ドッキドキの文化祭
「あっちぃー」
まだまだ日差しが強い9月。
俺は始業式のため、学校に向かっていた。
今日から学校か。
だるいなー。
無事に、俺は退院して、日常生活を送っていた。
結局、小山内あやめは、マジメ君と約束したから、退院の日は来なかった。
だから、あの日から、会っていない。
小山内あやめ、元気かなー?
ケータイ番号、知ってるけど、元カレが連絡するの変だし。
でも、お礼が言いたい。
毎日、通ってくれたから。
駅から学校までの通学路。
俺は同じ学校の制服の生徒の中から、小山内あやめの姿を探した。
自転車の女……自転車の女……。
それらしき女は、いなかった。
ん?
このニオイは……。
このフローラルのシャンプーの香りとかけ離れた、くっさい刺激臭は……。
くさ過ぎて、ニオイのする方を見る。
くさ過ぎる、その女は、俺の脇を通っていた。
そのまま気づかず、通り過ぎようとしていた。
「小山内さん!」
俺が呼び止める。
小山内あやめは三輪車に乗っていた。
チラっ。
俺の方を見る。
小山内あやめは笑顔になった。
「やん。翔太。えへっ」
小山内あやめがわざわざ、俺のために三輪車を降りる。
三輪車を押しながら、小山内あやめは俺と並んで歩いた。
「元気そうじゃん」
明るく小山内あやめが話しかけてきた。
「うん。小山内さんのおかげだよ。入院中はいろいろありがとうね」
「えー。何もしてないよぉ、私」
「ずっと入院中は支えてくれたじゃないか」
「そうだったっけ? 忘れちゃったぁ。えへ」
「俺が三輪車を押すよ」
俺が小山内あやめの三輪車のハンドルを握る。
そして、押しながら歩いた。
「えー。悪いから、いいよ。病み上がりでしょ?」
「大丈夫。せめて、これくらい、させて」
「気を遣わなくて、いいのに」
「いや、世話になったから、恩返ししたいんだ」
「もう、いいのに。優しいなー、翔太は」
そんな感じの俺たちは、朝から密着しながら、歩いた。
体と体が近い。
小山内あやめの肩に、俺の肩は触れていた。
「イチャイチャするな!」
突然、どこからともなく怒鳴り声がした。
どこからだろう?
俺はキョロキョロする。
「やん! マジメ君! こっち見てる!」
後ろ向きの小山内あやめが、驚いている。
俺も後ろを向いた。
そこには、電信柱の陰に隠れて、顔だけが見えている、マジメ君がいた。
陰気オーラをメラメラ出している。
始業式から……陰気オーラメラメラさせんなよ……。
マジメ君は冷たい目で俺をにらみつけている。
こっわ。
俺は、たじろぐ。
最近、マジメ君が苦手かも……。
「やだ! また、焼きもちぃ? もう、勘弁してよ」
小山内あやめは、彼氏の嫉妬深さに呆れている様子。
どうでもいいけど、早く電信柱から隠れてないで姿を現せよ!
気味がわりぃ。
ふと、その時、マジメ君が鞄からハサミを取り出した。
物騒なもん、取り出しやがって!
そんなもん、しまえ!
マジメ君は、俺をにらみながら、ハサミをこちらに向けている。
まさか……。
刺す気?
俺、退院したばっかなんだけど……?
退院して、また、刺されて入院するのか……?
また、病院に逆戻りかよ……。
マジメ君……。
それだけは……。
やめてくれよ……。
俺がビビッていると……。
マジメ君が……。
タッ、タッ、タッ。
ハサミを持って俺のところに走ってきた!
うわ!
刺される!
マジ、殺されるって!
ヤバイ!
マジメ君が俺の目の前まで来ると、しゃがみ込んだ。
なんだ?
何をする気だ?
チョキ!
なんか切られたぞ。
何を切ったんだ?
すると、マジメ君は立ち上がった。
そして、俺に、ある物を見せた。
それは……。
スニーカーの値札だった……。
あっ。
俺はうっかり、新品のスニーカーの値札を切るのを忘れていた。
スニーカーに値札は、ついたままだった。
それに、気づいて切ってくれたのか?
つーか。
値札をつけたまま、学校に来るなんて俺としたことが何をやってるんだ。
珍しい凡ミス。
「クスっ。森野君、これを靴につけて格好悪いね」
マジメ君は、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる。
たしかに、これは不注意だったなあ。
「あ、ありがと。恥をかくところだったよ」
俺が苦笑い。
マジメ君は、こんなイヤミを言った。
「男として、マイナスポイントだよ。君は、小山内さんに、ふさわしい男ではない」
グサ。
胸に矢が突き刺さる。
今のは精神的に、こたえた。
「行こうか。小山内さん。僕たちは付き合ってるんだ」
「でも……」
「いいから、行こう」
マジメ君が小山内あやめの手を引っ張る。
二人は、俺の前で手を繋いだ。
そうして、マジメ君と小山内あやめは手を繋いで二人で歩き出した。
「自転車は僕が押す」
自転車を押しながらマジメ君は、片手で小山内あやめの手をしっかり握っていた。
わざと、俺に見せつけるかのように見せびらかしている。
俺は、置いていかれた。
不安で胸が押しつぶされそうになる。
こんな感情は初めてだ。
ひとりにしないでくれ。
小山内あやめ、俺を置いていくな。
あの二人が仲良くなれば仲良くなるほど、俺は孤独になり気持ちがどんどん暗く沈んでいった。
始業式が始まる。
グラウンドで校長の長い話。
それが、終わったら、教室でHR。
「おい。みんな聞いてくれ。文化祭のことだ」
さっそく、花園がHRを始める。
俺は居眠りでもしようかと、考えていた。
「実は、劇をすることになっている。劇は『白雪姫』なんだが、その白雪姫の役の子が学校をやめたから、代役をこれから決める」
え―――――!
やめちゃったのー!?
なんで?
「先生、あいつ妊娠したって本当?」
モヒカンの龍が花園に質問した。
モヒカンの龍は、だるそうに教室の自分の席にいた。
「おお。よく知ってるな。そうなんだ。妊娠したから結婚するらしい。だから、学校をやめたんだ」
えー!
白雪姫の役の子は、できちゃった婚でやめたのか?
それって、すごくねー?
たしか、うちのクラスの派手系のギャルだった。
すごく遊んでそうな子だったなあ。
そうなのか。
でき婚か。
まー、うちのような荒れた学校だと、妊娠だの退学だの、フツーによくあることなんだろう。
「それで、本題に入る。白雪姫の役なんだが、誰かやりたい人、いるか?」
しーん。
花園の言葉に生徒は、知らん顔。
誰も、やりたがらない。
興味は薄いようだ。
花園は、眉を八の字にする。
悩んでいる。
俺が、女だったら白雪姫を面倒臭いから、やりたくないけど、誰もやらないなら引き受けてやっても、よかったんだけどな。
「先生、俺、姐さんがいい」
モヒカンの龍が何を思ったのか、小山内あやめを推薦した。
え?
小山内あやめ?
「姐さん。このクラスのボスで、学校のボスなんだから学校のトップであるからには、存在を他校の奴らにアピってみたらどうッスか?」
モヒカンの龍はそう勧めるけど、小山内あやめはモジモジしている。
嬉しそうにニコッと笑いながらも、迷いがあるようだ。
「や~ん。目立ち過ぎると、女子に妬まれるー」
それで、煮え切らないのか。
おもいきって、主役やれよ。
立候補する奴いないんだから。
「どうするー?」
「今からセリフ覚えるの面倒だしさ」
「マジ『白雪姫』って、ガキっぽい」
「だよね。小学生じゃん」
「やりたくないよね」
「マジ、やる気ねーよ」
女子の囁きが聞こえてくる。
みんな嫌がっている。
「小山内さんで、いいんじゃない?」
「だよね」
「なんか劇とか、ウザイもんね」
女子は、相変わらず、ヒソヒソ話をしている。
自分たちが嫌だから、小山内あやめに押しつけるつもりじゃ……。
「先生! 私も小山内さんが白雪姫をやればいいと思います」
「私も。だって、小山内さん、可愛いもん」
「うん。小山内さん、可愛いからね」
嘘つけ!
自分たちがやりたくねーからだろ!
「白雪姫、やってみたらどう?」
「似合うって」
「可愛いからさ」
女子が小山内あやめを、おだてて、その気にさせようとする。
女子には妬みの感情も何もないようだ。
小山内あやめは、こんな、ひとりごとをつぶやいた。
「とうとう女子全員に認められちゃったよ。私の美貌に勝てないって悟ったんだね。史上最強の美女として、この学校の歴史に私は名を残すことになりそう」
いや……。
『可愛い』は、お世辞だよ。
本当は、そんなこと思ってないから。
だから、誰にも認められてないんじゃないの?
それに、『史上最強の美女』って『史上最強の汚ギャル』の間違いじゃねーの?
まー。
不潔テロまで起こしたことがバレたら、問題児として学校の歴史に名前だけは残せそうだな……。
「はーい。先生。私、やりまーす。みんな私が一番だって言うから。この世で一番可愛いのは私だから」
小山内あやめが手を上げて発言する。
お前、頭おかしーよ。
もういっぺん、言ってみろよ。
俺の鉄拳が飛ぶぞ?
「そうか。やってくれるか。助かるよ。でも、お前は白雪姫として、ヤバイぞ?」
花園が小山内あやめを諭す。
たしかに、ヤバイけど、言い過ぎだよ。
教師が生徒に言っていいのか?
問題発言じゃん。
「やぁ~ん。ヤバイほど可愛いってぇぇぇ!」
小山内あやめは照れまくっている。
両手で顔を隠して大はしゃぎ。
誰か……このバカ……なんとかして……。
「まっ、女は化粧でなんとかなるだろうから、華やかな白雪姫になるよう努力しろよ」
花園のキツイ一言。
もう、女性の容姿について言及するな!
ところで、小山内あやめが白雪姫なら、王子役は誰なんだ?
「じゃあ、津島。王子役は、お前だから、白雪姫とのキスシーン、よろしくな」
花園がマジメ君にそう声をかける。
!
「はい!」
マジメ君が威勢よく返事する。
そんな!
マジメ君が相手役?
キスシーンは彼氏のマジメ君とするのか?
俺の心はざわざわして頭の中は劇でいっぱい……。
あの二人がキス?
白雪姫と王子でキス?
俺はショックで打ちのめされた……。
☆☆☆
もうすぐ文化祭。
ということで、準備で大忙し。
俺は小人の帽子を7人分も縫っていた。
俺の隣には、なぜか福田さん。
なんで同じクラスでもない、福田さんが来てるの?
「あの福田さんは手伝わなくても、いいよ?」
俺が、うなだれている福田さんに尋ねる。
福田さんは、うつろな瞳をしていた。
「どうしたの?」
また、俺が尋ねても、何も答えない。
ひたすら、ぼんやりしている。
白雪姫のドレスを縫う衣装係を手伝っていた。
でも、福田さんの手は止まっている。
「クラスの手伝いに、行かなくていいの? 部活とかは?」
あれこれと尋ねてみても、一向に答えてくれない。
暗い表情だ。
何かあったようだ。
俺が黙って縫い始めると、やっと福田さんが重い口を開いた。
「別れたの……」
え?
別れた?
「私……別れたの……」
福田さんは、涙をこぼす。
小山内あやめのドレスに涙が落ちる。
「別れたって、彼氏と?」
「うん。先生にフラれたの」
「え!」
「職場の看護師に取られたの」
「そうか。イケメンだもんなあ」
あの先生に、福田さんはフラれたのか。
意外な展開だなあ。
こんな可愛い福田さんでも男にフラれるのか。
まー、相手は男前のお医者様。
職場の看護師なら狙うよなー。
つーか。
これって、チャンスなのでは?
福田さんは、涙を手で拭う。
よっぽど、悲しかったのか教室にいっぱい人がいるにも関わらず、顔を隠すことなく泣いている。
泣いている姿も可愛い。
「元気出せよ。可愛いんだから」
俺が福田さんを慰める。
福田さんは、俺を見た。
「ありがとう。でも、辛くて……」
「わかるよ。失恋って辛いよね」
「翔太君も失恋したことあるの?」
俺は、ドキッとした。
福田さんに、告白しなかったけど、失恋したんだよ?
「え……えっと……まあ……」
俺が言葉に詰まる。
福田さんは、俺の顔をのぞき込む。
「そりゃ、あるよ。失恋したことある」
「そうなんだ。ところで、最近、聞いたんだけど、あやめと別れたんだって?」
「最近、聞いたの?」
「うん。知らなかった。あやめ、そういうの、何も言わないから。こっちが聞かないと、何も教えてくれないんだ」
「そうなんだ。別れたんだよ」
「そうなんだ。あやめ、最近、マジメ君と仲がいいよね。付き合ってるのかな?」
付き合ってるよ……。
おもいっきり、付き合ってます。
「なんか癒される。翔太君と話してると癒される」
福田さんが白雪姫のドレスを縫い始めた。
笑顔が戻る。
「こうして喋ってると、楽しいよ」
よかった。
福田さんが楽しそうで俺も嬉しい。
「それなら、私も翔太君もフリーだね」
福田さんの一言に、期待してしまう俺。
それは、恋愛対象になるって意味?
「私たち、付き合っちゃう?」
針を持った福田さんが俺に近づいてきた。
俺も福田さんも教室の床に、しゃがんでいる。
この体勢で押し倒したい。
ちょっと前の俺なら、そう思っただろう。
でも、どうしたことか。
今の俺は、福田さんを押し倒したいと思わない。
全然、思わない。
なんで?
「冗談だって。そんな顔しなくてもいいじゃない」
福田さんが不服そうに言う。
俺は、どんな顔をしたんだ?
全然わからない。
「やあ。福田さん。衣装係を手伝ってるの?」
見ると、マジメ君が声をかけていた。
コイツ、何なんだよ?
俺と張り合いたいのか?
「福田さんのクラスは、出し物が楽でいいなあ。僕のクラスは大変だよ。何せ、劇だからね」
マジメ君は妙に気取っている。
最近、なんか彼女ができてから調子に乗ってるなあ。
「大変だって、知ってるから手伝いに来たの。あやめが、主役だし。ちょっとでも、力になりたくて来たの。あやめ、大丈夫かなあ?」
「大丈夫だよ。それより、部活は休んだの?」
「というか、みんな文化祭があるから部活どころでは、ないの」
「ふーん。そうなんだ。文化祭、とても楽しみだね。僕は王子だから、大変だよ。王子でセリフ覚えたり、いろいろと演技しなきゃならないから。王子はね、頑張らないとなあ。王子だからなあ。僕は、王子……」
何回、『王子』って言えば、気がすむの?
お前、王子役を自慢したいんだろ?
ただ、自慢したいだけなんだろ?
「白雪姫とのキスシーンもあるから、本当まいるよ」
そう言って、チラッと俺の方を見る。
お前、イヤミだなあ……。
「キスは、本当にしようかな?」
え―――――っ!
お前、ふざけんなよっ!
マジで、小山内あやめとキスって!
「別に僕たちがキスしても森野君、いいよねぇ?」
マジメ君は、イヤミたっぷり。
口角を上げて余裕の笑み。
なんか悔しい。
俺は敗北感を味わう。
悔しくて拳を握りしめた。
「あっ」
マジメ君が花園を見つけて、声を上げる。
なんだ?
何を言う気だ?
「先生、小山内さんと本番でキスを、皆の前で本当にしてもいいですか?」
マジメ君は真面目な性格で、いちいち許可を取ろうとしている。
そんな許可が下りるわけないだろ?
あくまで、これは芝居。
芝居なんだからな。
花園は、真剣なマジメ君の方を向いた。
そして、こう言った。
「どうでもいいよ」
え?
どうでもいいの?
「俺は福田ちゃんが白雪姫だったら、チューしたい。でも、小山内だったら、チューしたくないなあ」
そう喋りながら、花園は背中を向けて教室の中を歩いていく。
教師としてサイテーな発言だなあ。
さらに!
「小山内みたいな女、くっさいのに、津島は何が好きでチューしたいんだ?」
と、言うのが聞こえた。
そして……。
「津島は勉強家だから、勉強のやり過ぎで頭がおかしくなったんだなあ」
と、言うのも聞こえた。
お前、教師やめろ。
女生徒を差別して侮辱するなら、教師やめろ!
「これで白雪姫とキスができる。文化祭が楽しみだなあ」
マジメ君は、そう言うと、わざとらしく俺の方を見た。
相変わらず、余裕の笑み。
あの顔、ものすごく憎たらしい。
パンっ、パンっ。
花園が手を叩く。
「よし! じゃあ、劇の練習をする」
俺は、息を呑む。
なんか緊張してきたな。
小山内あやめは、そわそわしている。
白雪姫だもんなあ。
でも、白雪姫では、絶対ありえないんだけどなあ?
色も白くないし、可愛くもないし、くっさいし。
汚ギャル白雪姫じゃん……。
「や~ん。ハルンケア飲む」
小山内あやめはそう叫ぶと、教室でハルンケアを飲み始めた。
よほど緊張しているようだ。
本番は、大丈夫か?
ほどなくして。
練習が始まった。
「パクリっ」
小山内あやめは、りんごを食べて倒れる。
これは芝居なんだけど。
小山内あやめが倒れると、悲しいな。
それに、くさっ。
「姐さ~ん!」
大声で名前を呼ぶ、モヒカンの龍は、なんと小人役!
そこは、『白雪姫』って呼べ。
「あ、白雪姫だった。まあ、いいや。白雪姫が倒れてるぞ。死んでるぞ。毒りんごを食べたんだな」
モヒカンの龍のセリフ。
気持ちがこもってない。
白雪姫と王子のキスシーンは、もうちょっとだ。
練習なんだから、キスするなよ?
絶対、キスするなよ?
と、願った。
緊張して、俺の心臓の鼓動が速くなる。
王子様、登場。
よく考えたら、地味な王子。
俺の方が、よくねー?
マジメ君、似合ってないよ?
メガネ王子で華がない。
陰気オーラもあるから……。
「えーん。えーん。えーん」
モヒカンの龍の泣く、芝居。
きもい。
小人が……モヒカンって……ありえないよ……。
「どうされました?」
王子が小人に聞く。
マジメ君は、役になりきっている。
それでも、王子っぽくねーよ。
「白雪姫が死んだんだよぉ」
モヒカンの龍が返事する。
マジメ君は、白雪姫が死んだと聞いて、なぜか顔がニヤついている。
キス、できるから?
嬉しくて、ニヤって、してない?
キスのこと、考えてるだろ?
「津島。白雪姫が死んだんだ。何を嬉しそうな顔してるんだ?」
先生が注意する。
マジメ君は、すぐ表情を作った。
俳優だなあ。
「おお、なんと美しい。この人の名前は、なんと言うのですか?」
「白雪姫だよ」
マジメ君とモヒカンの龍の会話。
俺は、ごくりとツバを飲み込んだ。
マジメ君……。
やめろ……。
何もすんな……。
「白雪姫……」
マジメ君が、その名を呼ぶ。
だんだんと、王子のマジメ君が白雪姫の小山内あやめに顔を近づける。
死んだフリの小山内あやめは、寝転がったままだ。
無防備だなあ。
キスされるぞ。
俺は、マジメ君を見つめる。
「愛の口づけを……」
マジメ君は、セリフを言った。
小山内あやめに、キスしようとする。
その瞬間!
「はい。はい。そこまで、そこまで」
花園が止めた。
「今日は練習だから本番でやれ」
花園が指示する。
本番なら、OKなんだ。
「誰も津島と小山内のキスなんて興味ないだろう」
花園が小声でボソッと、つぶやいた。
今日のところは、胸をなでおろす。
「今の翔太君、目が血走ってた」
福田さんが、ドレスを縫いながら俺に言い放つ。
へ?
「あやめのことが気になるんだ」
「そんなことないよ!」
あわてて否定する俺。
福田さんは、何も言わなくなった。
それから、俺も福田さんも縫うことに集中した。
☆☆☆
とうとう、文化祭の当日。
俺は、眠れなかった。
ここのところ、ずっと睡眠不足だ。
頭の中は、キスのことでいっぱい。
文化祭が近づいてくるにつれ、眠れなくなり、今日は1時間も眠ることができなかった。
小山内あやめとマジメ君が気になる。
今日は、俺の前で『ぶちゅーっ』ってするのかな?
濃厚なキスだったりして?
嫌だなあ。
それよりも。
あの二人、どこまで関係が進んだんだろう?
もう、キスはしてるよな?
その先は、どうなんだろう?
俺は、小山内あやめがマジメ君に抱かれて大人の女になったんじゃないかと思うと、悲しくて泣けてきた。
俺が、ふった女なのに何を今更バカみたいに後悔しているんだ?
汚ギャルとヤリたいか?
いや、ヤりたくない。
でも、マジメ君の手によって小山内あやめを汚されたくもない。
俺の深刻な悩み……。
俺は、一体、どうしたらいい?
ここは、学校の体育館。
「こっち、こっち」
福田さんが俺を見つけて手を振る。
席を取っておいてくれたようだ。
もうすぐ、例の『白雪姫』が開演する。
俺は前の方にいた福田さんのそばまで行った。
福田さんは隣を空けておいてくれた。
福田さんに席を勧められて俺は座った。
「ありがとう」
俺が礼を述べると、福田さんは温かい笑顔を向けた。
最近、よく福田さんと喋るようになった。
毎日、うちのクラスに来ては、文化祭の準備を手伝ってくれた。
福田さんは俺のことを『癒し系』と言う。
俺と接するようになって、失恋の傷が癒えていったかららしい。
福田さんは、開演するまで俺にいろいろ話しかけてくれたが、俺は話を聞かず、上の空で小山内あやめのことを考えていた。
やがて、開演。
幕が開く。
俺の心臓が高鳴る。
落ち着け、俺。
落ち着くんだ。
「あれ? 翔太? 翔太だよね?」
暗闇の中で声がする。
右隣にいる男に声をかけられた。
誰だ?
「やあ」
見ると、そこには、圭太が座っていた。
気づかなかった。
ずっと、左隣の福田さんの方ばかり向いていたから。
そういえば、俺が文化祭に誘ったんだった。
「君は同じクラスなのに出ないの?」
「俺は出ない。舞台袖にいても邪魔なだけだから、観客と一緒に見ることにしたんだ」
「『汚ギャル姫』だってね。汚ギャルさんが主役だってね。楽しみだよ」
「『汚ギャル姫』ではないよ。『白雪姫』だよ」
「そうだったね。間違えたよ」
俺たちは、ヒソヒソ声で言葉を交わす。
もう、すでに、お妃様が鏡に向かって、「鏡よ、鏡、この世で一番……」と問いかけていた。
舞台上で、どんどん芝居が進行していく。
圭太が退屈そうに、あくびをした。
それから、ため息もつく。
「なんだかシラけそう。これぞ、本当のシラ雪姫」
圭太のひとりごと。
勝手に言ってろ!
毒舌貴公子は、放っておくことにする。
そこで、白雪姫が登場。
くっさ~。
ドレスも似合わないし、メイクもギャルメイクだし。
せめて晴れ舞台なんだから、メイクだけでも変えろよ。
イタイ白雪姫だなあ……。
「ハッハッハッハッハッ」
圭太が肩をぶるぶる震わせて笑う。
何がおかしいんだ?
「あの白雪姫は、ない、ない、ない」
圭太が何度も首を横に振る。
笑い過ぎて涙を流し始めた。
そこまで笑うなよ。
「今日のあやめ。とても可愛いから嫉妬しちゃう」
福田さんが、俺の隣でつぶやく。
『とても可愛い』って、どこが?
福田さんの方が全然可愛いよ?
嫉妬するなんて、おかしいから……。
途中、白雪姫は家来に殺されかけるんだけど……。
圭太が……。
「殺っちまえ」
と、笑いながら、毒を吐いた。
途中、白雪姫が小人の家でケーキを食べるんだけど……。
圭太が……。
「空き巣」
と、笑いながら、毒を吐いた。
でも、圭太の表情が一瞬で変わった。
「ハイホー、ハイホー」
楽しそうに歌いながら、小人の龍が登場したからだ。
圭太は黙り込む。
モヒカンの龍が舞台にいるので、逃げようと出口の方を圭太は向く。
まー、モヒカンの龍は圭太にとって、いい薬だよな。
「白雪姫が死んだんだよぉ」
見ると、王子が舞台に立っていた。
小人が白雪姫の死を、王子に告げている。
もう、モヒカンの龍とマジメ君が、対話する場面になっていた。
スピーディーだなあ。
次だ。
次に王子が白雪姫にキスをする。
俺の心臓の鼓動が速くなる。
俺は、息を凝らす。
王子の動きに注目した。
緊張しているのか、王子のマジメ君の顔は強張っていた。
マジで、小山内あやめとキスするのか?
やめろ。
それだけは、やめろ。
マジメ君が棺の中の白雪姫の上半身を起こす。
マジメ君は、目をつぶった。
唇を尖らせる。
小山内あやめの唇にキスをしようとした。
あいつ!
本気だ!
やるつもりだ!
俺の前で、するな!
「やめろぉぉぉぉぉ!」
体育館に、俺の大声が響き渡る。
俺は、立ち上がっていた。
しーん。
俺は脚光を浴びる。
何やってんだよ、俺。
メチャ格好悪いし。
顔が熱くなる。
舞台上の奴らも観客も、まだポカンとしている。
俺……目立ってる……。
ここは……。
逃げるしかない……。
俺が、体育館を立ち去ろうと、通路を走っていると、後ろから、「翔太!」という声が聞こえた。
小山内あやめの声に反応して、思わず、振り返る。
「翔太! 待って! まっ……」
ビリっ。
俺を追いかけようとした小山内あやめが……。
ドレスの裾を踏んでしまい……。
ドレスが……。
破れて……。
スカートが全部取れて……。
おばさんパンツ丸見えになった……。
「見ろよ」
「おばさんパンツだ」
「白雪姫がおばさんパンツはいてる」
「パンツ見えてるよ」
「あはは」
「これは、お笑いだ」
「ぎゃはははは」
観客は大爆笑。
小山内あやめは赤面。
悪い。
俺のせいで笑い者だ。
俺が何もしなかったら、こんなことには、ならなかったのに。
小山内あやめ。
許せ。
俺は、逃げる。
俺は通路を走った。
そして、体育館を出た。
体育館の前。
まだ、走っていた。
「待って」
後ろから女の声がした。
まさか。
小山内あやめ?
パンツ姿で追いかけてきたのか?
だったら、すごく嬉しい!
小山内あやめ。
好きだ。
俺は立ち止まる。
そして。
笑顔で後ろを振り向く。
!
福田さん……。
そこには、福田さんが立っていた。
「翔太君。あやめのことが、まだ好き?」
真剣な表情の福田さん。
俺は返答に困る。
「私じゃ、ダメ?」
それは……。
どういうこと……?
「私じゃ、翔太君の彼女になれないの?」
その言葉に俺は、ビックリした。
「俺の彼女になりたいの?」
俺が聞き返す。
「うん」
福田さんは、素直にうなずいた。
福田さん。
なんで俺のことが好きなんだ?
いつから、俺を意識するようになったんだ?
「なんで俺なの?」
「わからない」
「いつから?」
「先生と別れてから。翔太君がいたから、ここまで立ち直れたの」
大好きな子に告白された。
嬉しいはずの俺なんだけど、イマイチ喜べない。
なんでだろ?
俺の気持ちは複雑だ。
俺、どうしよう?
マジで、どうしたらいい?
突然の告白に戸惑う俺……。
かなり困るんだけど……。