73.逆回転性時間遡行
いつも世界は、そうだった。
人では、どうすることもできない力を振るい。
人が何気なく行っていた行動だけで、急激に自然環境を悪化させる。
人では簡単に防げない力を見せつける一方で、
人が簡単にしていることで、勝手に簡単に染まって壊れ、汚れていく地球環境。
強いのか?
弱いのか?
よく分からない『地球世界』の姿が、少年の身の回りでは常に起こっていた。
「……180秒だけ、もたせてあげる。
それまでに決着をつけて……」
180秒、正味3分。
その間に、この状況を打破できるのか?
思考しながら、
剣の中にある「二つの円」を一直線に繋げる。
繋げる形は、小学生の時に学習していた筈の『直列回路』。
それで別々に繋がれていた『円』を、一つにさせる……。
「……直列回路……。
接続……ッ」
少年が黒山羊を見る。
黒山羊に合わせた光学照準が、自転している。
握っていた剣が、
突然、水が通って水圧が上がったホースのように跳ねてうねりを上げて暴れ出した。
ブルブル、ガクガクと出力域を上げて発進しろと叫び声を上げている。
「出撃ッッッ!」
言った途端、
黒山羊を守るように防御していた白い羊の腕が斬り飛ばされて真上に飛んだッッ!
昇が斬って、切断した羊の獣人の腕が飛んでいた。
しかし、よく見ると白い羊の獣人には、まだ両腕ある。
では、宙に飛んだ腕はなんだったのか?
「自分で治したんだろ?
しかも残像でしかなかったッッ!
斬った腕の断面だって手品の領域だッ!黒い断面でワープしているだけじゃないかッ!」
叫んで出力任せで、まずは防御役の白い羊の獣人を滾る斬撃だけで圧倒していく。
腕を斬り飛ばし、足を斬り飛ばし、胴を突いて、
殺陣も出鱈目な素人の太刀筋で、
それでも斬り込まれた傷口だけは発生させずに斬撃した時の衝撃だけで圧倒していく。
「まず、羊ッッ!」
叫んだところで背後から黒山羊の抜き手が撃って来た。
それを振り返って、
直進してくる黒い腕を、血の出ない手品の断面技術で斬り飛ばすッッ!!!!
……逃がすかよッ。
斬り飛ばした腕が、既に元に戻っている状態を確認して、
山羊の真横に瞬時に回り込むと、
大根を切るようにして、太いおでん大根よろしく輪切りにしていくッッッ!!!
それでも接触の時だけ輪切りになって、
昇の剣がすり抜けていくとまた元に戻って、
昇に抜き手を撃って襲いかかって、それをまた斬り飛ばしていくッッッ!!!!!
(……圧すことはできてるッ!
でもコイツラ、痛みを感じてないなッ!
……いや、痛みを感じていても、それをあまり俺に見せていないだけかッ?)
その根拠は、
昇が一撃、また一撃と斬りつけている時に微かに痛みを受けたかのような反動を行っている事だった。
やりにくい相手だ……。
昇は、そう思った。
痛みを感じていない。
反応しない。
それでいて、数を減らす行動までは止めやしないッッ!
完全な敵を減らすことしか考えていない究極的な軍人の領域の行動だった。
(どうする?だんだんあっちを斬り刻んでるこっちの方が罪悪感を覚えてきた。
まずいな……。
これ、このまま続けていると残った3分間も消費しちまうッ!
だからと言って、殺せないッ!
ダメだッ!いまはまだコイツラを殺せないッ!
親玉が出てくるまでは殺せないッ!
甘いよなッ!
甘すぎる考えだッ!
でもやっぱり殺せない!
殺せないだけの中途半端な力がこっちにもあるッ!
しょうがない……っ、
いまはやれるだけ……やれるとこまで……っ)
やるってみるかッ!……ッ。
そう言って、
いつの間にか三分間を使い切っていた所で、
真横から目掛けて獅子の斧が振り下ろされるッッッッ!!!
「すまんな小僧ッッ!!!!
ここで終わりだッッッッッッ!!!!!」
振り下ろした分厚い斧がッ!
昇の眉間へ、衝突する寸前の狙った影を作った時ッ!
振り下ろされた斧が……、
振り下ろされた斧が……、
唐突に発生した獅子の背後からの引力によって、
引き戻されると、
獅子のカラダごと昇から離れて、
背後の雲の動きと共に、元の襲いかかる前の定位置へと戻って行く。
「……なッ……?」
それを見て驚いた、
自身も今の動作が巻き戻って行く昇が、自分の握っていた剣の出力を慌てて落とした。
慌てて落として剣を栞に戻して、航空魔術以外の魔術を全て強制的に停止させるッ。
すると……、
すると……、
すると、
黒山羊に突進する昇から、
映像の逆再生をされるように離れていった獅子の構えが、
また、昇と黒山羊の目の前まで、
先程と同じ速度と同じ動作で急激に迫ると、振りかぶった斧を勢いよく空振るッッ!!!!
「ッ?
っな、なんだ?今のは……?」
昇が立ち止まった目の前で、
斧を振りかぶって、昇が先程までいた場所に振り下ろした獅子は自分の行動に驚いていた。
昇に斧を振り下ろそうとしたら……戻った。
戻った……のだ。
戻ったのだった。
時間がッッッ!!!
時間が過去へと巻き戻って、戻り終わったら、
また、同じ事を繰り返していた……。
分かっていたッッ!
同じ事をッ!
同じ事をまたするッ!とッッ!
わかっていて……?
分かっていて……、また同じことを……、
「やらされた……だと……ッ?」
今の、この自分の、
未来を知っていたとしても現在も過去もまた同じことを繰り返してしまった行動が信じられない獅子が昇を見る。
それは獅子だけではなかった。
他の皆も同じだったのだ。
もちろん、黒い山羊と白い羊まで……。
全ての意志たちが、
時間が巻き戻ったことを自覚していた……。
そして、
時間が巻き戻ったはずなのに、
時間が過去へと巻き戻ったはずなのに……、
また、先ほどの一度経験したはずの未来と同じ事を、二度目の現実でもしてしまったという事も自覚していたッッッ!!
時間が巻き戻ってもッッッ!!!
過去に戻ってもッッッ!!
また、見えない力強い慣性が働いて、
自分が同じ行動と同じ思考でッ!
また同じ事をしてしまったという驚愕の事実ッッ!!!
それを……今ここで、
一人だけ自覚していないのは……、
〝……0.7秒……、戻った……〟
そんな3分過ぎた時間を、まるまる主が身勝手に増大させていたエネルギー管制だけに費やすことに疲れ切った下女の言葉を耳にした、
半野木昇だけだった……。
時間が……巻き戻って、また同じ未来を繰り返した?
そう思った昇以外の全員が、その信じられない光景を見る。
そして、
その巻き戻された時間が、また恙なくここで始まった時に、
巻き戻る前の行動と、全く違う行動をしていたのは、
巻き戻る前とは全く違う場所に立っている。
半野木昇、ただ一人だけだったのだ……。
「……逆回転性時間遡行……」
0.7秒だけ時間が巻き戻る、と言うことはどういう事なのか?
思い出していただきたい。
この現実世界では?
1秒前の過去の世界に戻る為には、いったいどれほどのエネルギーが必要なのかを?
「ビッグバン210回分……ね?」
そして、
やはり半野木昇の背後から、「白い腕」がゆっくりと伸びて二回目の少年の胸を再び貫く……ッ。
「さすが、私の旦那様っ。
はやく二人の世界に生きましょっッ?」
桃色の声で、少女はそう言った。
少女の声を放ったのは……黒い羊……。
昇の貧弱な青い服の同じ胸の孔を二回目に貫いて貫通させた白い山羊。
その、白い山羊の、
さらに背後で立つ。
黒い、黒い、
黒い羊だった……。




