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―地球転星― 神の創りし新世界より  作者: 挫刹
第三章 「新世界の扉」(最終章)
60/82

58.前祭夜


 メルヘンでの、あの一夜が明けてから数日後……。


 章子たち四人と一匹は、

 魔導国家ラテインの首都、ヴァッハに戻っていた。


 戻ってきたとはいえ、

 総合的に長い期間、滞在していたのはメルヘンの町だったので、

 懐かしい……という雰囲気とはまた違う。


 最初に魔導国家ラテインに着いた時には、

 この首都の街には、ほとんど通過点のように一日か、二日程度しか過ごすことができなかった。

 その為、むしろ、

 こんな街だったのかと、改めて感心していた。


 確かにメルヘンの町は長閑のどかだった。

 それに比べ、このヴァッハという街は賑やか過ぎた。


 メルヘンの町では、上空でも飛んでいなかった箒や馬車が、悪びれもせずに頭上を飛び交っている。

 慌ただしく、そして時には当然といったように、

 雄然と網の目のように交差して上空を飛び交っていた。


「やっぱり、まだ慣れないかなぁ……」


 地球の世界では絶対に見られない光景に囲まれながら、

 章子は自分の視線を忙しく上下させて、

 一日中、魔藝の都で、はしゃぎ回って疲労感が忍び寄ってきた体のまま、

 大通りを歩いていた。

 メルヘンの町では考えられないほどのだだっ広い大通りの道だ。

 幅は何メートルあるのだろう?


 中学校の運動場ぐらいだろうか……?

 驚くべきことに、この首都の街、ヴァッハには『車道』がないのだ。

 ただ人の通る歩道しかない。車道が歩道になっている。

 車道を通るはずの車はすべて上空を通り、人は上空から降りてくる。


 こんな光景……日本では絶対に考えられない。

 街全体が「魔法の国」だった。


 お金も払わずに食事をし、お金も払わずに買い物を愉しむ。

 こんな夢の生活があるのかと、どこまでもいい気分に酔っていたくなる。

 夢見る少女にとっては、ここはまさに「夢の街」だった。


(……もう、このままでもいいよね……?)


 章子は誘惑に負けた。

 夢という誘惑に負けてしまったのだ。


 ここはあまりにも理想の世界過ぎた。


 争いもなく。好き放題でき。

 苦もなく、人生を楽しむことができる。


 買い物に飽きれば、今度は自分が作る側に回ればいい。

 簡単だった……。

 物を作るということが、これほど簡単だとは思わなかった。


 仕事……。

 仕事を趣味にして生きていくとは、このことだった。

 趣味で生きていける……。


 信じられないッ。


 料理も!お菓子(ケーキ)も!お花屋も!

 全てがっ!

 簡単に作ることができて用意して提供するという事が……、


 中学生の章子でも、できてしまう……ッ!


〝ここでは、働くことに年齢制限なんてものはありませんよ?〟


 真理マリはそう言っていた。


 信じられない言葉だった。

 章子は、

 中学生の身分では、まだお金は稼いではいけないものだ、とばかり思いこんでいた。


 小学生や中学生のような義務教育の中で生きる子供の時には、

 お金を稼いではならないのだと。

 働いてはいけないのだとっ!

 そう思い込んでいた。


 勤労と勉学。


 この二つは……、今を生きる子供にとって好きに選べる選択肢では無いッ!

 あるのは勉学だけだった。

 子どもには、勉強しか許されないッ!


 皮肉なことに……、

 章子は気付いていなかった。


 章子の現代社会の中では、

 子どもに勉学を強いるのは、先進国の社会だけなのだとッ!

 子どもに労働を強いるのは、発展途上の国々だけなのだとッ!


 故に、

 子どもの時分に、

 これら二つの内のどちらか好きな方の選択肢を選べられる至福の瞬間が来るなどという妄想は、

 自分の国や時代などでは永遠に訪れることはないとッ!

 勉強か?労働か?


 それら二つの内、好きな選択肢を選ぶことができる時代とは……、

 この転星リビヒーンの世界においてしかは存在しないのだからッ!


「……いいなぁ……」


 呟いた章子は今、一人だった。

 ここは治安がいいらしいから、子供が一人でいても日本と大して変わらない。


 空は既に夕暮れだった。


 夕暮れの鮮やかな赤い空が、

 明日もまた明るい未来として来るのだと告げているようだった。


「……ここが……いいなぁ……」


 勉強することも、

 働くことも……子供の好きなことが自由にできる。

 子供の好きなことができると言っても、

 本当に好き放題していると吊し上げられる。


 分を弁えて、好きなことをすればいい。


 これは……羨ましいことだった。

 凄く、とても、眩しいぐらいに羨ましいことだった。


 周囲の人々が悪い意味で騒ぐことを起こさなければ、何をしてもいい。

 つまり、自分次第なのだ。

 自分次第で……、


 一人で……生きて行くことができる……。


「あ、……」


 そこまで考えて、立ち止まった……。


 章子は地面を見つめている。


 親も必要も無く(・・・・・・・)、子供が生きていける……。

 ここはそういう世界なのだ……。

 そういう街だった……。


 その事実が……怖い。

 急に怖くなった。


 通りを見れば、親子連れはいるのだ。

 母が子供を連れているし、

 子どもは父親や母親と一緒に歩いてもいる。


 核家族がある。

 ……それでも、反抗期が来ると……離れる(・・・)という。

 離れて暮らし出すのだと。


 そして、そのまましばらく経つとまた寂しくなり、元の家族に戻ろうとする。


 すごく、恐ろしい世界だと思う。


 低学年の子供が、

 大人と同じで独立できるかもしれない世界があると思うことは、羨ましいと同時に、

 ……凄く恐い。

 同じ子供である章子でも、そう思った。


 親と自分の立ち位置が、この年齢で対等になる。


 ウソだろう。と思った。

 しかし、現実問題として、それはできている。

 この第二世界では、それを可能とさせている。


 エネルギー問題がないのだから……。


 無尽蔵にある魔術サラーの力。

 その力が、大人と子供の境界線を、より低い年齢で曖昧にさせている。


 この世界では、本気になれば小学生からでも国の要職に就けることがあるらしい。

 なぜならこの世界の頂点でもある。

 この第二世界の許約者ヴライドという者が、

 すでに小学校低学年の年齢からでも選ばれるというのだからッッ!!


 その資格さえあれば、

 子供でさえ、この世界の頂点となり得る世界。


 だからこそ、同じ子供の章子にとっては……、

 この第二世界は、想像を絶するほどに住みやすかった……。


「昇くんは……どうなんだろう……?」


「なにが?」


 章子が呟いた声に、背後から反応した声がする。


「……ぅっわっ!……、っびっくりしたぁ……っ」


 飛び退いて、胸を撫で下ろしている章子を、

 背後から追い付いてきた昇が怪訝に覗いている。


「ぼくがなに?」


 なおも怪訝に訊く昇に、章子は首を振る。


「……う、ううん、なんでもない……」

「ふぅーん?」


 訝しんで、並んで歩こうとする昇を、

 章子は立ち止まったまま目で贈った。


「あれ?

行かないの?」


 行かないと、もう日が暮れる。

 進まなければ昇に置いていかれる。


 それでも章子は動けない……。


「わたし、帰りたくないの……」


 章子の絞り出した声に、昇も立ち止まった。


「帰りたくないの、わたし。

もう、みんなの所にはっっ!!」


 叫ぶ章子を、昇はただ黙って見ている。


「ここがいいっ!

ここでいいッ!


もう地球なんてほかって(・・・・)おきたいっ!


あんな世界っ!もう戻りたくないッ!

そうでしょッ?

昇くんだって、そう思うでしょっ?


わたしたち……っ、ここで生きられるんだよッッっ?!!!


ここでっ!

ずっとッ!」


 叫んだ章子が、大通りの真ん中で大声を張り上げる。

 痴話ゲンカが衆目を引くことになった。


 少女と少年の「痴情の縺れ」。


「……一緒に……、……生きられるんだよ?

ここで?


わたしたち、二人だけで……っ」


 それでも、

 こんな誘惑が目の前にあったとしても、

 昇は、言い争いの絶えない地球むこうに戻る選択肢を選ぶというのだろうか?


「……陽が沈むね……」


 関係ない言葉が余計に章子の癇に障った。


 けれども、

 章子の正面。

 昇の背後の遥か先で、

 何処までも続く街並みの大通りが遠近法で消えていく消失点の彼方で、

 確かに大通りの建物と建物との間に挟まれて、穏やかな赤い夕陽は沈んでいく……。


「……同じ……なんだね……」


 あの時と同じだ。

 夕暮れ時。


 章子と昇の二人っきりになった時、

 いつも章子と昇の間で持ち切りの話題は同じだった。

 いつも、その答えは同じだったっ!


 章子は自分の事しか考えず……、

 昇は、……周りの事も考えて……、


 発言して、

 行動して、


 別々の道(・・・・)を歩んでいく……。


「……もうイヤ……ッ」


 章子は自分で自分をそう評価した。


「わたし、

もういや……、

もう……自分で自分を失くしたい……ッ!」


 そこまで叫ぶと、やっと昇が章子を見た。


「……なんだ、ちゃんと自分が嫌いなんじゃん?」

「え?」


 章子が驚くと、昇も章子に笑いかける。


「自分が、嫌いなんでしょ?

自分をなくしたいってことは?


だったらぼくも……、きみの事はほかって(・・・・)おけないよ?


ぼくは……好き(・・)だよ?

そんな、自分が嫌いなところに本気で悩んでいる咲川さんのこと……」


「オリルと一緒に寝たクセに!」


「あ、あれは、何もしてないって言ったじゃんッ!」

「うそだよっ!

朝に会った時オリル黙ったままだったものっ!」

「そ、それは、なんていうか……、

確かに気まずいことはあったんだよッ!

あったんだけど……、なんていうか、運に邪魔されて気まずくなったっていうか……」


「なにそれ?」


 しどろもどろに言い訳する昇に、

 章子はシラけた視線を送る。


「ごめん……、

うまく……言えない……」


 まるで浮気現場を言い訳する、女たらしのようだ。


「昇くんは……オリルと離れてもいいの?」

「いや、離れるも何も、まだ何にもしてないからねッ?」

「まだ?」

「そう!まだッ!

あの子、かわいいんだよ?咲川さんも分かるでしょ?

ぼくだって何回か、誘惑に負けそうになった時もあったんだよッ?

それを必死にこらえてさっ。

やってらんないよっ。

一生懸命、我慢してやっと朝が来たと思ったら、またこうやって疑われるしッ」

「わたしの時も我慢してくれた?」


 章子の意外な責めに、昇は目に見えるほど狼狽した。


「じ、自分で何言ってるか分かってるの?」

「わかってますよ?

わたしだって昇くんと同じ部屋で何回も寝てたことぐらいあるでしょ?

で?どうだったの?

我慢してたの?」


 章子が問い詰めると、昇は観念してうん、と小さく頷いた。


「じつは……、

……今も、必死に……我慢してるんだよ……?」

「襲いたいの?

今?

わたしを?」

「そ、そうだよっ!

なんでこんな話を女の子のきみと話さなくちゃいけないんだよ!

ウチの父さんと母さんでも、こんな話なんてしないよッ?」

「わたしの両親はしてたけど?」

「え?

え、ええぇー?」


 唖然となって愕然となる昇を、

 章子はクスクスと笑う。


「女の子だったら誰でもいいんだ?

処女にしか興味のない昇くんは?」

「特に可愛い女の子限定だけなんだけどねッ。って……、

え?

しょ、処女っ?

いま処女って言ったッ!?」

「……女の子の前でなんて言葉使うの?

だから、男の子ってイヤ」

「い、いや、それ先に使ったのって咲川さんだからねっ?」


 ね?ね?と、

 しつこいぐらいに言い聞かせてくる昇を、

 章子は片手であしらって道を空けさせる。


「……わたしね?

当て馬(・・・)なんだよ?」


「え、……当て馬?」


 一瞬、何の話か分からない昇は、

 意味ありげな顔をする章子の心が分からない。


「そう、当て馬。

わたしは……、昇くんの当て馬なの……」


 章子の言わんとする所に思い至って、昇は首を振って否定する。


「……それさ……、違うよ」

「違う?」

「うん、違う」


 ぼくだ。と昇は言った。


「ぼくが当て馬なんだよ。

ぼくが咲川さんの当て馬なんだ」

「その口説き方は……20点」

「20点ッ?点数つけられたッ?

……て、これ口説いてないからッ!

口説くってどいう事かよくわかんないけど。

これ、別に咲川さんの気を引こうとして言ってるわけじゃないからね?」

「ちゃんと、わかってるから。

でも、わたしの幼馴染みだったら……、口説くときにはわたしを壁際に追い詰めて壁ドンして顎クイまでするよ?」

「………う、うわぁ……、

ちょっと、その人とは話が合いそうにないなぁ……」

「……うん……、わたしもちょと合わなかった……」


 そこでまたクスクスと笑いながら、

 幼馴染みとは、それ以上何かあったのかを聞いてこない昇に、

 章子は、昇が自分をどう想っているのかが、なんとなく察しがついてしまった。


「わたしも予知……してみたいなぁ……」

「よ、予知……?」

「そう予知。

したことあるんでしょ?

昇くんは、予知をしたことがあるって聞いたけど……?」


 だが、その話を聞いて昇は呆気に取られている。


「ぼ、ぼくが?

予知をっ?」


 予知とは、あの「予知」のことか?

 と、しつこく何度も聞いてくるので、章子も何回も頷いて肯定した。


「ぼくが……予知ぃっ?」


 本当に経験したことがないのだろうか……?

 何度も深く首をかしげる昇の様子に章子は不安になる。


「それって、いつごろ?

たぶん真理マリさんでしょ?言ったの?

だったらぼくがいつ頃の時にやったこととか、言ってなかった?」


 今はオリルと一緒に別行動をしているはずの真理を想像しながら、

 章子も考え込む。


「たしか小学生ぐらいの時だったって……」


 言っていたような気がする。

 と、思ったところで、昇が合いの手を打った。


「あ、あーっ。

ひょっとして、あの時か?

でも……「あの時」ぃ?

あの時の「アレ」が……「予知」ぃ?」


 なんか違う。

 昇の顔がそう言っている。


「予知じゃないの?」


 すると昇も気まずい顔で、適当に相槌を打つ。


「予知っていうか……、「既知」だよね。

あれは「予知」じゃなくて「既知」だった」


 どういう事なのか?

 よく分からない章子に昇は簡単な説明をする。


「えっとね。

アレ(・・)は予知じゃないんだよ。

確かに、ぼくにとっては予知だったんだけど、

アレはもうすでに起こっていた(・・・・・・)んだ。

世界的には、すでに起こってた事を……ぼくは、それをぼくが目にする前に分かっていた。

それだけのことなんだよ」


「既に……起こってた?」


 まだよく分からない章子に、

 昇は頷く。


「席替え……があるじゃない?

小学校で、学期の初めとかに席替えがさ?

あの席を決める日、ちょうど、ぼく休んでたんだよね。

それで、次の日、どうなってるんだろうと思って登校して下駄箱に辿り着いた時だよ」


 映像が浮かんだのだと言う。


「あ、やばい。

隣、あの子(・・・)だって。


あの子の隣だ。新しい席はきっとそこ(・・)だ。

そう思ったんだよ。瞬間的に。

そういう、

これから教室を開けた時に体験するかもしれない未来の出来事の映像が突然、頭の中で浮かび上がって広がったんだ。


下駄箱でうわ靴を取るか取らないかの瞬間に、それが起こったんだよ。

最初は信じられなかった。

ウソだろ?まさかぁっ。そんなわけないって、て。

で、階段を登って、やっぱり教室の扉を開けた時だよ」


 やはり、

 その子(・・・)が昇の新しい席の隣にいた。


「クラスのみんなはさ、仕組んでたらしいんだよ。

ぼくとその子、ときどきくっつけようとしてたから、

だから新しい席も同じにしてやろうって、それで驚かそうとしてたらしいんだけど……」


 蓋を開けたら、

 タネは既に割れていた。


「……完全な肩透かし。

でもみんなの反応もおかしいんだよね?

ぼくの顔、見て止まってんの。


なんかすごい顔してたらしいよ?

その時のぼく?


まるで、

見つけてはいけないものを本当に見つけてしまったような顔をしていた。って言われたから……」


 たぶん、そうだろう……。

 口頭だけで聞いている章子でも分かる。


 クラスメートは昇の驚いた顔を期待していた筈だ。

 自分たちの仕掛けた罠に嵌まった、滑稽な昇を。


 だが、肝心の昇は、その罠が分かっていた。

 分かっていて、その罠が本当にあった事実にこそ驚く昇……。


 昇は驚くには驚くが、

 昇のクラスメートたちが最も期待していた驚きではなかった……。


「だから、

ぼくのアレは予知じゃなくて既知だ。


ぼくは既に知っていた。

そして、それはもうすでに起こっていた。

罠は、予め仕掛けておかなくちゃ意味がないでしょ?


で、

あとは、それを、

ぼくが既に知っていたか、まだ知らなかったかの違いでしかないんだ。


つまり、

ぼくは「予知」なんてしていない」


 初見殺し殺し。

 テレビゲームにどっぷり浸かった章子の弟なら、そう言うだろう。


 テレビゲームによくある初回のプレイではどうしても避けられないが、

 予め企図はされている難所を言い当てる能力。


 そして、それはやはりすでに「予知」だった。


「その体験って、何回もしたことあるの?」


 章子の問いに昇は首を振る。


「ううん。その一度きりだけだよ。

後にも先にもあの一回きりだけだった。


あの不思議な感覚はなんだったんだろう?

何回もそれに似たようなシチュエーションは作りだそうとして試そうとはしたんだけど……、

ダメだったんだよね。


あの感覚を再び感じたことは、もう二度と無い……」


 寂しそうに昇は一人、呟く。


「……ありがと」


「え?」


「答えてくれて、ありがとう。

ちょっとスッキリした。


だから、はい。

これ、お礼」

「お礼?」


 昇が怪訝に見たのは、

 章子がずっと手に持っていた、

 昇の前に差しだしてきた白いワタワタの装飾のついた紙袋だった。


「なにこれ?」

「なにってクリスマスプレゼントッ!」

「えっ、クリスマスっ!?」


 昇が驚くと、章子はやっぱり呆れている。


「そうだよ。クリスマスだよっ?

地球からの日付、覚えてないのっ?」


 章子が言うと、昇は首をぶんぶんと振る。


「あっきれた。

……たぶん、地球むこうでは明日だよ。

今日はクリスマス・イブ。聖夜だよ。

恋人たちの夜だよ?


昇くんは、夜にしか興味ないの?」


「……そりゃ……ぼくたち子供だって、クリスマスは夜にしか興味はないよ!

中学生は……男も女も夜はケーキとローストチキンとコーラと、あとはピザかな?

そんな豪華な食べ物にしか興味はないでしょッッ?!!!」


「ぁ……だ、だよねっ!!!」


 そして朝早く起きてからの靴下に入ったサンタさんからのクリスマスプレゼント。


 そこまでを想像して、

 少女と少年が二人して笑っていると、夕焼け空が星空へと変わろうとして居た時。


「何?

クリスマスって?」


 するりと、

 軽装でありながら温かみのあるオリルの疑問形しかない言葉が降って舞い降りる。


「……クリスマスってなに?って……」

「……そんなこと言われても……」


 章子と昇、

 二人の日本人が、

 この転星リビヒーンの住人である第一の少女に「日本のクリスマス」を説明しようとして……。


「……ぷ……。」

「くく……」


「ふ、ふふ……っ」

「あは、あはははっははっははははっ」


 二人して、大きくお腹を抱え込んで笑ってしまった。

 日本の不可解な祭りを極めつけたクリスマスという催し物をどう説明すれば、

 今晩だけでこの新世界の少女には分かってもらえるのだろうか。


 それを考えれば考えただけ。

 可笑しな笑いの感情しか込み上げて来ない。


「な、なに?

二人だけで笑ってないで答えてよ。

ズルいじゃない?

クリスマスってなんなの?


赤と白と緑の美味しそうなお祭りらしいってことまでは分かるんだけど。

もっと詳しく、あたしにも教えて!」


 オリルの願いに、夜空は願いを聞き届けた。


 白い雪がハラハラと舞い落ちる。


 このヴァッハでは季節外れの白い雪が。


 聖夜は、これから始まる前夜祭。


 招かれざる、


 新世界への扉は、ここから開く……。




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