79.衣帆す蝶
白いカーテンが、微かな風を受けると寄せては返す波を作っている。
手招きをするように何度も帆に受けて、衣が弾みながら湾曲の満ち引きを造っていた。
「……いい天気ですね……」
六名ほどの共用の病室の最も角にあるベッドで、ジュエリンは身を起こして、
開いた窓から外を眺めていた。
日射しの温度を持った風が部屋に入ってくる。
「外に出てみますか?
ジュエリンさん……?」
章子が言うと、病院服を着たジュエリンは柔らかく笑う。
「そんな怪我人みたいに、言わないでくださいよ。
今は怪我人とかこつけて、サボってるだけなんですからっ!」
笑いながらジュエリンは自分の両手を交互に、
付き添いとしてベッドの脇のイスに座っていた、章子に振るう。
「ひどい話ですよね?
あの時、
瀕死の私がいつの間にか病院にいたら、
その時にはもうケガは全て治っていたんですものッ!
もぉっ、
あれってなんなんですか?いったいッ!
あの時ッ、凄く、辛かったんですよッ!
誰かを恨むぐらい、すごく辛くて分からなくて怖かったッッ!
生死をさまようっていうのは、ああいうのを言うんですね。
でも、痛みは……後からだったような気がします。
章子さんの声で気付いた直後には、まだ痛みはやって来てなかったですから……」
「あまり、そういう時の事は、思い出さない方が……」
気遣う章子に、ジュエリンは首を振る。
「いいんですよ……別に。
治っちゃいましたからッ!
ひどい話ですよねッ!
あれだけ自分でも想像したことがない傷を受けてもッ!
いざ、本当に全部、完全に治ったらッ!
許しちゃうんですもんッ!
治ってたら……許しちゃうんですね……?
信じられないッ!
どんなことをされてもッ!
全てが元通りに戻ったり、治ってたらッ!
全て許しちゃえるんですよッッ?
あれだけの事をされたのにッッッ!!!
最悪ですよッ!
……でも……不思議……。
以前通りの体で十分に完全に、元に戻ってしまったら……、
人が一人も欠けずに死んでいなかったら……っ、
回りの何もかもが、
過去と全く同じで完全に元に戻っていたら……ッ、
あれだけの被害を受けても、
それを全て……、許してしまえるなんて……」
思い出したように、
あの時には確実に失っていた自分の腕を見て、ジュエリンは呟く。
髪が解かれ、帽子も何もない、
ビン底メガネとソバカスだけの魔女っ子少女が外に目を向ける。
「悪夢だった……。
ほんとに、まるで悪い夢みたいだった……。
あれが現実のままだったらッ!絶対に許せませんッ!
……でも、
本当に……夢で終わった……。
そして……、
奪われた体も完全に元に戻っている……ッ。
腕もッ!お腹もッ!
戻っていないのは……時間だけですッ!
街も戻っているって聞いている……。
見ました?あの時の医師の顔ッ?
血だらけの私の状態を最初に見た、病院の応急処置を担当した、あの先生の顔ですよッ!
服は破れてて体も血らだけで、
それなのに肝心の傷をどこにも見つけることができなかった、あの先生の顔ッ!
何しに来たんだお前ら?って顔で、私たちを見てましたよね?」
狂気に笑って言うジュエリンに、章子も怖がって困ってつられて苦笑する。
「ほんとに皆さん、人が悪すぎですッ!
特に昇くんですよッ!
病院に移動させるついでに、手の施しようがない筈の怪我まで治していくなんてッッ!
それじゃ病院に移動させる意味が、まったくないじゃないですかッ!」
エネルギー相転移機動によって公園から病院まで瞬間移動させた技術……。
だが、それはよくよく言えば、エネルギー相転移技術を使った時点で、
まるまる負傷した体は、元の記録情報さえあれば、
目的の地点に移動させた時点で、元の体に戻せるということでもあった。
「怪我を治してもらって、
それに怒ってしまうなんて……絶対に可笑しいと思いませんか?……」
「ほんと……ですよね?」
章子とジュエリンの二人して、居づらくしたままクスクス笑う。
「嫌ですよね……ほんとに、この現実はッ!
治ってればいいのかッ?
じゃあ、治らなかったらどうするのかッ?って話ですよッ!
きっと私たちは……、
そのことを永遠に考えていくんです……っ!
それに……、
私だって……身体的な後遺症はなくても……、
精神的な後遺症が、気付かない時にやってくるかもしれませんものね……?
……おっと、いけないッ!
それでも、
私は罪悪感ながら、幸いにも治った側の人間でしたッ!
そして、
そんな現実に苦しむ人間だって、私だけではないッ!
章子さんも……怪我……したんでしょう?
大丈夫でしたか?」
「あ、ああ。わたしのは膝を擦りむいただけですから……」
章子がそう言うと、
ジュエリンは何を思ったのか、ニンマリと口元をつり上げて悪巧みにひひひっと笑いだす。
「知ってます?章子さん?
そういう膝の傷って?
男の子にキスしてもらうと、すぐに治るんですよ?」
「っえ?」
章子が驚くと、やはりジュエリンはおまじないのように二ヒヒと笑う。
「女の子はやっぱり、キスですよねぇッ?
女の子の恋愛なんて、
大人の関係でいう、男の子と裸でどうこうよりも、
まずはまっさきにキスすることですよッ!
恋はキスがないと始まらないッ!
女の子が夢見る理想の男女交際なんかは、そうじゃありませんか?
異性の裸にしか興味がないなんて「ヤロウ」だけですよッ!
汚らわしいッ!
女の子はやっぱりキスですッッ!
首を傾げると向こうも首を傾げてぇ、
こう顔が近づく……目を瞑ったっていう、キャーッ!
もう、これは絶対に譲れませんッ!
だからほら?
今が大チャンスだとは思いませんか?」
ジュエリンが、不謹慎にも悪い魔女のように悪さを囁く。
章子の背後で……寝息が聞こえた。
少年の寝息だ……。
「寝ていますよ?
バッチリ?
目も口も閉じています。
行儀がいいですね?
知らない間に、初めてを奪うことができる……。
……なんて、
恋する乙女には、よだれが出るくらいに絶好の大チャンスじゃないですかッ?
章子さんもキスはまだ……?」
俯いて……頷いた……。
「あらぁ~?
じゃあ、なおさらチャンスじゃないですかぁ~?
抜け駆けしないとッ!
貴重なチャンスを無駄にする余裕なんて章子さんにはあるんですかッ?
ほらっ!
唇が触れたら、ゆっくりと唇同士で開いてっ、
硬い固い歯と歯が当たってッ!
くさい、いい匂いのあなたと彼の吐いて吸う二酸化炭素と酸素の息が、
汚く濁って混ざったら、
ベロまで、すすすと滑らせてツッコまないとッッ!!!
口を開けて繋がって割り込んだ男の子の前歯の裏を、舌でなぞった事ってあります?
可愛く反応するんですよ?男の子の舌がッ?
そこまで行ったら、もう最後まで行きますよッ?
男の子の頭の中は完全にッ!柔らかいあなたの感触でメロメロですッッ!!!
温かい唾とツバが混ざって、
きっと、とっても天国でぽわぽわになってトロケちゃいますからッ?
あとは男を思い出した彼が、勢い任せに、
押し倒した、あなたのキレイな胸と腰の服を引き剥がしてくるのを待つだけですッッ!
ああっ!彼の魔の手が、あなたの温かい体温の場所を探っていくッ!
……と、
……おや?
……もしや?
あんまり乗り気ではない?
じゃあ?
……それとも、私が頂いても?」
「だ、だめですッ」
病室には不釣り合いな、
実はキスも未経験な14歳の魔女っ子少女の誘惑的なメロドラマの言葉を、
やっぱり思春期のロマンチックな14歳の夢見がちな章子が両手で遮った所で、
背後のベッドで、ガサリと微かに布団が動いた。
「……ん?……」
章子が恐る恐る振り向くと、
深くかぶった布団から顔だけを覗かせている少年と目が合った……。
「……どこまで……聞いたの?」
「ぼ、ぼくは悪くないッ!
ジュエリンさんだよッ!
ジュエリンさんが、起きたぼくに、し~って言ってッ!」
章子が、冷たい視線でジュエリンに振り向く。
「やっぱり病院でも、
あの時、
いきなり急に時間が巻き戻ったことを実感した時に、
さっさと章子さんを、昇くんを追い駆けさせるために、
外にけしかけておいて正解でしたねッ?
いいですか?章子さん?
チャンスは見つけたらすぐに飛びつかないと、まっさきに消えていっちゃうんですよッ!」
わけのわからない魔女っ子少女のウンチクで、
少年少女特有のこんがらがる思春期感情は、ウヤムヤにされたのだった……。
【読者の皆様へのお知らせ】
次回の更新は5月31日です。明日の更新はありません。
また、
この物語『―地球転星― 神の創りし新世界より』は、この度、
その次回、5月31日の更新を持ちまして、連載は終了となります。
その為、気が早いですが、この場をお借りし、
この物語の世界に住む登場人物たちに為り代わりまして、
著者から、表わしようのできない感謝の意を表明したいと思います。
連載開始から今までの長い間、
この物語をご贔屓に、ご愛読くださり、誠にありがとうございました。
また次回のお話を、さらにお楽しみいただくために、
2019年5月31日18時の次回最終話の更新までに、
お気に入りの『エンディング主題歌』などをそれぞれでご用意して頂きますと、
より一層、次回のお話は、お楽しみいただけるかと思われます。
それでは皆様、本当に長い間、誠にありがとうございましたッ!
さらについでに警告です!!
・このお話の回には「性的な犯罪表現」を帯びた文章が、
『性表現の直接的な描写』ではなくッ!
『登場人物たちの発言』という形の描写方法によって存在していますッ!
その様な発言や文章表現が少しでも苦手な方は、
今更ながらで大変、恐縮ではありますが、
このお話を読まれることはお控えください。
※この今回の文章表現は全て、
「小説家になろう」運営さまの、
R規制ガイドライン(当話投稿日付けまでの)に沿って、
現在のキーワード該当作の内容に相応しくあるように、
著者なりに構成させて表現、描写しています。
が、
それでも、なお「性的な文章表現による犯罪描写」に少しでも抵抗のある方は、
読まれることは絶対にお控えください。




