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―地球転星― 神の創りし新世界より  作者: 挫刹
第三章 「新世界の扉」(最終章)
40/82

38.災い去りて、来たるは災厄


 真理が視線を強くしたまま望んでいる先を、

 章子も一緒になって、小高い丘の展望台から見下ろしていた。


 これから始まろうとしているものは、

 「戦争」なのか、

 「災害」なのか。


 はたまた、

 それ以上の何かなのか。

 それ以前の何かなのか。


 なにも想像することが出来ないまま、


 目下の光景では、章子の恐れなど考慮もせずに、事態が進んでいく。


 煙が立ち上る人気のない破壊されていく港街の風景。

 

 そこに最初に、

 天高く轟いたのは咆哮だった。


 二本足で立つ巨大な竜が咆え上げた空気の振動は、それだけで街を激震させ破壊していく。

 咆え続ける竜の体躯は、既に大きさも高さも、章子の通っていた学校の校舎に匹敵していた。


 まるでそれだけの巨影が怪物として生きて動き、災禍を広げている凶器のさまを、


 目の前で受け取めている筈の、

 赤いマントのような法衣を纏った少年は、それでも微動だにせずに面と向き合っている。


 少年には、竜の威嚇は通じていなかった。


 それが分かるのか、

 竜も吠えるのを止め、様子を伺うための唸り声に切り替える。

 竜には相手の出どころが分からなかった。


 それでも少年は緑色の竜を見つめているだけ。

 見つめているだけで動こうともしない。


 痺れを切らしていい頃の竜は、

 飽きがきても少年から視線を逸らすことだけは決してしなかった。


 竜が諦めに似て他方に動こうとすると、

 大きな柱の打ち付けそのものでしかない巨木の足元が爆発するのだ。

 竜にしてみれば、爆発は爆竹を大きくさせただけの軽い衝撃が奔る不可解な刺激でしかなかった。

 それほど血を流し、痛みや瞬時の報復を覚えるまでの威力はないが、

 鬱陶しいのは数だった。

 一歩を踏むたびに、およそ四十は一斉に炸裂する。


 さらには、

 気分の悪い面倒な爆発が起きるたびに、

 少年の視線が観察するようにゆっくりと動くのが見て取れた。


 竜にはそれが何を意味するのかが分かっていた。


 この爆発は、目の前のあの「アリ」が起こしている。


 そして爆発が起きるたびに恫喝を咆えてみせても、やはり少年は無視を決め込んでいる。


 竜の怒りはすぐに頂点に達した。


 建物の階段ほどもある図太い脚とは比較して、

 アパートのバルコニーほどの幅もあればいい、

 小さな前足の腕の爪を鋭く伸ばし、


 少年に目掛けて突進するのを、途中で難なく地面が爆発し、

 体育館ほどもある巨大な体が、空中に高く大きく弾き上げられ、

 突進していた方角とは真逆の方向へと吹き飛ばされる現象は一瞬のこと。


「……え?」


 章子は目を大きくする。


 少年の数十倍はありそうな巨大な体躯の竜が、

 突進して突き進もうとした方角とはまったく逆の方向へと天高く、

 軽々と弾き飛ばされた信じられない光景が、実際に大地へと着弾し黒煙を上げたのを見届けて、仰天の表情をするしかない。


 それは竜も同じだった。

 吹き飛ばされて周囲に爆煙を巻き起こした竜自身も、広範囲に広がる砂煙を払いのけ下敷きにした建物から這い出て立ち上がり、


 何が起きたのかも分からずに怒り、その感情を叫ぶ。


 猛る竜はまたしても低く身構え、突進して攻撃する行動を選びとった。

 スタートを切り、勢いを付けて赤い少年に目がけて駆け出したのを、


 すぐに距離も半ばまで来たところで、

 これ以上ない勢いの乗った足が、透明な壁にでもぶつかってかのように慣性を緩和され、脚が地を滑り、空を蹴り、次第に緩くなっていく突進の速度をピタリと静止させてしまった。


 まるで見えない壁にでも突き当たったかのように、

 竜が渾身の力で踏ん張り、震えてみせても、それ以上前に進めないでいる。


「……なに……が……起きてるの……?」


 章子が見ると、

 少年は、まだ立ったままでいる。

 何をするのでもなく、ただ街並みの破壊された一直線の轍の中央で、痺れたような小刻みな痙攣だけを備える緩慢な竜の行動を眺めて立っているだけ。


 そこには、瓦礫の地面に突き刺さった赤く透明な結晶剣さえ引き抜いてはいない。


解析魔術スキャナですね。

あれはまだ最も初歩的な情報解析段階の魔術戦闘バトリスです」


「……魔術戦闘バトリス……?」


 章子の声に真理は頷く。


「そうです。


あれはまだ魔術行使を戦闘用に特化させた魔術戦闘の、

さらに最も初期的な準備段階のやりとりなのですよ。


具体的に言えば、あれは「情報収集」の段階です。


彼は今、己の魔術出力を電磁波も含めた「透過解析」だけに使用している。

あの竜の生体組織構成、思考習性などの仕組みを伺い知るための序盤における魔術分析行動。

これを総じて「解析魔術スキャナ」といいます。


戦闘とは、常に最初期においては「情報収集」および「情報解析戦」から開始される。

現在の彼の行動は、

その敵性対象から、あらゆる単純な基礎情報を取得している段階にしか過ぎないのですが……。


いかんせん、

許約者ヴライドである『彼』の場合は……、


その情報収集行動の魔動出力だけで、

勝敗さえ決してしまう絶対的な「攻撃手段」ともなってしまう……」


 言うと、

 言葉から遠く離れた目下の場所で、膝をつく竜の姿が見えた。


 必死に前進しようと試みていた力が尽き果て、疲れに支配された重い脚が大地に膝つく時がきたのだ。


 竜はただ、後ろ足の独特な逆関節ともいえる構造上あるはずのない膝を挫き、

 自分の体長の三倍はある距離で立っているだけの少年を恨みがましく見る。


 竜と少年を隔てる距離は、竜にとって不可侵を強制されるほどの絶望的な距離となっていた。


「どうして……?」


 章子には分からなかった。


 なぜ、竜は前に進めないのか?


 だが、そんな単純な問いの答えは、当事者である第二世界に住まう住人の口から語られる。


「……斥力です……」

「斥力……?

ですか」


 章子の不可解な顔を、

 それでも魔女っ子少女のジュエリンは頷き、分かりやすいように解説する。


「あの竜の前にはおそらく……「熱」があります……」


「熱……?」


 章子のさらなる疑問の言葉をジュエリンは肯定する。


「そうです。

『熱』です。


熱って軽いでしょう?

そして、その「軽い」という力は浮くという力も備えてしまいますよね。

でも、その浮く力、

浮力っていうものは熱と共にある場合は、確実に「熱い(・・)と感じる威力(・・・・・・)も同時に存在しているじゃありませんか。


そして、それに当たっていると私たちは「火傷」を負ってしまう。


ですが、

いまのあの竜の周囲にある空間には、

その熱いという「熱伝達」の効果だけが省かれた(・・・・)状況があるのです。

あの竜の目の前にはただ、純粋な『遮る力』……、

つまり熱だけを省いた「押す」という「斥力」しか存在していないんです」


「……〝熱さ〟だけが……ない力……?」


 ジュエリンはまたも頷く。


「そうです。

恐ろしいですよ。

熱だけは発生させず、与えずに、

熱伝達も起こさずに、熱による物理的効果だけを発揮発動させるだなんて。


今のあの方は「熱」そのものですッ!

自身を熱として発揮し、他者には熱以外の力だけを振り向け与える!


そんなの通常の魔術出力では、ぜったい考えられませんっ。

完全に不可能です!


熱によって、熱だけを与えずに浮力や押力だけを与えるなんて、

一般の私たちであれば……、

あの時点の何処かで絶対に周囲の炎焼か燃焼、溶解、爆発、

あるいは対象への重度の火傷傷害など。

もしくは大規模な二次火災でさえ引き起こしてしまっているはずっ!」


 熱という傷を与えないままで、熱だけであの竜を縫い止める力。


 魔女っ子少女から丁寧な説明を受けながら、

 実際の光景を目の前にしている章子は、まだ信じることができない。


 無傷なのは少年だけではない。

 竜も(・・)なのだ。


 敵対目標としている竜でさえも、


 少年は何もせず、ただ立っているだけで、

 火による傷みも与えず、

 無傷で、

 無動作で捕縛しようとしている。


 そんな事実に理解が追い付かないまま、

 章子が、両者の試合い立つ光景に茫然と見入っていると、


 足掻く竜は、ついに力尽きて倒れ込んだ。


 顎の下から腹までをべったりと地面に綺麗にムラなく倒れ込み、立ち上がる余力すらない感じさせないほどに弱る、

 息苦しい呼吸だけを繰り返している。


 あれほど雄々しかった竜の無様な為れの果てを見届けて、少年は視線だけを向けている。


 竜は敗北を悟って瞼を閉じた。


 超常的な自然界を生き抜いてきた竜にとって、相手に屈することは捕食されることを意味していた。

 それが己の故郷にあった鋼の掟。


 自分は痛みを感じながら血潮を噴き上げて、肉を喰い千切られながら息絶える運命にある。


 それを覚悟して……、

 苦しい呼吸を続けていた竜が恐怖と疲労で目を瞑ったまま、意識を遠くして辿り着いた結果は……、


 ぎゅごごごごご。


 ……吹鼾イビキだった。


「……へ……っ?」


 ぶゅごごご、ぐごごご、とグッスリ微睡みを満喫する竜の閉じた瞼は、

 苦しみの苦悶から解放され、惰眠を貪る快楽の甘露へと変貌を遂げる。


「……呪術カース……ですね。


知らない土地に迷い込んで、よほど精神でも張りつめていたのでしょう。

そのつかえもとれて消え失せ、

利きは驚くほどに良いようだ。」


呪術カース……?」


 魔術の種類など、第二世界に辿り着いたばかりの章子には知る由もない。


「そうです。

呪術カース


魔術サラーという効果を、人間や動物が持つ思考、

いわばそういった狭義には精神的な心の作用に特化させたもの。


これをこの第二世界紀ヴァルディラでは、

魔術系統のうちの、さらに「呪術」という分類として扱っているのです。


あの魔術効果はその呪術の中でも「睡眠導入」関連の呪術ですね。


他にも色々ありますよ?

呪術(・・)というぐらいですからね。


それこそ魅了に興奮、

無痛に幻痛、幻覚や幻惑、果ては精神操作や精神的な倦怠感に自己嫌悪に強迫観念、被害妄想などなど、

人の精神効果系に影響を与えることならお手の物です」


「え、ええっ?」


 魅力たっぷりに言う真理を、危険的な驚きで抵抗感を表現することしか章子はできない。


「呪術はそういった精神効果、いわば精神疾患などを完治も悪化もさせる魔術なのです。

ですから、かなり劇物ならぬ危険術法あつかいされる物法ですね。

しかし廃絶にまで及ぶような禁術にまで定められることは決してありません。


有用ですから。

とくに精神治療方面ではね……」


「あ、うん」


 真理の言わんとすることに章子が頷いたと同時に、


 今まで上空で様子を伺っていたらしき航空騎士たちが空から舞い降りてきた。


 舞い降りてきた航空騎士たちは、トレードカラーの黄緑色の衣を翻し、

 破壊された瓦礫の中心で、

 無防備にも睡魔に支配されている竜の周辺に着地していく。


 章子はそれを遠く高台の上から確認して安堵していた。

 きっとおそらく周囲の人間も同じだっただろう。


 これで航空封鎖は解かれるのだと。


 だが一度、起こった出来事がそれで終わる筈がない。



 バキィンッ!と突然、轟音が鳴った。



 何か巨大な金属の柱と柱をぶつけたような甲高い音だった。


 それが安心しきっていた章子の目の前で突然、弾けて発生した。

 轟音と共に、自分の髪が暴風に千切られそうに強くはためくのが分かる。


 何が起きたのかも分からず、

 章子は、意識する間もなく起きた爆風を両の腕で遮り、瞼を細くして守っていた視界を次第に大きくさせていくと、目を疑った。


「これは、ごあいさつ」


 章子の隣で立っていた自分の下僕が腕の甲を前面に出し、涼しい顔で軽口を叩いている。

 しかし、その状況が尋常ではなかった。


 章子の下僕、

 真理の目の前では、光学の魔法陣が防壁のように幾つも重なって出現し、自転して回転している。


 まるで見えない攻撃を、

 真理が、服越しの腕の甲の前で発生させて展開させた魔法陣で防御していることが、疑いようのない光景。


 いや、事実そうなのだ。


 真理は攻撃を受けている。

 攻撃を受けて、自分の魔法陣で防いでいる。


「え?、え?、え?」


 章子はあまりのことに、間抜けな声を上げて呆気に取られることしかできなかった。

 そして、また

 自分の身に起こっている重大な事態を、自己の思考で正しく判断することもできないでいた。


 攻撃を受けているのは、

 攻撃を向けられているのは、


 防いでいる真理だけではなく、


 自分もだ(・・・・)。ということを。



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