70.七つ虹
誰かが言った……。
空には悲しみがないのだ、と。
誰かが言った……。
空は自由なのだ、と……。
それを信じていた……〝全て〟がいた。
信じていたから歌っていた。
悲しいことがあると、それを思い出して歌う……。
自由を感じられなくなると、それを思い出して歌う……。
見上げれば、
広がる、あの青い空が目の前にあるからッッ!!!!
空が……眩しかった。
あの眩しい空に行きたかった。
全てがそう思っていた。
全てとは、誰もだった。
誰も彼もが、そう思っていた。
あの眩しい空を飛ぶための、「鳥」が欲しいとッッッ!!
……だが、
空を飛ぶ鳥には、本当に悲しみは無いのだろうか?
空を飛ぶ鳥は、本当に自由なのだろうか?
もしかしたら……、
空を飛ぶ鳥にも、
空を飛ぶ鳥なりの悲しみや不自由さがあるのではないのか?
……空を飛ぶことを生業としている方にはよくお分かりだろうか?
空を飛んでいると……まず「目が潰される」のだと。
空は……、
光で埋もれているから……、
空から降り注ぐ光と、
大地から反射される光で目が焼き尽くされる世界。
それが真の「空の世界」というものなのではないのか?
空を飛んでいると「黄色」が分からなくなる……。
聞いたことは無いだろうか……?
ゴミを漁るカラスは黄色いゴミ袋が分からないのだと?
彼ら鳥とは……空を飛ぶが故に「黄色」に鈍感になった……。
空を飛んでいると……、
光からの黄色によって、世界を見るための眼が焼け付いてしまうから……。
彼らの目は、それを防ぐために分けるようになったのだ。
飛ぶことと引き換えに、
色を失うことによって。
色……。
色を失うことは……自由なのだろうか?
色を失うことに……悲しみはないのだろうか?
だから青を追っていたら……黄色を失う……と。
つまり空も……やはり自由ではなかったッ!
悲しみしかなかったッッ!!!!
そんな青い空の中で……。
赤い色の栞を丸めて、剣の柄として握っている。
子供なら一度はやってみたことがあるだろう行為。
どこかの観光施設に訪れた時、そこで購入した入場券がもぎられて、
手元に残った半券だけを仕方なく丸めて持っているあの感覚。
少年も、そんな半券を剣の柄として握っている一人だった。
ただ、
少年の掴んでいる栞から伸びている刀身は、傘の長さほどの舞い上がる粒子の光。
「なんだ、あの剣は……?
雷の……許約者じゃ……ないのか?」
茫然と見ていた許約者の一人が呟く。
あれは荷電粒子の光だ。
荷電粒子の光を、剣の刀身にして握っている。
バチバチ、バリバリと音を立てて迸っている電光石火の粒子剣。
荷電粒子剣。
その剣を今、確かにあの少年は握っていた。
バヒリリリリリリリリリリリィィィィィィィィ!
と、
ひぐらしのように暮れを裂けて落ちるように鳴く剣……。
そして……、
服の色は『青い』……。
「……凍の許約者……でもない?
誰なの……?」
混乱する、
ここ第二世界を支配する者たちの声……。
彼ら第二世界の頂点に位置する許約者たちは現在、
この第二世界で七人のみが存在している絶対な権力者。
水、凍、雷、風、樹、 熱、
そして……覇、
これら七つの属性は同時に、
それぞれが対応する「七つの色」をも各々に一つずつ司っている。
例えるなら、
水なら水色、凍なら青、熱なら赤、という具合に。
……しかし、
彼らの中には常に「一色」だけ欠けているものがあった……。
それが……。
「……識別章号は「大地」だと……。
大地を示している?
識別章号は「大地」で反応している。
どういうことだ……?
大地の許約者だと……ッ?
大地の許約者は歴史上、太古から今までで一度も……」
出現することはなかった。
一度として、
誰一人、相応しい者が現われることはなかったのだ。
故に、大地の許約者は第二世界の有史以来、
永遠に空位の色。
不現不在の茶色の色だった。
それは当然、かつての第二世界、
実際の地球上で栄えて滅びた本来の第二世界でも例外ではない。
「……大地の許約者は、
古今東西の内で、一度も現われることは無かった……」
その理由は、よく分かっていない。
そもそも許約者に相応しい者が、
どのような基準で選ばれるのかも、まだよく分かっていないのだ。
ただ唯一無二の剣と鳥が選ぶ。
その事実だけが許約者を含めた第二世界に住む人間が知る常識だった……。
「……しかし……」
許約者たちの長老、樹の許約者、
ヨーゼ・モセフは呟く。
「なんという、歪で杜撰に出鱈目なソーサリステムアプリケートか……っ!」
絵に描いた仙人のような太い白眉で隠された視線で、
緑の光学線を纏う昇を見る。
航空魔術を構築している光学魔法陣の綺麗な光学線が、
時折、
電波妨害に遭ったように乱れてブレている。
ジジジ……ザザザ……と時折ブレて消える寸前で持ち直して、また正常に戻る。
そんな不安定な挙動を繰り返している。
発動魔術の出力伝達が安定していないのだ。
それが原因で、
魔術媒体に組み込んでいる魔術基体を維持するための光学配線までもが、脆く焼き切れようとしている。
「……ぅわ………!」
「……おいっ」
見ろッ!
今も航空魔術の高度維持でさえ、出力調節も覚束ない有様ではないかッ!
こんなその場凌ぎの素人丸出しの応急処置的なぼろぼろの状態で戦闘に介入するっ?
どうかしているッ!
粗組みのまま装甲が剥がされて、
許容量越えのエネルギーがオーバーロードしている配線や骨組みが剥き出しにされているようなものだぞッ?
それでも信じられないことに……、
出力だけは……安定していた。
安定して、強力に、
自分たち許約者級を遥かに超えた魔動出力を発生させているッッ??
「……し、信じられない……。
あんな挙動不安定な状態で『魔動反応』だけが、あそこまで強力に発動して安定しているだなんて」
昇の魔術を、
つぶさに魔動解析処理している水の許約者が、目を見張って観測を続ける。
魔術の光学配線が所々で皮一枚で繋がりながら切れ目を発生させている。
そこでエネルギー漏れまで起こしているのに、
無理やりの力の圧力だけで強引に全体に行き渡らせている。
昇の手に持つ「赤い栞」。
それが全ての根源だった。
「いけないッ!」
「昇ッ?」
昇の乱れる光学線が力任せに纏って絞られると、
高速に収束されながら荷電の刀身剣に集まって振り切ったッ!
一線に凝縮された雷が直進するッ!
それは直線の稲妻。
直線の稲妻が、
綻びを帯びた電光を伴って大砲として荷電粒子を一直線に撃ち放つッッ!
間近で、落雷の音と衝撃も同時に発生して追い駆けたッ!
荷電粒子ビームとは……実際、兵器として実用されたならば、
直進する稲妻でしかない。
直線の稲妻。
そして、その時の一発の威力は既に落雷一発分そのものでもある。
ハイギガワット級の荷電粒子雷閃。
もちろん、空気の振動も、
発射時の音でさえもッ!
元来、荷電粒子砲の一発とは、落雷、一発分の力と同等を誇る。
あのよくあるアニメのビーム兵器のビーム弾とは、
一回発射するごとに、一回の落雷を発生させているのだ。
その落雷の音と衝撃波とともに……、
一瞬の高熱で巻き起こった黒雲も瞬時に消しさり……、
荷電粒子が一直線に突き抜けた巨大な軌跡のそこには、やはりあの「二体」がいた。
黒い山羊と白い羊。
この二体の獣人がやはり無傷で、
昇を見ている。
「あれだけの荷電粒子魔術を受けて無傷でいるっ!?」
若い女性の雷の許約者が驚いた声をあげた。
「……こっちがパワーストールさせられた……っ、
そしてエネルギー相転移か……」
向けられた力の威力そのものを殺し、更には分解し逃がす力。
マグニチュード12級の力をもつはずの許約者たちが、
持てる力の全てを発揮しながらも
ここまで下界の街が原型もとどめたままで追い詰められている理由。
「今のぼくたちの力は、最初から殺されている。
力を出す前も、出した後でもだ!
でも、
だったら、こっちも同じことをやりたいけど……」
独り言を続ける昇がチラリと、
問いかけるようにして、赤い栞を剣として握っていた手の甲に視線だけで訊ねてみる。
「……どうやらそれをするには、あの二体が邪魔らしいッ。
ということはまずは……ッ」
航空魔術の出力魔法陣の回転速度を上げて、
まだ光学線が不安定に乱れたままの状態で、足を踏み切るッ。
「させぬわぁッッ!小僧ッッ!」
剣を振り切って翔んだ瞬間に、横薙ぎの斧とぶつかった。
実体のない荷電粒子の剣と、
実体のある重い殺意の篭った頸動脈を木こりで狙った分厚い鈍色の獅子の手斧が、
またもや鍔迫り合いに交差するッ。
無傷の昇の背後で、浮かんでいた雲が獅子の斬撃で両断されると元に戻った……。
衝突した衝撃の最中で、
昇が背後で自転させている魔法陣に翼が映える。
青い光学線で鋭角な巨大な翼が現われると羽ばたいて、背中越しから浮力を上げるッ!
「小僧ッ?」
高空で衝突する中で、足元からさらに上へと向かう浮力を感じた。
少年よりも何百倍もあるはずの獅子の体重が、軽くなって浮き上がろうとしている。
昇の目が、一瞬だけ獅子を見た。
まだ名前さえも知らぬ獅子を見て、それでまた黒山羊たちに視線を戻していた。
少年にとって、獅子はもう「敵」ではなくなっていた……。
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