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―地球転星― 神の創りし新世界より  作者: 挫刹
第三章 「新世界の扉」(最終章)
32/82

30.魔藝の都


 永い航路を渡り終えた帆船は、青い外海から碧い湾内へと入っていく。


 巨大な運河さながらの広大な湾内に帆を進める船の両舷側から見えるのは、水平線の彼方に広がった陸地が陽炎のように揺れている景色だった。


 ともすれば蜃気楼のようにも見えるおぼろげな陸地の姿は、

 やはり現実に存在する確かな大地なのだと、

 船の乗組員であるリ・クァミスの青年から念を押されて教えてもらった。


 帆船の木板の床の端、湾内の海を見渡せる船の舷側から

 咲川さきがわ章子あきこは、

 逃げ水にも等しい陸地を飽きもせずに眺めていた。


 正面や、反対側の陸辺もとくに高い建物もなく、平たい陸地は砂色のまま、

 遥かな船の進行方向と共に続いていくのがわかる。


 進行方向上の船部の前方を見ると、

 船が接岸する為の港らしきものはまだ見えなかった。


 両舷から見える接岸部は全てなだらかな砂浜であり、

 いったいこの先に、この巨大な帆船が寄港できる港があるのか、


 船の片側で、

 待望の世界の景色を眺めている章子には、想像すらできなかった。


 それだけ湾内の景色は、港という印象からは駆け離れた自然の地形そのものだった。


 どこまで目を凝らしても、

 目に留まるものは平行して通りすぎていく地平線の陸地と、

 進行方向上の、霞がかった水平線だけ。


 そして、同じ方向へ向かう大小さまざまな船や、

 章子たちがやって来た方角へと逆にすれ違っていく一般の船舶の姿だった。


 そんなありふれた海上の光景は、

 咲川さきがわ章子あきこに一抹の不安を抱かせる。


 ほんとうにこの世界は、章子が望んでいた「魔法」……、


 いや、

 正確には「魔術サラー」と呼ばれる超科学技術が一般に溢れている社会をもつ世界なのか。


 そんな疑問を抱かずにはいられない程、

 この湾内は、章子の地球社会と何も変わらない景観だった。


 行き交う船も、遠くまで見える景観も、

 全て、


 章子の想像していた「ファンタジーの世界」とは程遠い、

 あまりにもありきたりな日常そのものの光景だった。


「……はあっ」


 だからこそ、

 落胆した気持ちが、ため息となって態度に出てしまう。


 章子の期待していた気持ちが、悉く裏切られていく現実を想像させてしまう。


 それだけ、章子は誘惑されていたのだ。


 この辿り着いた地が、

 章子が生まれ住んでいた現代世界とは、遥かに違う、

 高度な科学技術を、魔術や剣で彩られた「ファンタジー世界」として成り立たせている、と。


 そう延々と聞かされてきたのだから。


 その話を、

 隣で同じ景色を眺めている清廉で綺麗なオカッパ頭の髪型をした神秘の少女、

 シン真理マリによって。


 だが吹聴した本人である、

 真理は、今も黙ったまま、

 章子と一緒に船の甲板床の縁を手摺から潮風を受けていた。


 だから章子も仕方なく、

 同じく言葉を発せないまま、一向に地平線から切り替わらない陸地の果てを見る。


 いい加減、船が何処まで進んだのかも分からなくなった頃。

 揺れる帆船の大帆の影が、章子の傍らに差し掛かりだした時。


 一つの変化が起きたことに気付いた。


「……ん……?」


 章子は怪訝に思って目を凝らす。


「……んん……?」


 さらに目を凝らして、章子は遠く地平線の上、


 白い雲が掠れた一直線の筋となって地平線へと続いていく、青い空の一点を見た。


(……なに……?)


 眩しそうに視線を細くして遠くを見る。

 気になったのは青空の一点だった。

 横一直線に広がる黄色い大地から、ほんのわずかに上の高度にある空。


 その青空に一つの黒い点が現われたのだ。


 それを目にして、章子は少しだけ眼を擦る。


 目のゴミではない。


 何度、瞬きを繰り返しても、

 黒い影の点はその高度、その位置から離れないし、微動だにしない。


 ではあの影は、しっかりとあそこにあるのだ。

 あの空中に存在して、影の大きさを次第に近づけ、大きくしている。


(近づいてる……?)


 章子は、はっとなった。


 空中で浮かんでいる黒い点が大きくなっている。

 大きくなって、章子たちに近づいている。

 章子たちに近づいて、その距離を確実に縮めていた。


 影は、人影に似た大きさだった。


 ちょうど大人ほどの大きさの影が、

 空中に浮きながら進み、章子たちが乗るこの帆船へと近づいてきている。


 近づいくる影は、次第に妙な動きをとっていた。


 最初に気付いた時には、ゆっくりとした等速直線運動のはずだったが。


 しかし、よく見ると、その動きは黒い点が近づけば近づいた分だけ、

 小刻みに上下運動しているのが分かった。

 跳び上がってはまた着地し、

 跳び上がってはまた着地する。

 そういう継続的な跳躍運動によく似た動きをしていたのだ。


 そして、空中で小刻みに跳躍をしながら近づいてくる影が、


 ついに船体の斜め前方の空中で止まって、帆船の航行速度に合わせて側面に寄る。


 船と速度を合わせた影は、まさに人だった。


 鮮やかな黄緑色のマントに身を包んだ二十歳程の青年。


 その青年が、

 空中で浮かんだまま。

 帆船と同じ速度で、進行方向と同じ行き先を進んでいる。


 青年の航行時の挙動は、もはや跳ねたり跳んだりを繰り返してはいなかった。

 あの接近してきた時のような、兎の跳躍運動はやめており、


 帆船の速度に合わせて、

 空中を風で切って、章子たちの現代世界にある飛行機と同じように等速的な直線の動きのままで進んでいる。


 章子はあまりの驚きに、まじまじと見ていた。


「人が、空を……飛んでる……」


 それも、単独でだ。

 飛行機も、機械も、乗り物もなにも足場にすることもなく。


 人の身体、単体のみで空中に浮かび航行している。


 そんな光景はまず、この転星の中であっても、

 最初に辿り着いた地球上で最初に栄えた第一文明世界リ・クァミスでさえ、お目にかかったことはない。


 あの地球上で最初の古代世界の中でも、

 これほど人が単独で空を飛行する光景は、一度たりとも目にしたことはなかった。


 それほどの光景が今、目の前の現実、現象として現われている。


「……航空騎士団エア・ナイツ・プレインスですね。

これから彼らが、我々を港まで案内してくれます」


 静かに呟かれた真理の言葉に、章子は驚いたまま振り返る。


航空騎士団エア・ナイツ・プレインス……?」


「そうです。

航空騎士団です。


今、あの船首付近の空中で、我々を先導して進む、

あの男性は、航空騎士団に所属する一人でしょうね。

おそらく航空騎士団の湾岸飛行管区隊に所属する方でしょう。


その彼が、今回のこの船の先導管理の担当役なのですよ」


「先導……管理……」


「この国の港の運用管理は全て、航空騎士団の直轄であり管轄です。


ですから、この湾内、及びこの国家の全領土、上空、全空域の運輸航行管制権は、

航空騎士団にしか許されていません。


それはどのような外国籍の船や人でも同じ。


全ての航行する船、交通する者は全て、航空騎士団からの通行航行制限、監督を受けることになります」


 言われて眺めていると。


 先導する航空騎士の回りでは薄く、

 光学線の円がいくつも張り巡らされて、回っている。


光学空間表示フィールド・アップ・ディスプレイ……?」


 章子が呟くと、真理も頷く。


「そうです。


当然今は、あの方も航空魔術ブリストーの発動中ですから。


FUDも肉眼で視認できます。


もちろん、ほかにも我々の見えないところで、

フィールド・アップ・ディスプレイは魔術構成構素として不可視に組み上げられて発動させられている。


しかし、その仕組みについてはもう少し、後になってからご説明しましょう。

まだまだそれ以上に、この世界の仕組みを理解してからでないと、

魔術というものはうまく解釈することはできない」


 聞き終わると、

 章子の背後で、

 突然、別の声が、大きく歓喜の感情を伴って驚き、叫びを上げるのが分かった。


「うわぁっ!

すごいよぉッ!


ねえッ、

みてっ!

ヒトっ!


ひとが飛んでるっ!」


 はしゃぐ声で叫んだのは、全身を雷で迸らせる雷光の子猫だった。

 

 身体全身が激しい電光を繰り返す横着で電気なその子猫は、

 船内から甲板へと飛び出てきたかと思うと、

 そこらじゅうをしゃぎ回りながら、

 甲板の床から突然、シュバっ!と電光石火で手摺に飛び乗る。


 すると、そのままのノリで、

 ニ、三度また瞬間移動を繰り返したのちに、

 航空騎士の青年の足元近くの手摺まで一度に距離を縮めて、一瞬で辿り着いて見せていた。


「ねえっ!

そこのお兄さんのヒトっ!


そのお兄さんのひとって、それ、どうやって空飛んでるのッ?


ねェっ!

それぼくにも教えてっ?


ねえっ、ねえっ!」


 激しく躰をバチバチさせながら、

 騎士の目下の足元で人の言葉を放って叫ぶ、

 猫の形をした雷の生き物。


 それをついに発見してしまった、船を先導する任務の真っ最中の航空騎士は仰天する。


 今まで見たことも無い、理解の範疇を超えた生き物が、

 自分たちと同じ言葉を放って話しかけてくることに、

 艦橋と連絡を取り合っていた、さしもの航空騎士も頭を真っ白にして、

 対応を見誤ったようだった。


「ーッ?

c、求ム(コクエット)求む(コクエット)ッ!」


 自分の現在すべき職務も忘れ、

 突然の可愛いらしい来訪者についての情報を、

 通信魔術モールスを使って先導しなければならない船首艦橋へと逆に慌てて尋ねている。


()了解オーロギ……」


 無線魔術から、どうやら、

 この未確認不明物体に適切に対応する手段は入手したようだった。


 航空騎士の青年は、内情を知るとすぐに落ち着きを取り戻し、平静さを保つ。


 そして平静を保ったまま、

 なお自分に問いかけてくる不可思議な電気猫の存在を無視したのだった。


「あ、!


ムシしたっ!


ムシしやがったっ!

こンちっしょー!


おりてこいっ!

おりてっこーっい!


コぁノヤローぉぉッ!」


 怒りに任せて二足歩行で立ち。

 雷の前脚をボクシングの拳のように構え、

 シュッシュ、シュッシュ、とシャドーを繰り返す電気子猫を、


 航空騎士の青年は込み上げてくる、可愛さに釣られた誘惑を懸命に我慢しながら、

 進行方向を視ることに努める。


「トラッ!」

「あ゛っ」


 自分の名を叫ばれて、

 姿勢が固まった子猫を、慌てて駆け寄ってきたワンピース状の法衣服を着た少女がねめつけた。


「こら!

そんなに騒いだら危ないでしょ!


ほら、早く降りてこっちに来なさいッ!」


 叱られてシュンとなる子猫は踵を返そうとすると、

 すぐに忘れものを思い出したように航空騎士へと向き直り、

 一つ可愛いお辞儀をする。


「どうも……、すんませんでした……」


 突然の謝罪を受けて、ぎこちなく笑う青年を見ることも無く、

 子猫はすぐにやはり一瞬の瞬間移動で、


 大声でしかりつけてきた少女の肩に間髪入れずに辿り着く。


「……ごめんなさい……」


 項垂れる碧い目をした電気子猫を、

 少女は小生意気な小鼻を指で小突く。


「まったく、目を離すとすぐどっかに行くんだから……」


 言って少女は、肩に電気猫を乗せたまま、

 猫の保護者となって迷惑をかけてしまった航空騎士の青年に、深々と飼い猫の非礼に対するお辞儀を届ける。


「ねェ、お父さんは?」


 お辞儀をした少女、第一世界の住人オワシマス・オリルの背中に移動して、

 電気猫のトラは、懲りもせずに自分の名付け親の少年を探し始めていた。


「どこに行ったんでしょうねー?

トラは人探しが得意なんだから、


探してみたら?」


 すると、なにを閃いたのか、

 トラはトンガリな電気の耳をピン!と吊り上げて、叫ばずにはいられない。


「そしたらお父さんにどんなことをしてもいいっ?」


 キラキラと宝石のような碧い瞳を輝かせる子猫に、

 薄紫色の法衣服の少女は許可を出して頷いた。


「いいわよ。

トラが好きなことを、なんでもするといいわ」


「やったぁっ!」


 即座に喜び、

 一足駆けたと思うと一瞬で雷光し、その姿を消し去った猫が、

 次に現われたであろう場所は、一人の叫び声ですぐに想像することができた。


「あばちぃいぃぃぃーっ!」


 一人の少年の絶叫が船の最後部の甲板上で鼓溜こだまする。


「あそこにいたんだ……」


 三人の少女が、

 白けた眼差しで一斉に向いたのは絶叫の轟いた方角だった。


「元気があり余ってますねェ。

あの仔は……」


 しみじみと真理が言うと、それには章子も同感する。


 いま、ショートカットの髪をした少女オワシマス・オリルが、

 解き放った猫は、

 自分たちの世界の技術である「魔法」と、

 第五世界の科学技術である発生学の技術を組み合わせて、

 人工的に生み出した人工精神生命。

 AM(アム)と呼ばれるエネルギー生命体。


 それが、あの電気だけで生きている子猫の正体だった。


「……しかし、

どうやら、そんな場合でもなくなったようです。


……来ますよ……?」


「……え……?」


 真理が言うのを見て、章子は気付く。


 船の側面から離れたところで、

 炎が燈り始めていたのだ。


 赤い炎が、唐突に空中で幾つも燈りだすと連なり、

 回廊の明かりを照らす灯籠の様に、遠く見えてきた埠頭の陸地の影へと続いて行く。


 章子はまだそれが何なのか気づいていなかったが、

 それは誘導灯だった。


 帆船の進行方向を導く誘導灯が、先にある埠頭の影へと促している。


「よく、

聴いておいてください。


これだけでは、ありませんから……」


 さらに真理が言うと、それは真実だった。


 音が、聴こえたのだ。


 それは風の音だった。

 だが、単なる潮風の音ではない。


 その音には、曲としてのリズムがあった。


 風が、

 歌うように、

 曲を奏でるのと同じ様に、音階と拍子を発揮して律音を奏でている。


「なに、これ……」


 言う間もなく、

 次には、帆船の近辺の水面で、爆裂音と共に水柱が上がった。

 まるで大砲かそれ以上の砲弾が着弾したような水柱のしぶきをを上げて、

 たちどころに炎を灯籠に沿って水柱の壁を一直線に作り上げていく。


 もちろん、その水柱が次々に巻き起こるタイミングにも、間違いのない音符が存在していた。

 大、中、小の水柱が様々な音階によってとどまることなく曲を奏でて、発生している。


 それは水音の大合奏だった。

 更にそこに空中灯籠の前に火柱が前から後ろへと迸り、


 埠頭の一角、

 それらの自然現象の合奏宴を演奏している魔術師たちの一団が集まっている岸壁までを見事に炎と絨毯で、

 一つのクラシック音楽の交響曲として、

 帆船を誘導している。


 更にそこで、凄まじい光で船の舷側に稲妻が奔った。


 稲妻が奔り、雷の轟音がラッパの演奏に似せて旋律を放っている。


「これって……」


 章子は呆けていた。


 あまりの超常現象に口を大きく開けて、その光景に見惚れていたのだ。


 稲妻が!

 風が!

 海面が!

 炎が!


 全ての自然現象が「楽器」になっている。


 楽器になって、


 全ての自然現象が、

 弦楽器を、

 管楽器を、

 打楽器を、

 それら全ての楽器に等しい演奏音を発揮しているのだ。


 風と水と火と雷が、

 大演奏を奏でながら、その音と共に発生している大きな力で、

 巨大な帆船の船体さえ綺麗に、岸壁に接岸できるように、曳航力までもを兼ねていた。


 その圧倒的な光景に、茫然と魅了されているのは章子だけではなかった。


 帆船の乗組員である第一世界リ・クァミスの人間までもが、

 船内の窓や艦橋室の扉から、顔や身を乗りだし、


 はるばるの到着を大歓迎する自然現象による大演奏の音響に、呆気に取られている。


「す、すごい……」


 章子はもはや、それを言うだけが精一杯だった。


 風と水と火と雷が、

 トランペットやバイオリン、オーボエなどの楽器の音の色を凌駕して、

 壮大な曲目が演奏されるのを見せつけられながら、


 またそれと同時に、

 音を奏でる水や風や炎、はては雷の力を使って船が岸壁へと接岸されるために曳航されるのを実感して、


 その想像をしてもいなかった光景に息を呑んでいたのだ。


「あれは、

魔導院直属の魔楽奏士団ですね。

これを総じて奏響楽団アルケストラと呼びます。

彼らは全ての自然現象を楽器として扱う。


水を、火を、雷を、風を、はては大地さえも、

打楽し、管楽し、弦楽し、響楽させて楽器とさせる!


彼らは、

あなた方では手に負えない大いなる自然現象というものこそを音楽の為の道具!

楽器とするのです。


中でも、特に花形で人気が最も高いのは、

雷楽奏部を担う雷奏楽士ガルツァニストですね。


この雷奏楽士ガルツァニストの立ち位置は章子たちの交響楽では、

バイオリン奏者に相当します。


彼らが演奏する奏響曲の大部分は、雷楽奏部……、

いわば雷奏楽器が担う箇所が大半を占めているといってもいい。


それほどまでに……、

雷、電気というものは音を奏でるのには好都合なのですよ。


現にエレキギターやエレクトーン。

果ては全ての電気を原動力とする音響設備や部品、製品は音楽にとても好まれ、

よく使われているでしょう?」


 言うと、真理は何を思ったのか、

 自らの手を前面に伸ばす。


「真理……?」


 だが、章子がその名を呟いた時には遅かった。

 既に遅かったのだ。


 章子が不可解に真理に向いた時には、

 真理は行動を起こしていた。


 演奏という行動を起こしていたのだ。


「なっ、」

「う、うわああっ!」


 思いもかけず、悲鳴を上げたのは、

 あの巻き上げた風や水や火を音楽で奏でていた岸壁にいる魔楽奏者たちだった。


 彼らは自分たちが持つ魔術の楽器のような物で演奏する手を止め、配置されていた自分たちの位置から離れ、逃げようとしていた。


 その理由は明らかだった。

 彼ら、演奏する魔術師たちにも、

 自分たちが意図せぬ、あらゆる風と水と火が取り囲みだしたからだった。


 だが、その風や水や火の動きや音は、彼らが今まで演奏していた曲と全く同じ演奏曲を奏でている。


「えっ」

「そ、そんなっ!」


 騒めく第二世界の魔術楽士たちを他所に、

 水や火などの自然現象の動きは、あらゆる動きを演奏する音と演出に変えて、

 既に港の岸壁に着岸し係留を果たしていた帆船の回りで、爆発と岸壁の破壊による噴出、さらに空中の発光の発生と消失を繰り返している。


 そして、とうとう、


 奏響曲が最終楽章の最高潮に達した頃、

 魔術楽士側が意図していなかった、本来の演奏演出項目プログラムにはない、

 新たな自然現象による最終的な演奏をもって終わりを迎えた時。


 章子や帆船の乗組員である第一世界のリ・クァミス人や、

 歓迎する側である筈の第二世界の魔術楽士たちでさえ、


 その凄惨たる奏響曲の光景には茫然となっていた。


 その光景は地震を起こし。

 さらには小規模な津波(・・)を人為的に起こし。


 ついには岸壁の亀裂や破壊した個所までも修復し終えて、

 帆船の岸壁に着岸している側舷の端の空中で立っている神々しい姿の少女、


 真理の姿があったからだった。


「おや?

どうしました……みなさん?


とくに第二世界の魔術奏者の方々は……」


 言って、真理は一人、

 茫然となる皆を尻目に、小首を傾げる。


「おかしいですね?


この演奏曲は、

イルケニ・ナレミ著曲、然奏3326第番、タグパートT。

『出会いの言葉』であったはず……。


それとも、

もしや……どこかで、

協奏中のミスでもやってしまいましたか……?」


 だが事も無げにいう真理に、反論する者はいない。


 それはこの曲を演奏していた、

 第二世界側の魔術奏者たちこそが十分によく分かっていた。


 間違いなどある筈がなかった。


 いやそれ以上に、自分たちが予定していたものよりも、

 遥かに桁違いに完成度がかけ離れていたのだ。


 この『出会いの言葉』という、奏響曲を著曲した今は亡き著曲者が、

 いつか、その達成水準になった時の為に用意していた幻の演奏手法。


 思わぬ出会いを、

 望外の喜びとして表現する為に、

 人為的に管理された「地震による亀裂」と「津波」というこれ以上ない人命さえ軽々と奪う破壊的な自然現象を、

 意図的に用意された演奏現象として、いまここで、ついに第二世界史上初めて実現させられてしまったことに。


 しかし、そんな地元世界が驚愕する事実も、

 宙に浮く少女には微塵の価値も存在はしなかった。


 真理は、そんなことも頓酌せず。


 やはり甲板の上で、茫然となっている己の主に振り向く。


「では、改めまして。

ようこそっ!


我が主、咲川章子。


この第二世界ヴァルディラが誇る、三大超国家の中の一つ、


魔導国家ラテインの首都。


魔藝の都ヴァッハへ!」


 


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