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―地球転星― 神の創りし新世界より  作者: 挫刹
第三章 「新世界の扉」(最終章)
34/82

32.空の上で


 白い街並みが遠ざかっていく。


 ゆっくりと彼方へ離れていく地平線に広がる街は、魔導国家ラテインという国の首都ヴァッハ。


 さきほどまで章子たちのいた街だった。


 その街が、巻物を巻き上げるように地平線の果てへと遠ざかり呑み込まれていく。


「しばし、お別れです」


 真理の言葉で、緑の景色に追いやられて消えていった街がいつかまた訪れなければならないことを予感させた。


 そんな事を感じながら、

 前方から吹く風を受けて、章子は浮ついた心のまま名残惜しそうに消えていった街の方角を見る。


「またあの街には戻ることになりますよ。章子さん。


新世界会議メサイアが開催される都市は我がラテインの首都、ヴァッハだけですから。


そしてもちろん、

その新世界会議にはあなた方のご出席も予定されています。

でもそれには他の世界の国々も揃う為の時間も必要ですので、

それまでは、あなた方にはヴァッハ以外の他の町を見学して頂きたいと、我々は考えています」


「あ、はいっ」


 魔女の少女ジュエリン・イゴットにそう言われると、章子も改めて返事をした。


 あの街にはすぐに戻ることになる。


 未練があるのか無いのか、そんな簡単な事でさえ自分の気持ちが分からなくなるほど、

 この第二紀ヴァルディラという世界、かつ、その中にあるラテインという国は常軌を逸していた。


「では、改めまして、

我が世界、いえ、我が時代のなにからお話ししましょうか……。


取りあえずは次の行き先にしましょうか。


現在、私たちが向かっているのは、今はもう見えなくなってしまったラテインの首都ヴァッハから北東におよそ数十キロ進んだ所にある、

港街フィシャールというそれなりに大きな街に向かっています。


そこでいったん休憩をとったあと、新世界会議が開かれるまでの逗留地としていただくことになる、我がラテインの中でもヴァッハ以上の一大観光名所、

お伽の町メルへンへとご案内いたします。


あそこはスゴいですよ。

私も二度ほど行った事がありますが、絶対に帰りたくなくなりますから。


ヴァッハはラテインで一番の賑やかで華やかな所ですが、

メルヘンは違います。


どちらかというとメルヘンはのどかです。

けれど、その、のどかというのがどう表現すればいいのか、


あれは実際に到着してみないと分かってもらえない。


ですからまずは行ってみましょう。


それは着いてからのお楽しみってヤツですっ」


 ウインクをした魔女少女を、

 話を遠巻きに聴いていた、前方に座っている中年の男性が驚いて訊ねた。


「お嬢さんっ、

メルヘンに行った事があるんですかっ?」


「ええ、ありますよ。

一度行ってみたかったんですよね。

生まれた時から、みんな噂してましたから。

でも行ってみてすごい後悔しました。


本当に、

現実に戻りたくなくなるんですもん。あそこっ」


 言うと、壮年の男性もウンウンと頷く。


「そりゃそうでしょうよ。

あんな所に行ったら、人間がダメになる。


現実で生きるのがバカらしくなる。


あの『夢の国』を意味する地名はダテじゃありません。


あそこは現世うつしよに生きる人間を、夢の中で飼い殺しにする悪魔の国ですよ。


本当にいい所なんですけど。

あの町はそれが悪い意味になるぐらいに良すぎてんですから……ッ」


 そら恐ろしいことを、苦虫を噛み潰したように言う中年の男性は、チョビ髭をはやした、

 章子たちの世界で云うターバンに似た帽子を頭に巻いていた。

 服装は上半身が金色と白が混じったチョッキのみで、ズボンは丸みを帯びた幅広のもの。


 体格はそれこそ中年太りというのがぴったりと当てはまる。


 その姿はまさにアラビアン・ナイトの魔法使いかランプの魔神の衣装そのものの格好だった。


「おっと、これは差し出がましい口でした。

メルヘンなんて言うから思わず反応してしまいましたよ。


どうか勘弁してください。


私は運転・・に集中しておるんで、お話の続きはどうぞもう一度……」


 そそくさとアラビアン・ナイト風の愛嬌溢れる中年男性は前方を向くと自分の役割に没頭する。


 それが何に集中しているのかは、もはや言わなくても分かっていた。


 この男性は運転手なのだ。

 章子たちがいま乗っている物の運転手なのだ。


 そして現在、章子たちが乗っている物といえば一つしかない……。


 章子が今も腰を落ち着ける地面(・・)の縁が波を打った。

 地面の波は盛り上がりとへこみという位相速度を繰り返して、その動きを前方から後方へと伝えて波及していく。


 そんな波のように動いているのは絨毯だった。

 赤い分厚い生地の絨毯だった。

 その絨毯が、高い空中を飛行機のように進むたびに絨毯の端が波立っていたのだ。


 信じられないことに、章子は今、空飛ぶ絨毯に乗っている。


 アラビアン・ナイトに出てきそうなランプの精の格好によく似た男性が飛ばしている魔法の絨毯に乗っている。


魔女の乗り物(ウィッチ・クラフト)ですね。


昨日、章子たちが飽きることなく見上げていた、空飛ぶ箒や天馬車、空飛ぶ絨毯のことをこの世界では総称してそう呼んでいます。


魔女の乗り物、と。


しかし、魔女とは言っても、別にこれを動かすことが出来るのが女性に限るとかそういうことではありません。

魔女の乗り物(ウィッチクラフト)は、男でも女でも分け隔てなく使われる。

これは言葉のアヤです。


なんでしたっけ?ジュエリン・イゴット。

たしか、これを最初に乗ったのか作りだしたのが女性だったというだけのお話でしたよね?」


 章子の傍で、同じく魔法の絨毯に腰を落ち着けていた真理マリがジュエリンに尋ねる。


「んー、それには諸説あるんですが、

結局、行きつくところは、ゴロがイイってことだけだと思いますね。


呼び方はべつに魔男の乗り物(メイジ・クラフト)でもいいんですが、大体みんなって、その名前で新しく出そうとすると食いつきが悪いんですよ。


魔女の乗り物(ウィチ・クラフト)だとすぐにさばけるのに、他の名前にすると見向きもしなくなる。


男も女も、子供も老人も、老若男女問わずにです。


かくいう私も……「魔女の乗り物(ウィッチ・クラフト)」派の一人なんですが……」


 しれっと舌を出していうジュエリンに章子たちもつられて笑った。


「まあ、そんな感じです。


そんな事もいいんですが、どうです?

ここから眺める景色は絶景でしょう?


この惑星になってからは、高度による気温や気圧の変化も微々たるものになりましたからね。


周辺空調を調節する手間もずいぶんと気にすることも無くなりましたが……。


あ?先にその話からしますか?」


 ジュエリンが訊くと、章子と昇は二人して目を合わせて考えた。


「もしかして、その話って……長くなります……か?」


 章子が訊くとどうやらその予感は的中したようだった。


「そうですね。ちょっと長くなってしまいますね。


魔術の授業の講義ならそれで、一日が潰れるぐらいです。


このオッちゃんの「絨毯」も、魔女の乗り物(ウィッチ・クラフト)なんですが、

このウィッチ・クラフトというのはそれなりに複雑で高度な魔動発動機関魔術群ソーサリステム・アプリケートが多数、関わっていますし、組み込まれています。


主なものを上げれば推進力やあらゆる出力を発揮する「発動魔術パウディス」に、空調に回される「調節魔術コンディショナー」、さらに運航に関わる「通信魔術モールス」に、それらの数値情報を計器上などで表示する為の「表示魔術アビオニクス」などなど。


数えたらキリがないぐらいの魔術サラーが関わっています。


そしてそれらを全て一纏めにして、一つの手段に特化させた物。

例えばこの場合でしたら、移動用の魔術でしたら「機動魔術マビリス」、

その機動魔術の中でも、

航空運用目的に先鋭させた魔術なら「航空魔術ブリストー」と呼称するんですね。


この航空魔術ブリストーという名称は、その分野に特化したという意味での魔術の総称です。

さらにこの総称は、さらに一纏めに複合魔術ハイブリット・サラーという括りにもなりまして、それなりの超高等魔動制御技術という位置づけになります。


ですが、そんなことはこのラテインに住んでいる者でも半数が知っていればいいほうの専門知識です。

そんな事まで考えてこのウィッチ・クラフトを使っている人間なんて一般市民には数えるほどもいやしません。


だから現時点でもそれほど詳しい技術は説明しませんが、

一番肝心で基本的なことは、

このウィッチ・クラフト。

これは通称、通り名ではウィッチ・クラフトと呼ばれながら、もう一つ根本的で基礎的かつ正式な呼び方が別に存在しまして、


厳密には

魔術媒体アクセ・サリーという名称で呼ぶことができるんです」


魔術媒体アクセ・サリー……?」


 章子の復唱にジュエリンは頷く。


「そうです。

魔術媒体アクセ・サリー


これが我が第二世界の、魔動、魔導、魔術を司る根本的なエネルギー機関なのです。


そしてそのエネルギー機関が、この今、我々が乗っている空飛ぶ絨毯そのものでもあるのです!」


「えっ?」


 今も腰を下ろす六畳ほどの広さのある絨毯を驚いてみる章子を、ジュエリンは頷く。


「そうなんですよ。

この絨毯は乗り物であると同時にエネルギー機関でもあるのです。


我々の世界では、既に「燃料」というものは消費しませんし、必要ともしません。


これらの乗り物や道具に始まる魔術媒体具は、

一度起こせば(・・・・)一人でに永久発動アイドリングを始める永久機関なのです。


あとはそこに加速する為、あるいは減速する為の意思、行動を魔術媒体に与えてやれば、

その魔術媒体は発揮する出力を強くもするし、弱くもする。

さらには任意に停止させることも可能です。


それを実現させたのが魔術サラーと呼ばれる技術なのです。


ですから、

この絨毯にもあらゆる魔術サラーが組み込まれている。

そしてその魔術が、この空飛ぶ絨毯に始まる魔術媒体のエネルギー源そのものでもあるのですよっ!」


 エッヘンと可愛くエラぶって見せる魔女っ子少女を章子たちは茫然と見る。


「じゃ、じゃあ、この世界には「魔力」というものは無いんですか?」


「魔力?」


 首を傾げるジュエリンを、今度は真理が代わって補足する。


「ファンタジー世界、ファンタジー文学によく出てくる純粋なエネルギー源という意味での「魔力」というものは、

この魔術の世界、第二世界にも残念ながら存在しません。

あるとすればその魔術媒体が放つ出力を管制制御コントロールするための操作力ですかね。


強いていうなら、その操作技術、運転技術を『魔力』と表現することができる。


章子たちの世界にも「自動車」があるでしょう?

それを運転する際には「運転技術」というものが必須になりますね?


そしてその運転技術というのは人の技能によってやはりバラつきがある。


そのバラつきのある「運転技能」あるいは「道具の使用力」を、

この第二紀世界ヴァルディラでは魔力ソーサリーと呼ぶことが出来るということです」


 言った真理に、

 ああ、と合点したジュエリンも両手で臼を叩く。


「そしてこの魔術媒体アクセ・サリーのエネルギーの根源。


第一種永久機関。

つまり発熱型永久機関技術でもある。

この魔術サラーのことを、章子たち七番目の世界にも分かりやすく言うと、


情報構成発動機関プログラム・エンジンと呼ぶ事が出来る」


「プログラム・エンジン?」


 章子の問いに真理は頷く。


「プログラム・エンジンとは、まさにその通りの意味のコンピューター・プログラムのことを差します。


いわば、

パソコンなどの情報機器を動かす為に使われているシステム・プログラムだけでエネルギーを生み出すシステムともいえるのですね」


「えっ?ええっ?」


 先ほどから驚くばかりの章子を、真理は首を振る。


「この世界の魔術サラーというものはそういうものなのですよ。


章子たちのIT技術の根底となるシステム・プログラムだけでエネルギー源を生み出している。


この仕組みを第二世界では魔動発動魔術ソーサリステムと呼んでいます。


だから電気などの外部などのエネルギー供給は全く必要ない。


つまり、ある定められた挙動を一つ与えるだけで、その魔術媒体は起動を果たす。


最初の初動キー・クイックさえあれば、後は発揮された力の方向性を定めるだけ。


それが第一種永久機関を手に入れた世界の力なのです」


 途方もない、かけ離れた科学技術の力の規模を言われて、章子は一言も発することが出来ない。


 しかし、それに異を唱えたのは肝心の第二世界の住人であるジュエリンだった。


「ですが、我々は気付かなかった。


魔術媒体には例外なく「魔動反応マキス・パッシニティ」という反応があります。


それが魔術媒体の証とも言っていいものです。

それが我々の認識する永久機関または半無限機関の最低条件であり、かつ揺るがない絶対定義だった。


その定義、

その常識を、


現在、新しく打ち破ってくれたのはあなた方より、もたらされた新常識です。


〝水が、第二種永久機関である〟というあの事実!


あの真理じじつは、今でも私たちには、にわかに信じられないでいるっ!

今でも信じられないでいるんですッ!


それがなぜ?今も信じられないのか?

その答えは簡単ですよっ。


水には魔動反応マキス・パッシニティがなかったからです!

ただのどこにでも満ち溢れる「水」に魔動反応があったならばっ、

私たちはとっくの昔にただの「水」も魔術媒体物質、永久機関であると見抜けていた!


しかしそれが出来なかったっ。

これは魔術史上最大で最悪な汚点ですよ。

私たちの最も恥じるべき汚点です。


でも、それでもまだその結果を実証する理論が確立できていないし組み込めてもいない。

なぜ、水には魔動反応が無いのか?

それを、お答えいただくことは可能ですか?」


 ジュエリンの真摯な視線を汲んで、真理も快く頷く。


「それは簡単な事です。

あなた方の永久機関の証としていた「魔動反応」というものが、質量を減らさずに(・・・・・・・・)発生する「完全な発熱反応」だったからですよ」


「なっ?それは……、しかしっ……!」


 認められない。そんな意思がジュエリンの表情からは読み取ることができる。


「一方、

水は、質量を減らさずに(・・・・・・・・)発生する「完全な吸熱反応」による永久機関です。


厳密には、水の内部にある状態量(・・・)を全く変化させずに「完全な吸熱反応」を発揮する永久機関ですね。


そして、あなた方、第二紀世界が扱う魔術媒体アクセ・サリーは、

全て例外なく発熱型永久機関だ。

だからこそ、誇るべき確実な起動、維持する為のエネルギー源が無尽蔵である「第一種永久機関」であるのですから。


それが、その証ともいえる魔動反応と呼ばれた発熱反応、いわゆる「高エネルギー反応」の正体だったというのはとても頷ける話。


しかし吸熱型永久機関が発揮する力反応は「吸熱反応」です。


遠慮なく指摘させてもらうなら、

熱感知技術(・・・・・)が、「放つ力」である発熱反応だけである時点ではね?

「引き寄せる力」である吸熱反応までをも見破ることはとても叶いません。


それがあなた方の、水が発揮している吸熱力というものが見破れなかった最大の要因であり原因です。


ちょうどいいのでこの機会に、

一つ、ここで忠告をさせていただきましょう。


この現実世界では……、

永久機関技術、いえ無限機関発生技術は……「発熱反応」よりも「吸熱反応」の方がよほど、

達成が難しい……っ!」


「まさかっ……?」


 驚くジュエリンを、だが、真理は断言する。


「……非常に困難ですよ?


現にあなた方の世界で現存している魔術媒体アクセ・サリー魔動媒体マキス・ドライバーなどは全て例外なく「完全な発熱反応」を原理としている。


例え、

この第二世界で八つある許約剣の一つ、水という属性を許されている「水の許約剣(ワスア・ヴライド)」でさえ、そのエネルギー根源は吸熱反応では無く、発熱反応です。


その為、

吸熱反応による永久機関は、

現在のこの転星上(・・・・・)でも……「水」という有り触れた物質ただ一つだけなのですよ。

ジュエリン・イゴット」


「そ、そんな……」


 狼狽えるジュエリンを尻目に、

 真理の視線は次の標的を、唖然と見ていた章子たちに移す。


「そしてこの事実を、我々側も他人事のように聞いている場合ではない」


「え……?」


 驚く章子を真理は意外そうに見る。


「おや?

お忘れになりましたか?咲川章子。


永久機関技術、または無限機関技術は「あらゆるエネルギー問題を解決させる」という事実を。


つまり、この第二世界には既にエネルギー問題がない!」


「……あっ……!」


 気づく章子を真理も頷く。


「そうです。

すでにこの魔術の世界、第二世界ヴァルディラにはエネルギー問題が存在しない。


この事実は、更にもう一つの事実も浮き彫りにしてしまいます!」


「もう一つの事実……?」


 首を傾げる章子を真理は真摯に見る。


「ええ。そのもう一つの事実とは……。


この第二世界には「経済」というものが存在しない、ということなのですよ……」


「経済……?

経済って……お金……?」


「ご名答です。


正確には、経済が無いのではなく、

経済というものに価値が無い(・・・・・)のです……。


この第二世界ではお金で動く(・・・・・)「経済」というものにまったくの「価値」が無いのです。

当然ですよね?


経済として消費したいものは全て……魔術という永久機関技術によって無尽蔵に賄われてしまうのですから……っ!」


「え……?

そ、それじゃあ、それ……って……?

みんな、

みんなが働かなくても遊んで暮らせるって事……?」


 だがそんな章子の単純な問いにも真理は首を振る。


「いいえ?


仕事、とか、

働く、とか、


それ以前の問題ですよ……?」


「え……?」


 真理はなお、恐ろしい目で章子を見る。


「……「食事」というものさえしなくていい……」


 真理の言葉に、章子は思考を停止させる。


「今、私が何を言ったのか……お分かりですね?


この世界にはそういう人間(・・・・・・)が存在します(・・・・・・)


「ま、まさか……」


「いますよ……。

確かに「そういう人間」が私の世界(・・・・)にはいます……」


 最後にそう断言したのは、真理の声ではなかった。

 視線を絨毯に落としていたジュエリンだった。


 章子はそのジュエリンにとっさに振り向く。


「そんなに驚かないで下さいよ。

私はちゃんと物を食べて生きてる人間ですから……。


それにちゃんと「経済」と呼ばれるものも存在はしています(・・・・・・・・)


ただ、それは必要最低限の形で、ですね……。


私たちの世界では「お金」というものが、すでにそれほど最重要な価値のある物ではないんですよ。

だって、いくらお金を積んだって、誰が「水は永久機関だった」なんて事実を教えてくれます?

お金でそんな知識が手に入るのだったら、いくらでも積みますよ。

でも、お金でそんな知識は手に入らない。


それは自分だけの行動で手に入れるしかないんですね。


だから、

今の、私たちの世界では一番重要で価値があるのは「お金」ではなく「智識」です。


動くことしかできない(・・・・・・・・・・)「お金」なんて……、

いくらでも生み(・・・・・・・)出すことが出来る(・・・・・・・・)んですから……っ」


 その言葉はどこかなげやりに聞こえた。


「私たち第二紀の人間は既に、動くことには興味はありません。

私たちは、今出来ること(・・・・・・)に興味はない。


私たちには、今できないこと(・・・・・・・)にしか興味がないんです。


今できないこと(・・・・・・・)を可能にすること(・・・・・・・・)

それだけが今の私たちの存在理由です」


 言い切るジュエリンの顔を、章子は不覚にもカッコイイと思ってしまった。


 これほどの確かな自己の存在意思を、同じ歳の自分も持てるのだろうか。


 今の章子にはそれだけの自信が無いことを自覚させる目だった。



「うわぁっ、まただぁッ!」



 だが、その衝撃を受けた感情を打ち破ったのは、空飛ぶ絨毯を操縦していたあの中年男性の大声だった。


 唐突に叫んだ中年男性は、太くて大きい手を大げさにターバンに当て、

 驚きと困惑の表情を浮かべている。


「また、って、どうしました……?」


 怪訝に思ったジュエリンが空中を移動中の絨毯に立ち上がって、操縦運転手の方へと近づいて行く。


また(・・)、って言ったら、またですよッ!


これで五回目だっ!」


「……五回目……?」


 悲壮なターバンの男性の表情は、辺りに不穏な空気を漂わせる。


「航空封鎖ですよっ!

航空封鎖!


あと30分後に、いま向かっている目的地、フィシャールの上空が航空封鎖されます!


航空騎士団エアナイツ・プレインスからのお達しですよ!


無線で今、その通告がきました。


これで航空封鎖が解除されるまでは、フィシャールからその周辺二十キロ圏内は侵入、航行が禁止されます。


だから残念ですが、この航空制限が解かれるまではフィシャールの郊外で待ちぼうけか、目的地を変更するかの選択をして頂かなければなりませんっ」


「そんな、どうして……?」


 困惑して呟くジュエリンを、男性は怪訝に見上げる。


「どうしてって、ご存知……ないんですか?」


「え……?」


「新聞とかで読みませんでしたか?

かなり大きな事件として、そこかしこでは取り上げられていたはずですけど……っ?」


 言われて、直ぐに心当たりのないジュエリンは思案顔をする。


「航空封鎖……、

フィシャール……、

五回目……?


まさか……っ!」


「そうですよっ!

そのまさかです!


でなけりゃ、航空騎士団なんてのが出張ってくるはずがない!


連中が出てきたって事は、またアレ(・・)ですッ!


アレ(・・)がまたやってきたんだ……っ!


ああー、いったい、この世界になってからどうなっちまったんだぁ……っ。


アレがまたどっかから出てきたモンだから、陸上だけじゃなく航空封鎖なんて……ッ」


 前面で光る魔方陣で絨毯を操作しながら、中年の男性は喚き散らしている。


 乱暴に声を張り上げながら、しかし運転だけは丁寧に操舵を繰り返して進行方向を直進から旋回に切り替えようとしている。


「……あの……アレっていうのは?」


 静かに訊いたのはオリルだった。

 膝だけ立ち上がったオリルに、ジュエリンは警戒する視線を周囲に張り巡らしながら発言した。


「……竜です」


「竜っ?」


 章子たちが驚くとジュエリンもこくりと頷く。


「たぶん、間違いなく「竜」です。


それが出たんだ。

港街フィシャールに。


だから航空騎士団なんて……ッ」


「それが……五回目……?」


「ええ、いま、ちょっとした問題になってるんですよ。

こちらでは。


最近増えだしたんです。


見たこともない巨大で正体不明の生き物が、いきなり上陸して現われたっていう事件が……っ」


 顔を険しくして言うジュエリンを、

 茫然と見る章子には、


 遂にその待ち構えていた出来事が現われた。


 この惑星に来てから、初めての「戦闘」を目にするという運命できごとが。




・この科学はフィクションです。


 そして、

 この物語もフィクションです。


 この物語中に出てくる全ての法則、現象、事柄、存在などは全て完全にフィクションであり、


 完全な無知である私、著作者の個人的偏見にもとずく、完全に都合のいい「こじ付け」でしかありませんので、


 現実世界に実在する全ての法則、全ての現象、全ての事実、全ての存在とは完全に一切、関係はございません。


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