにね。こんなことってあるんだね」
いや。
魔物じゃなくて小山内あやめだから……。
それは、小山内あやめだから……。
「ところで、この学校のボスは誰なんだろう?」
「さあ? 興味ないからな。誰でもいいんじゃねぇ? 俺には関係ねーし」
そう言って、俺が教室に入ろうとしたら俺の肩に手をのせて「待って」とマジメ君が引き止めた。
「何?」
俺が振り返る。
「小山内さん……じゃないの……?」
マジメ君が真剣に言った。
小山内あやめ?
なんで?
「この学校のナンバー2は龍さん。彼が繰り上がりで学校のボスになる。でも、龍さんは『姐さん』と小山内さんを慕っていて弟子と師匠のような関係だよ? つまり、小山内さんは龍さんよりも位が上なんだ。強いんだよ。だから、学校の新ボスは小山内さん」
マジメ君が流暢に語った。
小山内あやめが、この学校の新ボスだって!?
すげ―――――!
つーか。
汚ギャルなだけなのに。
おそるべし!
小山内あやめ!
この学校の女ボスになっちまった。
あの恐怖の栄二を倒したのは事実。
体臭という武器で登校拒否にした。
そして、青汁パワーで退学にも追いやった。
案外、強かったりして?
まー、よかったな。
この学校のボスが悪人から善人(?)にチェンジしてよ。
そんなわけで。
学園は汚ギャルが制覇したのだった……。