44.落ちる劫火
※ご注意!
今回のこの文章表現には、現在人類文明の思考、あり方を、
反社会的にではなく反世界的に、強く悪意に満ちて嘲笑する、愚弄する、貶める、侮蔑する、蔑視する、差別する、冒涜する、暴言する、否定する表現が、頻繁に含まれております。
ご注意ください。
……黒い燈火が落ちようとしている。
お伽の町の中心にある噴水広場はすでに、
これから始まる未曽有の出来事を待ちきれない大きな騒めきで包まれている。
喧騒は押しも押されぬ幾重もの人垣を作り、四方八方から取り囲んで、
広場の中央にある噴水の前に決闘場を作っている。
取り囲んだ観客の人々が、即席の立見席から見つめていたのは少年だった。
決闘場の中心に立つ、
たった一人の少年に周囲の視線が注がれている。
衆目を集める少年は、町の人間ではない。
現代という、どことも知らない時代の惑星から来た人間だった。
少年は目を瞑って、立ったままでいる。
立ちながら、待っていたのは、
今日、ここで決闘をする、
まだ来ていない相手ではない。
対戦すべき相手はもうすぐ、じきに現われる。
待っていたのは対戦相手ではなく、
〝声〟だった。
今日という〝この日〟に、
必ずやってくるはずのあの声。
〝あの声〟を少年は、じっと静かに待ち続けていた。
少年の耳元にはまだ、その〝声〟はやってきていない。
だからこそ、
少年は今も厳重に注意を払って耳をそばだてている。
周囲では、まったく違う様々な種類の感情が帯びた歓声で溢れていた。
噴水広場に集まった観衆たちによる、どよめきにも似た待ち遠しさを訴える声を取り除き。
意識せず、目的のものではない声が囃し立てる雰囲気を除外しながら、
少年は薄目を空けて、立っている場所から青空を見た。
蒼い碧い空に白い雲が流れている。
吹き抜ける風が心地いい。
少年の空気が、始まろうとしている。
少年はただ、
お伽の町の噴水広場にある通りの真ん中に立っていた。
「……また、お会いしましたか……?」
少年は空を見上げたまま、
これから自己満足的な講釈を始めようと語りかける。
「今日は、
たしか、その日でしたよね……?
そうです。
広島の日です……。
もしかして……、
どなたか……、
今日が来る日を、今か今かと楽しみに待っていたりなんかしていましたか……?」
少年の目の色に、勝手気ままな軽蔑の色が浮かぶ。
「けっこうキツイ冗談ですね……。
沖縄の日から……、
また、だいぶ時間が経ちましたね……?
沖縄から広島まで……。
それなりの時間が過ぎてしまいましたよね?
その長い間、
あなた方は……、
やっぱり、
また、ぼくに会える日をワクワクと楽しみにしていただけだったんですか……?」
遠く、
今はもう過ぎ去ってしまった遥か彼方の戦禍の地を仰ぎ見て。
非難にも似た言葉が、どこへなりとも放たれる。
それは周囲にいる見物の人間たちに向けられたものではない。
少年はただ、
そこにはいない、誰かに向かって、
呟いた言葉が届いただろう先をじっと見ている。
「ぼくは……、
来なければいいと思っていました……。
広島の日なんて来なければいいのにっ、て……、
だって、〝声〟は今も続いていますから……。
この日の声じゃないですよ?
それはまだ、落ちてはいないっ。
ぼくの言っている『声』とは……、
広島の日がきても、
まだ叫び声を上げ続けている沖縄の声です。
いいえ?
沖縄だけじゃありませんっ。
沖縄から広島まで、空襲は続いていたはずですッ。
そのことを……少しぐらいは気に留めてくださってましたか?
ぼくの生まれた街は……名古屋でした。
育った街も……名古屋です。
名古屋という街をご存知ですか?
地元の住民が言うのもなんですけど、すんごい偏屈な街ですよ。
名古屋は別に、本土決戦も原爆投下もされていない、
普通の被害をうけただけの単なる地方都市の中のひとつです。
ただ単に、
日本各地にあるどこの都市とも同じでありふれた、
ただの「空襲」を受けていただけの何の変哲もない街なんです。
特別に、なにかを突出してされたっていう街じゃない!
でも、
もちろん……そんなの、
どこだって同じでしょう?
日本全国の、どこにでもある一般の街々と比べたって同じです……!
でも……当然、
沖縄の後にも、前にも、
もちろん広島原爆の爆発の後や前にだって「空襲」はあったんですッ。
空襲はあったんですよッ!
日本各地でっ!
ぼくはですね?
それを、沖縄から広島の日がくるまでの間、
ずっと想像していました……。
気がつけば、それをいつも想像して考えてた……っ」
言って、
愛知県民であり名古屋市民でもある少年は、
遥か先の彼方まで過ぎ去ってしまった、
現在もあそこで、
黒い炎によって燃え続けているのだろう、
先に蹂躙されてしまったはずの沖縄がある方角を見つめている。
見つめている少年の足元では、
まだ落とされていない広島の日常が広がっていた。
広島のまだ何も起こってはいない戦時の中でも数少ない日常の土地から、
海の彼方にある、
黒く燃えつづけている沖縄を、現在も続く地獄として、
いつまでも哀しく望んでいる。
「ぼくはですね……?
……沖縄戦が終わってからも、このヒロシマが来るまで……、
その間も、
日本の各地には、
いったい何度、何発、いったいどれほどの火が、空から落とされたんだろうってっ。
ずっと、ずーっと想像していましたよ。
別にそれだけしか、してこなかっただけなんですけどね?
都合のいいものです。
沖縄が来て、
その日がやっと過ぎたら、
「終わった」と思い、
広島が来て、
その日がやっと過ぎたら、
「終わった」と思い、
長崎が来て、
その日がやっと過ぎたら、
「終わった」と思って、
敗戦という「戦争の終わり」の日をやっと済ませたら、
すぐに頭を切り替えて、いまの自分たちのことしか考えていないッ!
……だけど……、
ぼくはそれで『終わり』になんて、できないんですッ……。
終戦という八月十五日が過ぎても……、
その後にも!
消えていく命はあるんですから……ッ!」
たった一人の中学二年生の日本人の少年、
半野木昇の叫ぶ事実に、
集まった人垣の一部に埋まっていた。
埋まってしまっていた、
同じ日本人で名古屋市民の中学二年生の少女、咲川章子は、
人知れず静かに大きく目を見張る。
「捨てられていく命がある……ッ!
八月の、
あの「終わりの日」が過ぎてもあるんですっ!
誰が捨てるのか……ッ、
誰に捨てられるのか……ッ。
まったく分からない命が消えていくんですッ!
そんな事も想像できずに、
せずに……、
あなた方は、八月十五日が「大戦の終戦」だと切り捨てるッ!!!!
そうですッ!
この現実には……、
『いらない命』があるッ!」
昇は、睨む。
睨んで見ている。
このヒドイ文章力の文を現実で読んで下さっている……、
目の前の、
お前や……。
貴様や。
そして……なにより……、
あなたという我々をッ!
「もう……忘れてしまったんですかね?
『残留孤児』というあの言葉……。
そうですよね?
忘れていくんです……。
忘れていくんですよ……?
ぼくたち、
人間は、
みんな、そうやって忘れていくんです……ッ!
そしてまたッ!
目の前の被害が出たら、それを見て嘆くんですッ!
その時だけ嘆いてッ!
また時間が経ったら、すぐに忘れて『次』に行ってしまうッ!
それで……、
いったい、
なにを防ぐっていうんですか?
いったい、
なにを繰り返さないっていうんですか?
ぼくにはまったく分かりませんっ!
なにも、
なんにも憶えていない、
ぼくにはそれがまったく分かりませんねッ!
ただ!
ただっ!
想像もできない被害が出してしまったことを防げなくても!
止められない戦争がまた繰り返されることになったとしてもッ!
平和だけは、実行しますッ!
平和だけは実行して、
そのまま実現させていきます!
それだけが、ぼくには分かっているッ!
平和にしてれば、
被害なんて、平和の中でおおかた防ぐ手立てを見つけることができるッ!
平和にさせれば、
戦争を何度も繰り返したって、平和で塗り潰すことだってできるッ!
ぼくは、たとえ出してしまう被害を防げなくても!
何度もやってしまう戦争を繰り返しても!
平和だけはしてみせますッ!
ぼくには、それだけが分かっていればいい!
平和さえしてれば、被害も戦争も対処できる。
対処して対応できるッ!
平和さえあればッ!
なにかから防ぐことができなくても!
なにかを繰り返しても!
平和には出来るんですからッ!」
叫んだ瞬間、
昇が、
あ、と。
天高く上空を見た。
上空を見て、顔を崩して、
悲愴のまま……、目を瞑じる……。
「ぁ……ああ……、
……落ちた…………っ……ッ」
とうとう、いったい、
そこで、なにが落ちたのか。
そんな事は、みなまで言わなくても分かっている。
今日は「その日」なのだ。
その日に落ちてしまうものなど、ただの一つしかありはしない。
「……まだだ……、
まだ……。
まだ……聞こえてこない……」
空と大地と過去に黙祷を捧げる昇が耳を澄まし、注意深く周囲へと意識をそばだてている。
「……まだ、ヒカッただけ。
訳も分からず意識が途切れてしまっただけ……。
そこから……徐々に、
そう、気付いて、
立ち上がりかけて、
もしかしたら、何かが無くなっていて、
周囲の状況や状態が、どこかもわからない惨状になり果てていて、
でも周囲だけじゃなくて、
自分の身体も、もしかしたら変わっていて……、
……襲ってくるッ……」
痛みが、苦しみが、熱さが、地獄が……っ!
ワケのわからない、意味不明な残虐な世界がッ!
暗闇と炎。
暗黒と紅蓮。
赤黒入り混じる渦の中で、自分たちに気づきはじめた命たちが、
命の形を失った身体で起き上がり始める。
「声が……聞こえる……っ」
呟いた少年がふたたび目を開いた。
「ぼくの足元で……叫ぶ声が聞こえる……ッ」
少年はいまこそ、誰もが想像している地獄の真上にいる。
その地獄の上から、
昇は、あなたを向いて覗いて見つめていた。
「そちらでは……聞こえていますか?
このぼくの足元から這い上がってくる〝叫び〟が届いていますか?
日射し……身体に受けていますか?
そちらでは、空は青く暑く晴れているんでしょうか?
もしくは雨でドシャ降りなのかもしれませんか?
ひょっとしたら、ただ重たい雲で覆われている曇り空なだけだとか……?
でも、天気がどんな状態だろうと……、
想像くらいは、できますよね?
晴れていたら、体を灼いてくる日差しで「熱」は感じます。
雨が降っていたら、その雨が『黒い雨』になんて見えませんか?
黒い雨が豪雨となって暗闇と炎の中で降り注いでいく。
曇っていたら、
その雲はどんよりと暗くて怖い、暗黒の世界を広げている「キノコ雲」と同じでしょうっ?」
悪い意味で想像力のまったく足りていない、
過去の実際にあった地獄には到底及ぶことがない虚言を捲し立ててくる、
呟くことをやめることをしない昇の目には、すでに生気が無い。
生気のない筋違いな恨む現実の眼差しが、
我々を漠然と見て睨んでいる!
「想像……できないんですか?
今日は「その日」のはずでしたよね?
その日の筈なのに、
そんな事だけは避けて通ることができるとでも思っていたんですか?
楽しみにしていたんじゃないんですか?
ぼくの話が聴ける日を、
今か今かと、楽しみに待っていたんじゃないんですかっ?
で……、耳を塞ぐんですか?
そんなことやってると……、
また、繰り返しちゃうかもしれませんよ……?
いいんですか?
……『核廃絶』……、
夢なんでしょうっ?
まさか夢にだけ見ているだけで終わりですか?
夢に見ているだけで終わりなんですか?
それが被爆地という被曝国に住んでいるあなた方の誇りなんですか?
自分の被害だけ語るだけ語って……っ、
ヒロシマって街は……、
ニッポンっていう國はっ、
戦時中には何もしてこなかった。て、そう言うんですか?
ぼく……?
ぼくの街、名古屋はしてましたよ……?
あの戦争に間違いないく参加をしていましたからね……。
参加をして世界中に加害を加えていたッ!
……はず……です……っ。
証拠なんて、キレイにちゃんと残しちゃいないんでしょうけど。
戦争やってたら絶対、加害者はやってますよ。
加害者やってなかったら、
それは戦争じゃないですからね?
だから、あの空襲を受けたんです。
でも、あんなのただの空襲ですよ。
ただのどこにでもある空襲と、原爆投下なんて同列に語るべきものじゃありませんよね?
ナゴヤよりもヒロシマですよッ!
そうでしょう?
ナゴヤなんかよりも!
ヒロシマ、ナガサキ、オキナワでしょうッ!
そうなんじゃないんですかッ?
この三つが一番重要で、大事だッ!
少なくとも名古屋人である、ぼくはそう思っていますッ!
名古屋なんて放って置けばいいッ!
名古屋は加害者です!
善良でしかない!
一つも加害なんてしていない!
広島や長崎や沖縄とは違ってッ!
名古屋は完全な悪辣の加害者ですよッ?
一般市民であるぼくがそう自覚していますからねッ!
日本の中で「名古屋」だけが加害者なんですッ!
ぼくという名古屋だけが加害者を自覚しているんだッ!
え?
自虐?
これが……自虐ッ!?
……自虐って……お笑いやってんじゃないんですよッ!
こっちはっ!
ぼくはねッ!
もうヒトを殺したくないんですよッ!
人に殺されるのもすごくイヤなんですけどッ!
上の命令で人を殺すのも、もうゴメンなんだッ!
ぼくが人を殺せばねッ?
きっと地球にいる、ぼくの大事な母さんがっ!
……絶対に他の知らない誰かに殺されてしまうんだからッ!
それが戦争なんですッ!
戦争なんですよッ!
喰って喰われて!
喰われて喰ってしまう、
それが戦争なんですッ!
これはねっ?
自覚だッ!
自虐じゃなくて、
自覚だッ!
苦笑する暇さえありゃしないッ!
顔笑って、人殺ししてんじゃないんだよッ!
こっちはねッ?
それを……、
まさか、自虐だなんて笑って言ってる人たちは……、
きっと、
笑って平気で人を殺すヒトたちでしょう?
ぼくにはできません……っ。
とてもできません……ッ。
ぼくがヒトを殺す時は……きっと痛みか、怒りかのどちらかしかないッ!
……痛みと怒りだけで……、
ぼくはっ、
向かってくる誰かを殺すんですよッ!」
昇の手が……震えている。
わなわな、わなわなと……憤怒と苦痛で振るえ上がっている。
「まずは、最初に……言っておきましょう。
現実のあなた方に言っておきます!
よく聞いておいてください。
これは……、忠告ですっ!
これから来る「長崎」や「敗戦の日」にも通じる、
最初の警告です!
ぼくとあなた方では、決定的に価値観が根本的に違っていますッ!
ものの考え方がまるっきり根本的に180°違うんですッ!
いま、ぼくは得意げにも「終戦の日」を、
ヘンに気取って「敗戦の日」とか、のたまっていますよね?
……でも本来、
ぼくの認識している「敗戦の日」とは……八月十五日などではありませんッ!」
「えっ?」
驚く章子を、
昇は軽蔑して見下げてくる。
「ぼくにとってはね……?
八月十五日は、「終戦の日」や「敗戦の日」なんかじゃないよ?
あんな日はただの……ラジオ放送日だッ!」
「の、昇くんッッッっ!」
日本人にとって最大で最悪の侮辱を、
同じ日本人である半野木昇は躊躇いなく暴言するッ!
「ただの玉音放送が流れたっていう……単なるラジオ放送日だよッ!
あんな日はね?
ぼくの法解釈上、
真の〝敗戦の日〟は、八月十五日じゃないッ!
八月十五日じゃなくて……、
九月の三日だッ!」
取り返しのつかない最悪で致命的な間違いを犯し、
これからも犯して、
昇は、
現実の我々を睨みながら、
子供特有の一方的な、意味不明で不可解な主張を繰り広げるッ!
「九月の三日。
この日が、ぼくが認識している真の「敗戦の日」です……っ!
ポツダム宣言の受諾日。
それが、過去の大日本帝国という國が世界という国際社会に屈して負けた。
真の「敗戦の日」!
だから、
ぼくと、
あなた方、普通の日本人との間では、根本的に大きな認識の違いがある……ッ!
それは最初に断っておきますッ!
あなたの思う「終戦の日」と……っ。
ぼくが考えている「敗戦の日」とは、まったく違うんですッ!
いまは、ただ単に、
それを、
ぼくが、あなた方の価値観のほうに合わせているだけです!
合わせて、
八月十五日を「敗戦の日」だと言っているだけなんですッ!
その方が、あなた方にはわかりやすいでしょう?
ぼくが認識する「敗戦の日」は九月の三日です……ッ!
その時にやっと……、撤退戦は落ち着きを見せるんですからッ!
しんがりもない撤退戦が、やっとねッ!
戦国時代にだって、
しんがりぐらいあるっていうのに、まぁほんとにヒドいモンですよね?
あ、
別にこれは、
ぼくとあなたの「優劣」の差を言ってるワケじゃありませんからね?
これは優劣ではなく!
「違い」を言ってるだけなんですっ。
ぼくにはどうしても、
八月十五日が「敗戦の日」には見えない、っていうだけのお話なんですッ!
ぼくは、
あなた方が、どの日を「終戦の日」として捉えていようと、
ぼくにとっては、どうでもいい関係の無い話なんですッ!
ただ、
ぼくには出来ないッ!
それだけの話なんですっ!
それだけなんですよッ!
あなた方は勝手に八月十五日を「終戦の日」だと言っていればいいッ!
でもぼくには出来ないッ!
絶対に出来ないッ!
なぜだか、わかりますか?
ぼくの大事な物は「玉音放送」じゃないからです!
ぼくが大事にしたい物は、その日から「捨てられていく命」の方なんですからねッ!
ぼくや!
あなた方が……ッ!
その日から切り捨てていく命なんですよッ!
ぼくの大事な物はッ!
ぼくはそれが見過ごせないってだけの話です……!
ぼくは、
別にあなた方に、九月三日を「終戦の日」だと認識しろとか強制したいワケじゃないッ!
でも……、
あなた方はきっと、
こんな暴言を吐くぼくに、こう強制してくるのかもしれませんね?
八月十五日を、日本の「終戦の日」だと認識しろとッ!」
だが、昇はそんなあなた方こそを軽蔑し!
切り捨てるッ!
「お断りだ」
昇は、さらにあなたを睨んで断言する。
「ぼくは別に、
あなた方に、
ぼくの考えを押し付けたり、強制したりなんかはしませんが……。
あなた方は、
きっと間違いなく、ぼくにあなた方の考え方を押し付けてくることでしょう……ッ。
別にそれは、それでいいんじゃないですか?
いいと思いますよ?
ぼくも、それは理解している。
あなた方は、
あなた方をこんな風に侮辱してくるぼくのことが理解できないし、許せないでしょう?
でもぼくの方はね?
あなた方が理解できる。
あなた方の考え方が理解できるし!
手に取るようによく分かるッ!
もちろん強制してくることだって許しちゃいますよ?
ぼくはね?
従うかどうかは別の話ですがね?
ぼくとあなた方では、考えている「モノの見方」が違うんですッ!
ぼくは、ぼくに強制してくるあなた方と違って、
あなた方はぼくに反抗してもいい!と思っているし!
一向に構わないッ!
どうせ……なにをどうやったところで、
剣に行き着きますからね……?」
そう言って、
昇はあなたに剣を見せる。
もはや、
現実のあなた方にとっては
いい加減に見慣れて、
目障りでっ、
見飽きたッ!
日本国憲法第九条という、あの「剣」を……ッ。
「……どうせ、
この「平和」に行き着くんです……ッ!
だって……平和でしょう?
この文……、
あなた方はみなさん、
「平和」だって言いますもんねっ?
どんな人だって、この文を一目見れば「平和」だと言うッ!
と、いう事はですね?
「平和」にできるんですよ?
これを平和だと言う人になら、
ぼくは、その人を「平和」に出来るんですっ!
もし、
ぼくがこれで「平和」に出来ない人がいるとすればね?
それは……、
これを「平和」だと言わない人ですッ!
このッ!
日本国憲法 第九条
1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動た
る戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段とし
ては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達する為、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。
この「文章」を平和だと言わない人だッ!
この文章という法律を……、
「平和ではない!」と断言してくる人たちだけが、
ぼくが平和にできない人ですッ!
……いるんですかね?
そんな人……ッ?」
吐き捨てて昇は、
我々を試し見続けて、伺いながら睨み切る。
「どう思います?
この文章を見て読んで、
それでもまだ、
現実に、
この文章は「平和じゃない」なんて言う人が、実際に存在すると思いますか……?」
だが、昇はそれを断言するッ!
「……それがっ、
……いるんですよ……ッ!
これがッ!」
「え……っ?」
驚く章子を、
やはり昇は睨んで蔑視するッ!
「いるんだよ……ッ!
世の中にはそういう人たちがいるッ!
この日本国憲法第九条という文の内容がッ!
「平和ではないッ!」と断言してくる人たちがいるッ!
信じられますか……?
そういう人がいるんですッ!
実際に!
現実でッ!
特にっ、日本人にはそういう人が多いッ!」
「そ、そんな……っ、
ぜったい、いないっ……」
同じ日本人の咲川章子には信じられない事実を、
半野木昇は断言するっ。
「……いるよ?
特に、いまここに集まっている人たちなんて、みんなそうだよッ!
そうでしょう?
これが「平和」なワケないですよね?
……だってぼくたち……。
コイツを厳守……できてないですもんねッ!」
言い切る昇が、全ての世界を敵にするッ!
「守れて……ないでしょ?
なんだかんだ理由つけて守ってないでしょ?
守れてないでしょ?
いまのこの日のヒロシマもッ!
ナガサキもッ!
オキナワもッ!
ナゴヤもッ!
アイチもッ!
ニッポンもッ!
なんだかんだいって「戦力」……、
持ってますもんね?
それ、
捨てることなんてできないでしょ?
捨てたら「平和」じゃないですもんね?
ほらっ?
日本国憲法第九条は、「平和」じゃないッ!
「平和じゃない」でしょうッ!
もしこの日本国憲法第九条を「平和」だと言うのなら、
あなた方はそれができるはずだッ!
もちろん……「警察力」というものも例外にはしませんよ……?
ぼくはね……?
警察予備隊……、聞き覚えがありませんか?
そうです。
ぼくも今頃、思い出しました。
過去に在った「自衛隊」の前身的組織の名前です。
自衛隊はね?
警察の予備隊なんですよ?
自衛隊の源流は、「警察」にあるんですからね……ッ?
ほらぁッ!
「警察」は戦力中の戦力だッ!
放棄しろッ!
ヒロシマッ!ナガサキッ!オキナワッ!
ニッポンッ!
そして!
アイチにナゴヤッ!
聞こえているなァッ?
警察力を持っている都市は……すべて例外なく第九条に違反しているッ!
ぼくの法解釈は、そう見なしますッ!
一つの地方自治体の内部を「国内」だと見立てればっ!
それ以外の地方自治体は「国外」だという概念にできますからね?
法解釈の中でなら……ですよ?
国外にある警察力はやっぱり戦力でしょう?
それが、自分たちに向けられればなおさらにねッ?
で?
できるんですか?
ヒロシマ?
ナガサキ?
オキナワ?
アイチ?
ナゴヤ?
そしてニッポン?
それやってから「平和」って、ほざいて下さいよ?
ね?
棄ててください。
まずは自分から棄ててくださいよ?
日本の国に、訴えてるだけじゃダメですよぉ?
地方の都市……、
棚に上げて、
他人の国にだけ、「戦力の放棄」を迫っていてもダメなんですよぉ?
もちろん「警察」だけじゃないですよ?
その……他の命の体を「食べ物」として奪っている……ッ、
あなたや、
ぼくの「口」もねッ!」
だから、
それをしない昇は、あなた方に断言するッ!
「だから、日本国憲法第九条は「平和」ではありません!!
こいつは「平和」を言ってるんじゃないんですッ!
「戦力」を持たせない、と言っているだけなんですッ!
それだけなんですよ?
それを、
あなた方は、
勝手に「平和」だと勘違いしているだけなんだッ!
……でも、おかしな事に……、
世界の人々も、これを「平和」だと口を揃えて言うんですよね?」
昇は改めて、周囲を見下して舐め切って見る。
「じゃあ……、
なんで、
世界や国際社会の人々も、第九条を「平和」だと言い切ってしまうのかッ?
そりゃあ決まっていますっ!
相手の国がそれを守ったら「平和」になるからですよッ!」
睨む昇は!
まだ!
我々をバカにして見ているッ!
「……そして、ですね?
これ、
国際社会の人たちの中でも、
自分の国がやると、「平和じゃないッ!」って急に言い出すんですよね?
一瞬で、手の平を返すんですよッ!
世界は、
この文を、そう認識しているッ!
世界はこの文章を、
そういうふうに理解しているんですッ!
自分が、この文章に従うのは絶対に「平和」ではないがッ!
相手が従うと途端に、
それは「平和」だと言うんですッ!
……わかりますか?
この言葉の意味が?
だいぶ……、
この文が、どういう意味と性質を持った文なのか……、
想像がついてきましたかね……?
そうなんですよ?
剣はね?
そういう「文」なんです。
だから第九条は「剣」なんですよッ!
あなた方、
広島や、長崎や、沖縄や、
名古屋や愛知!
それらの都市も含めた、
日本という加害国であり被害国でもある、
この敗戦国でさえも!
絶対に使用することのできない「剣」なんですよッ!」
言った昇が、
衆囲の目も気にせずにケラケラと笑い、ふらふらと周囲を歩き始めた。
「さて……、
そんな被曝地や戦場地にもされてしまった。
広島や長崎や沖縄、
そして、
ただの空襲という被害を受けただけの愛知や名古屋、
はたまた、
敗戦国の日本でさえ、絶対にできない事を……、
これから、やろうとしている国がある……っ」
立ち止まった昇がそこを見た。
章子も、同時にそこを見た。
章子にも、昇がどこを向いているのかが分かっていた。
昇の足元には、すでに日本地図が広がっている。
ただの地面に、
投影されて広がる日本地図の広島がある位置に、昇はすくっと立って、
山陽側から、
日本海を越えて遠く彼方、
対岸の大陸から日本の方角へと垂れ下がる半島の北の付け根を望んでいる。
「……自分の戦力を手放すことは「平和」ではない。と常識に持つ、
国際社会の国々の中で、
これから自分が持っている戦力の「最強」の部分を、自分から手放そうとしている奇特な国があります。
残念ながら、それは日本ではない!
まあ、そっちの話はどうでもいいことです。
重要なのは、それを手放そうとする国があるという事実だッ!
しかし、その国でもまだ迷っている……。
手放すかどうかをまだ決めかねて迷っている。
さて、どうしましょうかね?」
言って、
昇は、今もバカにしているあなたに尋ねる。
「どうしたらいいと思います?
ムリヤリ奪っちゃいます?
それとも今まで通り、
長い間、話し合いばかりして「なあなあ」でお茶を濁しちゃいますか?
まあ、どっちにせよ、
ぼくたちの世界らしいと言えば世界らしいですよね?
そんなの昔から、
ずーーーーーーーーーーーーーーーっと、
やっていますもんね?
いいんじゃないですか?
これからも同じことをやっていれば?
どうせ、いつかは戦争でしょう?
それとも緊張が続いたまま、「平和」みたいな日常を、
ずっとつづけていっちゃいますか?
でもそれって、
いつもやってたことですよね?
何も変わってない日常のまんまでしたよね?
そんなの!
ぼくが産まれた時からなにも変わってない日常ですよッ!
で!
取り返しのつかない事態が、
またっ!
起こってしまうかもしれないわけだッ!
偶然かワザとかしらない「取り返しのつかない事態」がッ!
だって、自分たちの戦力だけは残してますもんね?
そうでしょう?
自分で分かってるでしょう?
どうせ、
それをまた自分が住んでいる「国」の所為にしてるだけなんでしょうッ?
戦争してる時も、
平和をしてる時も、
なんにも変わってないですね?
結局、ぜんぶ国の所為にして、自分は正しく!何の罪も無い!善良の住民だと言い張っているッ!
いいんじゃないですか?
それでッ?
市民は善良だと、
何の罪も無いとッ!
戦争中も、
平和してる最中でも言い続けて!
また繰り返せばいいんですよッ!
やってることは変わらないッ!
変わらないでしょう?
戦前も!戦中も!戦後も!
今もッ!
昔もッ!
いつも「自分が正しい」と思っているッ!
自分で、自分が正しいと言って、思っているッ!
別に、
……止めや……しませんよ?
そのまま、勝手に進めばいい。
行き着く先は分かってます。
また繰り返すだけです。
それ望んでやってんでしょう?
望んでない?
だったら「違う事」やらなくちゃダメですよ?
戦前、戦中、戦後とは、まったく違う事をやらなくちゃダメですよ?
平和?
平和なんて、
どうせ戦前も戦中も言ってたでしょう?
平和……言ってちゃダメですよ?
それはもうすでに戦前、戦中でもやっていた。
じゃあ、何をやっていないのか?
わかんないんですか?
なら、先に単刀直入にまずは言っておきましょうか?
「自分は間違っているッ!!!」と言ってくださいッ!」
昇は、
自分では絶対に言わずに!
完全にしないッ!
相手にだけ押し付けた深い屈辱を、
全ての日本人に叩きつけて、吐き捨てて侮辱する!
「それが、
戦前も戦中も、
もちろん戦後の中でも誰もがやっていなかったことです!
「自分は間違っているッ!!!」と言う事ッ!
これをまず、
広島と長崎と沖縄と愛知と名古屋と、
日本全国が言うべきですね?
はいっ!
ムリですッ!
無理ですねッ!
絶対にムリでしょう?
誰もが、自分だけが一番正しいと思ってるでしょう?
そうでしょうッ?
それだけの「被害を受けてきたッ!」とッ!
戦争の被害を受けてきた!
あなた方はそう言って、自分を正当化するッ!
まるで自分たちは、微塵も「戦争はやってなかった」みたいな言い草ですね?
まあ?
たしかに広島や長崎や沖縄や、
それに、愛知や名古屋や!
日本はッ!
戦争はしてなかったみたいですからね?
誰かが「勝手に始めた戦争」らしいですもんねッ?
それを……言ってたんですよ?
戦前も戦中もね?
自分たちは「被害者」だッた!と!
そう言って、あの戦争をやったでしょう?
ん?
いいえ?
違いましたね?
戦争で、他国から攻撃を受けていただけだったんだッ!
そうですよね?
あなた方は、戦争はしてなかったんですもんね?
だから……、
諦めろ……っ!」
昇は、睨む我々をどこまでも見捨てて吐き捨てるっ。
「平和は、諦めてくださいッ!
自分が間違っている、と言わない人に!
自分は間違っている、と言えない人に!
戦前や戦中や戦後と「違うこと」は出来ませんッ!
それは、
ぼくが断言できますッ!
だって、
戦前、戦中には当然、無かったし、
戦後でも、だれも使ってなかったですからね……?
……剣……?」
言って昇は、
やはり、
あの、
大戦前には確実に無かった「剣」を我々に、これ見よがしに見せつけてくる。
「だから、まず……自分を否定してくださいよ?
話は、それからです。
それができなかったら、繰り返すだけです。
それをしなくても繰り返させない?
いいですよ?
やれるもんなら、やってみてください?
賭けてもいいですよ。
また、飛ぶことになるんじゃないですか?
ちかごろ飛んでいなかったモノがまた、ねぇ?
攻撃を受けた自分だけを正当化して!
それでも止められるもんなら、やってみてくださいよッ!
それを戦前も戦中もやってたんですよッ?
日本国民はねッ!
ぼくにはできませんね!
それで、出来たら「スゴイッ!」て叫んじゃいますよ?
まあ、驚くだけですけどねぇ?
中二のガキの「賭けの景品」なんて、そんなモンですよ。
中二に何を期待してるんですか?
賭けの景品は、ぼくの「すごいっ!」という言葉だけです!
だから、どうぞ、
がんばって、やってください。
戦場にされた!
核を落された!
そんな被害者だけでしかない自分たちが言う言葉は「絶対に正しいッ!」と!!!
そう言って、
責めたい誰かや彼らを止めてくださいよ?
今までと同じようにね……?
じゃあ、ぼくならどうするか?
……そうですねぇ。
とりあえず……、
そのまま、ですかね?」
「……え……?」
期待していた「何か」が無いことに裏切られて、
章子は声に出して、落胆したまま昇を見てしまった。
「そりゃ、そのままだよ。
何かするんだったら、それは国外に対してじゃないッ!
まずは日本国内だッ!
国内を動かしていけば……国外なんてすぐ変わるからね?
世界を変えるには……、
まず、
自分から変わらないと……でしょぉ?」
笑っている昇が、試して見ている。
「でも、これ言ってると、
しびれを切らすんだよね?
特に被曝地の人たちはイライラすることだろう。
あの人たちの望みは「核廃絶」だ……ッ!
でっ!
それを日本国民はしないまま、
他国にだけ、先にそれを押し付けてやらせようとするッ!
順番が違うッ!
順番……違いますよね?
他国に核廃絶を求めるなら、まず!
自分の国がやらないと……でしょ?
そうですッ!
在日米軍基地ッ!
あの基地は、常に「核」とのワンセットだッ!
核廃絶は、
日本国上では、
「在日米軍基地廃絶」を意味するんですよッ!
だって米軍という現代最強の軍隊を持っているその本国、
アメリカは核保有国ですからね?
で、
核を兵器として使うのは軍隊だッ!
だから、
米軍は核を使うッ!
核を兵器として使う米軍は「核」そのものだッ!
日本国土上では!
「核廃絶」は!
「米軍基地廃絶」も!
同時に意味する!
ほらっ!
この関係性は!
被曝地である「広島」や「長崎」と、「沖縄」の関係性も示しているッ!」
「……あ……」
核廃絶の問題と在日米軍基地問題。
ここでまた一つ、
別々にあったはずの戦後の歪みが、同じ物として新たに繋がる。
「核廃絶は「在日米軍基地の排除」も同時に意味するっ。
これが日本国の核廃絶の最大の問題であり障害だッ!
そしてこれは!
被曝地がもっとも〝怒り〟を抱くッ!
〝核の抑止力ッ!〟という言葉とも密接に関わってくるッ!
そうですッ!
広島や長崎を含めた全ての日本人が絶対に「失いたくない!」と考えているッ!
『核の傘』ですよッ!
核の傘は『核の抑止力』そのものだッ!
それに守られながら……、
被曝地は、他国に対して「核を捨てろ」と、口先だけを動かしているッ!
そんなんじゃ説得力は微塵もないッ!
すくなくとも、同じ日本人のぼくは感じないし!
心に届かないッ!
だから、国際社会にある全ての核保有国はッ!
絶対に!
被爆地から何と言われようと!
絶対に「核兵器」は手放さないッッッッ!」
強く大きく言い切って、
それでも昇は不可思議に見ている。
「……でも、なんででしょうかね?
最近、一つだけそれを言い出した「国」がある。
自分から「核を捨ててもいい」と言い出した国があるッ!
すごいですよねっ?
唯一の被曝国である日本でも、
どうしても手放せない「核」を!
自分から手放してもいいと言った小さな国があるんですッ!」
言って、
昇はそれを発言した国を見る。
「……あなたですよね?
日本のすぐ周辺にある小国家。
……あなたは、いったいなんで……?
急に核を手放してもいいって思ったんですか?」
昇は、その方角を見た。
広島から日本海を越えて、大陸から伸びる半島の付け根。
そこの国境線を、切り取り線でくり抜かれて誇張された、
小さな小さな「パズルピース」を。
「……子ども……?」
章子は呟いた。
確かにそれは、子どもだった。
昇の見ている半島の北にある付け根の中心に、独りの子どもが佇んでいる。
子どもは、小学校の低学年ほどの年頃で。
襟のある白い長袖の服を着て、
両肩をサスペンダーで繋ぎ止めた黒く短いズボンを穿いている。
髪も容姿も体格も、全て「お坊ちゃま」といっていい、
お金持ちの息子を地で行くような、
貧しさを決して知らないだろう豊かな「子ども」だった。
その子供が、半島の付け根に独りで立っている。
一人で立って、ぼんやりとこちらを見ている。
その子どもに向かって、
昇は首を傾げて話しかけていた。
「なんで……「核」を手放してもいいと思ったんですか?
え?
なんですか?
声が小さくてよく聞き取れません。
んー、
ちょっと、そっちに近寄ってもいいですか?」
訊ねて、
立っていた足元の広島から一歩を踏み出てみると。
それを感じ取ってか、
子どもはビクリと体を反応させる。
「あ、脅かしちゃいましたか?
そうですよね?
恐いですよね?
ぼくの上……「核の傘」がありますもんね?」
言って昇は、
自分の頭上の天高い空の上を指差して笑う。
「じゃあ、いいですよ?
そっちも「核」、持ったままでいいです。
核、持ったままでいいんで、
ぼくそっちに行きますから?
ぼくが少しでも「核の傘」を使う素振りしたら、
躊躇いなく撃ってください。
それでいいでしょう?
ぼくはあなたに、核を撃たせたくはない。
でも「核の傘」をとっぱらうには時間が掛かる。
そして、そんな時間は残されていないッ!
だから「核」は持ったままでいいです。
そのままでも、ぼくはそっちに行きますから。
おあいこでしょ?
で、ぼくが何もしない限りは撃たないでくださいね?
何かしたら撃ってくださいね?
あ、でも近づくのは「何もしない」の意味に入れておいてくださいね?
でないと近づくことさえできやしませんから。
それがダメでしたら、なにか声か行動で拒否反応を示してくださいね?
沈黙は「許可」と受け取ります。
沈黙してると、日本は近寄っていきますよ?
いいですか?」
昇が再度確認すると、子どもはやはり無関心な表情のままで見つめている。
「じゃあ、そちらに行きますから……」
テクテクと歩いて行き、
昇は、広島から離れ、
山地を越えて日本海を渡り半島の先へと上陸する。
それでも半島の付け根にいる子どもは動じない。
昇はそれも確認して近づくと、
とうとう子供のすぐ隣まで到着して、並び立った。
「やっと辿り着きました。
歓迎、痛み入ります。
核、ちゃんと撃たないでくれましたね?
……でも……、
撃とうと思っても、
やっぱり撃てませんよね?
だって「核の抑止力」を生んでるのって……あなたじゃなくて……、
日本の『被曝地』ですもんねッッッ?」
「……えッッッッ!!!……」
章子が大声を出して驚くと、
昇は当然のように、
日本周辺の地図の外側にいる章子を蔑視する。
「そうだよ……ッッ?
核兵器にッ!
「核の抑止力」を与えているのはッ!
被曝地なんだよッ!
被曝地のッ!
広島やッ!
長崎だッ!
この二つの被爆地がッッ!
核兵器に!
「核の抑止力」というものを与えているんだッッッッッ!」
衝撃の事実に、
やはり大声を上げて、
日本国民全員を代表し!
愛知県民の名古屋市民である咲川章子が、絶対に絶叫してッ、
半野木昇の暴言を否定するッ!
「そッ、
そんなワケないッ!
そんなわけがないじゃないッッッ!
今すぐ訂正してよッ!
広島や長崎の人たちの願いや叫び声がッ!
それがまったくの逆で、
核兵器に核の抑止力を持たせているだなんてッ!
そんなバカな事があるわけないでしょぉッッッッっ!!!!!」
章子が叫ぶ渾身の糾弾も、
だが、昇はどこ吹く風で呆れて見ている。
「……でも……、
広島や長崎の人たちの言葉がなかったら……、
とっくに撃ってるからね?
この人たち……?」
「……え……?」
呆然と見る章子に、
昇は、
隣の子供の様子を窺いながら言う。
「とっくに撃ってるんだよ?
この人たち。
広島や長崎が被曝地じゃなかったらッ!
この人たちは躊躇いなくッ!
とっくにすでに核を撃っているッ!
そりゃ撃つでしょうッ?
こんなお手軽、秘密兵器を「軍人さん」が撃たないワケないよッッッ!
軍人だったら、こんな大規模殲滅兵器は簡単に使うんだよッ!
使わないわけないでしょ?
撃ったら、手っ取り早くすぐに敵国を壊滅できるんだよ?
そりゃ、撃つでしょッ?
軍だったら間違いなく撃つよッ!
軍という組織は!
その為にあるんだからねッ!
じゃあ、なんでそれをいままでやらなかったのかッ!
そりゃ、前例があればねぇ?
躊躇うでしょぉ?
核っていう!
すんごく魅力的な超兵器が!
使って使われたら!
今度は「自分たちも、ああなっちゃうんだッ」って!
前例があれば思うでしょぉッ?
で!
それがッ!
『抑止力』だッッッッ!
『核の抑止力』なんだよッッッッ!
『核の抑止力』は、被曝地が生んでいるッッッッ!!!!!」
最大の皮肉を、
最大限の冒涜として叫んで、
昇は、被曝地にいるあなた方を見て暴言する。
「それは……、
自覚した方がいいですよッ?
特にヒロシマとナガサキの人たちはね?
絶対に『その事』は自覚した方がいいッッッ!
あなた方の!
その被曝地の〝あの声〟こそが……ッ!
核兵器というモノに『核の抑止力』という力を持たせているんですッ!!!
持たせてッ!
生み出しているッッッ!!!
だから「核保有国」は、核兵器は保有してても、
絶対に核兵器は使いませんッ!
使えないんですッ!
『核の使用国』は、
今も昔も「アメリカ」、ただ一つだけなんですからね?
その前例を持つ「アメリカ」でさえ、核兵器の実戦使用回数はたったの『二発』です。
じゃあ、なぜ、
力を『絶対の教え』として信望するアメリカでさえ、二発だけで止まっているのか?
そりゃあ、ねぇえ。
二発も「あんな事」してりゃあねぇ?
躊躇うんじゃないんですか?
例え「正当な理由」があったとしても……、
躊躇っちゃうんでしょうよ?
次もどこかで落としたら……、
今度はその被曝地が……『被曝の惑星』に変わってしまうってねッッッ?」
言って暴言する昇が、
侮辱を吐かれて、
限りない怒りを震盪させているだろう被曝地のあなた方に、
まだヒドイ自己主張を繰り広げ!
放ち続けるッ!
「……そして、
こんな『不都合な真実』を吐きつけられて聞かされて、
被曝地のあなた方は、きっとこれを「欠点」だと見なす事でしょう!
『被曝地である自分たちの声が、
核兵器に「核の抑止力」を与えているのならばっ、
それがかえっては逆に、
核保有国に、核兵器の所持をしてもいいことを正当化させてしまう』とッッッ!!!!」
しかし昇は、
そんな要らない心配をしているあなた方を否定するッ!
「……いいえ?
これは「欠点」じゃありません!」
「えっ?」
驚く章子を、
昇は強く肯定する。
「欠点じゃないよ?
これは欠点じゃないッ!
逆だッ!
これは『利点』だよッ!
だって届いているんだッッッ!」
「えっ?
……えッ?」
「届いてるんだよッ!
被曝地の声はッ!
核の保有国にッ!
だから核保有国は、「核」は使わないんだッ!
核保有国たちが核を使えばッ!
広島や長崎が、今度は「自分たち」になるって分かってるんだからッ!
核保有国に核兵器の使用を止めさせているのはッ!
ほかならない被曝地の声だッ!
被曝地の声こそがッ!
核保有国による核兵器の使用を、阻止しているッ!
くい止めているんですッ!
だったらあとはもう一息だッ!
声さえ届いていれば!
これは「利点」だッ!
あとはこれをッ!
『使用』から『所持』に変えてやればいいッ!!!
核兵器の「使用」を止める、からッ!
核兵器の「所持」を止めるッ!にッ!
被曝地の声が届いているならばっ!
それをそれに変えることだって、絶対に不可能ではないはずだッ!
だから……!
核の抑止力を生んでいるのは『被曝地』なんですよッ!
あなた方の声はッ!
ちゃんと核保有国に届いているッ!
核兵器を使っていないことが!
そのなによりの、
証拠なんですッ!」
叫び断言した昇が、
それとは打って変わって、
優しく隣の子供に目を向ける。
「だから……置こうとしたんですか?
核を使ったら、広島が増えるから……。
核を使ったら、長崎が増えるから……。
そして、その増えた原因が……、
自分の所為だなんて、考えたくないからッ!
でも、やっぱり……、
使えなくても……、
持っていないと……不安なんですよね?
不安で『怖い』んですよね……?
怖くて怖くて堪らないんですよね?」
昇は温かく子どもを見る。
「核、持ってなかったら、
敵の核によって、
自分だけ灼け野原にされて、汚染させられたらどうしよう、とか思っちゃうんですよね?
……ですが、ここでいい事を教えておいてあげましょう」
昇は、
やっぱり自分の方を向いてはこない子供に、
とっておきの内緒話を語り掛ける。
「……過去の日本たちはですね?
それをやられたんですよ?
あなたが今、いちばん恐れている。
核兵器を持てないまま……、
核兵器でやられた国。
それが、かつての日本の国が受けた被害なんです。
それを……「二発」も。
で?
今の「この国」にされちゃったワケなんですよ……っ?
この言ってる意味、わかりますよね?
そうです。
あの大戦。
あの『第二次世界大戦』という世界戦争はね……?
『核戦争』で終わった戦争なんですよ……っ」
今まで見過ごされてきた衝撃の事実を前にして、
章子はやはり、声を上げられない……っ。
「あの大戦は、
『核戦争』で終わったんです。
核で攻撃されて……っ!
核で反撃できなかった……ッ!
核戦争で終わったんですよッ!
あの戦争はねッ!」
それが、
あの大戦が終わった「真実の姿」。
「真実の理由」ではなく。
「真実の姿」だったのだ。
だが、
耳元でどれだけ強く昇が囁いていても、
囁かれている子供には届かない。
届かずに微動だにもしない。
子どもは微動だにせず、
ただ遠方ばかりを望んでいる。
それに気付いて、
昇も、
子供が食い入るように見つめている方角を一緒になって仰いだ。
「……そう、ですか?
そうですよね?
あの大戦が終わった理由なんて、どうだっていい。
あなたには、あれの方がよっぽど重要だ……」
言って昇と子どもの二人が見ていた方角は、
「ヒロシマ」だった。
今も、黒い炎で叫び声を上げている「ヒロシマ」の地だった。
「あそこは……、
アメリカにやられた都市ですもんね。
アメリカにやられた都市なのにっ。
アメリカに落とされた都市のはずなのにッ!
アメリカに破壊されたあとの『あの都市』は……ッ、
アメリカではなくてッ!
同じ核を持つ『自分たち』を責めてくるッ!
「核を手放せ!」と、
攻撃したアメリカよりも自分たちに「強く」迫ってくるッ!
それが……あなたには理解できないッ!」
叫ぶ昇に、
やはり章子は目を大きくして驚くことしかできない。
「……ぼくは、前から不思議でした……。
あなた、撃つじゃないですか?
核を運ぶものを。
それを試しにポンスカ、ポンスカと撃ってましたよね?
ぼくが地球にいた頃にも、よく見てましたよ。
……でも……おかしいんですよね?
あれ……。
あなた、いつも撃ってる方角が「東北」のほうじゃないですか?
あれが不思議だったんです。
ぼくの住んでた街って、
日本の「名古屋」って所なんですよ?
場所わかります?
大阪と、東京の間にある「へんてこな街」なんですけど?
そこから、
あなたがいつも撃ってるのを見ていて、思ってたんです。
ああ、また撃った。て。
でも、また東北だ。
なんでこっちじゃなくて、
東北なんだろ?って。
あの「弾道弾」っていうヤツ、
要はミサイルのことなんですけど?
あのミサイルの射程圏内って「円」じゃないですか?
それで、
射程圏内が円だったら、別に撃つ方向は「東北」に拘らなくてもいいですよね?
「南」や「南東」でもいいはずだッ!
弾道弾の演習でしょ?
人工衛星の撃ち上げなんでしょ?
たとえ本命が、アメリカの本土であり、そこが最終目標であったとしても、
そんなのは飛距離で出ていれば『威嚇』になりますよね?
戦争では数字が全てなんですからッ!
情報でも戦力でも!
数字で出てれば「アメリカ」には嫌でも伝わりますッ!
で、日本は、あなたの敵国だッ!
あなたは日本も『敵』だと言っているッ!
でも、
だったらおかしいんですよ?
日本は敵なんですよね?
敵の仲間だッ!
で、ロケットかミサイルを撃つじゃないですか?
でも、
だったら……、
ぼくだったら、撃つんですよ。
ぼくが、あなたの立場だったら間違いなく撃つんです!
広島や長崎にッ!
核弾頭にもなる弾道弾を、ついでに広島や長崎の方向に撃つんですよッ!
それが一番、効果的だッ!
敵対国に対する『威嚇』だったら、それが一番効果的ですッ!
だって、敵国の同盟国の被曝地ですよッ?
それをまた「核の火の海」にしてやるって言ったらッ、
そりゃあ、最高の『脅し』だしっ、『威嚇』じゃないですかッ!
ぼくだったらやりますね!
ぼくだったら『東北』じゃなくて、
『広島』や『長崎』を標的や中継地にして西日本の上空に撃ち放つッ!
絶対に撃ちますッ!
……でも、それ……、
あなたは、一度もやらなかった。
敵対国は間違いないんです。
なのに不思議だ。
西日本方面には一度も撃たないッ!
それはあなたの代が変わっても、同じだった!
なぜですッ?
その時、ぼくはこう思いました……。
そういえば……、
広島と長崎は……。
同じ敵対国の……アメリカにやられた街なんだって……ッ」
「……昇……くんっ……」
表情が歪む章子を、昇は無視する。
「……核保有国の半分以上はアメリカを敵対視しています。
そしてアメリカを敵対視する国は……、
過去にアメリカによって破壊された街には絶対に敏感です。
しかも、
それが核の被爆地ともなれば、絶対に見過ごすはずがないッ!
その地はまさに反アメリカの国家にとっては「聖地」といってもいい。
でも、その「聖地」がある国は……、
今や、すでにアメリカの「属国」だ……ッ!
アメリカに怒りのある自分たちの声がッ!
同じアメリカに破壊された筈の、肝心の『被曝地』には拒絶されてしまう……ッ!」
被曝地の声は、核保有国にしっかりと届いているのに、
核保有国の声は、決して被曝地の人々の心に届くことはない。
その絶望が、核の保有国を増やしている。
「……まあ、それはそれでしょうがないコトなんですよ。
コレ持ってると、そうなるのはしょうがないんです。
剣には、そうさせてしまう力がありますからね?
だから広島や長崎や沖縄は、
もちろん、
愛知に名古屋も例外なく!
それに住みつく日本全国にいる全ての日本国民はッ!
先の大戦の加害国である『アメリカ』ではなくッ!
自分たちの国でもある『日本』という国に対して、訴訟を起こすんですよッ!
戦後の賠償という訴訟をッ!
不思議に思うでしょ?
やったのは『アメリカ』なんですよ?
でも、攻撃されて空襲などの被害を受けた日本国民はね?
やった『アメリカ』ではなく、住んでいる『自国』に訴えるんですッ!
日本国っていう『自国』に訴えて、
「戦争の責任を取れ!」というッ!
じゃあ、国民はその時、何をやってたんですかね?
戦時中に『自国』とでも戦ってたんですかね?
でもそれって『内戦』ですよね?
内戦やってて、そこでさらに『アメリカ』からも攻撃を、受けてたんですかね?
そりゃ『地獄』ですよね?
自分の国と戦っていてッ!
さらにそれと同時に、他の国からも攻撃されてちゃあッ、地獄でしょうッ!
でも、
それを実際に、やられてたんですよ?
当時の日本は……?
あの、
この広島の原爆投下が代表とする、
全ての日本本土で空襲の被害を受けた街はね?
アメリカと『大日本帝国』によって、実行されて被害を被ったも同然なんですよッ!」
「……え……?」
信じられずに驚く章子を、昇は見下げ果てて見る。
「そうなんだよ?
原爆を投下された広島や長崎や!
他の『空襲』や『大空襲』を受け続けた地方都市はねッ!
アメリカと!
『大日本帝国』によってッ!
虐殺されたんだッ!
この二カ国によって『虐殺』されたのがッ!
全ての空襲を受けた全国の戦災被害地なんだよッ!」
叫ぶ昇を、
章子はまだ肯定できず反論する。
「……な、なんで?
空襲したのはアメリカなんだから……アメリカだけでしょ?
なんで、自分の国の『日本』まで、自分の街を虐殺したことになるの……ッ?」
だが、不可解に訊く章子を、
昇は軽蔑して見る。
「なんでか?って?
それはこっちが訊きたいね?
なんで?
日本の都市に住んでた、全ての国民はッ!
あの大戦時にッ!
わざわざ空襲されつづけている所に、ずっといたのッ?」
「……え?……、
……ええっッ?」
驚く章子は、
昇の単純に問い詰めてくる、
何でもない問いに、答えられない。
「なんで?
ずっといたんだよ?
なんで、そこにずっといたの?
空襲……ずっと続いてたんだよね?
一回だけじゃないでしょ?
長い間に!
何回もやられてたって、ぼくはそう聞いてるよ?
なのに、なんで居たんだよッ!
何回も長い間やられてたら分かるでしょッ!
またやられるってっ!
しかも、当時は戦争中だよッ?
さらに状況まで悪化しているッ!
それは生活水準の低下からでも、なんとなくでも察して分かるでしょうッ!
となれば、
受け始めた空襲も、これからどんどん酷くなるってことぐらい考えるよねッ?
考えて予想がつく!
予想がついたら、そこからさらに考えて逃げようとかするでしょうッ?
少なくとも街の中心部からは離れようとかするんじゃないのッ?
でも逃げようとして、実際にやった『学童疎開』てさっ?
子供だけなんだよね?
大人は逃げないんだよッ!
大人は残るんだッ!
なんで、そこで残るのっ?
子どもは逃げるんだよ?田舎にさ!
空襲から逃げるためにッ!
つまり分かってるんだッ!
空襲が酷くなることは分かってるッ!
でも逃げないッ!
ぼくは、それが前から不思議で不思議でしかたなかったんだッ!
で、敗戦後に言うんだよね?
アメリカに『虐殺された』って。
でも虐殺されたってさぁ……?
じゃあ、なんで?
なんで、
わざわざ虐殺されるとわかってるような所に、住民はわざわざ、まだいたのッ?」
昇の解せないまま放ってくる問いに、
茫然となる章子は……答えることができない……。
そして昇はまだ言うのだ……。
「ひょっとしてさぁ……?
居させられたんじゃないの?」
窺って、ただの思いつきの憶測を、
昇は不思議に放って、あなたに訊ねてみる。
「そこに居させられてたんじゃないんですか?
自分たちの『国』にさ?
いや、『軍』なのかな?
配給されている物でも人質に取られて、
強制ではない強制的に、
むりやり、
空襲され続けている街に居させられたんじゃないの?
まあ、ありえる話だよね?
『国の為に死ねッ!』とか言ってくる、あの『軍人』たちのすることだッ。
それぐらい、やるだろう。
だから……日本国民は全員ッ!
『自分の国によって、
アメリカに虐殺される為に、そこに居させられたッ!』……ッ!
とか、そう思ってるんですよ?
これが答えなんですよ?
わかります?」
そう言って、
昇は、話を聞いているのかいないのか分からない半島の子供に語り掛ける。
「だから広島や、長崎や、沖縄はね……?
もちろんそれ以外の日本国民もっ!
アメリカではなく!
昔の大日本帝国によって、
空襲を受けさせられて虐殺させられたッ!と、そう思ってるんですよッ!
アメリカ以上に、自分たちの国に虐殺させられた!と!
だから、
日本の裁判所は、戦争の被害にあった国民の訴えはことごとく却下するんです。
なぜなら日本の裁判所は「被害者」だからです。
アメリカから被害を受けただけのただの被害者だけでしかないから。
自分たちは、自国民に対しての『加害者ではない』と完璧に思っているッ!
今の日本国民といっしょですよ。
自分たちは『加害者ではない』と思っているッ!
まあ、いいんじゃないですか?
一生やってろ、って話ですよ。
だからあなたも……、
自分ところの国民に、
『国の為に死ねッ!』とか、みたいなことを言ってちゃダメですよ?」
昇が言うと、子どもの肩がぴくんと動く。
「あなたが『国の為に死ね!』とか、周りの人たちに言ってると、
その人たちは、自分の国である「あなた」を『敵』だと思うようになりだします。
だいたい、それで滅んだんじゃないんですか?
あなたが、アメリカによって滅ぼされたと思い込んでいる国々はね?
よく考えてみてください。
あなたが、アメリカによって壊滅させられたと思っている、
かつての『似たような国々』は、
実際に、アメリカが直接、最期までしっかりと手を下していましたか?
ちがいますよね?
最期に、
その国のトップだった人たちは、自分たちの国民によって手を下されていたはずだ……。
もちろん、
それは、裏でアメリカが手を引いていたんじゃないんですよ?
自分たちがやってきたことの『ツケ』が、自分たちに回ってきただけなんだッ!
誰かに「自分の為に死ねッ」と言っていたら。
そりゃ言ってた自分だって、
「誰かの為に死ねッ」てことになるでしょう?
それだけの話です。
だから自分たちの国民や市民は大事にした方がいい。
でも気を付けてくださいね?
国民は大事ですけれど、
『善良』ではありませんからね?」
「……え?……」
昇の批難する言葉に、話の部外者である章子は目を開く。
「国民は、善良じゃないよッ!
だって、
いままで、さんざん同じ日本人を罵倒してきた、
このぼくが『善良』に見えるかいッ?
完全に『極悪』でしょうッ!
『極悪』の『悪童』だッ!
ほら、国民は善良じゃないッ!
でも大事にしてないと、今度は自分が痛い目を見ます!
ここで、
また『いい事』をおしえてあげますよ。
日本国のかつての姿、
第二次世界大戦の悪役中の大悪役、
『大日本帝国』。
この國の、一番上で「神」として頂上にいた頂点は、
最後の最後には、自分の国民を守ろうとしました。
自分の身を犠牲にして自分の国民や市民を、乗り込んでくる戦勝国から護ろうとしたんです。
『国の為に死ねッ!』……ではなくッ。
『国民の為に自分が犠牲になる!』……ですよ?
そして敗戦後……、
かつての帝国の頂点は、象徴にされちゃいました……。
戦勝国が裏で手を回し!
陰謀を張り巡らす!
戦勝国が直々に手を下していたッ!
戦勝国の下したい判決がすでに決定されていた決定事項の裁判の中でッ!
日本国民すべての象徴に……ね?」
語る昇を、
章子は、まだ何も言えずに見ている。
「……そして、今や、
その象徴にされたあの人たちには、『人権』がありません。
選挙権さえありませんからね?
戦前も戦中も「人」ではありませんでしたが……、
戦後も「人」には戻れなかったんですよ……。
あの人たちは……。
でも、そのおかげで、
ぼくたち日本国民は、こうしてのうのうと生き永らえているっ。
生きてっ、今も生き延びて、
こうやって『平和』を謳歌して暮らすことが出来ているッ!
だから、日本国民はあの人たちを守るんです!
守って!尊重して!尊敬するッ!
かつての虐殺を強いた!
あの悪辣な敗戦国の頂点をですよ?
そして多分……これからも失わないように『守り』抜くことでしょう……。
国民の為に犠牲になろうとする頂点を、国民は決して見過ごしたりしません!
国民の為に犠牲になろうとする頂点は、国民にとって絶対に必要だからです!
そして……、
『国の為に死ねッ!』と無理強いして言ってくる頂点なんかは、国民はいりませんっ。
そんなものはさっさと始末しますよ。
『国の為に、その人を殺す』んです。
だって『国』とは……自分の事ですからね?
誰でもそうでしょう?
あなたもね?
だから国民を守れば、
国民はあなたを守ってくれます。
それは憶えておいてくださいね?
アメリカに自分の体制の保証を求めたって、
結局、自分の国民大切にしてないと、自分が泡吹くハメになりますよ?
難しいですが頑張ってください。
市民は、聞き分けのない『悪童』ですが、
大切にすると『孝行』をしてくれる存在でもありますから。
これも……『交渉』ですっ!」
言って笑って、
勝手に始めた講釈に一区切りをつけると、
昇は、んーと背伸びをして、一息を入れる。
すると何に釣られたのか、
一歩、
隣の子供も勝手に歩き出そうとしていた。
「え?どうしたんですか?
急に動き出して」
昇が伺うと、
子どもは、やはり広島の方角を見ている。
「え……ああ、
アメリカに落された広島に哀悼の意でも伝えるつもりなんですか?
やめた方がいいですよ。
話、聞いてました?
市民は善良なんかじゃありませんっ!
いまの広島にいる人たちが、
今ここにいる、
ぼくたちのこの距離感を見て、なんて言ってるか教えてあげましょうか?
あの人たち、きっと今ごろ、
あなたに話しかけている、この「ぼく」の姿を見て、
『在日ッ!』とか叫んでますからッ!
絶対に言ってますねっ!
なんか、
半島にいるあなた方とこうして話してるだけで『在日』呼ばわりされますからね?
日本では……っ!
ハハハッ!w
くそワラw!
日本人じゃない『在日』が、
日本人にも使えない日本の憲法つかってたら世話ねーっつーのッ!
だから別に、あの被爆者たちの言う事、気にしなくていいですからねっ?
あの人たち、あなたが持っているその核のことしか考えてないッ!
考えてないしッ!見えていないッ!
あなたの国民のことなんて知ったこっちゃないし!
見えちゃいないんですよッ!
あの人たちはッ!
でもそれは当然です!
あなたの国民を守るのは『あなた』だけなんですからッ!
だから、
日本の被曝者の人たちの言葉、鵜呑みにしないほうがいいですよ?
鵜呑みにして、
慌てて核、短絡的に急いで始末しようとすると『痛い目』見ますからね?
日本は、それを『平和利用』でもやらかしましたッ!
兵器でも「イタい目」みて!
平和利用でも「イタい目」みてたら、どうしようもないですよね?
だからほら、
説得力……ないでしょ?
あの被曝地の言葉……ッ。
自分たちの都合のいいことだけ言ってるだけですよッ!
同じ人間ですからねッ?
じゃ、もうそろそろお暇しますよ?」
言って、
昇は、今まで立っていた大きな噴水の端を飛びおり、
噴水の端にまだ残ったままでいる子供を、思い出したように振り返って見る。
「あ、そうそうっ!
あなたのやろうとしてた事!
イイセンいってたと思いますよッ。
『沖縄の日』より、すこし前にやったアレ!
アレのことですよ。
アメリカと面と向かってた時の、あれ、
『開けるための鍵』……作ろうとしてたんでしょ?
アメリカと中国をくっつけて、
『開けるための鍵』を作ろうとしていたッ!
あの大きな動きを最初に聞かされた時、
まさかっ?ほんとにやれるのかっ?って思いましたもんっ!
でも、ちょっと失敗した……。
アメリカと中国の『主観』を一つに繋げるっていうのは、ほんとに至難の業です。
これにロシアまで加わわってくると、もうお手上げだ……っ。
非常に惜しかったと思いますよ。
あれ成功してたら、もう第九条なんて必要なくなってたのに……。
だから、
それ以外の他の道を探っている今のあなたは、
今度は『経済』というものに手を出そうとしているッ!」
そこで昇の顔が微かに歪む。
「……でも『経済』はね?
違うんですよ。
経済では、アメリカと中国は繋げませんっ。
コイツが、そう言ってますからねっ?
剣……はね、
ときどき『経済』というものを『戦力』に捉えている時がある……ッ!」
第九条という剣を見せて、
断言する昇が、
また子供に目を移す。
「え?
そんなことが分かるのかって?
そりゃわかりますよ!
コイツ、喋りますからね?
勝手に自分からペラペラペラペラと喋り出しますから!
コイツの〝声〟が聞けるようになりだしたら、使い手としては一人前です!
そして、
その剣が、『違う』と言ったら違います!
経済は『平和』ではないッ!
ええ?
それが、どうして断言できるのかって?
だって第九条のこと、
アメリカも中国も『平和』だって言いきりますからね?
アメリカも中国も『平和』だと言い切ってしまうコイツが、
経済は『平和』じゃないと言えば、絶対に違いますッ!
経済は『平和』ではありません!
経済では……アメリカと中国は繋げない……ッ!」
そして昇は……、
子どもの背後にある大陸を見る。
「……やっぱり、
恐いですか?
後ろの人が?
そうですよね?
前も怖いですけど、後ろもおっかないんですよね?
だから核、気の済むまで持ってていいですよ。
いいんですよ?
持ってて、いいです。
どうせ、日本にだって『核の傘』があるんですから、
別に構いませんよ。
気が向いたら手を離して、置けばいい。
どうせ、それ持ってたって、ロクな事にはなりません。
ぼくだって、
『核の傘』、いつまでも持っていたくないですしね?
なんなら競争してみますか?
どっちが、はやく『核』を手放すことができるのか?
被曝国よりも早く核を放棄すれば世界の『英雄』になれるかもしれませんよ?
え?
それも交渉か?って?
いいえ。
これはたんなる『話し合い』ですよ?
競争をするかしないか?っていう誹謗中傷の挑発ですよ?
勘違いしないでくださいね?
ぼくとあなたは、
あくまで敵同士なんですからッ?」
言って、
勝手に独り言を続ける昇は、
やはり子供が目を向けている同じ方角を見る。
「まだ、
そんなに気になるんですか………?
向こうが……。
あっ……、
ああ……。
そうですね……。
また……落ちます……っ」
昇と子供が見ている方角。
それは今も燃え続けている『広島』ではない。
そこは、
次の『舞台』だった。
まだ何も起こってはいないっ、
だが、
それは、
これから先で確実に起こってしまう。
いまはまだ、何が起こされるかも知らされてはいない無防備な場所。
それをこれから想像して、
半野木昇は、やっと搾りだした一言を呟く……っ。
「……大日本帝国が用意して……、
アメリカが……、落とします……っ」
広島から遠く離れた同じ日本の先で……、
線香花火が……また堕ちる……。