52.集いだす世界
真理の言葉通り、彼らはやってきた。
古城の宿の最上部にある高級の大客室。
広いロビーとも、
リビングともいえる大寝室に置かれた天蓋付きのベッドと、
豪奢なソファに囲まれた憩いの場に集まって、
五人と一匹である少年少女たちと電気子ネコは、
客室の壁際を端から端まで隙間なく埋め置かれた、
高級感あふれる側端棚の立て掛け台に掛けられた、
大判の羊皮紙状のペーパースクリーンに、注視している。
古代紙のように端が古くほつれた大型な羊皮紙のスクリーンは、
まさに大型の液晶テレビ画面の代替そのものであり、
光学的な魔法陣の輪郭の中で、
ここではない、どこか遠くの光景を映し出していた。
「……なんにも起きないよ?」
いつまでも変わらない羊皮紙の紙面上に映し出された、映像の中にある、
大草原の景色に、
いち早く見飽きてしまった電気子ネコのトラがアクビをする。
「トラ、アクビをするなら口は隠すの」
「えー、メンドーい」
隣に座っている母親の少女の膝の上で、
電気ネコのトラは反抗期とも取れる後ろ足で自分の顎毛を掻きだした。
それを見ながらクスクス笑って、
それでも章子はベッドの端から羊皮紙の大画面の映像に目を戻していた。
今日の午前中に、
この映像の場所に、到着すると予定されている最初の彼ら。
彼らの姿を一目、見るために、
章子たちはこの一室に集まっていたのだ。
画面の向こうでは、
風がときどき、和やかに吹いているのが分かる。
広大な草原に広がる草の動き。
そこに集まる人々の衣服のなびき。
彼らは、空からやってくるという。
海ではなく、
空からだ、と。
自分たちの時は、
海の港で、船の甲板から、
この第二世界に降り立った章子たちとは違い、
立つ人々が、待ちくたびれている、
この第二世界の魔導国家ラテインの内陸にある、
大草原の中へと、
どうやって、
その彼らは現れるのか。
まだ見ぬ、未知の世界の出現を、
第二世界ヴァルディラの世界中に同時中継されている映像を見て、
誰もが固唾を飲んで待っていた。
風はまだ止まない。
騎士も魔術師たちも整然と並ぶ精悍な中で、
影はゆっくりと……東からやってくる……。
最初は「闇」かと思った。
カラスのようにカアカアと、小さな斑点が黒く、
いくつものソバカスのように現われていた。
現われた黒い点は大群。
大群が、飛び交う虫のような巨大な群れとなって近づいてくる。
「……なに?……」
羊皮紙の映像に目を凝らす章子が目にした物は、
巨大な飛行船だった。
章子の現代世界では見たこともない巨大な鉄の塊。
その黒や銀の塊が、数え切れない大群となって現われてきたのだ。
おお、とどよめく声が、
画面の向こうからも、
この宿の他の部屋や外からも聞こえてくる。
果ては宿の古城よりも低地にあるお伽の町からも、
この信じられない映像を見た人々の喧騒が空気の振動として伝わってくるほどだった。
中継されている上空では、今も黒い大群が大草原の真上を横切っている。
まるで大きな川の流れのように、
ただ下界の大草原で待つ、
第二世界の住民たちをあざ笑うかのように、
機体たちの巨大な影を大河のように作って通り過ぎていた。
「……すごい数……」
章子が驚いたまま見つめていると、
黒い大群の中から一つ、二つ、三つ……、
合わせて合計五つほどの大型の飛行船機体が高度を下げ、
下の大草原で待つ第二世界の人々が歓迎の為に整列していた先頭の正面、
用意された大きな砂地の着陸場へと着陸していく。
着陸した飛行船はやはり巨大だった。
翼は無く、幾つもあるプロペラの動きが弱まりだした銀色の飛空船の一機分が、
整然と整列していた第二世界の人々が集まっている面積よりも、三倍以上は広い大きさを誇っている。
それらが他にも黒や白とあり、合わせて四機。
手前に留まった大型の銀色の主機体を際立たせるように脇に着陸している。
国力の差を見せつけるためか、
上空を流れていた随伴していただけの他の飛行艇の大群は、
彼方の西の空で、数名のラテインの航空騎士団の誘導のもと、大きく迂回し、
東の空へと帰っていく。
「あ、あれが全部、
第二に来たワケじゃないんだ」
章子が言うと、
離れた椅子に一人で座っていた真理は苦笑する。
「そんな訳がないでしょう。
あんな人員が来たら、流石のラテインでも受け入れ切れませんよ。
しかし、
流石はエグリアだ。
無意味にも、ここぞとばかりに自分の力と物量を誇示してきていますね。
あれだけの人員を割いて動かすのも手間だろうに、
エネルギーだけは無駄に底なしなものだから、
力加減も無く、見せつけてきている」
「……とすると、
あれが第三世界で最大の軍事国家だと自他ともに言われるらしいエグリアという国の総戦力なのか?」
赤いソファに、どかと座ったクベルが真理を見た。
「いいえ。
総力ではありませんね。
しかし、素晴らしい置き土産は持ってきたみたいですよ?
あの巨大航空艦……の、三番と四番艦に積んでいますね……。
動爆を……」
「動爆……?」
クベルが顰めて訊くと、
真理も頷く。
「ええ。動爆。
これは
ちょっとした戦略兵器を超えた戦局兵器でして……。
彼らの世界では『核代替』や『代替核』とも呼ばれている代物の、
核兵器という存在を代替できるほどの威力を持たせた純粋な大陸壊滅兵器なんですよ?
この兵器は『核兵器』クラスの壊滅攻撃力を備えながら、
さらには放射能汚染さえ引き起こさない純粋破壊兵器群でしてね。
その為に、この核代替兵器は『代替核』とも呼ばれている。
……しかし、
今回、持ってきている、あの『動爆』は違いますね……。
あの二発の内、
一発だけは環境汚染能力をわざわざ取り付けて、さらに高めた「動爆」を持ってきている……ッ!」
「そんなものが?」
「あります。
動爆、
タイプ『災厄』。
それとはもう一つ別に、
破壊能力を全て排除し、汚染能力だけに特化させた動爆・タイプ『穢汚』もあるのですが、
今回は、そちらは持ってきてはいないようだ。
まあ、実際、
あっても意味はありませんが。
あなたと比べれば可愛いものですよ……。
それでも、
一応、言っておきますと、
このタイプ『災厄』。
あれは、
いま、あそこで起爆でもすれば、ラテインの首都ヴァッハはおろか、
ここメルヘンまで巻き込んで破壊しますからね?」
「……えっ?」
「ほぉう」
驚く章子と、
関心するクベル。
「よくもまあ、そんなものを持ってきたものだ。とは思いますが、
あれがあの船の中に在る内は、まだ大丈夫でしょう。
彼ら第三世界が使うことはまずない。
弾道弾として使用しても、
光学兵器並の瞬殺威力を一般兵で準装備している、
この第二世界では、まるで無意味であるし、
船に載せたままで起爆し使ってみても彼らは逃げきれない。
あれは「道連れ」という名の保険ですね。
「保険」という名の「保身」。
彼らはそれだけ、あなたたちという存在を恐れている……」
真理が試して言うと、
クベルも悪く笑う。
「そいつはいい勲章を貰ったな。
後で「ヤツラ」に会う事があったら、
その口から動爆というモノがどういう物か、よく身をもって教えていただくとしよう」
楽しみだ。
口だけが笑っているクベルが、
船から降りてくる「彼ら」の姿に目を留める。
「あれが、そのヤツラか……」
よくありそうな、
来訪した国賓が旅客機から降りてくるように、
大型の航空艦艇の最も下部にある、
コバンザメを天井に張り付けたような形の艦橋部の乗降口から、
備え付けられた階段を踏んで十数人の人間が降りてきた。
「……女の人……?」
章子の目に留まったのは、
草原に降り立った第三の人物たちの中で、最後から二番目に大地を踏んだ人物だった。
回りの人間と同じ、深い深緑色の薄手な軍服のロングコートを着て、
軍服と同じ色のツバの無い制帽。
その深くかぶった帽子の後ろからは、
鮮やかな長い金髪が美しい背中へと垂れ下がっている。
金髪の人物が、第二世界の代表者と挨拶を交わすために、
その深い制帽を脱いだ、その時。
おお、と、またもやどよめく声が世界に広がる。
「……きれい……」
鮮やかな金髪が、風に広がって舞い踊っている。
金髪の主は美女だった。
章子から見ても美女と言ってしまうほどの、大人の『美女』
一体、身長はどれほどあるのだろう?
年齢は?
それより、
なによりも、
あのモデルのようなスリムでグラマラスな体系を維持している体重が知りたいッ!
あまりの凛々しい立ち姿に、
ベッドから立ち上がってしまった章子は、
食い入るように羊皮紙の画面を見つめている。
「彼女は……カネル・ビサーレントですね。
有名ですよ。彼女は。
エグリアに限らず、
第三世界なら、誰もが知っている超有名な絶世の美少女……ッ!」
「美少女……?」
章子が怪訝に問うと、
真理も心外そうに答える。
「ええ。
美少女ですよ?
正真正銘の、
成長期、真っ盛りの美少女です。
歳は私やあなたと同じのはずです。
14歳。
史上最年少の14歳で、
エグリアが誇る保安省の実動部隊『保安部隊』を構成する、保安補にまでのし上がった才女。
彼女は最大軍事国家エグリアが誇るエリートにして、
国民の絶対的な支持を得るアイドルッ!
その美貌はほら、同性の目でさえ掴んで離さないッ!」
真理が言うと、
……目が合った。
章子と、
美しい彼女との目が合ったのだ。
彼女がこちらを見ているわけがない。
彼女にはこちらが分かるわけがない。
だが、
彼女は確かにこちらを見ている。
まるで本当に、
そこに章子がいることが分かっているかのように。
章子は茫然と、自分を見てくる彼女の視線から目を離すことが出来なかった。
……これが、
章子と、
章子の生涯の友となる彼女、カネル・ビサーレントとの初めての出会いだった。
章子はまだ知らない。
これからやって来る自分の運命を……。
そして、また数日後、
残された最後の出会いは、やはりやって来る。
待ちに待っていた。
来なくてもよかった、あの出会いが……。