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―地球転星― 神の創りし新世界より  作者: 挫刹
第三章 「新世界の扉」(最終章)
37/82

35.迷い竜


 上空を旋回しながら、

 眼下に広がる光景は、さながら幼いころに章子の弟がよく見ていた怪獣映画のようだった。


 幾つも沸き立っている煙は、黒煙と灰色の二色。

 それが遠く、

 海が微かに望める彼方から瓦礫となって、ここまで伸びる轍の跡を示すように、

 幾つもの列柱を作り上げ、立ち上らせている。


 その煙と瓦礫がつくりだす一筋の惨状が物語るのは、まさに跡だった。

 何か巨大な生き物でも歩いた跡のような……獣道の轍。


「あ……ああ……」


 呻く声しか出すことのできない章子は、その場所を見た。


 いまも……、

 現在進行形で、美しい港街の建物を瓦礫としてしまっていく暴力を。


 しゃくり上げる顎が、

 一振りの腕が、

 そして、ただの単なる一歩を踏む一投足が。


 街を、建物を、道を、ただの廃墟へと破壊していく威力。


 その威力を具現化した生き物を見て、章子は茫然となっていた。


「……竜……」


 章子には今も信じられない。


 本当に竜がいる。


 間違いなく、

 ファンタジー世界や、童話や、物語や、アニメやゲームや映画などで、

 数え切れないほど目にしてきた、あの「竜」の姿が、そこにはあった。


 立ち上る大きな黒煙の隙間。

 その間隙を縫って、時折目に留まる巨体。


 そんな、

 動こうとする巨躯が、

 前進しようとする四肢が、


 その姿を間違いなく、実際に生きている『(ドラゴン)』だと章子に認識させる。


 それが、あの市街地のど真ん中で、周囲を滅ぼしながら動いていた。


「……やはり、

あの竜は魔動生物メガニアではない」


「え?」


 自分も乗る空飛ぶ杖を運転している魔女っ子少女の呟かれた言葉に、

 背後で肩を掴む章子も思わず反応してしまう。


第二ウチの生物ではない、ってことです。


あの生き物……、

本当に魔動器官マキス・リーコダもなしで、生命活動を発揮している……」


 眼鏡を指先で直しながら呟かれた言葉の意味が、

 どれほどの驚異を語るものなのかは章子には分からない。


 しかし、それが今は通常ではない事態ということだけは、十分に理解できた。


「行きましょう。

どうやら、あなたの下僕さんが、私たちを逆にエスコートしてくれるみたいです」


 茶目っ気に笑って言う、魔女っ子少女姿のジュエリンだったが。

「あの人は……ッ」と唇を噛んでいる姿を見ると、

 あまりその行動を歓迎しているわけでもないように見受けられる。


 事実、

 先に着陸態勢に入っている緑色に光る光学魔方陣の球体の中で浮かんでいる三人と一匹組を追う、その眼と態度には険しさが増していた。


 章子は深く考えなかったが、

 ジュエリンよりも一足先に、

 章子の下僕である真理マリが着地しようとしていた場所は、

 いまも街中で猛威を振るっている竜がいる場所からそれほど離れてもいない小高い丘だった。


 その竜がいる場所や姿を簡単に見渡せる丘に、先に着陸した三人と一匹に続いて、

 章子とジュエリンも急いで降り立つ。


「本当にいい度胸してますよ!

あなたはっ。


こんな標的になりやすい所をわざわざ選んで着陸するなんて、

それは、こっちから堂々と巻き添えにしてくださいと言ってるようなもんなんですよっ?」


 いきり立つジュエリンを、

 小高い丘の上にある広場。

 その展望台の広場の一番見晴らしのいい先端で立ち、待つ真理は笑っていた。


「別に構いませんよ。

どうせ、見学の許可はちゃんと頂いたのです。

それで我々がいきなり最前線に来て、そこで攻撃を躊躇うようなら、

それは「軍人」だ「騎士」だと誇る向こうの臆病風だ。


そんなことで怯む軍人の矜持など、私の知ったことではない」


 通信は今も筒抜けだと言うのに、

 この少女は人の命を奪う事さえ躊躇いの無い職業軍人を逆なでする発言を続ける。


「航空騎士団の一員でさえ「人の子」ですッ!

いかに許可を下したとはいえ、間髪入れずに、人一人の命がここまで無防備に懐に飛びこんでしまうことなど、

完全に想定外でしょうッ!

そこまでも想定しろなど!

あまりに酷だっ!」


 ジュエリンも航空騎士団には、

 特にこういう場での航空騎士団にはあまり良い印象はもっていないが。

 それでも命を賭して治安維持に従事していることを想像すれば、この真理の発言には目に余った。


「その程度の危機管理想定で、

あの時、

大国の軍人が「わかっているのか?」と我々に念押しをしたのですか?

これは「小人こどものおあそび」ではない、と?


ハッ、


逆に我々の方が問いたい。

その程度の認識で我々に「見学の許可」を出したのかと?」


「あなた……、

あなたは……、

その言葉は……向こうにも筒抜けなのですよッ?」


 軍人を挑発することは非常に危険な行為だ。

 無論、こういう場でならそれ以上に危険だ。


 戦闘行動は簡単に「怒り」という感情を乗せやすい。

 その「怒り」に任せて暴力という戦闘行動は、虐殺的に振り下ろされる。


 ジュエリンは今、それを最も危惧していた。


「『怒り』に任せて武器を振りかざし乱用するのが軍人なのですか?」


 ジュエリンはその言葉を聞いて目を開いた。


「もう一度、お尋ねしましょう?

『怒り』に任せて武器を振り下ろすのが「軍人」なのですか?」


 その言葉は、ジュエリンだけではなく、

 その向こうに控えている航空騎士団、全てに向けられている。


「あなた方のいまの軍事的行動の根拠は「防衛」ですね?


その「防衛」に『怒り』は必要ですか?

もし必要であるならば、それは「侵入者」に対してですよね?


そして、私は侵入者ですか?

では「見学の許可」を出したのは誰でしたか?


まあ、別にいいですよ?


出してしまった許可を反故なかったことにして、

起こしてしまった責任ことのたらい回しなんて、未成熟な国家の未成熟な軍隊ならよくやる話です。


しかし、

あなた方、航空騎士団は、

そんなどこにでもいる、単純な今だけの『怒り』で我を忘れて手当たり次第に暴威を振り回してしまう未熟な軍隊なのですか?」


 試して見る真理に、

 ジュエリンも、

 この言葉を聞いているだろう無線の向こう側にいる航空騎士団の面々もまた、言葉を発せずにいる。


「唖然としている暇はありませんよ?


見せていただきましょう。


「怒り」を含めた全ての感情をその身に覚えても、

あなた方が今目指している「最優先の使命」を達成させることが出来るのかどうか、ということも含めてね?」


 言って、真理はさらに口を弾ませる。


「勘違いしてもらっては困るのが、

これは別に「兆発しているのではない」ということです。


我々は分かっている。

航空騎士団が「あの生き物」を止める為に、

我々の存在も考慮しない武力の行使を確実に実行することを十二分に理解している。


つまり、

いつでもどうぞ(・・・・・・・)』と伝えているのですよ。


我々の存在を考慮する必要はない。

初めから航空騎士団はそのつもりでしょう?

軍隊なんてそんなものです。

周辺の住民の存在なぞ考えずに、自分に与えられた軍事的任務を躊躇なく遂行する。


やりましたよ?


それをわざわざ自分から許可してくれる非戦闘員の住民なんて滅多に居ません。


どうぞ。

お好きなように「力」を振るって、行動してください。


どうせ、それだけの力では、

私たちにキズ一つでも負わせることなど不可能なのですからね」


 言い終わると、真理は身を翻して丘から見下ろせる街の惨状に目を向ける。


「さて、

それは我々も同様だ。


我々の使命は「見学すること」

そしてその対象物は目の前にある。


それがアレです」


 真理が視線で見下ろし、指し示す方角はまさに、

 今も遠くで跋扈して破壊の限りを尽くしている竜の姿がある。


「アレが、今回のこの航空封鎖の原因です。


ジュエリン・イゴット。

あなたはアレを見てどう思います?」


「どう、と言われましても。


あの竜は、我々の世界で生きている生物ではない。

いえ、正確には我々の時代(・・・・・)の生物ではない。


と、いうことになるのでしょうか……。

その辺りは、私からは何とも申し上げられません」


 自信なさげに答えるジュエリンに、真理も頷く。


「いいえ。まさにその通りですよ。


あの竜は第二世界の時代の生き物ではない。


この第二世界にはまだ存在していなかった生物です。


答えを先に明かすなら、

あの生物の出身地は……「第六」です……」


「だ、第六……?」


 皆が唖然となって、最も先頭に立つ真理を見る。


「そうです。

第六です。


あの竜は、

第六紀世界、ウルティハマニからはるばるここまで迷い込んできてしまった生物です。


その中でも最もオーソドックスな形と生態をもった竜、

ドムラドグラムと呼ばれる種族の竜ですね。


そこで、

ジュエリン・イゴット。


あなたや先程の絨毯の運転手の方は、こうおっしゃっていましたね。


これは五回目(・・・)だと。


では過去に起きたという『最初から四回目までの事件』の詳細はわかりますか?」


 訊ねる真理に、ジュエリンも自分の記憶に残っている情報を引き出す。


「確か一回目は「翼竜」……と、いうより「飛竜」だったと把握しています。


それから、

二回目と三回目が「水竜」または「海竜」という分類になるのでしょうか。

一匹目は蛇状の竜だった、という報道を憶えています。

二匹目は、頭は小さく首が細長い、躰がやけにズングリと大きく丸い形状。

そして四肢がヒレだった。

そういう体の竜だったらしいです。


そして最後の四回目が、獣のような形をとった四足歩行の「上陸竜」……」


「ふむ、中々いい答えだ。


ではそれらの竜に対してとった航空騎士団の対応処置は?」


 その問いに、今度のジュエリンは大きく項垂れた。


「一回目は……「駆除」、

「殺処分」だったと聞いています……」


「えっ……?」


 悲愴な表情で言うジュエリンに、章子たちは怯えた感情を憶える。


「では二回目は……?」


「二回目は「捕獲、研究対象」のちに「解剖処分」。

三回目も対応処置は同様の、「捕獲、研究対象」

そして現在も「観察飼育」を引き続き継続中ということになっていますか。


そして四回目が、

「威嚇及び武力行使による、住民生活圏外までの撃退、ならびに放逐」です」


「……そして現在がまさに、現在進行中の五回目……。


では、今回の航空騎士団が執る防衛措置とは……?」


 問いかける真理に、ジュエリンは顎を引いて睨み返す。


「そんなの私に分かるわけがないじゃないですかっ!


それは現場責任者である向こうに聞いて下さいよっ!」


「だが、我々に与えられて、許可された権限は「見学」のみ。


それ以上の対応を要求する権利は我々にはない。

故に、我々は彼らから逐一、現在の状況を聞きだすまでの権利など微塵も無い。


その為、今はこの現在の状況から、

これから航空騎士団が執るだろう選択肢を想像していくしかない。


では、この今現在の状況の中で、


何か、

気付けることはありますか……?」


「そんなの……」


 と言いかけてジュエリンは何かに気を留め、その先の言葉を噤んだ。


 おかしい……。


 ジュエリンは目下に広がる光景を見て、訝しむ。


 竜が上陸したであろう海岸線からここまで、距離はそれほど遠くない。

 現在も見えるあの竜の活動間隔から、その侵行速度から逆算しても、

 上陸から、ものの三十分も経っていない様に見受けられる。


 どれだけ多く見積もっても一時間は経っていないだろう。


 だが航空騎士団にとっては一時間や三十分という時間は短いわけではない。


 それだけの時間があれば大よその外見解析は完了している筈だ。


 行動意思、習性反応、そのどれ一つをとって見ても、

 今のジュエリンでさえ、今ここにある魔術を使えば、おおよその目星は付けることが出来る。


 目星がつくことが出来れば、後は行動をもって対象の反応行動情報をさらに解析することができる。


 これはボードゲームの一種だ。


 行動を加えてその反応を見定めて対応を図る。


 だが、その肝心の航空騎士団が一向に行動を起こさない。


 上空にいることは確認できる。


 それは現在もジュエリンが掛ける眼鏡レンズに、識別情報として光学的に表示されている。


 だが、航空騎士団の戦力は、そこで頑なに高空待機をしたままだった。


「なんで……?」


 行動を起こさないのか?


 今もまだ竜は地上で暴れている。


 それが竜にとっては真実はただの「移動」にしか過ぎないのかもしれないが。


 意思の疎通の叶わない捕食代謝だけを求める生物を止めるには、

 やはり威力という武力が最も判りやすい「言語」であることもまた「事実」である。


 それを分からせないとあの竜は止まらないというのに、

 それでもまだ。

 それを止めるべき航空騎士団は動きをみせない。


 歯がゆさが憤りに取って代わるにはそれほど時間を必要としない。

 むしろ、今も「見学」だけを強要されている身からすれば、


 この広がっていく損害を止めることが出来る唯一の権限を持つ航空騎士団に、

 苛立ちさえ感じるほどだった。


「なぜ……っ、

どうして……ッ?」


 航空騎士団が動かないならば、いっそ自分が!


 そう思い立つ間もなく、


 一筋の閃光が、竜へと奔った。


 それは赤い閃光。

 非常に鋭く細い、赤い熱線のような閃光だった。


 その閃光が、光源も分からず街の中で暴れる竜を貫く。


 すると二足歩行で暴れ回っていた竜はたまらず、針と糸で縫われる布のように一瞬だけ、たじろぎを見せた。


 閃光はまたも走る。

 その後も、何度も走り、

 怯み追い払いにかかる竜を執拗に追い詰めていく。


 そして、

 竜が大きくその鎌首をしゃくりあげた所で、赤い閃光が頭上からそれを貫いた時。


 非常に鋭利な突きを堅い皮膚に受けて後退り、頭を振る竜の目の前に……。


 いつの間にか、ソレ(・・)は立っていた。


 風に揺れる赤い衣を纏った、


 一人の少年(・・)が……。




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