36.許されし約束された者
赤い衣は戦禍の風を纏って、そこに立っていた。
小高い丘の上で見守る章子たちと、ほとんど身の丈も年齢も変わらない少年。
表情も伺えないほど離れた所に現われた、赤い衣を纏った少年は、
目と鼻の先で双眸を光らせている巨大な竜の前に立ちはだかっていた。
「そんな……、あの人は……」
どこかで見た覚えがあるのだろうか。
魔女っ子の少女のジュエリンは、
威風堂々と竜に対峙する少年の姿に驚きを隠すことができていない。
すると、脇で見ていた真理が顔を寄せて章子に呟いた。
「彼ですよ……」
「え……?」
章子が怪訝に見ると、真理はまたも確かに頷いて言った。
「彼がそうなのです。
言ったでしょう?
この世界には……、
「食事をしなくてもいい人間」がいる……と」
真理の発言に、章子は目を疑う。
「それが……、あの人……?」
思わず呟いた言葉に、真理が深く頷く。
「そんな人が……航空騎士団に……?」
「い、いいえッ、
違いますっ!
全然違いますッ!
あの方は……、
あの方は、決して!
決して我が国の航空騎士団の一員などではありません……っ」
切迫した魔女っ子の声に、
章子は、またも言い知れぬ怖れを感じたまま視線を往復させる。
「彼は……許約者……」
「許約者……?」
「そうです。
『許されし約束された者』
この世界で唯一、一つの属性に突出して抜擢されし選ばれた者。
その特別者をこの世界では「許約者」と呼び称え、畏怖するのです。
彼は現在、
この第二世界ヴァルディラにただの七人しかいない許約者の内の一人、
『熱の許約者』
『熱に許され約束された者・クベル』
彼こそが、この現実世界でただ一人、
「熱」のできることならば、その全てを実行することが許されている人間……」
「熱のできること……?」
「そうです。
熱のすることならば……、何でも……。
それこそ、
あらゆる犯罪でも、
殺人でも、
戦争でも、
虐殺でも!
侵略でも!
破壊でも!
この航空封鎖に侵入することですらッ!
熱がすることなら、その全ての現象を思うがままに、振るうことが許されている。
それだけの絶対権力者なのですよ……彼は……」
言うと、彼女の言葉を証明する物が空から現われた。
現われた物は天高く、
やはり一筋の赤い熱線となって、空の天元から赤い衣の少年の傍らに突き刺さる。
甲高い音を伴って突き刺さった物は、「剣」だった。
紅く赤い透き通った巨大な宝石が、そのまま両刃の刀身となって象られた晶石剣。
柄は豪奢な黄金であり、鍔も握りも、赤い宝石の刀身に負けないほどの輝きを放っている。
なかでも一際、目に惹いたのは、真っ赤な赤いサファイアかルビーと見間違えるほどの刀身から止めどなく放たれている「火の粉」だった。
赤く瞬く火の粉は、風に乗り、
やはり一粒の「宝石」の輝きを放って空中を舞っている。
「あれが「許約者」を許約者たらしめている力にして証。
正真正銘の、
ヴァルディラに9つしか存在していない最大最強の魔動媒体。
許約剣です。
彼という少年は、あの「赤い剣」にただ一人、唯一無二に選ばれた者。
そしてその片割れにも……」
真理の視線が更に鋭くなる。
鋭くなったのには理由があった。
巨大な竜の回りでは、
最初に現われたあの赤い熱線の閃光がいまも飛び交っている。
竜の回りを飛び交う紅光は、何度か注意を逸らすことに成功すると、
直ぐに少年の肩に飛び乗り羽根を休める。
「赤い……ツバメ……?」
章子も目を細くして凝らすと
少年の肩にとまったのは間違いなくツバメだった。
あの春先によく見る鳥の燕。
ただ色だけが違う。
真っ赤な真っ赤なツバメだった。
「あれは「火燕」。
剣と対を為して、熱に相応しい者を選ぶ「心」です。
剣は、己自身の分身である心が選んだ者に「力」を与え約束し、
鳥はその「心」として、ふさわしい者を選び、許す。
許約剣と許約鳥。
故にこの二者によって選ばれた者は、許約者と呼ばれるのです。
『許されし約束された者』
そして、
あの剣と鳥に、一度でも選ばれた者は……、
問答無用です!」
「え?」
「問答無用で……、
もう人に戻ることは許されない……ッ!」
真理は、事実を断言し、
顎でしゃくる。
「一生、人には戻れない。
いえ、「食物連鎖」に戻れないのです。
彼は既に「熱」に魅入られている。
七つある属性の内の一つに、すでに選ばれているのです。
驚きますよ?
今の彼は「史上最強の許約者」ですから。
いままでのヴァルディラの過去から事実としてあった未来まで!
その一時代として在った全ヴァルディラ紀の、
最初から最期までの歴史上の中で「最大最高の許約者」なのです。
その「史上最強の許約者」が放つ、
最大瞬間出力は「M-12」ッ!!」
「M―12……?」
「そうです。
Mとはあなた方、章子たちの現代世界でもよく使われている、
「マグニチュード」そのものです。
国際的には「リヒタースケール」と呼ばれているあの災害等級のことですね。
そして、
彼はその攻撃威力の最大瞬間出力が「M-12」級を発揮できる」
言いながら真理は、
我々を見る。
「これを分かりやすく言うと。
「M-9」級の大災害だった「東日本大震災」の時の地震の、
約三万千五百倍。
それ以上に一番、分かりやすく言うのであれば……、
俗に言う……、
『地球を真っ二つに出来るほどのエネルギー』というヤツですね。
その気になれば……彼は「その力」を発揮できるッ!
だから、
今の彼が持つ力は、「隕石」級だ。
『M-12級』の力を備える「ただの人間」
それは正に「M-9」級の地震から伝わった、
取るに足らない小さな『津波』など、
容易く掻き消す」
あまりに唐突に発言された真理の侮辱に、
章子はとっさに、即座な怒りを覚えることが出来ない。
「い、いま……なんて……?」
「簡単に打ち消す、と言ったのですよ……。
あなた方に、
「あの災厄」を否応なくもたらした、M-9級の災害による「津波」。
その「津波」でさえ、彼は容易く掻き消すことができるのです。
彼は既に、自然災害さえ直接的に敵対し、鎮め、防ぐ、
まさに完全な意味での「防災能力」というものを備えている。」
言うと真理はまだ、我々を見ている。
「あなた方は言いますね?
あの災害が起こった日が、再びやってくるたびに、強く思うでしょう?
なぜ防げなかったのか?と。
では、改めてお聞きしましょうか?
「次は、防げる」のですか?
ちゃんと「次は防げる」のですか?
そこで防げなかったら、
また、
起こった後に、
「なぜ防げなかったのかッ?」と叫ぶだけですか?
では、
その答えを、この虚構はこう表現いたしましょうか……。
それが彼の持つ『斬星剣』
許約剣の力が「答え」としてお出します!
惑星さえ真っ二つに両断する力を持つ、
「対惑星兵器」そのものでもある、
許約者がッ!」
言うと、
真理は、その者と対峙する竜を見る。
「あの者は、
M-12級の力を持つ、第二最強の『魔動師』です。
対して、
それを敵するのは第六世界より迷い込んだ、あの竜。
あの竜は、
マグニチュード換算でM-3。
生けるM-3級の災害生物なのですよ。
それは正に「M-3」級の地震が、街中を闊歩しているに等しい。
では、お見せいたしましょう。
このただの単なる虚構が、
自然と自然による「災害戦争」というものをね……」
真理が言うと、章子もその場所を見る。
それはついに、
始まろうとしていた。
章子と昇、七番目の現代人類が初めて目にする、
人類と人類による戦争では無く……、
自然と自然による、歴とした「破壊戦争」というものを……。




