76.あらゆるままに、あれ
「……いいよ」
「え……?」
昇の突然の言葉に、
昇の背後で話を聞いていた、全ての人間が耳を疑った。
「……別にいいよ?
確かに、それは「こっちの落ち度」だ……。
なんで反対なんかしたんだろ?
そりゃ、そんな事ぐらいで反対なんかしてたら……、
こんな事にも、なるよねェッッッッ????!!!!!!
やっぱり『被害者』ってヤツにはロクなヤツがいないわッッッッッッッ!!!!!
今も『自分が何をしている』のか?
今まで『自分が何をしていた』のか?
なんてことも考えずにッッ!
知らずにッッ!、分からずにッッ!
自分が受けた被害だけを声高に叫んでッ訴えているッッッッッッ!!!!!!!!」
言って、少年は、
背後で茫然となっている、第二世界の許約者たち、
全員を軽蔑して見る。
「……これが、
アンタら許約者や、
何の罪もないらしい、
この第二世界の人たちまでもが、
今までッ!
何で、ここまでの被害を受けなければならなかったのか?っていう理由だッッッッ!!!!!
アンタラは「何も考えてなかった」んだよ?
『何も考えてなかった』から、こうなったんだッッッ!!!!!!!!
アンタラは『何も考えてこなかった』ッッッッ!!!!!!
だから、いまさら言うんだろ?
何かしたか?ってッッッッ?
何も悪いことなんてしてない、ってッッッッ???
おいおい?
……いい加減に……してくれよ?
俺たち、生きてるじゃないか……?
俺たちッッ!!
生きてるじゃないかッッッッ!!!!!!!!
……あのな?
生きてるってことは?
悪なんだッッッッ!!!!!!!
悪なんだッッ!!
悪なんだよッッッ!!!!!!
生きてるだけで『悪』なんだよッッッ!!!!!!
何も知らないで生きてるって事はッ!
それだけで罪なんだッッッッ!!!!!!!!
『罪』なんだよッッッッっっっっ!!!!!!!!!
お前らって、そうじゃないの?
違うの?
でも、俺はね?
俺という自分が生きてる事が「悪」だと思ってるッッッッッッ!!!!
自分が生きてる事が、完全に『悪だ』とッッッ!!!!
絶対にッッッッ!!!!!
完璧に、そう思っているッッッッッッ!!!!!!!!!
お前らは違うのか?
なら、ここでお別れだな……?
ぼくは……、そんなお前らとは、もう付き合いきれないッッッ!!!!
食事をしない自分であれば、もう『悪』ではない?
そんなクソッタレな事も言わないでくれよ?
この現実世界で『悪』ではないのはな?
『自己主張しないヤツ』だけなんだよッッッッ!!!!!!!
でも?
そんなヤツいるか?
ヒトから、
どんなことをされても?
どんな目に合わされても?
または、
お前という自分が、
他の誰かに、どんな事をし続けていても?
自己主張をしない人間なんてさ……?
ハッ、そんなヤツとっくに死んでるよッッッ!!!!
自分から死んでいくか、人に殺されるかの、どっちかさッッ!!!!!
なら?
食事もしない許約者さんだったら?
何もせずに、生きる事が出来るって言うの?
じゃあ?
人から「何とかしてくれ!」と、祈り事をされたらどうするんだ?
こうして欲しいッ、って人から祈られたらどうすんだろうな?
そして……、
その膝を折って一生懸命、祈ってるヤツが……、
後ろから、いきなり誰かに斧で殺されたりとかしたらさ?」
「オイッッッ!!!」
怒りで叫んだのは、黄色い衣の許約者だった。
第二世界ヴァルディラの中でも「最古の許約者」。
始祖の許約者、
覇の許約者。
黄色の衣の少年、ヘズル・エジデケリ。
「やっぱり、そういう光景って……見たことあるんだ?
でもさ?
そういう光景を実際に見ても……、無視するってことが本当に出来る?
名古屋だと、それは「ほかっておく」って方言で言うんだけどさ?
結構、ツラいと思うんだよね?
そうじゃない?
自分は『何でもできる力がある』のに?
目の前の人間を、見す見す見殺しにするのかッ?ってヤツ?
で?
そんな哲学の問いに、アンタら許約者が出した答えが「この街」だッッッ!
あの地平線以上まで広がっている、
この魔藝の都ヴァッハだっっっっ!!!!!!!!!
アンタたち許約者は『見過ごす』ことが出来なかったッッ!
食事をしていなくても?
自己主張をしてしまう生き物ッッッ!!!!!!
それが、この人間だッッッッッ!!!!!!
この人間なんだよッッッッッ!!!!
……言っておくけどね?
……ボクたち『動物』はね?
食事をしなくても『悪なんだ』よ……?
生きてるだけで『悪』なんだッッッ!!!
呼吸してるだけで『悪』なんだッッッ!!!!
声を出してるだけで『悪』なんだッッッ!!!
動いているだけで『悪』なんだよッッッッッ!!!!
ぼくたち、動物はッッッッッッ!!!!」
叫ぶ昇を、
覇の許約者は冷たい視線で射抜く。
「ならば?
コイツラを野放しにして好き勝手、やらせておけばいいとでも言うのかッッ?
そいつらは新世界として用意された新大陸に住むと言っているのだぞ?
住むということは、その場の環境を破壊するという事だッッ!!!
我々は忘れたわけではないッッッ!!!
その新大陸とやらには、それなりの新獣もいるのだろう?
その新獣が、
ヤツラの所為で開拓されたあと、
またぞろ我々のこの大地にやってきたらどうするッッ?!
我々はもう沢山なのだッ!
今ある位置のままで、我々は暮らしていけばよいッッッ!!!」
「その事、あっちには言ったの?」
昇が親指で、背後の黒羊たちを指す。
「生態系については、対処はする、と言ったな」
「……なら、それでいいじゃんッ」
「それが信じられると思うか?
ヤツラは『拡げる』と言っているッ!
築いた領土は拡げる、とっッッ!
拡げるということは生態系の被害も広がるという事だッッ!
ダメだッ!
この決定は揺るがないッ!!!
拡げるという意思がある以上ッッ!
我々がその要求を認めることはないッッッ!」
頑なな始祖の許約者の言葉に、
昇はため息を吐くと、黒い羊を見る。
「なんで、ぼくこんな架け橋みたいなメンドクサイことやってんのか分かんないけどさ?
乗りかかった船だから続けるよ。
そっちには、一度、作った国の『領土は拡げない』って意思はないの?」
昇の言葉に、黒い羊は首を振る。
「それはあなた達、次第ね?
我々『神の羊となる教え』以外のあなた達、
旧世界の人間がこれからどうするのか、によるわ?
どこの世界にだって自分たちの世界に不満を持っている不満分子はいるでしょう?
私たちが創ろうとしている国は、
そのこれから『あぶれていく者たち』の受け皿となることを目指しているのだから。
あなたたちが、そういう者たちをこれからも増やしていけば……、
おのずと、それに必要な領土も必要になる……。
それだけの話よ?
流民のための国……。
難民や流浪の民の為に新しく造られていく理想の国や街……。
我々『神の羊となる教え』は、
そんな『難民の為の国家』の土地を作るために行動しているのだから……ッ!」
「訊きたいんだけど?
……その時……、
そこに棲んでいた生物たちを追い出して、
その土地に、無理やり新しい国を創り始めたきみたちは、その時、
加害者なのかな?
それとも被害者なのかな?
どっちなんだよ?」
昇が訊くと、
黒羊も俯いて、また前を向く。
「……もちろん、……加害者よ?
当たり前でしょ?
私たちは、本当の私が用意した、この惑星の自然を破壊してッ!
新しい国を創るのだからッッ!!!!」
黒羊の少女の叫んだ言葉に、
今度は確かに、昇の剣から……急速に怒りが萎んでいく。
「確かにそれは……『ぼく』の平和だ……ッ!」
「の、昇っ!?」
急な心変わりの発言に、
呆然とするクベルたちを、昇は悲しい目で見る。
「悪いけど、ぼくの集団的自衛権の行使はここまでだ。
ぼくにはもう、この子たちと戦う理由はなくなった。
彼女たちは「加害者を自覚している」。
加害者を自覚している人間に、もう誰かが何も言う資格はないよ。
あるとすれば、
それは『被害者』だけだ。
だから『被害者』の君たちには、彼らを迫害する権利が肯定される。
でも、ぼくはもうそれには手伝えないし、ついていけない……。
あとは自分たちだけでやってくれ……」
弱音を吐く昇に、覇の許約者が冷たく言い放つ。
「ならば貴様も共犯と見なすッ!
それでいいなッッ?!!!」
「いいよ?」
「なッ?
お前っ?」
「いいよ?共犯にしたいなら共犯にしろよ?
でもぼくはこれから逃げようとするコイツラには付いて行かないよ?
コイツラは、ぼくの仲間じゃないからねッ!
ぼくの仲間は……『君たち』だからさ……?」
昇の仲間たちに向ける視線に、
敵意を剥き出しにしていた許約者たちは目を見張る。
「ぼくの仲間はやっぱり、きみたちの方だよ。
例え君たちから、敵の共犯だと睨まれてもね?
だったら、
敵の代わりに『ぼく』を恨みの捌け口にすればいいッッッ!
それをぼくがやられても?
ぼくはきっと、きみたちを『加害者』だとは思わないよ?
どうせ力関係だって、こっちの方が上なんだしね?
それでいいだろうッッ!」
昇の悲しく吐く決意の言葉に、
急に罪悪感が込み上げてきた許約者たちは反論する。
「ち、違うッ!
……お、お前は……騙されているッ!
目を覚ませっ!!!
お前は騙されているんだッ!!
その目の前の敵にッッ!!!!
敵の見かけだけの甘い言葉に惑わされるなッッ!」
その強迫観念にも似た一縷の望みを疑心暗鬼に疑う言葉に、昇はせせら笑う。
「今度は洗脳を疑うのかい?
ほんと、日本の国民とそっくりだな……。
だったら……忠告しておくよ?
逆に、
きみたちは、ぼくに洗脳されていないのかいッッッ?!!!!!」
昇の鋭い視線が、怯む許約者たちを射抜く。
「洗脳ってさ?
思い込みでしょ?
でも思い込みって、誰もがするものでしょッ?
そこから抜け出すための唯一の道は、いつも「一つ」しかないんだよ?
自分自身を疑う事……。これしかないッッッ!
だからぼくは、いつも自分自身が信じられないッッ!
そして、そんなぼくが一番信じられない人間が……、
自分を一度も疑ったことがないヤツだよッッッ!!!!
スゴいよね?
きっと、そいつってさ?
きっと、
失敗したことがないんだよ?
だって失敗すると、他人の所為にするからね?きっと、そいつは?
そりゃ、
自分の失敗を、他人の所為にしてりゃ、
そいつは自意識過剰でいられるだろうサッッ!
自分の失敗を、他人の失敗の所為にして、
自分は被害者だと言っていればいいんだからさッッッ!
そんな人間ばっかりだよッッッッ!!!!!!
この世界はッッッ!!!!
じゃあ、
……そんな無責任な、
責任転嫁しかしないヤツを信じるためには、いったいどうすればいいと思う?
そりゃ、もちろん?
ソイツが、やっぱり自分は加害者だった。って言って自覚した時だよね……?
だからさ?
ぼくはもう、コイツらのことは追えないんだ……。」
そして、
許約者と同じように茫然と立つ、
背後の、加害者を自覚する獣人たちを見る。
「逃けよ?
早く、逃け。
見逃してやるよ?
ただ?ぼくだけだぞ?
他は知らない。
他が「やはり追いかける」っていうなら、ぼくはそいつらも止めやしない。
それで戦争を拡大させるかどうかは、お前らが決めろ。
ぼくは加害者を自覚する奴には、
それなりにそれ相応の苦しみを与えながら助けてやる。
……でもな?
被害者だけの奴は、絶対に助けてやらないからなッ?
ぼくに助けて貰いたかったら、お前らは加害者を自覚する事だッッ!
お前らが加害者を自覚した時にッ?
ぼくは?
そこで初めて?
お前たちを『敵』としてッ!苦しめて助けてやるよ……ッッ!」
敵として、苦しめながら……。
敵を助ける。
それが、この少年、
半野木昇だった……。




