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―地球転星― 神の創りし新世界より  作者: 挫刹
第一章 「新世界の惑星」
13/82

12.0の海

 星が落ちてくる。


 暗い闇夜の宇宙から、星が尾を引いて自分の方へと落ちてくる。


 章子はその光景をただ黙って見上げていた。


 見上げていた場所は海面だった。


 漂う海面から顔だけを出して。

 全天の天高い星屑の黒い宇宙から雨のように星が降り注いでくるのを、

 ただそこから見つめていた。


 頬に揺蕩たゆたう感触は海の波だ。


 そこに墜ちてきた星が着水して、暗い海面に雫と波紋を止めどなく造り続けている


 星のちたあとに広がる波は0の波紋そのものだった。

 それが連鎖的に交差して共鳴している。


 章子はその連鎖の波の中で漂っていた。


「ここは……」


 章子にはここが何処だか、薄っすらとだが察しがついた。

 ここはきっと……、

 そう。


“そうです。

ここは自転する0と静止する0の境界の中から見ている世界”


 どこからともなく聴こえてくるのは真理マリの声だ。


「どこにいるの?」


 当の本人を探そうとしても、章子には海面に顔を出して浮かぶのが精一杯で真理の姿を捉えることができない。


“すぐ近くにいます。

安心してください”


 真理はそう言うが、その姿は何処にも見えない。

 だが不思議と不安は無かった。


 章子はただゆるりとしか考えられない頭で、プールで浮かせた体のようにただ海面の境に自分の身を委ねている。


 章子には分かっていた。


 この光る雨となって落ちてくる星の一つ一つが、一回分の宇宙の姿なのだ。


 そして彗星の尾のように長く伸びて消えていく一筋の軌跡。

 その一つ一つが宇宙の寿命の長さ。


「あの筋のどれか一つに……」


“そうです。

あなたや私、そして他の全ての生命の一生という一筋の()も含まれている……”


「記録されているのね……」


 それが何かにとは今更、言わなくても分かる。


 自分たちは今も記録され続けているのだ……。


「静止する0に……」


 ならばこの海面は……。


“そうです。

この海の底の先にあるものこそが静止した0”


 背中に感じる海の深度。

 その先がどれだけ深いのかは、今の章子にも想像はできない。


 だが恐怖は無い。

 この漂う暗闇の海の底がどれだけ深かろうが、章子は恐怖を感じない。

 何故ならそこは0だからだ。

 0は底なしの0であり、また深さのない深度0でしかない。

 

 だから恐怖を感じる理由は無い。


 自分がいま漂っているのは、静止する0と自転する0の境界面。


 3.14の境界線と2.97の境界線が混じり合う場所。


「0.17の境界の海面なのね……」


 それは同時に0の海でもあり、

 又、「三つの0が一つになる」瞬間の場所でもある。


 最期で最初のビッグバン。


 ならば、

 ここが三百回にも渡る宇宙が行き着く最後の終焉であるのなら、

 宇宙の開始開闢は何処にあるのだ?


 章子の背中には0しかない。

 0の海中、0の深度しか感じない。


 その底の中に、章子たちが居るはずの202回目の宇宙の存在は感じない。

 何故ならそれは目の前にあるからだ。


 目の前の宇宙そらから落ちてくる星の中に章子たちの住む宇宙はある。


 ではその宇宙を始めた一番最初の宇宙はどこにあるのか?


 章子は海面に漂ったままの視線で懸命に探す。


“そんなに一生懸命にならなくても、そこにあるではありませんか。

ほら、よく見てください”


 そそっかしい主を見かねて下僕が見えない指で指し示す。


 章子はその真理の指差した方角を見た。

 海面に漂ったまま視線だけを自分の足がある方へと懸命に向ける。


 すると見えない足元の境から立ち昇る光が見えた。

 光りはよく見るとぼんやりと塔のように頭上へと宇宙高くに立ち昇っている。


 あれは光の柱、いや光の竜巻だ。


 その天高く伸びる光の柱の先、

 天と地が交差する中心点には繭に似た光球があり、そこに星の光の全てが集まって、

 また、その膨らんだ光球部分から星の光の全てが降り注いでいた。


「あれが……」


“そうです。

自転する0の自転軸である最期で最初のビッグバンです。

あそこから、我々の全てが始まっている……”


 静止する0の中にある自転する0のその自転軸、1。


 その自転軸の1から振りまかれるのが公転する0。


 その公転する0が1つの星となって、また章子のただよう0の海面へと舞い墜ちてくる。


 そうやって繰り返しているのだ。


 この宇宙とこの世界は。


 そんな事を考えてふと、あることに気付く。


 海面に海流が生まれ、流れている。


 0の海に漂う章子は流されていた。


 向かう先はもちろん、


「あの光の柱に……?」


 光りの柱に引き寄せられている。


 そして、また引き寄せられた章子も光の柱から元の自分の位置として産まれ直されるのだ。


 そうやってまた、自分の一生を繰り返していく。

 永遠に。


 だが、そこまで考えて、ふとある疑問が湧いた。


 単純で素朴な疑問だ。


「個人個人の一生はみんな同じ長さじゃないわ。

長生きしたおばあちゃんはいても、その娘さんやお孫さんは、そのおばあちゃんよりも短命な事だってあるじゃない」


 そう。

 命の一生はみな同じ長さではない。

 それなのに、みながみな、同じ一生を繰り返しているのでは辻褄が合わない。

 親が長生きをして、子供が早期に他界しているのでは一生を繰り返している回数があまりにも違いすぎる。


“いいところに気が付きましたね。

その通りです、個人の寿命は千差万別です。

しかし、我々は我々の一生をただ永遠に繰り返しているのみです。

この相反する事実の矛盾。

しかし、その矛盾パラドックスもすでに解決済みです。

答えは先ほどあなた自らが答えたのですから”


「え?」


“答えたではないですか。

私たちは記録されている(・・・・・・・)と。

そういう事なのですよ。

同じ時を生きている様に見えて、実はそれは過去、あるいは未来からの残滓かもしれないということです”


「な、何を言ってるの?

これが残滓?

残像かもしれないっていうの?

一緒に今、現在というこの時を生きている、

私のお母さんも、

パパも、

弟やおじいちゃん、

友達やタッくん、

あなたや半野木くんまで?」


 真理の発言に章子は大いに慌てふためく。

 またもや受け入れられない事実が章子の前で鎌首をもたげ始める。


“落ち着いてください。

章子。

あくまで確率的な(・・・・)話です。

分子や原子のなかを回る電子の存在を説明する時でも、あなた方はよくこういった言い回しの説明の仕方をしているでしょう?

それは「確率的に」存在している、と。

それと同じです。

我々の一生の中にある「意思」という1も、それは人生の過去と未来と現在の何処かに確率的に存在しているのですよ。

そして、今、現在あなたのいる意思という1は「今」だった。

それだけのお話なのです”


「バカなことを言わないで!

だったらわたしと話していてそんな反応を返してきてくれる今のあなたは、この瞬間には実は今は生きていないっていいたいの?」


“そうかも知れないですね。

しかし私から見るとあなたの方が今を生きていてくれているのかどうかの方が疑わしい。

ですが、そんなことをいちいち考えていてもキリがない。

それにどうせ、何処の人生の位置にいようと、

いずれあなたや私もまたこの時間、瞬間を通過することになる。

否が応でもね。

なぜなら、この事実という一生は最初から最期まで今もそれを「3つの0と1つの1と4つの10」によって綺麗に記録されて、再生され続けているのですから。


だから今、私があなたのほっぺを抓ってみてもあなたはきちんと反応を返してくれることでしょう。


泣いて怒って笑って揶揄からかってね……”


 どこか物悲しくいう真理に章子も癇癪を起こして見せた。


「冗談じゃないわっ。

あなたの言う事って、わたしには全部信じられないっ」


“そうでしょうね。

私でもこの世界が信じられない。

それでもこの世界は動いて行く。

この世界は絶対に「ただ1つの0」ではいられないからです”


「静止した0って一体何なの?

無でありながら無ではないって、

そんな静止した0の中に私たちは居て、今も記録されて再生させられているなんて……」


 章子の疑問に真理は意外とお伺いを立ててくる。


“またオカルト的な話になりますがそれでもいいですか?”


「どうぞっ!

もうとっくにオカルトよ!

魔法だ魔術だ、なんていうからもっと幻想的な世界だって期待してたのにっ」


 いや、よくよく考えれば魔術や魔法も十分オカルトだったがここは言い出した手前、一先ず黙っておくことにする。


“それはどうも申し訳ありませんでした。

ではお言葉に甘えてオカルト的な話をさせて頂きます。

あなたが今、疑問に思っているこの「静止する0」

この「静止する0」を実は我々は別の名で呼んでいます。

その名を「事紀ゼッション」と呼んでいるものです”


「事紀?」


“そうです。

そしてあなた方にはまた別の名称で言った方が、呑み込みが早いでしょう。

この名はあなたも聞いたことがある筈です。

その名を完全事象記録領域アカシックレコード、と言います”


「アカシックレコード……」


 たしかにその名は聞いた憶えがある。

 だが、それが何であるかは大まかにしか知らない。


“このアカシックレコード、

事紀は恐ろしいことに、この全宇宙世界の中で起こった全ての出来事の全てを静止して捉えています。

静止して全てを型に取っている。

だから我々も全て過去から未来まで全てを静止した映像、いえ、静止した事象で一つの0として捉えられている。

そこには寸分違わず同じ事象として記録されているのです。

だから我々はそれをなぞって繰り返させられている。

幸福も不幸もその全てをもってしてね。


我々には、現在もその選択肢があるようで実は無いのです。

我々が選ぶ一択は全て既に決まりきっている。

紛れも無い、我々が選んだという一択する、その意思によってね。

それは何度繰り返そうと同様に働く。

他の選択肢は取れません。

他の選択肢を取ろうにも、現在の我々がそれを取ろうとしないからです。

しないでしょう?

今も、現在ある数々の選択肢の中から自分がこれだと思った選択しかしていない。

では次の同じ人生なら違う選択を取れるとでも?


ムリです。

ムリでしょう?


やれるものならやってみてください。

ちなみに私はできません。


私は他の選択肢を取った未来を知らない。

そして勿論、今取った選択肢の未来でさえ知る由もありません。


だから同じ選択肢しか摂ることが出来ない。


それは章子、

あなたやあなた達、第七の人類とても同じことです。


あなた方は同じ選択肢しか取れない。

何故なら全てが一度きりだからです。

何度同じ人生を繰り返してもそれが一度きりなら、全て一度きりなのですよ。

一度きりの人生を何度も繰り返させるのがこの事紀()の力なのですから。


そしてその事紀の大きさそのものが円周率の長さでもあるのです。

3.14から永遠に繰り返す果てない数字。

それが事紀の全周の長さでもある。

32(・・)桁目に最初の()が現われ、

29(・・)桁目に二回目の()さえもが現われる、

円周率がです。


さらにそれがこの全宇宙が存在できる幅の限界をも決定する。

320(・・・)種の全元素の数と位置の推移が、過去から未来までの宇宙が存在できる幅を決定するのです。

そして最期に320から297を引く。

出てくる数字は23。

23は023と同義です。

これを逆転させればまた320になる


だから繰り返すのです。

この世界は一進数の一進法が繰り返させているのですから……”


 そこで一度黙った真理が、また深く息をついで語りだす。


“ただ、()だけは……。

彼だけは別なのかもしれない……”


「え?」


“白状しますと、

私は一度だけ()の心を覗いた事がある。

その後は酷く自己嫌悪に陥りましたが、それでもどうしても覗かずにはいられなかった。

彼は私たちに無いものを沢山備えていた。

仕組まれた人類(・・・・・・・)の端数でしかないはずの彼にはそれだけの魅力と感性があったのです。

それが私に魔を刺させた。

私は誘惑に負けて覗いてしまった。

そしてそれは私から見ても不可思議なものだった。

彼は一度だけ経験している……。


“予知”というものを……”


「まさか……」


「その事はこれ以上私の口からは言えない。

私にはその資格が無い。

だから、機会があればあなたから彼に訊いてみてください。

彼はそれ以上に私に大切なものを気づかせてくれた。

この宇宙と世界の最初にあったものが()でも()でもなく……。


ひよこ(0.17)だと言った、その何処までも命を紛れも無い命として捉えようとするひた向きな感受性に……。


あなたもそうでしょう。


咲川章子……”


 そう言って、遠くなっていく真理の声で、

 自分もここ()にいられる時間はあとわずかだと悟る。


 闇夜の星は今でも彼方の光の柱から、章子の漂うこの海面に降り注いでいる。


 そして章子が目を瞑ろうとしたその時。


 章子の隣で、黒い海面から立ち上がった者がいた。


「半野木くんっ?」


 章子は驚いた。

 そこに何時からいたのか全く気付かなかったのだから当然だろう。


 だが、海面に立った半野木昇は呼び止める章子に全く気付いていない様子だった。


 そんな気づかない様子で、引き寄せられる光の柱がある方角とは反対の方向へと歩き出そうとする。


「まって!

どこに行くの?


ねえ、待って!

わたしを置いて行かないで!」


 章子は叫ぶが、半野木昇は決して立ち止まろうとはしない。


 だから今度は自分がこの海面に起き上がろうとするが、章子はこの暗い海面から起き上がることが出来なかった。

 どうすればこの海面に立ち上がることが出来るのかが分からなかった。


 章子は海面の中に縛られたまま、顔だけを出してただ昇を見送ることだけしかできなかった。


「まって!

ほんとうにまって!

え……」


 海面の中でもがく章子はその時、懸命に揺らす視界の端で、彼方に待つ一人の人物の人影を捉えてしまった。


 その人物は昇が来るのを待っていた。

 幽かに微笑みを秘めたまま、自分の傍にその相手が来るのをじっと待つその少女の面影。


 その少女の顔を章子は知っている。

 つい昨日、知り合ったばかりの女の子だった。

 その女子に、つい昨日知り合ったばかりの少年が取られてしまう。


 章子は焦った。

 最初に知り合ったのは自分だ。

 だから自分の方が親密だと勝手に思い込んでいた。

 いや思い込もおうとしていた。


 だが、少年は選ぶ。

 選ぼうとしている。


 そしてその選択が一度でも決定しされてしまえば、それが永遠となってしまう。


 章子にとって、それは今一番の絶対的な絶望でしかなかった。


「まって!

お願い、待って!

そっちに行かないで!

こっちに来て!

こっちに来てよっ!」


 そして最期に、

 少年の名を断末魔のように叫んだところで、涙を弾かせる章子の意識は遠のいて行った……。



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