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人にやさしく

作者: Akuro

気だるく電車に揺られて下を向く人達。


満員で席は空いていないし


むしろ、立つ人達も息苦しそうに携帯を眺めている。


ドアが開いて、降りる人乗る人が波の様に入れ替わりまた息苦しそうに下を向く。


僕はというと、その流れを見ながら……

その人達を見て息苦しくて、音楽で耳を塞ぐ。


視界も塞いでしまおうと携帯を取り出す中で、視界の端に映る光景。


「こちらどうぞ?」


「あ、すいません。ほら、お礼言って?」


「ありがとう!お兄ちゃん!」


視界を塞ぐのを辞めて、その光景を眺めて、いつのまにか微笑んでいる自分に気付いて、嫌気がさした。


恥ずかしぃ。

自分はいつでも自分の事ばかりで。

その光景を綺麗なお話にして自分は傍観者で。

最終的に逃げ出して。


自分だって、気付けば譲ったさ!なんて言い訳の元に、更に自分が情けない事になっている心情に嗚咽の様な吐き気で頭が廻る。


そうさ、僕は小さい生き物さ。

肉が詰まっただけの頭の悪い生物だよ。


そうやって開き直って涙だけが頬に温かい筋を張る。

笑ったり泣いたりを繰り返して、上下して、心が壊れている事に気付いて、電車の中で心は大荒れで。

プツリと何かが切れた様な気がして。

自分が耳と目を閉じている事に気付いた。


それなのに、ココロだけは優しさを欲してアバズレの様に開きっぱなしで。

人には与えられないのに自分ばかり欲して。

自己嫌悪と言う鬱が襲ってきて、ココロが奇声をあげる。

その奇声が漏れそうになるのを必死で抑える。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


奇声が漏れない様に閉じようとしたココロに不意に飛び込む優しさ。


「泣いてるの?どこか痛いの?」


陰鬱とした自己嫌悪が頭から離れないのに、その無邪気な優しさだけは素直に目頭を熱くさせる。


「どうしたの?辛いの?」


その子は、席も譲って上げられない屑みたいな僕に、優しさを振り撒いて笑う。

その他意の無い邪気を含んだ笑顔を、真っ直ぐに見詰められなくて下を向いて肩を震わせた。


下を向いているから、髪が顔を隠して陰鬱とした涙も隠していられる。

真っ直ぐと見られない僕は、髪の毛の隙間からその子を見て僕にもこんな時があったのかと夢想する。

無いかもしれない。でも、きっとあったと思いたい。

いつからだろう、他人の優しさや他人への優しさの使い方が変わったのは。

いつからだろう、それに見返りを求められたり求めたくなってしまったのは。

いつからだろう、そんな醜い大人の仲間入りをしてしまったのは。

自問自答の中に答えはない。

あの時だ、この時のはずだ、その時もか。

などと意味の無い分岐点が沢山あり過ぎる。

そんなことわかっていても、結局昔の自分の性にして逃げていて、それに気付いてまた下を向いた。


「こら、お兄ちゃん困ってるでしょ!ごめんね」


母親、子供の手を引いて頭を下げるから。

僕は声も出せずに首を振った。


コミュ障が爆発して声にならない声を呑み込んでいく。


だめだ。だめだ。


「あ、お母さん、降りるとこー!」


「うん、帰ろ。あの……すいませんでした」


親子が頭を下げて、僕はまた憂鬱に頭をあげる。

親子が、下を向く電車の中の同胞達に頭を下げながら降りて行く。


僕は耐えられなくて、耐えられなくて。


席を立った。


気付けば目の前の人は、杖をついた老人だ。


「あ、あの!!どうぞ!!」


出た。声出た。


「ありがとう。優しいお兄さん」


僕はその言葉に泣きそうになりながら席を譲ると、下を向く同胞達を掻き分けてギリギリ閉まりそうになる冷たい鉄の板っ切れをすり抜ける。


「あ、あの!!」


親子は足を止めて、不安そうにしているはずだ。

まだ下を向いている自分に嫌悪するけど、コミュ障なりに立ち上がったんだ。

今、今しかないんだ。そう思った。


「は、はい?どうかされましたか?」


不安しか感じないその声に、僕も不安で吐きそうだ。

昔から人の感情や顔色に敏感だった。


いつからだろう、こんなに人と喋る事が恐くなったのは。

いつからだろう、こんなに人の顔色を読み過ぎる自分が嫌いになったのは。

いつからだろう、こんなに人と繋がっていたいのに諦めてしまったのは。


「僕は……ゲホゲホ、すいません」


汗でグッショリな拳に力がこもる。

また下を向く。


負けるな!

負ける……な。

負け…………。


言葉は「なんでもないです。すいません」と出そうになって、口がカタカタとなった。

口の中が渇ききって、その癖嗚咽だけは上がってきて。


「お兄ちゃん、やっぱり具合悪いのー?お医者さん行くー?」


子が母親の手をすり抜けて僕の手を引いていた。


ビクリと身体を強ばらせて、でもその温もりが妙に生暖かくて……。


「ごめんね。…………大丈夫だよ」


「何か、辛い事でもあったんですか?」


「……いえ、本当に。ただ…………ゲホ」


片膝をついて、その子の温もりを両手で掴んだ。


「貴方達にお礼が言いたかったんです」


母親の手が背中に伸びて、温もりは背中を上下する。

気味が悪くないわけがないんだ。

こんな人間がいきなり涙を流して呼び止めて手を握って……。

それでも…………。


「ありがとう」


陰鬱とした疲れきった心が浄化されたわけではないけれど。

弱々しい自分や逃げ出す自分がいなくなったわけでもないけれど。

無償の愛を渡せるわけではないけれど。


それでも、明日からは、少しだけでも胸を張って生きていける。そう思った。

貴方達の様な優しさを持つ人達がいるのなら。

貴方達の様に。

貴方達に負けない様に。


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