ギャルかオタクかバケモンか?
体育祭があって、休日が終わり、学校が始まった。
学校に登校。
バリっ!
俺が歩くと、鈍い音がした。
廊下には……。
割られた窓ガラスの破片が散らばっている。
ガラスの破片を踏んだんだ。
これは、よくある出来事。
うちは、荒れ放題の学校。
やたら窓ガラスを割って学校を荒らすワルばかりの廃れた学校。
特技は、恐喝、暴行といった札付きのワルが勢ぞろいしている。
だから。
評判サイアク高校だ……。
学力のレベルが低く、ガラが悪い。
俺は楽勝で卒業できると思って、この高校を選んだ。
女生徒は、制服がブレザーで可愛いとか、そんな感じの理由で来たんだろう。
ここは、ギャルとオタクとヤンキーのための学校だ。
いつものように。
校舎の壁には落書きがある。
カラースプレーで「下克上」が「下黒上」と間違えて書かれてある。
もっと勉強しようよ……。
天井まで「下黒上」の落書きがあった。
ちなみに、俺はこの学校で頂点のボスを目指していない。
テキトーに、学校へは来てるだけ。
そう、あくまでテキトーなんだ。
暇つぶし程度。
ガラっ!!
教室のドアを開ける。
なんと。
あの、小山内あやめが目の前にいた。
俺の……。
彼女?
あの日……。
あのあと。
俺は、小山内あやめと番号&メアド交換して別れた。
小山内あやめから、メールは来ていない。
もちろん、俺だって、メールを送らなかった。
今日、学校で会えるから、別にメール交換する必要ないし。
俺、あんま好きじゃないから付き合いなんか、どーでもいいんだよなあ。
んな、いいかげんな俺。
「おはよっ!」
俺から元気に明るく声をかけた。
「おはよう。翔太!」
小山内あやめが挨拶を返す。
!!
小山内あやめを……。
よく見たら……。
髪の毛に……。
カリカリのご飯粒がついていた……。
サイテー……。
しかも!
目を疑うような新事実発覚っ!!
ほくろかなって思ってたんだけど?
ほくろじゃなくて……。
口元に納豆が!!!
納豆ひと粒……ついてるよ……。
何なんだよ、小山内あやめ!?
「見ないでよぉ。もう。怒るよぉ?」
「え?」
「私に見とれないで!」
はぁ―――――?
今、なんて言いやした?
見とれてたんじゃなくて……。
カリカリご飯と納豆ひと粒に……。
呆れてたんだよぉぉぉぉぉぉ!!
小山内あやめぇぇぇ!!
今日の朝ごはん。
納豆ご飯だろぉぉぉ!?
「ねぇ。小山内さん?」
俺が優しい口調で話しかける。
「ん?」
「今日の朝ごはん、何だった?」
……。
しばらく、間があった。
そして……。
小山内あやめが、おもむろに、こう答えた。
「えへっ。えーとねぇ。トーストにキャビアのせてぇ、食べたの。それからぁ、シーザーサラダも。あと、キャラメルマキアートを飲んだよ。えへっ」
嘘ついてんじゃねーよ!!
おもいっきり、納豆ご飯だろーがっ!
なんで朝食がトースト、キャビア、サラダなら納豆とご飯つけてんだよぉぉ。
バレッバレの嘘ぶっこいてんじゃねーよっ!!
ちなみに、風呂入ってねぇ汚ギャルってことも、バレッバレなんだよー!!
つーか。
嘘が許せねぇ。
とっちめてやりたい。
「とっちめてやりたい……」
思わず……。
心の中の声が口をついて出る。
「え?」
小山内あやめが不思議そうな顔をした。
「いや、何でもない。忘れてね」
俺がサラッと流そうとする。
「やりたい? 私と? 『可愛いからヤリたい』って今、言わなかった?」
自意識過剰ぉぉぉぉぉぉぉ!!!
ヤリてぇーんじゃねぇよっ!
とっちめてやりてぇんだよっ!
「ダ、ダメだよ。ここ教室だよ? みんな見てるし。こんな公衆の面前で、恥ずかしくないの?」
『恥ずかしくないの?』って叱られたくねーよ!
ここ教室だよ?
みんな見てるし。
こんな公衆の面前で。
納豆とご飯つけて。
恥ずかしくないの?
小山内あやめこそ、恥ずかしくないの?
ねぇ、どうなの?
って感じ。
「ん、もう! 変なこと言ったから、お仕置き!」
そう言って、小山内あやめは俺の顔の鼻をツンツンと人差し指でつついてきた。
やめろっ!
うぜぇっ!
「もう、エッチさせてあげてない・ぞっ! やん。言っちゃった。きゃっ。言ってみたかったんだよね。このセリフ」
キメエっ!!
何が『エッチさせてあげてない・ぞっ!』だ。
汚ギャルのくせに!
現実的な話……。
身が汚れそうで小山内あやめなんかとしたくないんですけど……。
死んでもしたくないんですけど……。
「冗談だよ~ん。ビックリした? 翔太って可愛い。エッチさせてあげないって脅したら悲しい顔するんだも~ん。超カワユイ!」
俺が悲しい顔したのは、汚ギャルに体を汚されるのが嫌だからだよ?
絶対、ヤリたくないんだよ……。
小山内あやめ……。
その時だった。
「なにぃぃぃ! 何が『エッチさせてあげないぞー』だっ! ケンカ売ってんのか! メスブタっ!!」
小山内あやめの肩越しに、モヒカンの龍がいた。
どうやら聞こえちまったみたいだなあ……。
ヤバイことになりそう……。
「てめぇ、今なんつった?」
モヒカンの龍がキレている。
一歩、歩みを進めた。
小山内あやめに忍び寄る。
「だれっ!?」
小山内あやめが振り返る。
二人が見つめ合う。
俺のことが好きな龍は、俺に彼女ができたら彼女のこと、ぶっ飛ばすだろうなあ。
くわばら、くわばら。
「いい度胸してんじゃん。小山内さんよぉ。俺の翔太にちょっかい、かけるなんて」
モヒカンの龍は落ち着いた声で、そう言った。
顔には、ニヒルな笑いを浮かべている。
「明日になったら小山内さんの死体が河川敷で発見されるぜ?」
そう言って、メリケンサックの拳を見せた。
こえー。
コイツ、本気だ。
マジで、殺るつもり?
「悪いことは言わねぇ。翔太から手を引け。じゃねぇと、今日がお前の命日になるぜ?」
そう言いながら、モヒカンの龍は小山内あやめにゆっくりと近づいた。
でも……。
「うっ……くさっ……」
突然、モヒカンの龍が座り込む。
「くさ……い……」
モヒカンの龍の顔色がみるみる悪くなる。
何だ?
何が起こった?
「吐き気がするから……保健室に……行く」
つぶやくように言った龍だけど、立ち上がれないようだ。
大丈夫か?
「うっ……このニオイ……苦手……」
また、モヒカンの龍がつぶやく。
そうして、涙をいっぱい目に浮かべた龍は立ち上がろうとするけど、脚がフラフラして、うまくいかない。
さっきまで威勢のよかった龍は、生まれたての子馬のようになっている。
「俺……死ぬんじゃない……?」
モヒカンの龍がボソッと言った。
俺も思った。
今日がお前の命日になるんじゃ……?
「大丈夫? どうしたの? さっき死体がどうって言ってたけど何? なんか嫌なことでもあったの? 超コワイんだけどぉー?」
小山内あやめが親切心でモヒカンの龍に近寄って尋ねる。
やめろ。
小山内あやめ。
おそらく、こうなったのは、小山内あやめが原因だ。
モヒカンの龍にそれ以上、近づくな!
コイツ、死ぬって……。
「ごめんね。モヒカンの龍君。さっき龍君が早口で何喋ってんのか聞き取れなかったんだ。もう一度、最初から話してよ」
小山内あやめが座ったままの龍に話しかける。
龍は両手で鼻と口を覆った。
近寄るなっ!!
汚ギャルだから、くせぇーんだよっ!
「具合悪いの?」
小山内あやめがモヒカンの龍に問いかける。
「薬、持ってるよ? いる?」
小山内あやめは問いかけ続けた。
頼むから、離れてやってくれ……。
薬はいらない。
小山内あやめ!
離れたら、治る!
「どんな薬がいい? どこが悪いの? 何が原因?」
お前だよ、お前。
頼むから、絡むのはやめろ!
離れろって!
「立てないの? それってマジで、ヤバくない?」
ヤベェよ!
誰のせいだと思ってんの?
小山内あやめ!
「あやめー!」
高く澄んだ声。
こ、この声は……。
俺の天使っ!!
福田さんっ!!
聞き間違えるはずがない!!
はるばる隣のクラスからやって来てくれたんだ!!
ああ、会いたかった。
でも……。
ドンっ!!!
背を丸めて座り込んでいた……。
モヒカンの龍を……。
福田さんは……。
蹴り飛ばした……。
ゴロゴロゴロゴロ。
横向きに転がるモヒカン頭。
だるまみたいに転がった。
完膚なきまで打ちのめされた。
なんて運のない奴なんだ……?
心から同情するよ……。
「きゃっ! 何? 転びかけた。大きな荷物をこんなところに置かないでよぉ」
何食わぬ顔で文句を言う、福田さん。
福田さん、荷物じゃないよ?
それは、学校でナンバー2のヤンキー。
モヒカンの龍だったんだ……。
「美雨」
「あやめ。彼氏ができたんだって?」
「うん」
「紹介してよ」
「うん。この人だよ。翔太って言うんだ。森野翔太。えへ」
照れながら、小山内あやめが俺の服の袖をつかんだ。
俺はドキドキしながら福田さんを見る。
「はじめまして。福田です。あやめの中学からの友達です」
ぺこり。
可愛らしい仕草で頭を下げながら、自己紹介してくれた。
福田さん。
性格よさそ―――――!
俺のテンションが上がる。
でも、俺のこと知らないんだー。
残念……。
俺は一年のときから知ってるんだけどなあ。
「こちらこそ。よろしく。俺は福田さんのこと前から知ってたよ」
「えっ? 本当に?」
「うん。テニス部だよね?」
「うん。私は森野君のこと全然知らなかった。知っててくれて嬉しいなー」
「森野君じゃなくて翔太って気軽に呼んでくれよ」
「わかった。翔太だね。でも、なんか悪いから翔太君って呼ぶよ。友達の彼氏を呼び捨ては……ちょっとね。初対面だし」
ますます……。
性格よさそ―――――!
小山内あやめに感謝っ!
そんな会話をしていると。
いつのまにか。
モヒカンの龍が起き上がっていた。
そして。
「誰か、せんたくばさみ持ってない?」
と、聞き回ってクラスメイトのギャルに「小山内さんには……これ……あの子……マジ……ニオイ……キツイ……だから……鼻に……するといい……」と手渡されていた。
さすが女子っ。
小山内あやめ対処法を知っている。
ほどなくして。
砂ぼこりで汚れた制服を払いながら……モヒカンの龍は……鼻をせんたくばさみで……つまんだ……。
小山内あやめに復讐しようと……。
ガン見している……。
今リベンジが始まろうとしていた。
ああ、一巻の終わり。
さらば、小山内あやめ。
短い人生だった……と思う。
せんたくばさみ……さえすれば無敵。
モヒカンの龍は勝てる。
小山内あやめ、もう生きていけない。
俺は何をすればいい……?
「ちょっと、いい?」
そう聞きながら、モヒカンの龍が小山内あやめの肩に触れた。
ヤバイことになったぞ!
今度こそ、小山内あやめが殺される!
誰か何とかしてくれ!
俺が庇うと逆効果。
モヒカンの龍のやつ、逆上するだろうなあ?
ますます、ヤバイって……。
誰か助けてやってくれ!
「姐さん」
鼻をせんたくばさみでつまんだ滑稽なモヒカンの龍が言った。
え?
姐さん?
「そう呼ばせて下さい。どうか弟子にして下さい。俺は翔太を譲ります。俺、姐さんのすごさに負けました。今まで人間がコワイってあまり思ったことがなかったんッスけど、姐さんと出会って変わりました。人間の臭覚を破壊するなんて俺にはできねぇ。鼻腔を刺激して鼻腔攻めにして脳を狂わせる技は選ばれた人しかできない技なんだって思います」
モヒカンの龍は、そう語りながら微かに震えていた。
小山内あやめの何がコワイんだ……?
「まだ吐き気がするんッスよ。正直ふらつきが止まらないッス」
モヒカンの龍の言葉を小山内あやめは黙って聞いていた。
まだ、話し続ける。
「こんな俺に姐さんは優しい言葉をかけてくれた。マジ嬉しいッス。姐さん、レディなんッスね。つーか、マザー・テレサ? どっちでもいいけど、男意気に惚れました」
レディじゃないよ?
マジで、レディとは、ほど遠い存在だから……。
それに、マザー・テレサさんに謝れよ……。
尊い女性とただの汚ギャルを一緒にすんな!
それから、男意気って……。
小山内あやめは、くっさいけど女ですが……?
「惚れたって言われてもね……。困っちゃうよ。あーあ、どうしよう? 彼氏いるし。モテ子で困っちゃう」
ため息混じりに、小山内あやめが悩ましげな表情で言った。
ちが―――――う!!
そうじゃねぇーよっ!!
モヒカンの龍は小山内あやめのこと。
恋してるんじゃなくて尊敬してんだよー!
「姐さん! 俺、どこまでも姐さんについていきます。翔太が惚れた理由もわかりました。姐さん素敵ッス。ヤバイくらい素敵ッス」
惚れてねぇぇぇぇぇ!
俺が惚れてるのは小山内あやめじゃねぇーんだよ!
ところで……。
ヤバイくらい素敵って何?
「しょーがない。メアド教えてあげるよ。男友達止まりだからね。勘違いしないでね。キスもエッチもなしだからね?」
もう……。
小山内あやめといると……。
疲れた……。
『勘違いしないでね』っていちばん勘違いしてんのは小山内あやめ、お・ま・え。
こんな勘違い発言……。
聞き飽きて慣れた……。
ついでに、ニオイにも嗅ぎ飽きて慣れた……。
「嬉しいッス! 弟子にしてくれんッスね? やりぃ!」
せんたくばさみのモヒカン頭は大喜び。
こんな汚ギャルのメアドをゲットして何が嬉しいんだ?
「なんかよくわかんないけど、よかったね。あやめ」
さっき龍を蹴っ飛ばした福田さんも、なぜか喜んでいる。
福田さん、何が『よかったね』なの?
まあ、殺されなくて『よかったね』かもな……。
☆☆☆
昼休み―――
そんなこんなで俺はカノジョ(?)と昼飯を食うことになった。
最悪だなあ。
くっっっさい奴と飯を食うなんて!
マジ、食欲不振だ……。
これからのことを考えると……。
憂うつ……。
いつまで責任取ればいいんだよ?
まさか一生?
まさか……なあ……。
「お弁当、作ってきたんだよ。えへ」
明るく話しかけてくる小山内あやめ。
弁当……大丈夫なのかなあ……?
食中毒にならないか……?
「はーい」
小山内あやめが弁当箱を見せる。
俺の机にそれを置いた。
「いいよ。食欲がないから……」
俺が断ると、小山内あやめが、こう反論した。
「えー! ダメだよ、ちゃんと食べなきゃっ! 食べ盛りなんだから」
「でも……食欲がないから……食べられないよ……。今日は昼飯抜きでいい……」
そうして、意気消沈して俺が机に顔を伏せていると……。
どんっ。
変な音がした。
何か机に置いた?
何だ?
ぎょっ!!
俺の机には……。
養命酒が!!
いらねぇーよぉぉぉぉぉ!!
んなもんっ、置くなぁぁぁぁぁ!!
「食欲不振には薬用養命酒だよ」
満面の笑みで言われた。
これ……恥ずかしいから……直してくれ……。
直してくれないなら……食べようかなあ……?
「食べます」
俺は腹を据えた。
「いただきます」
おもいきって、弁当を食う。
まず、たまご焼き。
普通のたまご焼きに見える。
パクリ。
うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
うんめぇぇぇぇぇぇぇぇ!
小山内あやめぇぇぇぇぇ!
俺は、たまご焼きの味に感動したぞぉ!
「どう?」
小山内あやめに味を聞かれる。
「おいしいよ」
「マジ?」
「うん。とてもおいしい。料理うまいんだね」
「他のも食べてみて」
パクリ。
俺は豚のしょうが焼きを食べてみた。
これが、メインだ。
うっ……。
うめぇぇぇぇぇぇぇ!
ごめん。
もっかい、叫ばせて。
うめぇぇぇぇぇぇぇ!
めちゃくちゃ、ウマイじゃん。
やるな。
小山内あやめ。
気に入った。
弁当だけ……。
「最高じゃん。小山内さん。いいお嫁さんになれるよ」
「やん。超うれしー。今の最高の褒め言葉だったりぃぃぃ?」
「うまい。うま過ぎる。料理の天才だ」
「やん。もっと食べて。食べて」
結局、俺は完食した。
うまかった。
ごちそうさまでした。
「明日も作ってくるね。頑張るよ。えへ」
にっこりと笑う小山内あやめは上機嫌。
俺も幸福の時間だった。
小山内あやめ、ありがとう。
「さっ。食後は青汁」
え?
今、なんて言った?
サラッと青汁って?
どんっ。
今度は。
大きな水筒を置いた。
小山内あやめは……水筒のフタに……。
青汁らしき液体を注ぐ。
え?
これを俺に飲めって?
冗談キツ過ぎ……。
「青汁とか飲んだことないし、苦手だよ」
「大丈夫。健康にいいから飲んでみて」
「でも……」
「いいから。いいから。ねっ?」
嫌がる俺に青汁を勧めてくる小山内あやめ。
小山内あやめは。
養命酒も飲んでるみたいだし。
超健康志向なのでは……?
どんだけ長生きしたいんだ?
「青汁って、『まずい』っていう先入観があるんだ。だから、飲めないよ。せっかくだけど」
「野菜不足にもカルシウム不足にも青汁はいいんだよ。国産で無添加だから安心で安全だよ」
「でも……やっぱ……」
「だまされたと思って飲んでみてよぉ」
嫌がってるのに青汁の素晴らしさをそれでも語って、青汁を押しつけてくる小山内あやめ。
国産とか無添加とかどーでもいい。
飲みたくねぇ。
すると!
巾着から小山内あやめが何かを取り出そうとした。
何、やってんだよ?
ばらばらっ。
俺の机の上に何かを落とした。
カプセルが散らばっている。
何のカプセルだよ?
「にんにく卵黄のカプセルだよ。欲しかったら、あ・げ・る」
いらねぇーよっ!
持って帰れっ!
「実は健康オタクなんだ。えへっ」
小山内あやめは小声でそう言うと、照れ笑いした。
つーか、その前に……。
風呂入れよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!
風呂入らなかったら不健康になんだろ?
なぜ入らない?
急に。
何か思い出したのか、「はっ!」という声を発した。
「や~ん。お弁当食べるの忘れてた。えへ」
小山内あやめは、俺の隣の席に座って、弁当を食い始めた。
おいしそうに食っている。
俺は弁当を食べる小山内あやめの横顔を見つめた。
普通にしてたら、カノジョっぽいのになあ。
普通じゃないからなあ。
チラっ。
小山内あやめが俺を見た。
「もう、見ないでよぉぉ。超デレデレしてるしぃ」
デレデレしてねーよ!
小山内あやめにデレデレは、ない!
絶対、ないから!
「昨日は翔太のこと考えてて眠れなくて睡眠不足になっちゃったんだよ。翔太も私のこと考えて眠れなかったんでしょ? やん。言わなくても、わかってるよ。気持ち、うれしぃ」
相変わらず、寝ぼけたことを言う奴だなあ。
それよりも!
笑顔で喋りながら……。
ボリボリ股間をかいていた!
弁当食いながら……。
カレシと喋りながら……。
股間をかくな!
汚ぇーよ。
下品、下品!
「かゆ~い」
可愛い声を出して股間をかき続けている。
ああ。
誰か俺を殺してくれ。
こんな女と付き合いたくない。
「かゆ~い。かゆ~い。かゆ~い」
小山内あやめが『かゆ~い』を連発させる。
もう、死んでくれよ……。
かゆいなら、いっそ死んでくれ……。
それより……。
股間……ちゃんと……。
洗ってる……?
洗ってないから、かゆいんだろ?
俺……。
ヤッちまったよ……。
かゆい奴と……。
大丈夫なのか……俺……?
そこで、小山内あやめが爆弾発言をした。
「私は性病でアソコがカユカユなんだ」
なんだとぉぉぉぉぉっ!?
性病だとっ!!
俺に移したんじゃ!?
「やん。真っ青になった。翔太、もしかして心配してる? 超うれしー。大丈夫だよ。私は元気」
心配してるよ……。
自分の体のな……。
ところで……性病って……。
何人の男と寝たんだよ?
意外と……ヤリまくりだったのか……?
派手に遊んでたりして?
聞いてみよう!
「何人の男と経験したんだよ?」
自然と怒った口調になる。
「やん! 焼きもちぃ? えへっ」
焼いてんじゃねーよ!
性病、移されたかもしれないから、キレかかってんだろ!
性病にかかるくらい、どんだけ男とヤッたのか早く答えろっ!
「翔太が初体験の相手だよ。えへっ」
え?
と、いうことは……?
「ひとり」
小山内あやめがキッパリそう言うと、人差し指を立てた。
俺が初体験の相手なら、なんで性病にかかるんだ?
おかしいだろ?
「この性病は……」
小山内あやめが……。
カミングアウトする……。
「自家発生だよ。えへっ」
え―――――!!
自家発生?
汚ギャル!
ギネスに載るんじゃねー?
俺的にはノーベル不潔賞を授与したいんだけど?
つーか、自家発生がカノジョっ?
もう、嫌だ。
別れたい。
引っ越して転校したい。
「だーかーらー。エッチしたことなかったんだよぉ。初エッチは翔太としちゃったんだよぉ。記憶がないままにね。初エッチした相手なんだから逃げたら許さないぞ! まあ、逃げるわけないか~」
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
ますます逃げられねぇ!!
小山内あやめと世界でヤッちまったのは俺だけぇ?
悲劇の人だなあ。
小山内あやめを殺して埋めて自首しよう……。
「アレ、取ってくるね」
俺にそう告げると、自分の席に戻っていった。
そして。
鞄を持ってきて席に帰ってきた。
また俺の隣に座る。
ゴソゴソっ。
鞄をあさっている。
「あった、あった」
そう言って、チューブを取り出した。
そのチューブは……。
フェミニーナ軟膏。
デリケートゾーンのかゆみ止め。
「やん。女子トイレ行って塗ってこよう。これ塗ってアレ、かけなきゃ」
アレって何だよ?
もう、驚かない。
小山内あやめの生態は、知りつくした。
「フェミニーナのミストスプレー!」
そう叫んで、鞄から取り出した。
軟膏もスプレーも両方とも使うって?
どんな汚いアソコなんだ?
「これで攻撃力が2倍!」
また叫ぶと、チューブとスプレーを手で持って掲げた。
早く女子トイレ……行ってこい……。
帰ってこなくていい……。
「山田! また他校の生徒とケンカしたのかよっ!」
俺の後ろの方で先生が怒鳴っている。
俺の担任、花園は30代の独身の男性。
ラグビー部の顧問で、わりと熱血に思える。
「今回ばかりは庇えないぞ? 停学を覚悟しとけよ」
先生が厳しくモヒカンの龍に忠告した。
あいつ、停学になるのか……。
よく他校の生徒とケンカするもんなあ。
「うるせぇなー。向こうがケンカ売ってきたから相手してやったんだろ? まあ、ボッコボコにしてやったからスカッとして気持ちよかったぜっ」
「謝りに行けよ。相手は暴走族の奴って聞いてるぞ」
「ケっ。クソ食らえってんだ。束でかかってきても相手してやるよ」
モヒカンの龍は余裕の様子だ。
先生は呆れたって感じで立ちつくしている。
それを横目に。
小山内あやめは鞄から、ある箱をちょっとだけ見せてきた。
何度もチラチラと見せてくる。
「かゆいの治まったよ。塗るのやーめた。それより、これ見て」
箱を出そうとしたり、やめたり、出そうとしたり、やめたり、なかなかハッキリ見せようとしない。
何の箱?
「問題です。この箱は何でしょう? ヒント。人に見られたら顔から火が出るよ」
「何だよー? 顔から火が出るって? 想像つかないよ」
そんな会話をしている時だった。
「こら―――――!」
担任の花園が怒鳴った。
「小山内! 箱を見せろ! 没収だ!」
ヒステリックに怒鳴り散らす。
???
なんで怒るんだよ?
意味わかんねーし。
「やん。没収しないで……」
小山内あやめが蚊の鳴くような声で言った。
しかし、花園は……。
小山内あやめの鞄ごと奪って箱を取り上げた。
強引……。
箱だけ持って教室を出て行く。
「え~ん。アレがないと死んじゃう。生きていけない。取り返してきて」
小山内あやめに頼まれて、俺は花園と交渉することにした。
「先生!」
廊下にいる花園を呼び止める。
でも……。
花園は……。
「くっ、くっ、くっ」
俺に背中を向けて含み笑いをしていた。
えっ?
「このコンドームで福田ちゃんと……くっ……くっ……くっ……福田ちゃんと楽しめたらいいのに……彼氏いるのか……? 俺の福田ちゃん……」
妄想しているみたいだった。
つーか。
箱はコンドームだったのか?
そして、花園は福田さんを狙ってる?
エロ問題教師……。
俺が声をかけようとした瞬間!
「先生がハルンケア、持ってるぅぅぅ」
生徒が大声で言った。
廊下にいる生徒がわらわら集まってくる。
「本当だ。ハルンケアだっ。笑える!」
生徒の一人が笑いながら言った。
「ハルンケア教師!」
「お近い方!」
「ハルンケア~。ハルンケア~」
生徒たちがバカにする。
ああ。
顔から火が出るよ。
見てる俺まで恥ずかしくなってくる。
「うわっ。よく見たら太い字で『ハルンケア』って書いてやがる。こんなハズじゃなかったのにぃ!」
花園はパニ食っている。
いいから、それ返して……。
花園は……。
真後ろにいた俺に……。
「やる」と言って、箱を渡して逃げた。
俺は教室に戻った。
無事、カノジョのためにハルンケアを奪還した。
カノジョは大喜び。
「青汁飲み過ぎの私にとって必要不可欠なモノなんだ。ありがとう」
礼を言われる。
そして。
「大好き」
とも、言われた。
飲み過ぎとわかっていたら、飲み過ぎるのやめたら?
☆☆☆
放課後―――――
授業が終わり。
さあ、帰ろう。
って時に、小山内あやめが現れた。
「かゆい。かゆい」
また、始まった。
小山内あやめの……かゆい病……いや……性病……。
見ると。
ポロポロ。
小山内あやめは俺の机に。
フケを落としていた……。
頭をかいている。
ポロポロ。
「アタマ死ぬほどかゆ~い」
誰か助けて下さい。
俺を。
助けて下さい。
今度は頭か……。
俺は黙ってフケを。
下敷きで払った……。
「帰るよ」
冷たく言い放つ俺。
当然だよな。
俺、まだ優しかったよな?
これで別にいいよなあ?
「何、言ってんの? 一緒に帰るんだよ?」
「え~?」
「『え~?』じゃないよぉ。カレカノの関係なんだから、あったりまえじゃ~ん。一人で帰るなんて許さないよ?」
「俺、電車で小山内さんは?」
「私は自転車!」
「じゃあ、帰れないね」
「帰れるよ。駅まで自転車で送る」
いいよ。
送らなくても……。
別々に帰ろうよ。
人の机にフケ落としといて、カレカノとか、ふざけてるし、ムカツクし。
「行こう」
俺の手を握ってきた。
やめろぉぉぉぉぉ!
触んなぁぁぁぁぁ!
フケがついた手でぇぇぇ!
「私はカノジョさんだよ。えへ」
小山内あやめが微笑む。
カノジョさんなら、風呂入れー!!
俺は手を繋いで……いや……繋がされて……駐輪場まで……行った。
助けて……。
駐輪場まで行くと。
小山内あやめが自転車を動かした。
もう……。
俺は……。
ビックリなんかしない。
むしろ。
笑えた。
「あははははは。面白い。小山内さん。自転車が三輪車だよ」
俺がツッコミを入れる。
小山内あやめは笑顔でこう返した。
「すごいでしょ。えっへん」
何が『えっへん』だよっ!
大人の三輪車に乗ったカノジョなんかいらねーよっ!
高2なんだから二輪車に乗れっ!!
「二輪には乗れないの?」
ストレートに俺が聞く。
「うん。コマ付きじゃないとね」
悲しそうに答えた。
練習しようよ、小山内あやめ。
強烈過ぎて、ついていけない……。
小山内あやめは緑色の三輪車のサドルにまたがった。
そして、こぎ始めた。
三輪車は新車なのかピッカピカだった。
「新車?」
「そうだよ。えっへん。うらやましい? 乗りたい?」
「いや、正直うらやましくないよ。乗りたくもないよ」
「前カゴだけでなく、後ろカゴもあるし。便利だよ。安定感もあるし。えっへん。超カッコイイ」
小山内あやめは自転車を自慢する。
得意そうに三輪車を運転しながら……。
歩きたくない。
こんな三輪車と……。
誰かに見つかったら軽蔑されるなあ。
カノジョが大人の三輪車で通学ってさ……。
隠れようかなあ?
「姐さ~ん」
どこからともなく。
モヒカンの龍が接近してきた。
にこやかに手を振っている。
さっそく見つかった。
走って小山内あやめを置き去りにして帰ろうか?
「うおー。姐さん。すっげー」
大人の三輪車を見て……。
モヒカンの龍は……。
意外と……。
感心していた……。
「絶対に改造バイクッスよねぇ?」
まじまじと見ながら言った。
いや……。
改造バイクじゃないよ。
自転車だよ。
「俺も改造バイクあるんッスよ? ここまで性能のいいバイクじゃないけど。このバイク、自転車っぽいッスね」
自転車だよっ!
俺と小山内あやめは龍を放って進んだ。
学校を出て駅まで行く。
駅までの辛抱だ。
苦行に耐えるんだ。
駅まであと少し。
俺、ガンバ!!
「二人っきりだね」
三輪車をこぎながら、静かに言った。
本当に、周りには誰もいない。
小山内あやめの言う通りだ。
「今日は、大丈夫。いいよ」
「何が?」
俺が小山内あやめの言葉に反応して質問する。
スッと自転車を止めた。
サドルから降りて。
小山内あやめが立ち止まる。
「し・て・も・い・い・よ」
はあ―――――?
何が『いいよ』だ!
俺は全然よくねぇっ!
嫌だぁぁぁ!
もう小山内あやめとなんか、できるかぁぁぁ!
「安全日なんだぁ。だから、安心して」
安全日でも俺には関係ねぇ。
まったく、関係ねぇ。
「さ・せ・て・あ・げ・る」
はあ―――――?
汚ギャルのくせに。
高みに立ってんじゃねぇよ。
何、イイ女ぶって上から目線で言ってくれてんの?
させてくれなくて、けっこうです!
お断りします!
「したいんでしょ?」
色っぽく言ってるつもりか、流し目をしてきた。
キモっ。
つーか。
死んでもしたくねーよぉぉぉぉぉ!
バカっ。
「うっ。げっぷ。うっ」
小山内あやめの様子がおかしい。
口に手をあてた。
吐きそうなのか?
何なんだよ?
次から次へと……。
「に、妊娠しちゃったぁ?」
ガーン。
もっかい。
ガーン。
サイ……アク……だ……。
小山内あやめを……妊娠させた……?
妊娠させたら……俺……。
どうしたら……。
でも。
待てよ?
俺が小山内あやめと結ばれたのは……。
おととい。
だから……。
つわりが始まるのが……。
早過ぎる。
絶対にありえない。
したがって。
妊娠はしていない。
ハズ……。
なんだけどなあ?
「や~ん。ただのゲップ。ゲップだよ~ん!」
そう言って、明るく笑い飛ばした。
そして。
また、サドルにまたがった。
彼氏の前で……。
陽気にゲップですか……?
ねぇ……。
小山内あやめさん……?
別れて下さい……。
お願いします……。
別れてくれないなら……。
帰りに駅のホームから飛び降りますよ?
再び。
自転車をこぎ始めた、小山内あやめ。
無言のまま、チャリをこぐ。
駅の前まで。
来た。
ようやく、一日が終わる。
長かった俺の一日。
「じゃ!」
俺が笑顔で手を上げる。
すると。
「もし、妊娠しちゃったらぁ、その時はぁ、責任取ってね。えへ」
と、ニコニコ笑って言いやがった。
俺は手を上げたまま、固まった。
ううん。
殺す。
その時は。
小山内あやめを殺す。
東京湾に沈めるから……。
小山内あやめは自転車をこいで去っていった。
さよならを言わない代わりに。
「チリン、チリン、チリン、チリン、チリン」
と、ベルを鳴らして。
ドリカムの曲でブレーキランプ5回は……。
アイシテルのサインってあったような……。
もう、忘れよう。
気持ち悪い。
こうして俺のあわただしい一日は終わった。