60.子午線を祀り
警告!!
・この今回のお話には「残酷な文章表現」及び「身体欠損」を思わせる文章描写が、
『医学的』及び、一般的な新聞報道などによる『一般的な報道表現』方法等を用いて存在しています。
その様な文章表現に少しでも苦手な方は、このお話を読まれることは絶対にお控えください。
※この今回の文章表現は全て「小説家になろう」運営さまのR規制ガイドライン(当話投稿日付けまでの)に沿って、現在のキーワード該当作の内容に相応しくあるように、著者なりに構成させて表現、描写しています。
が、
それでも、なお「医学的にでも残酷な文章表現」、「報道的に身体欠損を思わせる文章描写」、「義務教育課程用などの学術的に戦争時の悲惨な状況を伝えるために必要な描写」等に少しでも抵抗のある方は、読まれることは絶対にお控えください。
もうそろそろ、
新世界会議が始まる頃だった。
サンドイッチかハンバーガーに似た、具材を炭水化物で挟んだような食べ物をパクつき、
腹ごしらえを済ませて、
章子と昇とジュエリンの三人は、
新世界会議が催されているだろう魔導院から、
ほどよく離れた巨大公園に訪れていた。
「服の色、変えたんですね」
魔女っ子姿の出で立ちをしたジュエリンが、
リ・クァミスの服の色を、青から白に戻していた昇を見て言う。
「ああ、
これ、
この色の方がいいって言われたんです。
青の服は目立つからって……」
昇が不可解に言うと、ジュエリンは大きく納得して頷いた。
「それは正解でしたよ。
リ・クァミスより来国された使者の集い『三日月の徒』。
その白い制服の中でただ一人、青色の服を着た、噂の七番目の現代世界の少年。
その存在はいまや、我らがヴァルディラでは注目の的ですからね?
たった一人で、あの史上最強の許約者、
熱の許約者クベルを、ただ一つの言葉だけで制し!
人に戻して!
さらに、あろうことか!
それほどの絶対権力者の暴君の心まで手懐けてしまった無防備の少年。
今、あなたの事は、第二世界中の全ての人間が血眼になって探していますよ?
かく言う、私のクラスでも女子たちは大騒ぎです。
私はそれで一週間ほどは身動きが取れませんでした。
みんな、あなたの事を知りたがっています。
でも安心してください。
その服の色さえ、変えてしまえば……、
他の誰にも何もわかりはしません。
まさか、ここにあの『戦薙ノ剣』を持った少年がいるなんて、
誰も夢にも思っていませんからッ!」
ジュエリンがエッヘンと言うと、
昇は首をかしげた。
「バレてないんですか?
ぼくの名前や顔は?」
「大丈夫ですよ。
そこはバレてませんし、誰も、顔や名前まではわかりません。
許約者が統制令を発令していますからね?
これは絶対です。
これに逆らったら、いかに元導院の五大魔導師でも無事では済みません」
「クベルくんが……?」
「おや?
クベルくんなどと畏れ多い呼び名を使われるなんて、
相当親しくなったのですね?」
「い、いやっ、面と向かってはオルカノくんって呼んでますよ?」
「それでも、私たちからすれば畏れ多いし、信じられない。
許約者と言葉を交わすなどッ。
あの方たちは人ではないっ。
神ですッ。
……そう、……神さまだったから……、
私たちは、あの方たちとは会話をすることさえも極度に恐れていた。
我々は「望み」さえ、叫んでいればよかった。
許約者に、思いつく限りの望みさえ願っていれば……、
我々の欲望は満たされたのですから……」
「……奴隷にしていた……?」
昇の訊ねた言葉に、ジュエリンは頷く。
「はい。
何でもしてくれると思っていました。
私たちは何もしなくても、許約者が何でも願いを叶えてくださると。
事実、あの方たちは私たち以上の事ができるのだから……、
私たちは……、
それができる許約者が妬ましかった……」
「……結構、それで悩んでたみたいですよ?
クベルくんも、他の許約者の人たちも」
先頭を歩いていた章子が振り向いて、ジュエリンに笑いかける。
「……かなりのご負担をかけていたのですね。
我々もあの方たちに……。
そしてその負担が、
いつか取り返しのつかない形で。
自分たちに跳ね返ってくる……」
許約者同士による根絶。
第二世界の衰退という形で。
「昇くんには、
ご感謝を申し上げても、申し上げきれませんね。
我々、ヴァルディラの民を救っていただいたのですから」
「……それは……ちょっと気が早いんじゃないかと思います」
昇の断言が、ジュエリンと章子の表情を曇らせる。
「……と、おっしゃると?」
ジュエリンがビン底メガネをかけ直して昇を見る。
「いま、
彼は、ぼくたちに依存しています。
っていうか、主にぼくになんでしょうね。
これ、あまりよくないですよ。
ぼくがいなくなったら、彼、どうなるか分からない。
いなくなろうとする、
ぼくを追い駆けに来るなら、
まだやりようはあると思うんですけど……、
でも、
たぶん、ぼくは……、その時、
彼を振り切ってしまう……」
昇の静かな言葉が……、章子とジュエリンを驚かせる。
「我らが史上最強の許約者を……振り切る……ッ?」
ジュエリンの信じられない声に、
昇はあえて言葉で反応しない。
「たぶん……そうなっちゃうんじゃないかなと思います。
ダメなんですよ。ぼくを見ていては……ッ、
でも、彼も咲川さんも、
みんな、ぼくを見ることしかしないから……っ」
言って、
昇は、公園内の広い池の畔を見下ろすように沿って続く並木道から、
遠く、小高い丘の上にある魔導の宮殿院が霞んだ輪郭の影を見る。
「……いつか……、来ますよ。
いつか、ぼくがみんなの前からいなくなる日が……」
……いつか……?
瞬間、
昇の隣で煙が弾けた。
無防備だった三人をまるまる飲み込んで、
突然の爆風が周りに旋風する。
今ここで、
……何が起こったのか……、
分からない者が大多数であっただろう。
突然の暴力、意味不明な威力。
それら全ての威を借りて、
爆煙の巻き上がった世界には、
誰もがどうなったかなど、分かりはしないのだから……。
巻き起こった爆風は爆発。
もうもうと立ち込めた灰煙の中で、
自分たちに気付き始めた「命」たちが起き上がり始める……。
「ジュ、ジュエリンさんっ?
ジュエリンさんッ?」
爆風に巻き込まれた章子が、火砕の煙に似た掘り深い灰色の中から、
目も開けられずに起き上がる。
「ジュ、ジュエリンさんっ!
昇くんっ!
みんな、
みんなッ、どこにいるの……ッ?」
叫ぶ章子が、煙の中で咳をする。
何がどうなったのか分からない。
取りあえず、
立ち上がり、ゆっくりと歩き出して手探りで歩き出す。
「……っぅ……、」
呻き声が……した……。
おそらく聞き慣れた声が、
おそろしく聞き慣れない声になってしまった呻き声が。
章子は、まだ煙が晴れない中で、
呻き声がした方へと、がむしゃらに無意識のまましゃがみながら移動していく。
「……ぅ……、ッ?、っボえぇッ……」
遠くで……、
吐きだされた鮮やかに汚れた深い赤をドロリとゴポリと噴き上げた、
地面に横たわる人の大きさほどもあるボロ雑巾に近づいていく。
「……じゅ、じゅえりん……さん……?」
「……ぁ、ァ……ぃ……」
煙がそこだけ晴れていく中で、
更に手で煙を追い払うと、
屈みこんだ地面に、
口の回りをどす赤く濁ったケチャップで汚した、灰まみれの魔女っ子少女がこびり付いていた。
「じゅ、じゅえりん……、
ジュエリンさんっ?!」
章子が慌てて叫ぶと、ジュエリンはもう言葉も発せずに、
躰の端だけを動かそうとする。
章子は思わず……、
その手を掴んだ……ッ!
灰墨だらけになった、
血の気さえも、まったく分からなくなってしまった手をしっかりと握った。
(……よ、よかった。
まだ手はあるッ、しっかりとあるっ!
指も五本とも、ちゃんとある!
でも……、
でもぉ……っ)
反対側のが……なかった。
それは、
よくある新聞などでは報道される『重傷』という状態。
「……ぃっ……なんで……っ?
なんで、こんなこと……っ?」
灰だらけになった表情も分からないジュエリンの顔が章子に向く。
おそらく鼻だと思う。
それが章子に向いている。
その下にある、食べ物を食すだろう窪みが、鯉の口のように力なくパクリパクリ動いている。
……しかし、
その窪みから出ているものは声ではなくて液体だった。
灰の混ざった黒い液体と、
真新しい赤い液体。
それほど、どす澱んだ赤と、恐いぐらいに鮮やかな赤。
それらが一緒になって、ジュエリンの汚れた口からゴボリと苦悶と一緒に押し出てくるッ!
「……ッぁっ……?
しゃ、喋らないでっ!
言いたい事、分かりますからッ!
ちゃんと、分かってますからッ!
昇くんっ!
昇くんッ!
どこなのっ?
ジュエリンさんが大変なのッ!
ジュエリンさんがっ!
ジュエリンさんがァッ!」
涙が出る前に、仄かに口元に忍び寄ってきた灰と砂煙で声がつんのめった。
章子には想像もできなかった。
声を返さない昇も、目の前の命と同じ、無惨な状態になっているかもしれないという最悪の事態の可能性を!
災害、
戦災、
事件、
事故、
あるいは……病理……。
それら全ての危機的な状況に身を置いておいて、
助けてくれる者など、
誰、一人としていないのだと言う事をッ!
今いる自分だけでッ!
その自分の体、一つだけでッ!
今まで学んできた知恵と!
周囲にある物だけを総動員して!
利用してッ!
この危機を乗り越えるしかないのだとっ!!!
万が一の事態が一度でも、起こってしまえば……、
あとはもう……、
他人は、
誰も……助けてはくれないのだッ。
そして、
求めている人を助けたいのであれば、
自分が動かなければならないと信じて行動しても……、
それはとても無駄な足掻き……。
……なぜなら、
緊急の助けを求めているのは……、一人だけではないのだからッッッ!!!!!
天災や戦災、事件や事故に対応するための緊急救命対応の場に置いては、
ヒト一人を助ける力をそこで見せつければ、そこには他の助けを求める三十人以上の「欲望」がやって来る。
……地獄とは、そういう物なのだ……ッ!
……章子も、それは学んでいた筈だった。
それは自分の下僕からも口を酸っぱく言われていた。
それでも、それを失念して行動してしまうのが……、
「危機」という状況だった。
危機は平常心を喪失させる。
でなければ「危機」ではないッ!
平常心を失わせない「危機」など「危機」ではないのだッ!
なぜなら、平常心を失う突発的な事態こそが……、
「危機」と呼ばれるのだからッッッ!!!!
「血を……っ、
血を止めなくちゃぁ……ッ」
命が……、
命がこぼれていく……。
命に別状がないはずの「重傷」という事態が、
命の存続にかかわる「重体」、そして「危篤」へと変わっていく……。
それをさせない為に……、
灰だらけになった魔女っ子少女の衣服をまさぐり、
広がっていく鮮紅が混ざらない灰を盛り上げて混ぜ込み、濁って乾いていく湧出の出所を探す。
「……ぅ、うぁぁっ……」
探した途端から、
ジュエリンの体を動かしていると、また更に勢いよく鮮やかな温かい表面張力が広がった。
直後、
ジュエリンの耳たぶに付けられたイヤリングが、小さな指環ほどの魔法陣を浮かび上がらせてつんざく警報音を発生させる。
「な、なにっ?
なにッ?
こんどは何っ?」
唐突の大音量に怯える章子が、
今度は自分の腰のポケットが暖かくなり出しているのに気づいた。
「……ぇ……?
こ、これ……?」
章子がポケットから取り出したものは自分の「栞」だった。
真理から渡されていた、白い艶々の光沢がある本の栞。
その栞が熱を持って、章子に訴えかけている。
「マ、魔動……ッ」
唱えるとあらゆる情報データが章子の前で展開した。
その光学の情報の動きが、
ジュエリンのイヤリングと連動しているのが分かる。
「こ、これって、今のジュエリンさんの……状態……?」
ジュエリンのイヤリングの警報音と、
章子の栞が示す光学の情報表示が連動している。
「ど、どうすればいいの?
ここからどうすれば、ジュエリンさんは元に戻るのッッッ?!」
章子の問いに……栞はあるデータを示して見せた。
……それは、
ジュエリンがさっきまで笑っていた時の、
身体に傷一つない状態の「生体データ」。
「こ、この状態と……今の状態の違いを……っ?」
埋めればいいのかッ?
それに思い至って、
章子は慌てて自分の栞を操作していく。
「……ぅ……」
しかし時間は残されてはいない。
章子が救命手段に辿り着く間も与えず、考慮せず、
濁って掠れた音を出すジュエリンの体は残酷に、冷たくなっていく。
人ではなくなっていく体温。
人から離れていく体温。
章子が持つ栞の情報上では、
ジュエリンの胴体部分が、数値反応の小さくなっていく真っ赤な警告色に染まって点滅している。
「待って……っ。
待ってっ!
いったい何からやればいいのっ?
いま、一番足りないものは何ッ?」
それは全て。
全てが足りなかった。
「血量?血圧?心拍数、呼吸?あとは?それからっ?
意識?
だめっ!だめぇッ!
ジュエリンさんがっ。
ジュエリンさんがぁッ!」
遠のいていく……。
全てが……。
それに絶叫する章子を、
更に周囲の状況が追い詰めるッ!
章子のがむしゃらに手当てする、
しゃがんでいた場所から離れて、
巨大公園の端を通る大通りを挟んで対面にある時計台の建物が爆発するッ!
「……なッ……?」
時計台が爆破された破片が、章子のそばにもカンカンと降りそそぐ。
鎖……。
巨大な鎖が、時計台の建物に突き刺さっていた。
……そう、
ここは安全な場所ではない。
人を救う場所ではないのだ、咲川章子。
君はそれに気づかなかった。
それは致命的な判断の誤り。
その代償は……目の前の命の喪失で贖われる……。
「……いや、
いやだ、いやだぁっ、
いやだァァッッッっっ!!!!」
今や無我夢中で、白い栞をジュエリンの動かない躯に押し当てて、
理不尽な現実という世界が続ける意味不明な破壊に怒声を叫ぶッ!
「なんでッ?
なんで、こんなことするのッ?
ジュエリンさん、なんにもしてないのにッ!
ここの人たち、何もしてないのにぃッ!
なんで、
なんで、
こんな目にィッ、合わせなくちゃいけないのよォッッっっ??!!!」
破壊されていく街々の中で、
目の前の命一つさえ救えない章子が絶叫している……。
……だが、
そんな叫びが何だと云うのか?
叫べば、全てが元に戻るというのか?
それとも果たして、本当に……、
章子の言うように、
この街の市民は「何もしていなかった」のか?
実は「何かをしていた」のではないのか?
では、「何かをしていた」として、
ならばいったい、ここの住民は「何をしていた」のか?
「……『何も知らなかった』は、罪なんだよッ!」
叫んだ言葉で、少年が現われるッ!
魔動。
唱えた少年の言葉が、
乱れ撃ちに放たれた「鎖」の一つを、章子目がけて直撃するのを弾き返すッ!
「……の、昇くん……ッ?」
「振り向かないでっ」
昇の強い口調で、背中越しから聞き取っていた章子は目をジュエリンに戻す。
「そう、そのまま続けて。
ジュエリンさん……、具合どう?
ぼくから視てると……、大分、戻ってきたようには見えるんだけどさ……」
昇の声に、
章子が自分の栞の情報に目を向けると、ジュエリンの体の中心部にあった赤く点滅していた警告色が、
緊急度の低い黄色の警戒色に変わっている。
「う、うそ……、戻ってる?
体温も?呼吸も?皮膚の血色も?
でも、腕と……、
か、片方の腕と脇腹の……」
……深い傷は、……そのままだった。
出血は止まっている。容体も安定しているようだ。
それでも、「欠けた所」は戻らない。
「とにかく、まずは命だ。
これから、
きみたちを、近くの大病院まで飛ばすから。そこでひとまず落ち着いて。
きっと……、そこも『戦場』になってるだろうけど。
色んな意味でね。でも、ここよりはマシだ。
ジュエリンさんの容体、病院の人にちゃんと伝えてよ?
きみだけが頼りだ。
……ぼく……やっぱり、ダメだったからさ……」
昇の突然の弱音が、章子には意味が分からない。
「ジュエリンさんの状態、
ぼくは、きみよりも早く気付いてたんだよ?
でも、動けなかった。
地べたで動けなくなったジュエリンさんを見ていて、
呆然と眺めているだけで、動けなかったんだよ。
何をやればいいのか、分からなかった。
それだけしかできなかった。
ジュエリンさんに手を差し伸べられなかったっ。
あれだけ、戦争だ平和だなんだって、
口では、みんなに分かったようなことを偉そうにほざいておいてさ?
いざ、現実で、実際に自分が目の前の当事者になった途端に、これだよッ!
目の前で倒れた命にさえ……駆け寄る事ができなかった……っ」
何もできなかった昇が、
それ以上の対応をしてみせた章子の屈んでいる背中を見る。
「ジュエリンさんの事、しっかり診てあげてよ。
なるべく、落ち着ける場所は作っておくから」
「……昇くんは……?」
「ぼく?
ぼくは、まだ……、
やる事がある……ッ!」
「……あ、あんな最初のジュエリンさんを見ても、何も出来なかったクセに?」
章子の皮肉に、昇は笑った声で返す。
「そうだよ。
女の子にかっこ悪いところ見られちゃったらさ?
今度はカッコイイところ、見せたくなるんだよ?」
恐怖に怯える足腰で笑って、
魔動、と二度目の巨大な鎖を直角に弾く。
「……わたしと一緒に、ジュエリンさんを病院に連れて行くっていうのは……?」
「それはダメだ。
被害……、広がってる。
止まってないんだ。
これ、止めなくちゃいけないよ。
これ、止めないと……、
今度はきみやジュエリンさんを受け入れた病院にまで……被害が広がるッ!」
睨んだ昇が、一歩を踏み出す。
「……咲川さんは怪我……ないみたいだね?
よかった。ぼくも無傷だった。
栞のおかげかな?
だったら、もう少し無理が出来そうだ。
ぼくは、ちょっと行ってくるよ。
あと、頼んだよ」
昇が、章子たちを飛ばすために、
もう一度、彼女の後ろ姿に目を向ける。
「っ……な、なんで?
昇くんが行っても意味無いよ。
さっきも何も出来なかったんでしょッ?
それなのに、
なんで、今は行こうとするのッ?」
「……言ったからだよ……。
ぼく……」
「……え?……」
「ぼく……、
みんなに……。
みなさんに……言ったでしょ?
沖縄の人たちには「今度はちゃんと逃がすんだ」って言ったッ。
広島と長崎の人たちには、「いまも〝あの声〟が聞こえるんだ」って言った!
そして、
日本人の全ての人たちには、「苦しんで生きろ!」って意味不明な布告もしたッ!
そんで、
自衛隊の人たちには……、
平和の為に、命を懸けているあの人たちの存在を永遠に「あやふや」にさせるんだッ!って罵ったんだッ!
……他にも世界中の国にもいろんなことを言ってきたでしょ?
……だったらさ、
次は、ぼくの番だよ……っ。
今度は、ぼくがやって見せる番だッ!」
「……の、のぼっ……」
名前が呼び終わらない内に、同じ名古屋人の章子の姿がその場から消えた。
章子の姿が、
忽然とそこからキレイに消えて。
更に、
その後ろに隠れていたジュエリンの姿までもが、
確実に、そこからまったく居なくなっていた。
既に、
たった一人残った名古屋人でもある昇の背後には、
もう、終わった赤い治療の後しか残ってはいない……。
《……行くの……?》
どこからともなく響いてきた〝声〟で、
この物語の主人公が切り変わる。
「……うん」
壊れていく世界の中で……少年が独り立つ。
《きっと行っても、何も変わらないわよ?》
「でも……酷くなっていってるよ?
この街がッ!
今もッ!」
吐き捨てる声に、
〝声〟は何も言わなくなった。
「……いつか……か……。
てっきり、
もっと後だと……、思っていたのにさッ」
それは済まなかったな、唯の単なる中学二年生の普通な少年、半野木昇。
今のこの著者には、君にそれをさせるつもりしか存在しないッ!
きみには今ここで、やってもらうッ!
人の死なない戦争、というモノをッ!
「……魔動……ッ」
今日、
何度目かの魔術の起動詠を唱える。
昇の服の色が白から青に変わっていく。
「魔導項目、機動魔術、
航空魔術、抜項ッ」
何度も練習した昇の慣れない声で、魔法陣が浮かび上がる。
次いで、昇の正面にも、
次々と魔法陣が数々の光学の航空計器類として浮かび上がり表示される。
「気圧、内圧、内温、外温……その他もろもろ……、
数値は正常値……。
……ほんとうにいけるのか……?」
昇の周囲で、一度に発生した光学魔法陣が展開して回転する。
回転する光学魔方陣の速度は気圧を巻き込み、嵐風のように昇に集まって収縮する
「回転係数、安定値。
進路、良好……ッ!」
そして、
空に上がる為に、魔術に最後の火を点れようとした時……。
赤い警告表示と警告音が昇の目の前で喧しく、響き鳴った。
「非常警告……?
……第九条……?」
飛び立とうとする、
昇の目の前で、あの日本国憲法第九条の文言が、
『それは違反だ』とでも言うように。
昇を引き止めるように赤い光学文字で瞬いている。
日本国憲法 第九条
1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動た
る戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段とし
ては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達する為、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。
この不戦を強いる、この場では何の役にも立たない赤文字の文章に必死で止められて、
これから戦場となっているかも知れない場に、介入を試みようとしている昇は、鼻で笑ってしまった。
「……ほんとうに……、
理想論だッ……ッ!」
言葉と文だけでは解決できない事もある、という事を分かっている半野木昇が、
とうとう嫌気な禁断を口にするッ!
「破憲ッ!」
昇はついに、第九条を……破った。
最大戦力の出力が上がる。
「……再確認!
進路、再度クリア。
航空魔術、最高出力ッ。
……全速前進……ッ!」
全ての力を身に纏った少年が、
これから戦うために、
新世界の果てしない空に挑む……。
「出撃……ッ」
混沌の渦巻く戦場を突き抜けて駆け抜ける意思が……、
子午線を越える。
・今回の日本国憲法第9条の全文は全て、Wikipediaさまの文章より抜粋させていただきました。




