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史上最強の汚ギャル   作者: bbb
3/13

セレブ


そよ風が心地いい季節が去った。



そして、梅雨。




ところどころ青のアジサイが咲いていて。



よく見かけるようになった。



でも!



湿度が高いとニオイがこもる。



最近。



教室は雑巾のニオイがする。



それに。



小山内あやめのニオイもする。



Wの悪臭が立ち込める魔界となっていた。





そんな、ある日。



席替えがあった。



「やぁ~ん」



と、喜ぶ小山内あやめ。



なぜなら、俺が後ろの席に座ったから。



「私、前の席だよ、よろしくね!」



そう言って、大はしゃぎ。



冗談キツイよ。



俺の目の前が汚ギャルだなんて……。



くっさぁ~。



さっそく。



下敷きであおぐ。



どっか行ってくれ!



頼む!



俺の願いが通じたのか。



小山内あやめは、次の日。



休んだ。




休んでくれると、ありがたい。



ずっと休んでいて、くれないかなあ?





そう思っていた矢先。



「翔太君」



一時間目と二時間目の休み時間。



福田さんが俺のところに来た。




「福田さん?」



俺が尋ねる。



福田さんは……。



涙目だった。



なんで?



「あやめが……」



そう言いかけて言葉を詰まらせた。



福田さんが顔を伏せる。



「小山内さんが、どうかしたの?」



また俺が尋ねる。



福田さんが顔を上げて、俺の目を見た。



そして、悲しそうに、こう言った。



「あやめが交通事故で死んだの」



えっ?






小山内あやめ?





死んだ……?




「今日は、お通夜なの」




え―――――。



死んだ……?



マジ……?




「学校が終わったら、行こう」



そう言い残して福田さんは教室を出ていった。




信じられない。



というか。



担任の花園から聞いてない。



なんで?



なんで言わないの?



死因が……。



事故……?



俺は小山内あやめが事故って死んでくれたら、ありがたいと思っていた。





でも……本当に死ぬなんて……。




小山内あやめ。



嘘だろっ?



嘘って言ってくれ!!



本当に死んだのかよ!?



毎日、昼休みは弁当を作ってきてくれて一緒に食った。



毎日、帰りは一緒に帰った。



メール交換や電話は全然しなかったけど……。




俺たちは……。



形だけでも……。



カレカノだった。



……よな?



俺は放心した……。





ガラっ。



「超さいあくぅ! 遅刻だよっ。寝坊した!」



気がつくと……。



俺のすぐ……。



前で……。



汚ギャルが、ぶつぶつ言いながら、鞄の中の教科書を机に入れていた……。



つーか。



休んでねーし。



死んでねーし。



もろ、生きてんじゃん!



しかも。



超元気そう。



小山内あやめ?



死んだんじゃなかったのか?




リアル小山内あやめだよな?



幽霊じゃなくて?



でも……。



リアルに、くっさいし。



本物みたい。



「っはよ。翔太。今日は遅れたんだ。心配した?」



笑顔で話しかけてくる。



事故死してなかった?



「さっき福田さんから小山内さんが亡くなったって聞いたんだけど?」



俺が疑問をぶつけると、小山内あやめの目が点になった。





「やん。死んでないよ。死んだのはペットだよ」



え?



ペット?



「今日は、通夜があるから来てね。うぅ。思い出したら泣きそう。昨日、つい昨日なんだけど……」



小山内あやめが切ない表情になる。



辛そうだ。



「うちの可愛いマリー・ルイーズ・パーカーが散歩中に事故に遭って短い生涯を終えたんだ」



マリー・ルイーズ・パーカー?



長い名前だなあ。



何のペットだよ?



犬?



散歩なら犬だよな?



マリー・ルイーズ・パーカーならゴールデン・レトリバーかポメラニアン?



高価な犬なんだろうなあ。




それか。



猫だったりして?



猫なら、ペルシャっぽい感じがする。



長毛の気高い猫。



「やん。エレクトラ・マリー・ルイーズ・パーカーだった! 忘れてた。えへ。ときどき、エレクトラ忘れちゃうんだ」



飼い主が忘れるなよ。



つーか。



長ぇよ。



言いにくいし、覚えにくい。



「あやめー!」



再び。



俺の愛しい福田さんが戻ってきた。



「美雨」



「気をしっかりね」



「うん。ありがとぉ」



「私も……ペット亡くしたことあるから悲しくて……。特に……マルイちゃんとは仲良しだったから……涙が……止まらない……」



「そうだよね。美雨はよく遊んでくれたもんね」




その『マルイちゃん』って?



エレクトラ・マリー・ルイーズ・パーカーを略したのか?



マルイって……。



どこぞやのショッピングビルと同じ名前……。




「翔太君」



小山内あやめと喋っていた福田さんが、俺に向き直る。



「さっき変なこと言わなかった? 私って、おっちょこちょいだから、『あやめが交通事故で』って言っちゃったよね……。あやめじゃなくて『あやめのペットが交通事故で』って言いたかったんだ」



「いや、気にしてないよ。福田さん、おっちょこちょいで可愛すぎ。俺、そういう子の方が好きだよ」



さりげなく、好きをアピール。



福田さん、もしかして俺の気持ちに気付いたかなあ?







「私もぉ。おっちょこちょいだからぁ、翔太はぁ、おっちょこちょいがぁ、好きなんだよねぇ。もぉ、私ってぇ、愛され過ぎちゃってぇ、愛され過ぎちゃってぇ、困っちゃう」



自分が好かれていると思い込んで、小山内あやめは、舞い上がっていた。



もう……。



放っておくことにする……。




「それじゃ、今日マンションに行くから」



福田さんは小山内あやめの肩をポンポンと優しく叩いた。



「うん」



小山内あやめが、うなずく。




二人は約束を交わした。



福田さんは教室を出ていった。



「俺も小山内さんのマンションに行くの?」



「うん。そうだよ。学校から歩いて35分くらい。自転車のカゴに乗る? 後ろのカゴ。その方が早いよね」



「いや、いい……。徒歩で行く。35分なら歩く」



「じゃ、決まり」



俺は学校の帰りに、小山内あやめのところへ、寄ることになった。



たぶん……。



汚ギャル邸だから……。



汚ぇーだろうなあ……。



超ボンビーだったりして……。



くっさいだろうなあ……。



ゴミ屋敷かもしれん……。



俺は……。



恐怖の……。



魔王の城へと……。



乗り込むことになった……。



☆☆☆



「ひっど~い。美雨。部活で遅れるって~」



不満そうに小山内あやめが言った。



「いいじゃないか。二人で行こう」



俺は福田さんの悪口を聞きたくなかったので速足はやあしで歩いた。



「でも、三人で行く予定だった……」



「いいじゃないか。あとで、来るんだろう? 部活なんだから」



「でも、部活を休んで来てくれても……」



「あー。今日は天気がよくて、よかったー。雨の中を歩くの嫌だよねー」



天気の話題で、そらす。



それでも、小山内あやめは納得がいかないようだった。



俺たちは二人そろって学校を出た。



小山内あやめの住む地域へと向かう。



相変わらず。



三輪車をこぎこぎしていた。



「ねぇ、知ってる?」



小山内あやめ、らしからぬ、真剣な顔つきで聞いてきた。



「何?」



「噴水公園の伝説」



「噴水公園の伝説?」



「うん。あそこ、有名な公園なんだってね」



「有名って?」



「噴水公園で愛を誓いあった二人は永遠に結ばれるって言い伝えがあるんだって」



「へぇ。そういう言い伝えがあるんだ」



「うん。私たち、あの公園で愛を誓いあって、愛しあったんだよ。えへ」



うっ!



そうだった!



あの公園で愛は誓いあってないけど、愛しあってヤッたんだった。



あの公園でヤッた二人はどうなるんだ?



永遠……に……?



こわい……。



ああ。



おぞましい!



「た、ただの迷信だよ。俺は絶対に信じないぞ」


「ふふ。照れちゃって可愛い。んもう、可愛いんだからー」



照れてねーよぉぉぉぉぉ!



小山内あやめを……。



噴水公園で殺して。



その死体を……。



噴水公園に埋めるからな?



よろしいですね?



愛の伝説の公園を……。



殺人事件があった公園にしてやる。



「でも」



小山内あやめが口を開く。



「ロマンチックだと思わない?」



「まあね」



そんなふうに。



会話をしながら。



3、40分くらいして。





俺たちは、たどり着いた。



「ここ」



小山内あやめが自転車を止める。




小山内あやめが自転車を止めたのは……。




このエリア屈指のマンションだった。




「すげー」



俺の口から感嘆の声がもれる。




小山内あやめは平然としていた。




このマンションは、有名タワーマンション。



メディアで取り上げられたこともある。




俺は建物の上まで見上げた。



タワマンだけあって、高い。



「すごいよ、小山内さん」



ここに、友達が住んでるって言ったら、自慢になる。



小山内あやめは、セレブだったんだ。



想定外だった!



オートロックを開錠して中へと入った。



うわっ!



広い!



俺は仰天した。



エントランスは吹き抜けの大空間。




「たいしたことないよ」




小山内あやめの声が大空間に響く。



たいしたことあるだろっ!!



エントランスのフロントには美人のコンシェルジュがいた。



三輪車に乗った小山内あやめが、エレベーターホールまで進む。



途中、コンシェルジュが、こう言った。



「なんで、コイツに男前の彼がいんの?」




小声だったけど……。



俺は聞こえた……。



小山内あやめは聞こえてない様子。



エレベーターに乗って最上階のボタンを押す。



え?



最上階?



最上階って……。



すご過ぎ……。



超セレブじゃん。



エレベーターのドアが開く。



三輪車を押しながら、内廊下を歩く小山内あやめ。



やっぱ、セレブって違う。



重厚じゅうこうで格式が高いところだ。



俺と住む世界が違う。



そんな気がした。



大きな玄関ドアを開ける。




「入って」




高級な大理石の玄関ホール。



また、ビックリ。



玄関脇にシューズ・イン・クローゼットがある。



6畳ほどあって三輪車をそこに止めた。



「いっぱい靴があるでしょ? 見てもいいよぉ」



お嬢様の小山内あやめが言った。



俺は並んだ靴を見る。



靴屋みたい。



「これがフェラガモで、これがマノロで」



小山内あやめが指を差していく。



「誰の靴?」



「ママ」



いろいろなハイヒールは、小山内あやめの母親の靴なんだ。



さすが、セレブ。



美人かも。



小山内あやめは、廊下を歩いてリビングに案内してくれた。




目を見開く。




まるで。



それは。



ホテルのスイートを思わせる内装。



絢爛豪華けんらんごうか



ぜいたくっ!




「LDだけで40畳はあるんだ。寛いでね」



寛げるかぁぁぁ!



豪華で緊張するよっ!



ある意味、引く……。



小山内あやめと仲良くなってから引きっぱなし。



「ソファに座って」



俺は外国製のソファと思しきソファに座った。



ここが、汚ギャル邸?



おい、おい、嘘だろって感じ。



ここ、ペントハウスじゃん。



生まれて初めて来たんだけど?



「マルイの遺影だよ」



低い声で小山内あやめが言った。




カチャ。



シンプルな写真立てをリビングテーブルに置いた。



俺は写真を見た。






これが、マルイ?



これ……。



ザリガニ……だよ……?



ゴールデン・レトリバーでも……ポメラニアンでも……ペルシャでも……ない……。



ザリガニ……。



ふわっ。



刺激臭しげきしゅうが鼻腔をくすぐる。



小山内あやめが俺の真横に座った。



「飼い始めたばかりだった。マルイを青バケツに入れて散歩させてたんだ。私は自転車に乗って走ってた。突然、ケータイが鳴ったから自転車を止めて鞄を取ろうとしたら、青バケツ落としたんだ。もう、パニックになって青バケツを拾って中を見たら、いないし」



小山内あやめは、喋りながら、泣いた。



俺は、エレクトラ・マリー・ルイーズ・パーカーと、

ザリガニに名付けたことも。




青バケツに入れて散歩させてたことも。



理解できず、



理解に苦しんだ。




「ズルズル……」



小山内あやめは、鼻汁をすすりながら、喋り続ける。



「私は……探したんだ……。探したんだよ……?」



「うん」



「でも……見つからなくて……」



「結局、ザリガニは、車にひかれたんだね?」



俺の問いかけに小山内あやめは首を横に振った。



そして。



嗚咽混じりに、こう声を絞り出した。




「自転車から降りた拍子に……『ザクッ』って音がして……気にしてなかったんだけど……また……『ザクッ』って音がして……足を見たら……マルイが踏みつぶされてた……」




それは……。



交通事故じゃなくて……。



お前が殺してんじゃん!



小山内あやめぇぇぇ!



『ザクッ』って……。



踏み殺したんだろっ!?



しかも……。



一回なら……まだしも……。



二回もぉぉぉ?




「沼で捕まえるのに苦労したんだよ……?」



ホームセンターのペットコーナーかペットショップで買ったんじゃないのか?



沼って……。



セレブが沼って……。



「今、持ってくるね」



小山内あやめは、リビングを出て、すぐに帰ってきた。



そして、ザリガニの亡骸なきがらを俺に見るように促す。



ザリガニは。



クッキーの丸い、平たい、缶の中に入っていた。



もう……。



勘弁してくれよ……。



小学生みたいなことするなよ……。



スススーっ。



誰か。



人の気配がする。



リビングに何者かが、いる。



誰だ?



それは。



D&Gのロゴ入りTシャツを着た、男か女かわからない人だった。




髪型はパンチパーマ。



サングラスとマスクをしている。



ジーンズをはいてるし、おっさん?



なんで怪しいおっさんがペントハウスを、うろついてんだよ?




「小山内さん。おっさんがいる」



教えてやると、自分の世界に入っていた小山内あやめは、おっさんの方を見た。



おっさんは、こっちを、じっと見ている。



気味の悪い、おっさんだなあ。



「ママ」



小山内あやめが、おっさんを呼ぶ。



おっさん……じゃなくて……。



小山内あやめ母っ!?




「あやめ、私に内緒で彼を作ったわね?」



両手を腰にあてて、おっさんのような小山内あやめの母親が近づいてくる。



小山内あやめの母親もヤバイ感じがした。



外見がキケン。



小山内あやめよりも、キケンでコワイ。



「ママ、ごめんなさい。いきなり、彼氏ができたんだよぉ」



「言い訳なんか聞きたくないわ。彼氏ができたら言うって言ってたじゃない。ひどいわ、裏切り者」



「予想してなかったことがあって彼氏ができたんだ」



「予想してなかったって彼に告白されたの?」



「告白じゃないけど、まー、カラダから始まる恋もあるわけで」



「やだっ。最近の子は過激ね。ママ、そういうの嫌い」



「嫌いでけっこうですよ~ん。翔太と駆け落ちしちゃうからね」



そう言って、小山内あやめは、腕を絡ませてきた。



俺は小山内あやめと腕を組んだ。



ソファでイチャイチャしてるみたいで、なんか嫌だなー。



ザリガニの亡骸の前だし。



「うふふ。私、すみれっていうのよ。可愛い名前でしょう?」



母親が俺に話しかけてきた。



俺の方を向いている。



「森野です。どーも」



一応、挨拶。



軽く頭を下げた。



その時に。



俺の目に飛び込んできたのは。



小山内すみれの足。



足の靴下にゴキブリホイホイがついている。



靴下にゴキブリホイホイの粘着シートがくっついていた。




小山内すみれは、ゴキブリホイホイを、ひきずりながら、キッチンへと、入っていった。



「お母さん、変わった人だね」



俺が正直な感想を言うと、小山内あやめは軽く笑った。



「えへ。ママは整形に失敗したんだよ」



え?



マジ?



「だから、サングラスとマスクで顔隠してるんだ。犯罪者みたいでしょ?」



「うん」



「セレブ過ぎて整形を繰り返しているうちに、ああなっちゃったんだよ」



セレブも大変なんだ。



気の毒に……。



「はい。ケーキと紅茶よ」



小山内すみれが俺たちにケーキと紅茶を出してくれた。



食器はエルメスだ。



さすが、セレブ。



ケーキは、フルーツタルト。



おいしい。



いい店を知ってるんだ。



さすが、セレブ。



俺はフルーツタルトを口にしながら、チラッと小山内すみれの方を見た。



俺の下半身をじろじろ、イヤラシイ目で見てる。



何なんだ?



「ねぇ、あやめ。彼氏のアレ大きいの?」



小山内すみれが小山内あやめに、そう耳打ちした。



おもいっきり。



聞こえてるんですけど?




「内緒。えへ」



小山内あやめが同じように、そう耳打ちした。



「いいじゃない。サイズどれくらいか教えてよ」



また、小山内すみれが耳打ちする。




このエロババァー!!



変なとこ見て、変なこと聞いてんじゃねぇよっ!



「ふふ。何はともあれ、彼氏がイケメンでよかったわ」



と、大きな声で言って、小山内すみれは、ご満悦。



どうやら気に入られちまったみたいだな。





それから、三時間も二人に絡まれた……。




夜になって、すっかり暗くなったので、帰ろうかと考えていた時。



ピンポーン




「まあ、誰か来たわ」



インターフォンのところへ、小山内すみれが、ゴキブリホイホイを足にぶら下げたまま、走っていった。




パワフルな女……。




リビングに、ひょっこり現れたのは、福田さんで、青いバケツを手にしていた。




「あやめ」



「美雨」



「来たよ」



「ありがとぉ」



「あやめ、こんなことになって、かわいそう……」




二人は、抱き合った。



大袈裟おおげさな……。



たかが、ザリガニが死んだくらいで……。



「うぅ……しくしく……マルイちゃん……」



福田さんは缶に入ったザリガニの亡骸を見て、泣いた。



泣き顔も可愛いなあ。



俺がじっと見つめていると、福田さんが俺に顔を向ける。



「私も……ペット……飼っていたから……気持ち……わかる……」



「どんなペット?」



俺が聞くと、こんな答えが返ってきた。



「カエル」



マジで?



犬とか猫とかじゃなくて?



両生類?



「私も……ペット……ローラっていうんだけど……ローラ……飼ってて……散歩してて……箱から……ピョーンって……カエル……だから……飛び出して……自転車の……前輪で……ひき殺してしまった……ことが……あるの……」




泣きながら、福田さんは、そう語った。



え?



福田さんも自分で殺っちゃったの?



「ごめんね……ローラ……」



つぶやくように、福田さんは言った。



いや、別に、カエルだから、そういうことも、あるよ。



気にしない、気にしない。



「ところで、美雨? バケツに何が入ってるの?」



小山内あやめの質問に、福田さんは笑顔になった。



「見て! 新しいマルイちゃんっ!」



大声で叫んで、福田さんは新しいマルイちゃんを披露してくれた。



まー、ザリガニなんだけどね。



「きゃ。嬉しい。これ、私のために?」



「うん。落ち込まないでよ。元気出して。ファイト!」



福田さん、通夜でファイトは禁句だよ……。



まー、可愛いから許しちゃう。



「じゃあ、名前はエレクトラ・マリー・ルイーズ・パーカー二世だ。決まりっ!」



小山内あやめが命名した。



血縁関係けつえんかんけいがないのに、二世かよ!



「さっそく、ザリガニ洗おう!」



小山内あやめが飼育ケースを持ってきて、言った。



ザリガニを洗うのか?



「お風呂場はこっち!」



小山内あやめが、風呂場を案内してくれる。



ザリガニじゃなくて……。



小山内あやめが……。



体を洗えばいいのに……。




俺たちは、脱衣所を通って、靴下を脱いだ。



そして。



優雅なゆったりスペースの……。



バスルームに入った。




20インチモニターのテレビがあった。



バスタブはジャグジーだ。



大きなシャワーヘッドから水が流れる。



ザリガニを洗い始めた。



「えへ。スーパーラグジュアリーバスなんだ」



小山内あやめが、洗いながら言った。




小山内あやめ……。



なぜ立派な風呂があるのに……。



風呂に入らない―――――っ!?



それから……。




スーパーラグジュアリーバスでザリガニ洗うなっ!




ザリガニを洗い終わると、今度は飼育ケースを洗い始めた。



二人とも、黙々と洗っている。



なんか小5の男子みたい……。



女子高生とは、二人とも、違うんだよなあ。



「いいなあ。あやめはお金持ちで」



福田さんが飼育ケースを洗い終わって、ペーパータオルで拭きながら言った。



キュッ、キュッと音がする。



「そうかなあ?」



小山内あやめは、ザリガニを『赤ちゃんのお尻拭き』で拭きながら言った。




ザリガニは、拭かなくてもいいだろー?



しかも、赤ちゃんのお尻拭きで……。




「社長令嬢でいいなあ」



福田さんがサラッと言った。



え?



何だって?



汚ギャルが社長令嬢だって?



「たいしたことないよ」



汚ギャルが飼育ケースにザリガニを入れながら、言った。



え―――――。



「社長の子供なの?」



俺が驚いて、小山内あやめの方を見る。



「うん」



小山内あやめは、笑った。



まさか……。



令嬢だったなんて!




人生には三つの坂があります。



上り坂。



下り坂。



まさか?



「パパはドラッグストアを全国チェーン展開しているんだ。だから、フェミニーナ軟膏もハルンケアもいっぱい手に入るよ」



元気いっぱいに、そう語る小山内あやめ。




そうなんだ。



知らなかった。



人は見かけによらないものなんだな。



「将来は会社の社長になるの?」



福田さんに聞かれて、小山内あやめは首を左右に振った。



「ううん。私は将来お嫁さんになるんだ。翔太のね」



結婚しないぞぉぉぉぉぉ!!



嫌だぁぁぁぁぁ!



将来を勝手に決めんじゃねぇっ!



「それで、私の夫の翔太が会社を継ぐんだよ」



だーかーらー。



嫌だぁぁぁぁぁ!



結婚、嫌だぁぁぁぁぁ!



聞いてねーし。



何でも勝手に決めんなよっ!



「そうなんだ。よかったね」



よくないよ、福田さん!



何、納得してんの?



俺が好きなのは、福田さんなんだよ?



「美雨の将来の夢は?」



おっ。



いい質問するじゃんっ。



小山内あやめ。




「俺も聞きたいなー。福田さんの将来の夢。テニスの選手とか?」



俺が興味津々で福田さんを見る。



すると。



福田さんは……。


「わたしの将来の夢はねー、男同士がキスしているのを間近で見ること、かなー?」







ビックリっ!




男同士っ!?



「BLの世界が、だ~い好き!」



と、瞳をキラキラ輝かせて、うっとりしながら、答えた。




「BLの漫画が大好きだもんね。私は興味ないけど」



小山内あやめは、そう言うと、バスルームを出て、脱衣所で靴下をはき始めた。



なんと!



なんということだ!



俺が愛した女性は!



腐女子だったのか!




純粋なスポーツ少女じゃなくて?



「BL最高!」



そう言いながら、バスルームを福田さんは出た。



俺は、いつのまにか、ザリガニ入り飼育ケースを持たされていた。



再び、リビングに戻ってきた。



砂・小石・流木など飼育ケースに入れた。




水も、ろ過装置も、セットした。



リビングに飾る。



なかなかイイ感じじゃん。



って、俺もハマってきたぞ。



「もう、遅いし帰るよ」



福田さんが帰り支度の準備をする。



チャ―――――ンス!



福田さんと帰れるっ。



やったー!



腐女子だけど。



そんなの関係ねぇー。



福田さんといっぱい話せるチャンス。



口説くぞー。



帰り、どっか寄ってく?



ってなったりして。



それに。



暗いところで暴漢が来たら、守ってあげたりして。




親密度が上がったりして。




喜んで。



福田さんの。



夜道の。



ボディガードさせていただきます!




そして。




『本当は、あなたのこと、気になってたの。好き』




って、言われて告白されちゃったりなんかして?




『俺には小山内さんがいるんだけどなー』




『いいじゃない。本人には内緒で付き合って秘密にしようよ。二人だけの、ひ・み・つ』



『もう、しょーがないなー。福田さん』



『翔太……お願い……』




『わかったよ。福田さん。秘密にして付き合っちゃおう』




『ありがとう。でも、福田さんって言うのやめて』




『え?』



『美雨って、呼・ん・で』




『もう、しょーがないなー。美雨』



『翔太』



『美雨』



そして、俺たちは夜ということもあって。



かなり、盛り上がり……。




『キスしてよ』




『美雨、積極的だなあ』




『翔太とキスがしたいの。ね、いいでしょ?』




『悪い子だなー。小山内さんの親友だろー?』



『バカね……。親友の彼氏だから燃えるんじゃない』




『小悪魔だなー』



『ふふ。私、小悪魔なのよ。こう見えて』



『小悪魔の美雨も魅力的で好きだよ』




『翔太』



『美雨』



そして、俺たちはキス。



帰りにキス。



なーんちゃって!



俺って罪なオ・ト・コ!



照れまくってると、福田さんが「じゃ、バイバーイ」と俺に手を振った。




「待ってよ。一緒に帰ろうよ」



俺が引き止める。




「え?」



そう言って、福田さんが小首を傾げる。



そばで見ていた小山内あやめが、冷静に、こう言った。



「美雨は私と同じマンションに住んでるんだよ」




え―――――!



同じマンション!



一緒に帰れると喜んでたのにぃぃぃぃぃ。



「私は低層階だけど」



福田さんは、そうつぶやくと、あやめ宅をあとにした。



あーあ、帰っちゃった。



残念。




「同じマンションで、同じ中学で、同じ高校なんだ」



にっこり笑って小山内あやめが話してくれた。



「そっか。二人は住んでるとこも近いんだね」



「うん。だから、自然と仲良しになれたんだよ。えへ」




「そっか。俺も帰る。どうやって帰ろうか?」



「ママが送ってくれるよー。ママぁ!」



小山内あやめが小山内すみれを呼ぶ。



え?



俺、小山内すみれと帰るの?



あの怪しいおばさんと?



「準備オーケーよ。車で送るわ」



小山内すみれは、機嫌よく言った。



え?



マジで?




「二人で帰ってねー」



小山内あやめが玄関まで見送って、手を振った。



俺は小山内すみれに腕をつかまれている。



俺は、福田さんじゃなくて整形に失敗した顔面グラサンとマスクの女に連れて行かれた。



コワイんだけど?



地下駐車場まで来た。



「車の助手席に乗って」



しかも、指図を受ける。



「は、はぁ」



俺は言われるがまま、助手席に座った。



「緊張してるぅ? んもう、可愛い。可愛い。可愛い。好きよ」



運転席に座ってエンジンをかける時、小山内おやめが言った。



キモ過ぎ……。



こんな奴に告白されても嬉しくない。



こんなはずではなかったハズ……。



「私ね、子供の彼氏とカーセックスすることを空想してたの。イケナイママでしょ? 小悪魔なのよ」



そこまで聞いて、俺は車酔いした。



具合が悪い。




「押し倒したいでしょ?」



今のは……。



聞かなかったことにしよう。



俺は窓の流れる景色に目をやった。



そして。



誘惑されながらも、俺は無事に何事もなく。




帰ることができた……。





俺にとって、長い長い一日は終わった。





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