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―地球転星― 神の創りし新世界より  作者: 挫刹
第一章 「新世界の惑星」
2/82

1.新世界の草原

 高々度の大気圏から降下して着陸した場所は草原の真ん中だった。

 見渡す限り一面に広がる大草原の地平線。


 咲川さきがわ章子あきこはその果てしない草原を前にして、地球から一緒に来ていた半野木はんのきのぼると共に、ただ茫然と立ち尽くしていた。


「ここが……」

「そう。

母の創った超巨大地球型惑星スーパーメガアース転星リビヒーンです」


 綺麗なオカッパ頭の少女である真理マリの言葉に、章子はまだ茫然としたまま信じられないでいた。


「空気が……キレイだ……。

何ていうかガスっぽくないっていうか……

スモッグっぽくないっていうか……」


 呟いた昇のセリフに章子も思わず自分の喉に手を当ててみた。

 確かにそうだ。

 空気が凄く澄んでいる。

 もう一度、よく息を吸い込んでみれば、何の抵抗感も汚濁感も覚えることなく空気を肺に納めることができる。

 むしろ呼吸後の咽喉内はミントのような爽快感さえ感じるほどだった。


 つい二分ほど前まで、向こうの地球にいたためか、その違いはことさら如実に実感できた。


「……まるで高い山にいるみたい」


 いや、現在の地球上では、それなりの標高がある山に行ったところで、これほどの清涼さを誇る空気にありつくことはできないだろう。

 それほど新鮮的に澄み切った空気だった。


「昔の地球も……本当はこんな空気だったのかな……」


「そうでもありませんよ。

ただ、これほどではなかったとはいえ、そこそこ綺麗だったとはいえるでしょうね。

昔の地球も地球で、気象上、砂埃っぽかったことがほとんどですし。

ただ瞬間的にここの一歩手前まで澄みきる時はままありましたが……」


 割って入った真理の言葉に章子はしかめっ面をする。


「今とそう変わらないって言いたいの?」

「砂埃とあなた方の出し続けている化学気顆粒等とを同じ性質の物質として、どうしても語りたいというのならば……ですがね……」


 相変わらずの真理の不敵な笑みに章子は諦めに似たため息を吐く。


「それはそれとして、どうですか?

新たな惑星に用意された新たな新大地に足を着けた今のこの時の感想は?」


「地球が……」


 見上げると太陽よりも少し離れた空に、地球で見えていた月の大きさよりも幾分小さい有明の地球と月を肉眼で認めることが出来た。


「本当に……ここは地球じゃないんだ……」


 この大地は本当にあの地球から見えていた謎の巨大惑星の陸地。


「今も地球あそこには、私たちの家族が……」


「ええ。ちゃんと存命していますよ。

そして当然、私たちは光の速度を超えてここに到着したわけですが、時間のズレもまったくありません。

今いる私たちと地球むこうの彼らは、ちゃんと出発から到着まで何ひとつ時間的、正確には生体バイオリズム、生活ライフリズム的にズレている箇所は見当たらない。

その理由を、あなたはもう知っていますね?」


 光より速いものは存在する。

 それを出発直前である地球の砂浜にいた時に、章子へ教えてくれたのが何を隠そう隣にいるこの少年、半野木昇だった。


 昇とは、つい二時間ほど前に地球で初めて顔を合わせただけの関係だ。

 章子は昇の事を触り程度にしか知らないし、昇も章子の事については何も知らされていない。


 その半野木昇はといえば、まだ飽きもせずにこの新世界の空を仰ぎ続けている。


「空が、高い……」


 そう言う昇につられて章子ももう一度空を見上げてみる。


「ほんとだ……。

地球より……高い……」


 地球の大気であれば秋雲が筋を作るであろう天高くと表現されるほどの高度の空に、低高度ではよく見られていたバラつく積雲が浮かび彼方から彼方へ流れていく。


 その積雲までのここからの距離は、目算でも恐らく富士山の標高距離があっても届かないように思われた。


「この惑星「転星」の大気層は対流圏だけでも地表からだいたい三百キロの厚さはありますからね。

そんな遥か高い空に浮かぶ小さな白雲を堰き止めるには最低でも五千m級の山が必要でしょう」


 いちいち地球が矮小に見えるように比較してくる真理の笑みが悪意に満ちている。


「それじゃ雨が降るどころか、雨粒が地面に落ちる前に蒸発するんじゃ?」


「いい所に気づきましたね。

半野木昇。

ですが、そんな心配は無用です。

この転星の海抜における標準気圧値は、我々がいるこの地表で地球と完全に同じである一気圧を示します。

しかし、高度が上がるにつれて下がるはずの気圧低下幅は一千m上がっておよそ0.01気圧下がるだけ。

気温にしてもせいぜい一千m上がるにつれて一度下がると覚えてもらえればいい。

そこから求められる森林限界高度はこの土地の緯度でしたら約一万二千m。

それだけの気温差、気圧差なら上空では結構な大きさの雨粒が発生することも可能ですし、蒸発したとしてもその頻度は地球となんら変わりありません」


「でも大昔の地球には、そんな高々度にある積雲を蓄えることができる八千m級の山がたくさんあった?」

「まさか。

しかし、この転星の大気の性質上では、千mほどの低高度の山でも元の時代に雲がかかるだけの頻度と濃度でが発生します。

この意味があなたになら分かるでしょう」

「雲と大差ない霧が山にかかるのなら経験則的な意味合いでその土地が水不足に陥ることは無い……?」

「そういう事です。

ちなみにこの転星では自転公転周期、赤道傾斜角度、気圧、気温と同時に、重力、平均密度もほぼ地球と同規模になるように設定されています。

これが、ご存知の通り。

あなた方、七番目の文明世界がこの惑星「転星」の密度と質量・・を測ることが今も・・まったくできないでいる要因の一つ・・ですね」


 真理の語ったことは事実だった。


 地球の六倍もある直径、地球の三十六倍広い面積、地球の約二百十倍を誇る体積をもつ巨体でありながら他の天体に一切引力作用を及ぼさない、この惑星。


 現に地球では一時期、その事で大きな混乱にまで発展したものだ。


「というわけで、この転星はあなた方の地球とは自然環境のスケールという意味において大きく隔たっています。

そこら辺のこともおいおい頭にも入れておいて貰えると、後々助かります」


 言いながら真理は展開させていた魔方陣の一つをディスプレイの様に立ててタッチパネルさながらに手で触って操作していく。


「さてと……」


「何をやってるの?」

「現在地の確認ですよ。

まったく、着地に気を取られてしまった所為で、本来着陸しなくてはならない目的地から場所が大きくズレてしまった」

「歩くの?」

「辿り着くことは容易ですが、それでは結構味気ないものにもなりますしね。

歩きましょう。

それにこれは丁度いい機会でもあります。

あなたもこの一週間、待ちに待ち焦がれた同郷の・・・彼と、まだまだ話し足りないこともあることでしょう。

そのお時間を差し上げますよ」

「うぇっ?」


 章子は思わずヘンな声を上げた。


「……咲川さん?」


 さりげなく暴露する真理に狼狽している様子の章子を見て、昇も心配する。


「聞いて下さい。

半野木昇。

章子はあなたと会うまでのこの一週間、ホントにうるさかったんですよ。

会うたび会う度、

あなたのことである、もう一人のその子はいま何をしてるのか?

その子は本当にそう思ってるのか?

その子は?

その子は?

その子はっ?

……まったく……。

事あるごとに出てくる言葉がそればかりなのでいい加減辟易していたところです。

というワケですので、半野木昇。

あなたには申し訳ありませんが、少しの間、章子の話し相手をお願いします。

私は私でその間、やっておくことがありますので……」


「それはいいんだけど……」


 言われた昇は捲し立てる真理に困惑しつつ、恥ずかしさに放心した章子をそっとしたまま誰かを探すように辺りを見回した。

 今この場にいなくてはいけない人間で一人、欠けている人物がいることに気づいたからだ。


「……ゴウベンは……?」


 地球を出発する直前、日本の海岸にいた時点ではまだ確かにいた、この惑星を創った張本人であるゴウベン。

 本名、ヨスベル・ニタリエル(世を総べるに足り得る)・ゴウベン(業を弁える者)、その人の姿が、今は何処にも無く消えている。


「母なら地球を出た時点で既に我々から離脱してしまいましたよ。

今や私にもその所在を知ることは叶いません。

今ごろ何処の秘境や魔境の地で、私たちのこの状態ありさまを監視していることやら……。

母は本当に人が悪いですから」


「まさか……」


 真理の発言に気づき、驚いて薄気味悪く辺りを見回す章子だったが、昇も存外それは意外だったようだ。


「じゃあ、これからどうするの?

肝心のゴウベン(創造主)がいないんじゃ、これからどうしていいか何もわからない」


「いいえ。半野木昇。

ここからは私がお二人にとっての保護者役であり案内役ナビゲートを務めます。

分からない事や気になることがありましたら何なりとお申し付けてください」


 真理が軽くお辞儀をしてから顔を戻すと、また傍らで回転する光学の魔方陣ディスプレイに手を伸ばした。


「それ……」


「ああ、コレが気になりますか?

もう少し待っていてください。

この周辺地域の情報データを採取し、照合してから、解析してしまいますので」


 真理の周囲では今も、定規の目盛りのような光る光学的な罫線や横円の線である緯線が円周や円陣のように現われ幾重にも交差し展開し回転している。

 それを真理はまるでパソコンでも操るかのように情報科学的に認識し操作していた。


HUDハッド……?」


「知ってるの?」


 呟いた言葉に反応してきたのは章子だった。

 どうやら真理との一週間の付き合いの中で見慣れたものになってしまったのだろう。

 なんの機械装置も無く浮かび上がる光学情報を見ても、もはや驚きもしていない。


「いや、ゲームとかやってると、ああいうのが出てくるから……」


 光る光学の罫線で象られ現われた魔方陣を指差して言うと、真理がその間に魔方陣の大半を閉じて向き直った。


「お待たせしました。

それでは出発しましょうか」


「いや……その前に……」


 急ぎ歩き出そうとする真理を昇が引き止める。


「ああ、そうでしたね。

この光学魔方陣の現象を説明するのが先でした。

では説明しましょう。

これはあなた方の言葉で当てはめるところのFUDファッド

光学空間表示フィールド・アップ・ディスプレイというものです」


FUDファッド……?」


「半野木昇は、あなた方の世界でいう情報投影指示機ヘッド・アップ・ディスプレイ、通称HUDハッドという物がどういうものか理解しているようですから詳しい説明は不要でしょう。

章子には一度、地球で説明しましたね?

このFUDは、あなた方七番目の人類の科学技術であるHUDにおける機械面をすべて取っ払い。発動させたエネルギーを直接、空間中へ光学線などで発生展開させたものです。

ですから、この展開状態は、なかなかに幻想ファンタジー的であり、かつ近未来的で科学的な光景でしょう?」


 言いながら真理は自分の手の平に光の魔方陣を展開させ高速に自転させる。

 さらにあらゆる解析線に解析値、照準線や照準円レティクルを緑色や黄色、赤色の光学線で眼前に展開し、視界に入った物に交差させて、対象させた光学照準の焦点ピントを合わせていく。


「光学空間表示を展開するとだいたいこういう事が可能です。

空間光学指示フィールド・アップ・インジケータ

自分の周囲にある、あらゆる周辺情報を光学的に表示、浮き彫りにしたり、目標としたものに光学線を重ね合わせ情報値を出現させたりことが出来る。


もちろんこれを使えば、あなた方の国のある界隈・・・・では流行っているらしい・・・「ステータスオープン!」などという身体値の表示もしようと思えば可能ですが……。


試しにやってみますか?」


「え?」

「え?」


 突然の真理の提案に、章子も昇も目を白黒せざるを得なかった。


「おや? おかしいですね。

こういう異世界のような世界に来たら、まず真っ先に「ステータスオープン!」と叫びたくなるのがあなた方、第七の、特に「日本人」という生き物なのじゃないんですか?

ここは異世界というより地球上にかつてあった古代世界を寄せ集めたような世界ですから、異世界というより新世界という言い方の方が適切だとは思うのですがね……」


 言い捨てて真理は、章子たちから視線を外し。


 この物語の根幹となる意味も解らない文章を四苦八苦しながら目で追い、必死に頭を抱え込んだまま読み込んでいるあなた方、読者(ありがとうございます!)の方にも向き、全てを悟ったような心を抉る軽蔑し侮蔑した眼差しを放つ。


「まあ、表示したところで出てくる指示値はディスプレイゲームのようなレベルやHP、攻撃力、スキルなどといった現実逃避的なゲームパラメーターや非現実的で非実戦的な固定マニューバなどではなくて、実際の生命活動、視力・聴力・握力などの身体測定・身体能力値、心拍数や血圧及び血流、血中成分値、呼吸排気濃度、脳神経系活動分布径路、バイオウィルスや細菌などによる細胞中感染偏移度、貯蔵筋力量など。

仮想面ではなく現実面で特化した医療情報解析数値に基づいたものになるのですが……」


 真理がしれっと横目のまま二人に目をやる。

 すると章子も昇も視線を察してか、隣同士、目配せしながら結局、提案者に向かって頷いた。


「では、ここへ来る前に渡しておいた半券となったあのしおり・・・・・を取りだしてください。

それを持ったまま「ステータスオープンッ!」と恥ずかしげもなく大声で叫ぶか、スマートフォンのようにタッチパネル感覚で適当にタッチ及びフリック操作をしていけば、ステータス画面……正しくはコンディション画面ウィンドウを表示することができます」


 真理に言われた通り、章子は制服のポケットから地球の砂浜にいた時に渡された栞。

 小さい片方をミシン線からもぎられた真新しい真っ白なチケットを取りだす。


 取りだしたチケットはやはり何の変哲もない、ただの白く綺麗な光沢無地の半券だった。


 だが、真理の言葉通り、よくある電子端末と同じような感覚で、チケットを手に持ったまま表紙に指を滑らせて外側へ大きく跳ね上げフリックさせると、途端に画面が飛び出した。


「わっ」


 章子が驚くとチケットの平面上では、飛び出して現われた光学の画面ブラウザが開き展開している。


 展開したブラウザ画面ウィンドウの中では、たちどころにあらゆる情報の文字や数値が表示ポップされていき、画面ブラウザの片隅に現われたコンピュータ・グラフィックスによる自身の身体模型像と、稲妻波形に走る心電図が現在進行形で移り変わる数値を指示しながら、開示したままで章子からの次の命令にそなえ待機している。


「すごい……」


 章子はこの光景を見て言葉を失った。


空間表示画面フィールド・アップ・ブラウザによるデータ表示です。

実体機器の必要ない空間映像投影ソーサリステムシステムプログラム。

SFアニメなどでよく見られる空間に映し出された映像ウインドウと同じですよ。

地球で二番目に栄えた古代世界では、概ね魔術サラー管制制御コントローリング・インターフェイスにこの技術が用いられています」


 真理の話を聞きながら章子はチケットの平面から沿って浮くように現われた空間映像のウインドウ画面パネルに指を振れて操作に没頭する。

 空間画面は確かに、タッチパネル感覚で拡大したり縮小したり、画像の一部分を把持ドラッグすることも可能だった。


「ほんとすごい、

これで電話とかもできれば、もう携帯なんて何もいらない」


 目の前で真理が操作するのを何回も見てきたが。

 それでもいざ自分が使用者に回ると感動を禁じ得ない。


 しかし、そんなしきりに感心する章子の隣では、地球にいた時にゴウベンから渡されていた赤茶けて古びたチケットを持った昇が大きく息を吸い込んでいた。


「スータスオープンッ!!」


 人目も憚らずにデカデカと大声を張り上げて叫んだ昇に、章子は大きく面食らった。


「は?

え?

なっ?」


「あ、ほんとうにでたっ」


 非常識にもほどがある痴態を晒したにも関わらず、なにも恥ずかしがることなく自分にも同じ画面が出現したことを素直に喜ぶ昇に、章子は何度も口をパクパクさせ呆気に取られている。


「な、なに大声出してるのっ?」


 思わず塞いだ耳から手を離し、章子が昇に詰め寄る。


「え?

いや、だって、こう言っても画面が出るって言われたから……」


 口を尖らせて拗ねてように言い訳をする昇に章子は憤懣やるかたない。


「だからって本当にそんな大声出して恥ずかしくないのっ?

ふつう指で触ったりして試すものでしょ?」

「……い、いいじゃない。

べつに。

今ここにいるのだって、君とあの子の二人だけしかいないんだし」


 見渡す限りのこの大草原のなかで、確かに今いるのはこの三人だけだ。

 だから大声を出せるのも今の内だとでも言いたげに昇は章子からそっぽを向いている。


「それでもねぇっ――」


 まだ講釈の言い足りない章子が食って掛かると、その傍で ぷ、くすくす、と笑いを漏らす声があった。


 見るとその声のぬしは真理だった。

 真理は体を屈めて腹と口元を押さえながら、込み上げてくる哂い声を必死に抑えている。


「真理?」

「真理……さん?」


 章子と昇の怪訝な声に我慢が切れたのか、真理はとうとう溜め込んでいた嗤い声を盛大に噴き上げて大爆笑した。


「ぷ、くくくく、くふふ、あは、あはは。

あーははっはははっはっははっはっ――」


 目に涙を溜め込み哂いながら、ひーは、ハーヒと体を抱えたり反らせたりして忙しく、くねらせ身悶えさせている。

 その姿を章子と昇は唖然と終わるまで大人しく見ているしかなかった。


「っぃ、いや、すみません……。

ぷくく。

まさか本当にあんなことを叫び出すなんて、

くふっ、

思っても見なかったものですから。

ぶふゅふっ」


 仮にも女子にあるまじき濁音を呑み込み、真理は必死になって笑いの衝動を治めようとしている。

 どこのツボに嵌まり、何の琴線に触れたのかは分からないが、終始取り澄ました表情しかみせない真理にとって、思いのほか昇の行動は予想外だったようだ。


「けふっ、

けはっふっ、

い、いやぁ、さすがにここまで思いっきり笑わせていただいたのはこれが初めてですよ。

さすがは半野木昇。

誰もやらないことをどこまでも平然とやってのけてくれますね」


 褒めているのかけなしているのか分からない台詞を言いながら、真理は眼尻から零れ落ちる涙を何度も拭って、崩れ落ちそうな体勢を立て直した。


「はぁあぁ……、

ぁー、まだ涙が出てきます。

よくぞここまで私を泣かせてくれたのはあなたが初めてですよ。

半野木昇。

この責任をどう取ってくれるのですか?」


「ええ?」


「くくっ……、

冗談ですよ。

こういうのを本気にするあたりが本当に半野木昇らしいですね。

さすがは半野木昇というものです」


 真理がまだ笑いの後遺症をかほかほと整えていると、昇も話題から取り残されている自分の半券から飛びだした画面を気にしながら口を開く。


「そのぼくをフルネームで呼ぶのと、さすがさすがって何回もいうのって、どうにかならないの?」

「お気に召しませんでしたか?」

「気に入るもなにも、気に入らないっていうか、こっちが何て呼べばいいのか分からなくなるからさ。

あと、さすがさすがって連呼されるのはさすがに違和感としてどうかって感じがするし……」

「いいではないですか。

さすのぼってヤツですよ。

さすのぼ。

流行るんじゃあ、ありませんか?」


「流行らないし、流行らせないっ!」


 まったくもって、どこで流行るというのか。

 昇が語気を強めて拒むと真理も困ったような顔をしてみせた。


「しかしそれでは困りましたね。

あなたを半野木と、氏だけで呼ぶには親睦の意味で距離感的に抵抗がありますし、

だからといってあなたを昇と名前で呼ぶのは、私としましても非常に気恥ずかしい。

やはりここは半野木昇とフルネームで呼ばせていただくのが最上なのですが……?」


「そこまで言うなら好きにしてよ。真理さん」


「真理、でいいですよ」

「わかりました。

真理さん」

は本当にイケずですね」

「ほっといて……。

ん?」

「ああ、しまった」


 呼び捨てたことを咄嗟に誤魔化そうとした真理の顔は真に失敗を犯した時のそれではない。

 間違いなく狙ってやった時のかおだった。

 昇はこういう時の女子の顔を何度となく見てきている。


「まあ、こういう時も稀によくあるのでその時は大目に見てください。

よろしくお願いいたします」


 わざわざ断りをいれる必要も無いことをワザとらしい口調で真理は言う。

 その会話の流れさえ見れば、少年少女特有の「いい雰囲気」というヤツだったのだが。


「どうでもいいんだけど、

コレ、どうやって消すの?」


 二人の間に割って入った章子が、自分の持っていた白い半券をピラピラと振って示す。

 そうやって半券をピラピラさせていると、表面に映し出されている画面ブラウザまでもがピラピラと紙質媒体と同じようにそよぎだした。


「まったくせっかくの二人の会話に無粋で乱入してくるあなたは本当に章子らしいですよ。

章子。

さすがは咲川章子ですね」


「はいはい。

さすあき、さすあき。

って、そんなことはどうでもいいのよ。

本当にこれどうやって消すの?」


 真理と昇の会話中、ずっとチケットと格闘していた章子は何処にも光学表示を消すための項目なりスイッチなりを見つけることが出来ずに困憊していた。


「別にマッチ棒の火を消すように振ったりすれば消えますよ」

「ええ?」


 真理が章子から白いチケットを取り上げ、火を消すようにチケットを振ると、確かに展開していた空間ブラウザも一瞬にして消える。


「そんな乱暴な……」

「ふふ。

ほら、ちゃんと消えたでしょう。

だいたいこのチケットには有限的な電源というものが存在しませんから、電源ボタンなどというものも設置されてありません。

あなた方の使うスマホ等の携帯端末では電源容量に限界があるらしいですが、このチケットはほぼ第二世界の使う魔術サラーと同じで燃料補給や充電といった供給手段は必要ないのです。

その理由を、章子はもう知っていますね?」


 問いかける真理の目に章子は頷く。


 そう、この世界では章子たちの世界とは違いエネルギー問題を克服している世界がある。

 俗にいう永久機関というヤツを手に入れているのである。

 真理の言を借りるなら第一種永久、第二種永久機関などという永久機関の区別は元来必要ではなく、むしろ最も定義づけしなければならないものは瞬間出力限界域の上限で大別される永久機関と無限機関という分類にあるらしいのだが。

 章子はそれを地球にいる間にとうとう理解することが出来ないでいた。


「これが……電源無しで……?」


 しかし、ただ一人、その事実を知らない半野木昇だけが豆鉄砲を喰らったような目で自分の半券を見つめている。


「実際にはエネルギー源となる発動電源部分は搭載されているのですが、それに補給が必要ないというだけです。

永久機関。

とどのつまり、そのチケットに組み込んであるのは永久機関と半無限機関の混合機関ハイブリッドですが。

この際、永久機関と無限機関の話は後にしましょう。

いずれ理解しなければならない時は必ずやってくる……。

この世界にいるならば……ですが……」


 真理が故意的に話を逸らそうとするが、その前に昇はただ一人答えを出していた。


「まさか、このエネルギー源って、……ひょっとして……暗黒エネルギー?」


 半野木昇の独り言のような答えに頷いて、真理もそれを肯定する。


「その通りですよ。

もちろん、それだけではなく、

この惑星に来るまでに使ったエネルギー相転移機動や航空魔術ブリストーなどのエネルギー源になっていたものも、あなた方のいう暗黒エネルギーによるものです」


「えっ?」


 真理の言葉に驚きの声を上げたのは章子だった。

 章子は裏切られたような顔をして真理を見つめている。


「そんなわたしの時は「第四の火」だって……っ!

……あ、」


 そして慌てて口元を押さえた。

 かえって今度は昇がその言葉に反応して怪訝な顔をして見せた。


「第四の火……?」


 そのまま章子と昇の両方から疑惑の目を向けられ、さしもの真理も降参してみせた。


「やれやれ、しょうがないですね。

どのみち、今晩になればそういう頭がスポンジになるような話をイヤというほどしなければならない為に、あえて控えていたのですが、こうなっては仕方ありません。

柑橘かんきつにお触りだけお話しますよ。

章子に教えた「第四の火」ビッグバンと今ほど半野木昇の述べた暗黒エネルギー。

実はこれら二つは同一の物なのです」


「暗黒エネルギーと……」

宇宙開闢の火ビッグバンが……一緒……?」


 呆れかえる二人に真理は頷き返す。


「ええ。

どちらかというと、宇宙開始点ビッグバンは着火した瞬間のことであり、暗黒エネルギーはくすぶり続けている篝火かがりびとして例えた方がより正確なのですが、大まかにいって同一の物として断言して大して差し支えありません。

ハッキリ言っておきましょう、宇宙開闢ビッグバンと暗黒エネルギーは同質のものです」


 キッパリと断言する真理の言葉に章子も昇も反論する余地を見つけられない。


「まあ、そのことも含めておいおい説明しますよ。

今はなによりも早くここから発つことを優先したいのですが……?」

「あ、ああ、

そっか」


 真理が言うと章子もそれに気づいたように大気圏突入で乱れていた身嗜みを整えた。


 だが昇だけが今もただ一人、立ち尽くしたまま光学空間表示フィールド・アップ・ディスプレイを展開したままの赤茶けたチケットを見つめている。


「どうかしましたか?」


 そばに寄ってきた真理が昇の顔を覗き込む。


「あ、いや、これがビッグバンをエネルギー源にして起動動作してるってことは……」


「さすがは半野木昇。

気づいちゃいましたか?」


 真理の意味深げな視線を受けて昇も小さく頷く。

 さすがにいまや、真理の放つ「さすのぼ」にもいちいち反応する気力も失せていた。


「これがあれば……。

ぼくたちは……食事をしなくても生きていける身体みのうえになれる……」


「え?」


 乱れた制服の襟などを正していた章子が、呟いた昇の言葉に反応していた。


「その通りです。

これらの永久機関、及び無限機関技術はすべてのあらゆるエネルギー問題を一カ所に帰結させます。

もちろんそこにはカロリーベースでの生体熱量の消費行動も当然含まれます。

だからこそ、それはまた新たな問題を浮かび上がらせる科学技術の側面でありかつ次代への扉でもあるのですが。

今夜、あなた方はその現実と向き合うことになるでしょう。

その上で、あなたたち二人は自分たちの目指すべき道、進むべき道を模索することになる。

試練の時はもう間近に迫っているのです。

努々、そのことは忘れず心に留めておいてください」


 真理が言い終えて草原の彼方へと進もうとする。


 不穏な何かを感じながらも章子も先を行く真理について歩き出した。


 ただ昇はまだチケットを見つめたままだった。


 目を凝らして見た光学空間表示フィールド・アップ・ディスプレイに浮かんでいる身体情報ステータスを表わしているだろう文字が読めない。

 しかし数値化されている部分だけはアラビア数字だったために理解することができた。


『表示されている数字はアラビア数字表記で十進法ですよ。

この世界でも人の指は片手指五本なので十進法が使われています。

ただし文字の方は、まだあなた方が主要言語を学んでいないので読み取ることはできません。

そこら辺は勉学をする必要がありますね……』


 突然誰もいないところから声が聞こえて昇は顔を上げた。

 遠く離れた距離から真理の声が聞こえてくる。


通信魔術モールスですよ。

雷属性エレメント・バルツ魔術サラーです。

あなた方が電気機械を発達させて科学技術を発展させているように、(ワスア、)(ファーチ、)(シーン、)(グリズ、)(アウス、)(フオン、)(バルツ)の全七属性の中で最もエネルギー加工しやすいのがこの雷属性なのです。

ですからあなた方の近代機械技術はだいたい雷属性の魔術、魔法で賄うことが出来ます』


 見ると、遠く、雷属性の音声魔術の声にのって、先を行く二人の少女がいつまでたっても動かない昇へ向かって振り返っている姿が見えた。

 先を行く真理らしき人影は風鳴りを抑えるように耳に手を当て、

 その後をついていく章子とおぼしき人影が、最初に砂浜で会った時と同じく大きく手を振って昇を呼んでいる。


『早く来てください。

半野木昇。

遠目ではわからないかもしれませんが、待たされている章子の溜め込んでいるゲージは臨界マックスです』


「い、?

い、いま、行きますっ!」


 身体画面ステータスにそんな表示目盛りバーがあったか?と思いつつも、

 真理からの忠告に慌てて、昇は自分に渡されたチケットを消してしまって新世界の草原の丘を駆けだした。



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