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史上最強の汚ギャル   作者: bbb
10/13

病室でキス

うっすら目を開けると、福田さんがいた。



ワンピースを着て、イヤリングを身につけて、オシャレをしていた。



横顔だけ見える。



今日は、一段と可愛いなあ。




ああ。




俺の愛する福田さん。



好きだ。



でも!




福田さんは男と抱き合っていた。




その男は……。



男前オーラが、ものすごい。



白衣を着ている。



横顔しか見えないけれど、キレイだ。



まるで絵のような美男美女。



俺はしばらく二人に見とれた。




この二人は、何やってんだろう?




なんで抱き合ってんだろう?




やがて。



二人は見つめ合う。



そして。



距離を縮めていく。



俺の前で……。



キス……。



キスをした。




あはははは。



福田さん、俺がいるのに、キスかよ。




しかも。



長っ!



それだけ、よく息が続くね。




福田さんと超イケメンのキス現場を見ながら、変だなあと思った。




だいたい、この男、誰?




俺、知らないし。




あっ。



そうか。



これは夢なんだ。



人前で堂々とキスするわけないじゃないか。



ましてや、この男、たぶん年上。




こんな大人の男が人前で良識ない行動をするだろうか?




いや、しない。




白衣を着ているところを見ると、医者っぽいし。




俺は夢を見ているんだ。




これは、夢。




福田さんが知らない医者と愛し合っている夢を見ているんだ。



夢だったら許せるなあ。



俺は、そう納得すると、満足して目をつぶった。



深い眠りに落ちる。



また、うっすら目を開けると、今度は圭太がいた。



圭太は今まで見たことないような表情をしていた。




ズバリ、それは泣き笑い。



泣きながら、笑っている。



どっちかにしろよ。





つーか。



幼なじみだけど、毒舌貴公子が泣いたのを見たのは、今日が初めてかもしれない。






「目が覚めてよかった」





圭太が口を開いた。






「どうして僕なんか庇うんだ?」




圭太がポロポロと涙をこぼす。



どうしてか自分でもわからない。



あの時は、無我夢中だった。




なぜか助けなきゃ、と思ったんだ。



放っておくことはできなかった。



だから、勝手に体が動いたんだ。



反射だな、反射。



反射的に庇ったんだ。




「君は昔からいい奴だったね」



圭太は、まだ泣いている。



ずっと泣き笑い続けている。




自分を庇って俺が大ケガしたから、泣いているのか?



気にすんな。




もう、いいって。




責任とか感じなくていいから。





そして、それから圭太は俺にいろいろ教えてくれた。



ここは、病院の個室で。




俺はあのあと、この病院に搬送されてきた。




そして、手術を受けた。



全治1ヶ月という診断らしい。




特に後遺症もないので心配はしなくていいとのこと。




圭太は、ずっと目が覚めるまで付き添ってくれていたそうだ。



昨日の夕方から今日の昼過ぎまで。




一睡もしていないらしい。



そして、あの絵美ちゃんは、殺人未遂の現行犯で逮捕されたそうだ。



「最後にどうしても翔太に報告しなければならないことがある」




圭太は、そこまで話すと、泣きやんだ。



そして、深呼吸。



ガラっ。



病室のドアを誰かが横にスライドさせた。




ドアが開く。




めちゃくちゃイケメンの先生が入ってきた。




「翔太君、お目覚めかな?」




あれ?



この人、どっかで見たことある。




「主治医の先生だよ」




そばで圭太が囁いた。



近くで見ると、すっげー。



超カッコイイ。




「手術は成功したから安心して」



先生が優しく微笑む。



イケメンオーラが凄まじい。



「ところで、翔太君は美雨と友達なんだって?」




先生が『美雨』と言った。




たしかに、『美雨』と言った。




「学校の同級生だよね?」




なんで知ってるんだ?



それに、なんで馴れ馴れしく福田さんのことを美雨って呼ぶんだ?




「翔太君のこと、いい人って美雨は言ってたよ」



そこまで先生が喋ると、急に圭太が泣き始めた。



さめざめと泣いている。



何だ?



なんで泣くんだよ?



「おっと。いけない。もう、こんな時間だ」



先生は腕時計を見て、あわてている。




忙しそう。



「僕は行くね。それじゃ、安静にね」



先生はくびすを返す。



ガラ。



ドアを開けて去っていった。




「報告したくないけど、報告するよ」



俺を見て、圭太が泣き笑いしながら、言った。




いや~な予感がする……。



「今の人が、福田さんの彼氏だよ」



そ……。



そんな……。



「翔太は福田さんの彼氏が医師として勤務する、この病院に運び込まれてきたんだ」



ウソ……。



福田さんの彼氏は花園だったはずだ……。



だから、そんなわけがない。



「たまたま彼が主治医の先生となり出会うことになった」



主治医の先生?



待てよ。



先生と付き合っているのかと尋ねたら、笑顔で福田さんは、うなずいていた。




ということは……。



先生は先生でも、彼氏は教師ではなく医者だったのか?



そうなのか?




俺は、てっきり教師かと思っていた。



ケータイ小説なら、医者ではなく教師だろうと思ったんだ。




これは、ケータイ小説だから。



「僕は知らなかった。学校の先生と付き合ってるって翔太から聞いていたから。でも、違ったんだ。僕は、見てしまった。二人がキスしているのを……」





俺も見ちまったよ……。



夢じゃなかったんだ……。



あれ、現実だったんだ……。



福田さん、ここに来てたんだ……。



あの男……。




そういや、白衣を着た医者で、超イケメンだった。



あれは間違いない。



主治医だ。



お相手は、さっきの先生なんだ……。




「ランチタイムから戻ってくると、ディープキスしてたんだ。ここで、舌と舌を絡ませて、いやらしい音を立てていた」




うお―――――っ!



聞きたくねー!



やめろ。



つーか。




主治医が患者の前でキスするなぁぁぁぁぁ!



福田さんも、俺の前で何やってんだよぉぉぉ!



エロバカ女ぁぁぁ!




俺、かなり最悪。



好きな子が目の前でキスしたの、生で見ちゃったし。



しかも、あれから、ディープキスに発展したの?



病室で何やってんだよっ。



ふざけんなよっ。



ここは、ラブホか!



手術後の患者の前で、盛り上がってんじゃねーよ!



怒りと悲しみで泣きそうになる。



圭太は、さらに、こう言った。




「自分を庇って翔太が大ケガしたから、泣いているわけじゃないんだ。もう、福田さんのことが悲しくて悲しくて……」



俺のベッド脇にあるボックスティッシュに、圭太は手を伸ばす。




俺のボックスティッシュを取り上げると、圭太は何枚もティッシュを取って、チーンと洟をかんだ。




そして、俺の個室のゴミ入れに、使用済みティッシュを捨てた。




俺のために……。



泣いてくれてたんじゃないのか……?




お前……薄情だな……。




俺……。



ド最悪じゃん……。



人に刺されるわ、キスは見せられるわ、ド最悪じゃん……。




しかも、初恋の人に刺されたんだよなあ……?




ド最悪じゃん!



さらに、友達は刺された俺のために泣いてたんじゃなくて、自分のために泣いてるし!




最悪過ぎる。




もっと、最悪なことを挙げるとしたら、福田さんの彼氏が、すんごいイケメンであること。



誰も勝てない……。



俺も圭太も、あそこまで、かっこよくない。



あの容姿で、医者って……。



すごくない?




医者って、高学歴&高収入なんですけど?




エリートなんですけど?




福田さん……すごい人……見つけたね……。



超ラッキーだね……。




あはは……。



俺や圭太が逆立ちしたって、敵い(かない)やしない。




俺なんか、ぜってー、医者になれねーし。



圭太は知的だから、頑張れば医者になれるだろうけど、先生ほどイケメンじゃねーし。




あれは、無理だよ。



順番待ってても、いつまでたっても、俺たちの彼女には、なってくれないよ。



きっと、先生とゴールインするんだろーな……。




超悲しい。




刺されるより辛い……。



相手があれなら……完全に敗北……。




終わったな……。



この恋、終わった……。




「翔太!」



いつの間にやら、小山内あやめが病室にいた。




そして、俺のベッドを触る。




「大丈夫っ?」




大きな声で聞いてくる。



小山内あやめ、元気だなあ……。




「翔太! 翔太! 翔太!」



そう言って、何を思ったのか、俺の腹を拳で殴ってきた。



痛い、痛い、痛い!




やめろ! 




殺すぞ!




「返事してっ!」



小山内あやめは、情熱的に腹を叩く。



いてーよっ!



腹を刺されたんだぞ?



刺された箇所が、ズキズキと痛む。



「そっか。酸素マスクが邪魔で喋れないんだね」




ひとりで納得して小山内あやめは、勝手に俺の酸素マスクを外した。



うわ。



くっさぁぁぁ。



小山内あやめの悪臭を嗅ぐ。



酸素マスク取るな!



バカ女!



俺の弱った体に、ニオイがこたえる。



息苦しい。



顔をしかめる。




「さ……酸素マスク……」




俺が精一杯、そう声を出すと、小山内あやめは酸素マスクを俺につけた。



「よかった。本当によかった」



小山内あやめは嬉し泣きしている。



心から喜んでいる表情だ。



「心配したんだよ?」



そうして、丸イスを引き寄せる。



ベッドのそばに丸イスを持ってくると座った。




「私たち一晩中ずっと病院にいたんだよ、ね?」



座ったまま、小山内あやめは圭太の方を向く。



圭太は、さっきまで、泣いていたのに、今は苦笑い。



「そうだよ。僕たち、翔太が起きるまで待ってたんだ。夜だけでなく、朝も昼も。ランチも一緒に食べたんだ。ランチ臭かったよ」




『ランチ臭かったよ』って……。



小山内あやめが臭いこと、ほのめかすなよ。




「一回も家に帰ってないんだ。家族が心配しているから、帰るよ。やっと、これで、安心して寝られる」



圭太は、ホッとしているようだ。



なんだかんだ言って、俺のこと、心配してたんじゃねーか。



お前、悪い奴だけど、いい奴!




「私も、ねむーい。早く、帰んなきゃ! さっき、ママから電話があって話してたんだ。彼氏とお泊りしたってしつこく疑われちゃって、嫌になっちゃう」




小山内あやめも病院に泊まってくれたのか。




いい奴だな。



二人とも、ありがとう。



「それじゃ、僕は行くよ。汚ギャルさん、またね」




圭太が小山内あやめに帰りの挨拶をする。



『汚ギャルさん』じゃないよ?



小山内さんだよ。



でも、汚ギャルさんなんだけど……。




「うん。バイバイ」



小山内あやめは気にせず、圭太に手を振った。



立ち上がろうともしない。



座ったままだ。



あれ?



帰らないのか?



「私はまだ、ちょっとだけ、残る。ちょっとだけ……だよ。サービス、サービス」



小山内あやめが、俺に笑顔を向ける。



いや、別に、いいんだけどな。




そうしていると。




ガラっ。



ドアが横にスライドした。



誰か立っていた。



誰だ?



誰か入ってくる。




モヒカン頭……。



龍……?



「翔太―――――!」



モヒカンの龍が近寄ってきた。



興奮している。



「誰にやられた?」



誰って……。



初恋の少女……。



「俺がかたきを取ってやる!」



意気込んでいるところ、悪いんだけど、犯人は警察に捕まったから。




別に、仇は取る必要がないから。




「こんな目に遭わせやがって畜生!」




モヒカンの龍は悔しがっていた。



そして、拳を振り上げる。




ボコ。




俺の腹にあたる。




痛いっ!




激痛。



やめてくれ。



死ぬ……。




そんな時。




「翔太、お大事に」



優しい言葉と笑顔を残して、圭太が病室を立ち去ろうとした。



圭太は、ドアの取っ手をつかむ。



でも、龍は、ドアを押さえる。



圭太が、帰るのを龍が止めた。







モヒカンの龍、何をする気だ?



「今の笑顔にやられた」



龍が意味不明発言をした。




とにかく、ドアを押さえるな。



圭太が困るだろ?



「君は何がしたいの?」



圭太が笑みを浮かべながら、龍に問いかける。



圭太の手に自分の手を重ねた。



龍、何やってる?



二人とも取っ手を握っている。




龍は、熱い視線を圭太に向けた。



そして、こう答えた。



「お前と二人で湘南の風に吹かれたい」



は―――――っ?




何、言ってんの?




「僕は君とは湘南の風に吹かれたくない」




キッパリと言い放つ。




そうだ、圭太。



言ってやれ!



ガンガン言え!



遠慮はするな!



「俺のバイクの後ろに乗れよ。送っていく」



それでも龍は圭太をナンパする。



男が男をナンパするな!



「家、どこ? この近く?」



完全なナンパだな。



住所を聞き出そうとしている。



「ひとりで帰れる」



「いや、ひとりは危ない。俺が送るからさ」



「しつこいなあ、君」



「まずは、俺とお友達にならない?」



「ならないよ」




そんな会話をしていると思ったら、強引にも、龍は圭太を隅に追いやっていた。



「ケータイの番号教えろよ」



龍がそう脅す。




カツアゲしているみたい。




「嫌だよ。なんで教えないとダメなんだ?」



圭太は嫌がっている。



それでも、ニコニコしていた。





「いいから、教えろ」



「悪いが君の髪型が生理的に受けつけられない。だから、友達になりたくない。だから、教えられない」



「髪型が嫌なのか?」



モヒカンの龍は、モヒカンの髪型を気にして髪の毛を触った。



そういや、モヒカンが派手だよな。




「髪型変えたら、付き合ってくれる?」



「髪型変えても、付き合えない。ホモじゃないから」



「いいじゃねーか。チューさせろ。チューさせろよ」



モヒカンの龍が、圭太に迫る。



圭太は、必死で逃げている。




隅で二人が争っている。




俺が元気だったら圭太を助けてやるのになあ。




大ケガして動けないや。



ちょっとしてから、スキを見て、龍から圭太が逃げた。



そして、帰り際に、こんな言葉を残していった。




「君は『北斗の拳』のケンシロウに秘孔ひこうを突かれて死ぬのがお似合いだよ」



言われてみれば。



あのモヒカン野郎に似てる。





「あと少しで男前とキスできたのに。逃げられた。残念」



龍が、肩を落とす。



男が男に逃げられて、げんなりするなよ。




「あの性格のキツさ、好き。俺の好み。俺は気の強い男が好きなんだ。あいつのことは、忘れない。いつか、落としてみせる」





お前のこと、よく知ってるけど、気の強い男でも気の弱い男でも顔がイケメンの男だったら、誰でも好きなんだろ?




「名前、聞き忘れた」



モヒカンの龍が悔しがる。




「圭太君だよ」




座ったままの小山内あやめが龍に情報を提供する。





「名前ゲット! 姐さん、ありがとう」




「どういたしまして」





言わなくていいのに……。



圭太……かわいそ……。




モヒカンの龍は恋をして浮かれていた。



小山内あやめも楽しそうに過ごす。




にぎやかな病室で傷は回復していった。




☆☆☆




「はい、あ~ん」




フォークに突き刺したタコウィンナーを俺に食わせようとする。




俺は、口を大きく開ける。




「相変わらず、仲がいいね」




小山内あやめが俺に弁当を食わせているのを見て、圭太が微笑みながら、言った。



入院して、約1ヶ月になる。




明日、退院することになっている。




もう、すっかり具合はよくなった。



立って歩けるし、何でもできる。



この夏休み、ずっと病院で過ごした。




なぜか来る日も来る日も、小山内あやめが見舞いに来てくれた。




そして、俺のために弁当を作ってきてくれた。




うまいから、甘えて俺は毎日それを口にした。




彼女ではないんだけど……。



いいのかな……?




「汚ギャルさんと新婚カップルのようだよ」




圭太が俺をからかう。



周りから見たら、そう見えるかもしれない。



いつも、こんな感じだからなあ。



圭太もよく見舞いに来る。



でも……。



「奴だ! 奴が来る!」




圭太が窓を見て騒いだ。



窓から見えるのは駐車場。



俺も駐車場を見る。



バイクに乗った、顔がやけにニヤニヤしている、モヒカンの龍が見えた。



モヒカンの龍は、圭太に会えると思って、圭太目当てに俺の見舞いに来ていた。




今日も圭太に会えると期待に胸を膨らませ、デレデレしながら来たんだ。




危険を察知した圭太は、逃げる準備……。




いや、帰る準備を始めた。




「もう、帰んの? 龍君が来るから?」




「うん。毎度のことだよ」



小山内あやめに尋ねられて圭太が答える。




圭太も大変だなあ。



変な奴に、気に入られて……。




「じゃ」



そう短く別れの挨拶をすると、圭太はピュ―っと走って帰っていった。



よほど龍が嫌なのか……。




病室が静かになる。



俺と小山内あやめは、静かな時を過ごした。




やがて。




ガラっ。




「圭太、いる?」



ドアを開けて、龍が嬉しそうな顔で入ってきた。




おかしーだろ?



俺の病室なんだから、『圭太、いる?』じゃなくて『翔太、いる?』って、入ってこい!




不愉快だ。




「あ~ん。惜しい。もう、ちょっと、早く来たら、会えたのに。タイミング悪い」



小山内あやめは芝居が上手だった。




龍が「なんだよ、また帰ったとこかよ」とぶつぶつ文句を言いながら、丸イスに座る。




モヒカンの龍は、つまらないのか唇を尖らせた。




俺の見舞いメインじゃないのなら、帰れよ。




ガラっ。




再び、ドアが横にスライドする。



あの主治医が入ってきた。




あの福田さんの彼氏。



「翔太君、明日、退院だね。おめでとう。元気になってくれて嬉しいよ」



優しい微笑みを向けられた。



モヒカンの龍はケータイをいじっていて、超イケメンの先生を見ていない。





「ところで、お風呂に入ったかな?」




「はい?」



「お風呂だよ」




「さっき、入りました」




「また、入ってくれないか?」



え―――――っ!



なんで?



なんで2回も?



「いや、あのね。言いにくいんだけど、他の病室の患者さんからクレームが来てるんだ。この病室から人間じゃないニオイが漂ってるって」




『人間じゃないニオイ』って俺じゃねーよ。



小山内あやめだよ!



しかも、『人間じゃないニオイ』って、ひどくない?




「だから、悪いけど、入ってくれるかな?」




「またですか?」




「お風呂の予約を入れておいたから、悪いけど、今すぐ入浴室の方に行ってくれないか?」




「これからですか?」




「うん。特別に予約したんだ。クレーマーがうるさくてね」




「は……はあ……」




また、風呂かよ。




まー、別に風呂好きだし、かまわないけど。



「わかりました」



俺が風呂の準備をする。



「悪いね、よろしく」



労い(ねぎらい)の言葉を残して、先生は去っていった。



待てよ?



俺が風呂に入っても、小山内あやめが風呂に入らないと意味ないんじゃない?




なんか変なの。



「ちゃんと、お風呂で体をごしごし洗わないから、ニオイが漂うんだよ!」



小山内あやめが俺に向かって、強い口調で言った。



小山内あやめぇぇぇぇぇ!




お前が言うなぁぁぁぁぁ!




小山内あやめのせいで、俺が風呂に入らないと、いけないんだろーがっ!





お前こそ、風呂入れ―――――!





「俺は別に臭くないけどなあ?」



ケータイをいじりながら、モヒカンの龍が首を傾げる。




そういや、コイツ、最近ニオイに反応しない。



小山内あやめのニオイに慣れてきたのか。




「それなら、俺は帰るとするか。風呂に入るみたいだし。圭太はもう来ないだろうし」




モヒカンの龍が丸イスから立ち上がる。



もう、帰るみたいだ。




「姐さんは、どうするんッスか?」



龍が小山内あやめの顔を見る。



小山内あやめは、にこやかに、こう答えた。




「残るに決まってんじゃん!」



え?



残るの?



「翔太がお風呂から帰ってくるまで、病室で待ってる」



「そうッスか。それなら、帰るんで失礼します」




モヒカンの龍は、帰っていった。



俺はというと、入浴室へ向かう。



そこで。



ひとっぷろ浴びる。



今日で2回目のお風呂。



リフレッシュした俺。



それから、病室へと向かう。



本当に、小山内あやめの奴、残ってるかな?



帰ってたりして?




帰ってても、いいんだけど。




病室の前。



人の話し声がする。



おかしいなー。



小山内あやめだけ病室にいるはずなのに?



誰か来てるっぽい。



ドアをゆっくり横にスライドさせてみる。



透き間を開けて、のぞく。





マジメ君?




マジメ君の後ろ姿だ。



小山内あやめは、俺の方を向いている。



俺が、のぞいているのに、気づいたみたい。



気まずい顔をしている。



なんだ?



何してんだ?



マジメ君、ここに来たのは2回目だ。



見舞いに来たのは、だいぶ前に1度だけ。



マジメ君と会うのは、久しぶり。



見舞いに来てくれて嬉しい。




と、思っていたら。



「いいかげんに、してくれよっ!」



マジメ君は小山内あやめに対して怒りをぶつけていた。



こわい。



何をそんなに怒っているんだ?




「僕と森野君と、どっちが大事なんだ?」




その言葉に面食らった。



マジメ君が怒っている理由がわかった。




「毎日のように、ここへ来ているそうじゃないか! 僕とのデートを断って元カレの見舞いとは、どういうつもりだ!」




「だって、翔太は刺されて死ぬところだったんだよ? もう、治ったけど」




「治ったら、来る必要ないじゃないか! なんで病院に通う必要があるんだよ!」




「だって、彼女がいなくて寂しいだろうから……」




何だよ!




小山内あやめ。



ここに同情して来てたのか?




「もう、言い訳なんて聞きたくない。うんざりだ」



マジメ君は、激しく怒っている。



「君は、まだ、森野君のことが好きなんだ!」




小山内あやめは、目を見開いた。



動揺している。



俺のことが、まだ好きなのか?




同情じゃなくて愛情で来てたのか?




それなら、純粋に嬉しいんだけど?




「だから、ここに入り浸りなんだ。図星だろ?」



小山内あやめは、黙りこくった。



下を向く。




「顔を上げろ!」



厳しくマジメ君が叱りつける。




ビクンっと顔を上げた小山内あやめは怯えていた。




「君の行動が気になって、ひょっとしたら、森野君に、あんなことがあったから、通ってるんじゃないかと思って、福田さんに電話して聞いてみたんだ。そうしたら、彼女、なんて言ったと思う?」



「な、なんて言ったの?」




「福田さんは『毎日のように病院通いしてて奥さんみたい』だって言ったんだ。怒りで体が震えたよ」




福田さんに聞いたのか。



それで、わかったんだ。




「もう、忘れてくれ。森野君のあの事件は気の毒だったと思う。でも、彼は、元カレだ」




「うん」




素直に小山内あやめは、うなずく。



マジメ君の機嫌は直ったのか、落ち着いた口調で、こう聞いた。




「一緒に帰ろうか?」




「うん。ごめんね。今日でお見舞い、最後にするから。もう、ここへは来ないから。約束する」



「約束だよ」



「うん。明日で退院なんだけどね」



「そうか。退院か。よかったね」




そう話しながら、マジメ君は振り返る。



後ろにいた俺と目が合った。




「森野君……」




「見舞い……来てくれたんだ……」




俺は、作り笑い。




どうも笑顔が引きつる。




自然に笑えねーよ。




「うん。明日、退院だって?」



マジメ君も困惑した表情だ。



さっきまで、ブチギレてたもんなあ。





「そうなんだよ、退院なんだよ」



と、俺は、また無理に笑顔を作ろうとするが、うまく笑えず、引きつった笑いになる。




「よかったね。僕は、もう行くよ。小山内さん、帰ろうか?」



「うん。じゃ、翔太。バイバイ……」




元気のない小山内あやめ。



二人は、病室を出て帰っていった。



俺は、ひとりになる。




これで、いいんだ。



これで、よかったんだ。



小山内あやめは、俺の彼女じゃないから。



ここに来るのは、間違いだったんだ。



マジメ君のところに、いるべき人なんだ。



これで、いいんだよな……?



俺が小山内あやめを、ふったんだし。



でも、どうしたことか。



小山内あやめが……。



帰ってから……。



俺の心には……。



ポッカリと……。



大きな穴が空いてしまった……。





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